【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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233球目 攻防線

 

 

「おい!やったな成宮!!」

「最高だ!流石は10球団競合投手!!」

「お前は口だけじゃねーって思ってたぜ!!」

 

 成宮がベンチに戻ろうとした瞬間、熱狂に突き動かされた選手達が彼をもみくちゃにした。

 元々は生意気な後輩を疎んでいた選手すらも、彼をヒーローかの様に歓迎している。

 その熱狂は単なる勝利への喜びだけではなく、確かに成宮の見せた強さへの敬意が含まれていた。

 

 そんな先輩達の雰囲気を見た成宮は、キラキラと目を輝かせながらも口を尖らせてクレームを付ける。

 

 

「たった1アウト取っただけだよ!試合はこれから!

___絶対に勝とうね、皆で!!」

『おうっ!』

 

 彼が全力で示した勝利への欲求は、元々野球が大好きな選手達を突き動かした。

 ここで絶対に、伊川が率いるヤクルスワローズに勝つのだと、強い覚悟を決めたのだ。

 

 彼らは大人になるにつれ失われていった、強敵と正面から戦える喜びすらをも思い出し、最強を相手取って勝つという熱狂がチーム全体を包み込もうとしている。

 誰1人として不安を抱えず立ち向かうその姿は、まるで在るべき高校球児そのものを具現化したようだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、ヤクルスワローズのベンチは沈黙している。

 試合前まで軽口を叩き合い、余裕さえ感じさせていた彼らの表情は一変していた。

 

 飛び交っていた笑い声は消え失せ、空気はまるで霧に覆われたように重苦しい。

 成宮の一投一投が、まるで無言の警告のように彼らの心に刺さり続けていた。

 

 

 ヤクルスワローズのベンチから見えるグラウンドの景色は、どこか異様だった。

 降り注ぐ陽光に照らされたピッチャーマウンドの上で、成宮が笑顔を振りまきながら投球を繰り返している。

 その背中からは、ただの若手投手とは思えない堂々たる威圧感が感じられた。

 

 

「……忘れてたぜ、日本シリーズは甘くねぇってな」

 

 ベンチの隅で誰かが呟いたその一言が、全員の心に突き刺さった。態々口には出さないが、誰もが同意せざるを得なかったのだろう。

 

 普段なら笑って済ませる軽口だったが、今は違う。

 彼らは心の奥底で、自分たちが伊川という絶対的な存在に依存しすぎていた事実を痛感していたのだ。

 

 ベンチに座る選手達は無言のまま成宮のピッチングを振り返り、次の対応を必死に考えていた。

 その異様な静けさは、高まる不安を増幅させようとすらしている。

 

(俺がアウトを取られたのは大方、ワザとツーストライクまで追い込まれたからだ。次は普通に打ちに行けば、早々アウトを取られる事は無いだろう。

 ……だけど、そんな逃げを監督は許してくれるのか?また勝負しろと言われたら、俺は打てるのか?)

 

 特に大失態を犯してしまったと考えている伊川は唇を噛み、視線を遠くに向けながら、次の打席で何ができるのかを考え続けていた。

 心の中では焦りが渦巻いていて、先ほど感じた成宮の妙なプレッシャーが頭を離れなかった。

 

 その眼差しの奥には、普通に戦えば勝てると言う自信とは裏腹に、観客達からの見えない重圧が潜んでいる。

 

 

 そんな彼を中心に、チーム全体が動揺を隠せずにいる。

 そんな、いつの間にか高卒1年目の選手を中心としてしまっていたチーム全体が動揺し、その動揺自体が更に彼らを迷わせていた。

 

 覚醒した大エースを相対し、どうすれば良いのかと言う不安に呑み込まれつつあるのだ。

 

 

「……伊川、次はツーストライクを取られなくていい。それなら行けるだろう」

「あ、はい。それなら勝てるっス」

 

 そんな重い空気を感じている高原監督は、苦渋の決断を告げた。

 これは伊川の逃げグセを助長し、成宮への苦手意識を芽生えさせ兼ねない危険な選択である。

 

 それでも、優勝の為には仕方がない。チーム全体が動揺し迷い始めている中で、取れる手段は限られている。

 世紀の長距離砲の判断を無視すると言う判断ミスを自嘲しながら、ヤクルスワローズを背負う男は決断した。

 

 

 

 

 

 

___カキン!

___カッキーン!

 

『わあああぁぁ!!』

 

 球場を揺るがす歓声の中、北海道ツナのバッターが鋭いスイングで石垣の球を捉えた。

 ヤクルスワローズのエースで今季防御率トップの彼には、初回立ち上がりの悪さと被弾率の高さという明確な弱点があったのだ。

 

 そこを、勝利の星に導かれた北海道ツナが狙い撃ち。

 あれよあれよと言う間にヒットからのホームランを食らい、初回2失点になってしまった。

 

