【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
不屈のプリンスが先発投手として発表された際、誰も成宮の活躍を本気で期待してはいなかった。
応援するファンも、カリスマに当てられた同僚も、勝利を願う監督も。誰も伊川に勝つとは思っていなかった。
それでも成宮鳴は、揺るがぬ決意を胸に抱いてマウンドに立つ。彼の眼差しには、諦念や怯えは微塵も無い。
周囲の無関心をよそに、彼は心を昂らせ続けている。
むしろ周囲の無関心や疑念に反発するかのように、彼の情熱は燃え上がっていた。
伊川を打ち破る事がただの夢物語ではないことを証明するのだと、何度も自分に言い聞かせ続けているのだ。
「今日勝てばさ、俺が日本一のピッチャーだよね!」
白い歯を見せながら、彼はチームメイトに笑いかけた。
「調子乗んな!」
「勝っても俺達が強いだけだっつの!」
先輩達は野次を飛ばしながらも、少し気圧されていた。
あの伊川に真っ向から立ち向かい続ける成宮に、どこか尊敬を感じ始めていたからである。
『ただ今より本日の日本シリーズ開幕戦、ヤクルスワローズ対北海道ツナの試合を始めます。1回の表、守備につきます北海道ツナの選手をご紹介いたします。
ピッチャー、成宮。キャッチャー、太野。ファースト、稲場。セカンド、金田。サード、鷹橋。ショート、仲田。レフト、中原。センター、因幡、ライト、七樹』
『……わあ〜!』
例年よりも注目されている日本シリーズとは思えない程度の少々盛り上がりに欠ける歓声の中、彼は堂々とマウンドに降り立った。
静寂の中、彼は自らの心臓の鼓動だけを聴き続けた。
それが、確かな決意と共に彼を突き動かしているのだ。
(所詮国内のピッチャーじゃ、伊川に勝てないって言われてるのは分かってるよ。
___でも俺は勝つ。いずれ世界に挑戦出来る器って事を、日本中に知らしめてやる!……まぁ、メジャーでもコイツレベルの選手は流石に居ないだろうけど)
彼は監督の指示に歯向かい、自分の力を証明し、チームを勝利に導くと今一度決意した。
『1回の表、ヤクルスワローズの攻撃は、1番伊川。背番号3』
『わあああぁぁ!!』
アナウンスが響き渡った瞬間、観客席がまるで爆発するかのように揺れ動いた。
そう、観客全員が、彼が輝く瞬間を待っていたのだ。
観客全てが、伊川始の活躍を確信している。
誰もが彼の活躍に、疑問を持っていない。
誰もがその神のような打撃を見逃すことなく、次の瞬間に繰り広げられるであろう壮絶な戦いに興奮している。
誰もが伊川の勝利を前提に、ただその姿を想像して酔いしれるばかりだった。
ここまでプロとして戦ってきた打席で、彼が打ち取られた回数は僅か18回。
打席数586回の中で、たったの18回しか打ち損じて居ないのである。
四球数、つまり相手が勝負を避けた回数は444回。
投手がマトモに勝負してくれた回数は109回。
これでは、本当に野球と言う競技が行われているのか定かでは無い。最早、伊川だけが違うスポーツをしているのではないだろうか?
彼の全てが神話のように語られ、ファンの心を鷲掴みにしている。
そんな絶対的な存在と相まみえている成宮は、ただ1つのことを考えていた。
(___勝つ。俺が日本一の投手だと証明してやる!)
そう。彼は成宮鳴という存在を証明し、絶望を超えてみせる為に燃えていた。
燃え続ける激情が、確かなものとして彼の中に息づいているのだ。
___これは、成宮鳴が世界で輝く為の戦いである。
初球、ヤクルスワローズの監督は伊川に、故意ツーストライクの指示を出した。
プライドが高い相手投手への挑発と、勝負を避け続ける他球団への非難を兼ねた作戦である。
(なんか、今日の投手は不気味なんだよな。普段と何かが違うっつうか。もう面倒だし四球で良くね?)
普段は何も考えずに高原監督の指示に従っている伊川だが、今日は嫌な予感を感じたらしい。
今回は無理に勝負する必要性を感じない。
そんな直感が働いた彼は、成宮のピッチングが始まる前に「四球を狙いたいです」というサインを出した。
だが伊川の消極的な性格を知っている監督は微笑を浮かべたまま「ツーストライクを狙え」という、伊川専用のサインを返した。
優秀な指揮官の目は、伊川の逃げ腰を一瞬で見抜き、さらに厳しく勝負を迫っている。
実際、彼が勝負から逃げたい理由は「相手投手が本気で勝ちに来ている」という事を察知した事が大きかった。
(あー、嫌な予感がする。バイクに轢かれかけた時みたいな嫌な予感がする)
無表情を貫いている彼の目に映った今日の成宮は、まるでメジャーリーガークラスの投手に見えていた。
勝負する為だけにハンデをやるには、まるで割に合わない相手だと言う事である。
激情をその小柄な体に漲らせた彼は、傍から見ても挑み続ける覚悟そのものを背負っていたのだ。
伊川がプロ野球人生で打ち損じたのは、僅か18回。
それすらも相手投手が、真っ向から攻め込んできた時だけだった。
それが分かっている筈なのに___成宮は今、この大舞台で「19回目」に挑もうとしている。
___バシッ!
___ブォン!
「ストライク!」
___バシッ!
___ブォン!
「ストライク!」
逃げたい気持ちはあれど、怖い監督に逆らいたく無い。
そんな伊川は、仕方なくボールゾーンに飛んでいく球を見ながら故意にバットを空振らせた。
その選択を予想していた成宮-太野バッテリーは、大きく外れたボール球を選択。
予定調和の如く、ここまで何もリスクを犯さずにツーストライクを取った。
……だが、成宮の立ち姿から灼熱の闘志が感じられる。
ここまでは準備運動。次は戦うのだと言う想いが、投げ込まれた変化球から感じられたのだ。
背後の太野に軽く視線を送り、次の球を握り直すその姿には微塵の揺るぎもない。
『わあぁ!!』
「頑張って伊川くーん!」
「成宮ー!勝負しろー!!」
成宮の決意を感じた観客が、一際大きな声援を上げた。
誰もが予想していなかった熱投に、大番狂わせを期待し始めた野球ファンの声が熱気を帯びている。
ここからが本当の勝負。
そう確信した者が、大きな大きな歓声を上げている。
たった一球で決まる勝負だと確信しながら、圧倒的な実力を誇る伊川は眉を顰めていた。
(これは成宮さん、絶対に勝負して来るだろ。やだなぁ)
ピッチャーマウンドに立つ成宮は、まるで太陽そのもののようだった。
ギラギラと太陽の光を吸収して輝く、雲1つない太陽の様な輝きを直視せざるおえない伊川は、成宮鳴は勝負を選択するのだと確信している。
成宮の表情には、一切の迷いも動揺も見えない。
視線は真っ直ぐに伊川を捉え、その青い瞳の中には「絶対に勝つ」という燃えたぎるような決意が宿っている。
伊川と同じく、たった一球で決まる勝負から逃げたい捕手の太野も、成宮の激情を見て察している。
事前に宣言された通り、あくまで成宮は勝利を掴むために全力を尽くすつもりなのだと勘づいたのだ。
(コイツ、どんなリードを出しても勝負するつもりだろ)
彼の瞳に映る光は眩しく、歴戦のプロ選手の心すら揺さぶった様だ。
成宮が持つ感情は、ただの闘志ではない。自分を信じ、仲間を信じ、勝利を信じる純粋な意思が持つ光だった。
太野は彼の姿を見て、ため息を吐かずにはいられなかった。監督の敬遠の指示に従いたいと考えていたが、成宮には通用しないだろう。
成宮の顔からは「逃げる」という選択肢を一切許さない激情が感じられたのだ。
誰もが伊川の勝利を疑わない中、成宮はその傲慢不遜な期待をたった一人で崩しにかかっている。
その圧倒的な決意が、徐々にピッチャーマウンドを包み込んでいた。
「___今日こそ俺が、日本一だと証明するから!」
彼はこの場面で、一際純粋な笑みを見せた。
珍しく汗を垂らした伊川の緊張、成宮の勝利を想う観客からの期待を感じ、自らが最高の力を出せると確信したからである。
彼の瞳の奥に宿るのは、単なる自信ではない。
その背中が放つ勝利への熱は消える事がなく、チームメイト全員の熱意を高めていた。
そして、彼の強い気持ち、完璧なコントロール。
更に何よりも、その圧倒的な意志の力が世界最強打者の意識すらも飲み込みかけている。
なぁなぁで野球を続けている伊川からすれば、成宮の覚悟は理解出来ない感情であった。
彼のピッチングは普段よりも更にキレを増していて、試合の空気感が変わり始めた。
誰もが予想しなかった反撃の始まりを、今この瞬間、人々が肌で感じ始めたのだ。
彼が引き起こしたその一瞬の変化は、これからの試合を決定づける重要な兆しとなっている。
そして成宮鳴こそが、天才に打ち勝つライバルとしての象徴に成る時が近付いていた。
全ての観客が息を呑んだ瞬間、成宮が投球を開始した。
伊川すら珍しく真剣な顔をして、一切の隙を見逃すものかと集中力を高めている。
その瞳には、確かに警戒心が宿っていた。
(ストレートに近いけど、右に少し回転が掛かってる。カットボールだろうな。何故かスライダーにも近いけど)
伊川は瞬時に球種を分析し、ストレート、フォーク、チェンジアップの選択肢を脳内から排除した。
手元で鋭く変化する球に狙いを絞り、完璧なタイミングでバットを振り抜こうとしている。
だが潔くバットを振り切ろうとする最中、突如背筋が凍る様な悪寒が彼を襲う。
(いや違う、カットボールもスライダーも違う!