 

「何やってんだ!これじゃ負けるぞ!」

「なんか懐かしいな……」

「日本シリーズだぞ、相手は成宮だぞ?!」

 

 初回2失点の惨状を見て、ベンチに座る選手達は頭を抱えている。今の成宮から3得点以上をするのは、中々に厳しいと感じていたからだ。

 

 

 不穏な空気のまま次の回に進んだヤクルスは、またもや三者三振に。

 2回裏で石垣が調子を取り戻し無失点に抑えるも、3回表で打者はゴロとフライしか出せず。4回表でランナーを出せないまま打順が伊川に回る事が確定してしまった。

 

 この場合、どうせ相手投手は敬遠をする。

 伊川からアウトが取れたのは、新たな球種をツーストライクで出したからだ。

 彼が打ち取られてこちらが警戒している以上、同じ事を起こすのは確実に無理である。

 

 

「ランナーが出てないのは、逆にチャンスじゃないか?

 それなら伊川の足が確実に活かせるからな」

「かもしれないっスね。1点勝負の場面なら、そっちの方が逆に成功確率は上がると思います」

 

 シーズン前半よりも盗塁成功率が少し上がり、現在成功率81.7%の彼は、ただ事実を口にしている。

 本音を言うと、塁上に1人だと全て自分で判断しなければならなくて苦しいのだが、態々この場面で他の人の調子を下げる様な事は言わない事にしたのだろう。

 

 

 彼は静かに目を瞑り、頭の中で塁上で活躍する自分を思い描いていた。

 苦手な盗塁から逃げ出したいという欲望を押し殺し、「塁上で戦う姿を見せる」というイメージを脳裏に焼き付けようとしているのだ。

 

 チームの為に、成すべき事を成す。

 そうやって、心の中で気持ちに折り合いを付けている。

 

 そもそも盗塁をしたくないと感じる時点で、性格的に向いていないのは明白である。

 

 だが今の彼は、そんな弱気が許されない。

 四球での出塁が異様に多い現状と、球界最高峰と評される脚力。そのどちらも揃っているからこそ、伊川は監督に言われるがまま走らざるを得なかった。

 

 

「今日も狙うのは3塁、それなら先輩達が返してくれる」

 

 彼にしては低い声で呟いた言葉には、自分に言い聞かせるような響きがあった。

 彼の脳裏には、これまで何度も自分を救ってきた打線の光景が蘇っている。

 どんな場面でも、塁上に立てば必ず返してくれた、頼れる元チームメイト達を思い返していたのだ。

 

(まぁ、北瀬か綾瀬川が居ないと崩壊しちゃうけどさ)

 

 まるで魔物に操られている様な酷い守備も一緒に思い出した彼は、アレも良い思い出になったと回想していた。

 

 そんな高校時代の楽しかった思い出に浸りながらも、彼は現実を直視せざるを得なくなっている。

 確かに今の先輩達とも少しずつ打ち解けてきてはいるものの、未だに心のどこかで過去の仲間達と過ごした日々を引きずっているのだ。

 

 

 これは、きっと良くない事だ。

 もう戻れない青春に囚われ続けるなんて、現実逃避と同じなのだろう。

 

 

 今、戦っているのは北海道ツナ。多くのファンが駆けつけてくれた日本シリーズ第1戦目であり、どうにかして勝たなければならない場面である。

 彼の顔にふと浮かんだ微笑みは、苦さと優しさと懐かしさが入り混じったものだった。

 

 

 

 

 

 

『4回表、ヤクルスワローズの攻撃は、1番伊川、1番伊川……』

『きゃああぁぁ!!』

 

 打順が回ってきた伊川は、熱心に応援してくれているファンの姿を見ながら、一歩一歩グラウンドを踏みしめてバッターボックスに向かう。

 最初は煩いだけだと思っていた観客達に、いつの間にか感謝の思いを抱いていたらしい。

 それを自覚した彼は、塁上で走り切る自分の姿を思い描き、少しでも前へ進む覚悟を固めていた。

 

 

「頑張れ伊川!」

「さっきのは何かの間違いだ!」

「走れ!走ってくれ!」

 

(応援してくれるのは嬉しいけどさぁ、もうちょい静かにやってくれたら良いのに)

 

 心の中でそうぼやきつつも、彼は自然と微笑みを浮かべていた。全てを見通しているかのような冷徹な視線を成宮に向けるその姿は、どこか風格すら漂わせている。

 

 

 相手は四球狙いだろう。無理に手を出す必要はない。

 でも、もし成宮さんが勝負を挑んでくれるのなら

 ___その瞬間、カッ飛ばしてやるだけだ。

 

 打席でやるべき事を反復しながら、彼は強打者としての貫禄が感じられる立ち姿で、成宮選手の出方を伺っていた。

 