何だ、この知らない球は?!)
予測不能な軌道に、一瞬感情が揺らいでしまった。
___ガギーン!
球種が分からないまま打ったボールは、鈍い音を立てながらセンター方向に高く弧を描いて飛んで行く。
伊川はそのまま俊足を活かして駆け出したが……1塁ベースに到達する前に足を止めた。
この打席はフライに終わると、確信したのである。
___バシッ
「あ、あ……アウトォ!!」
『…………わ、わあああぁぁ!!』
高卒1年目、試合出場数144試合目、全試合出場の伊川が出した19回目のアウトである。
震えた声で審判が宣告し、暫しの時が立った後に会場中が悲鳴の様な歓声が会場を揺るがせた。
「あの伊川が、初回からアウトだと……?」
「成宮鳴、奴はそれほどの投手なのか」
歴戦のプロ選手すら、動揺した様な声を隠せない。
多くの不利な条件が積み重なる中でも、伊川始は打ち続けていたのだ。
そんな圧倒的な実力を誇る彼が日本シリーズの初回でアウトを取られるという非常事態に、選手全員が言葉を失っていたのである。
「……日本シリーズ初戦、緊張していたのか?」
実力派の監督すらも、彼が失敗した理由を求めていた。
新人賞受賞程度の投手が、実力で伊川を打倒したと思いたく無かったのだろう。
「いえ、別に。そこまで強い思い入れも無いですし……
普通に成宮さんが強かっただけだと思います」
そんな雰囲気を感じ取り取った伊川は、困った顔をしながら真実を告げた。
打率9割近い打者からでもワンアウト位ならアウトを取れる程度には、成宮という投手は強いという現実を簡単に認めてしまったのだ。
淡々と事実を認めるその姿からは、選手達からすればどこか余裕すら感じられた様だ。
実際の所、彼はそもそも野球に対する興味や勝利への意欲が薄いだけなのだが。
「こりゃ、一筋尚ではいかないかもしれねぇな」
ヤクルスの選手達は重い空気に包まれていた。
これまで楽勝と思われていた試合が、突然不確実なものへと変わりつつあったからだ。
まぁここ1番の舞台に未完成のツーシームを出された上で心身共に絶好調を持って来られたら、解析班がお手上げでも仕方ないだろう。
___バシッ!
「ストライク!バッターアウト!」
___バシッ!
「ストライク!バッターアウト!チェンジ!!」
『わあああぁぁ!!』
再び観客の歓声が爆発する。
成宮が連続三振を奪い、ベンチへ戻るまでの短い間、誰もがその力に目を奪われていた。
観客達はまるで、北瀬が突如日本プロ野球の舞台に降り立ったかの様な高揚感を感じている。
最速153kmとはいえ、成宮は技巧派、つまり打たせて取るタイプの投手である。
にも関わらず、熟練した打者達が呆気なく三振を取られてしまう程、今日の彼は強かった。
彼は高校時代の誓い通り、ここ1番を伊川との戦いで出し切ろうとしているのだろう。
まるで全盛期のエースの風格を、彼は小さな身体から醸し出していた。