 

 

 

___バシッ!

___バシッ!

___バシッ!

___バシッ!

 

「ボール、フォア!」

『わああぁ!!』

 

 やはり成宮-太野バッテリーは敬遠を選択。

 伊川はポイっとバットを投げ捨て、あからさまに溜息をついて不満を主張した後、堂々と1塁ベースに向かっていった。

 

 ちなみに、わざわざ不満だとアピールをしているのは、高原監督に相手の卑怯な戦略を非難し続けろと指示されているからである。

 

(正直別に、四球くらいは良いと思ってるけどな〜)

 

 伊川本人は、ルール上OKで四球を出した方が勝てるのであれば、実行して当然だろうと感じていた。

 正々堂々戦うとか、野球人としてのプライドなどを、彼はまだ習得出来ていないのである。

 

 そんな自分が不利になる考え方をしていた彼は、1塁ベースに到達した瞬間に思考を盗塁へと切り替えた。

 

 

 

 

 焦点を投手に合わせて中心視で動きを確認しながら、周辺視野で野手陣の動きを観察している伊川。

 彼は人類史上最高峰レベルの認知能力を活かし、見える範囲の情報を正確に処理し続けていた。

 

 伊川にとっては、塁に出た後が本当の勝負。

 チャンスを自ら作り出し、確実に得点する事が自分の役割だと感じているのである。

 

 いつ走ろうかとソワソワした瞬間、成宮が1塁への投球を開始する様な足捌きを見せた。

 大きくリードを取っている伊川は、直ぐに思考を切り替えて1塁へスライディングをする。

 

 

___バシ

 

「セーフ!」

 

 時間に余裕を持って1塁に戻る判断が出来たので、もちろん判定はセーフ。

 全盛期の俺達と戦い続けただけあって油断も隙も無いなと、伊川は渋い顔をしている。

 

 

「卑怯者〜!」

 

 観客席から、また煩い野次が飛んだ。

 牽制をされると、相手投手が非難をされがちなのだ。

 四球で逃げておいて、自分は走らせもしないつもりかと苛立つ人がいるらしい。

 

 

 伊川は色々と面倒だなと思いながら、またリードを大きく取った。走るつもりなのだから当然である。

 

 すると、また成宮が1塁を向いて投球動作を見せた。

 またかよと思いながら、彼はスライディングで戻った。

 

 

___バシ

 

「セーフ!」

 

「またかよ!!」

「日本シリーズ舐めんなよっ!!」

「卑怯だぞ!成宮ァ!!」

 

 あからさまな四球を出した後、1塁で2回も牽制をしたら大量の非難が飛んでいく。

 それが分かっている事にも関わらず、初っ端から成宮は牽制する事を選んだのだ。

 

(成宮さんは無敵のメンタルでも持ってるのかよ……?)

 

 彼は内心、状況への違和感に首を傾げながらも大きなリードを取り続けていた。

 

 実際、成宮はプライドが高く以外と繊細な性格をしているので、野次を飛ばされる事はしたくないのだ。

 それでも勝利の為なら泥を被れる所が、野球と勝利への執着心を表しているのである。

 

 

 

 

 油断せずに相手投手の動作を見続けている伊川。

 すると、今度こそ成宮がキャッチャーに向かって投げようとしていると分かった。

 

 

___シュタタ!

 

 彼は他の選択肢を切り捨て、全力で2塁に向かう。

 

 

___バシッ!

 

「ストライク!」

 

 投げられたボールはストライクゾーンに決まったらしく、審判がコールをした。

 

 だが、そんな事は伊川にとって関係が無い。

 キャッチャーの送球より前に2塁に到達しようと、爆発的な加速をしながら全力で走っている。

 

 

___バシ

 

「セーフ!」

 

 順調に盗塁を決めた伊川は、決まった事を喜ぶ素振りすら見せずに、油断なく成宮を目視していた。

 3塁を狙うのは、2塁を狙うよりも難しいと言われている。なぜなら、捕手の送球距離が短くなるからだ。

 

 それでも、少しでも隙があれば走ってやる。

 事前に監督に命令された通り、彼はあくまで3塁を目指そうとしているのだ。

 

 

 

 

 伊川が成宮を見た瞬間、成宮も伊川を見ていた。

 成宮の覚悟が決まった眼差しからは強い闘争心が感じられ、彼はまた走る事が面倒になってしまった。

 

(あぁ、また牽制してくるだろうな)

 

 伊川は強い意志を持った主張に、抗う事が苦手だ。

 なので成宮と次の塁を巡って争う事に抵抗感を感じつつも、チームの監督の命令には逆らえず、渋々次の塁を狙おうとしていた。

 

 残念ながら、事前のイメージトレーニングが足りなかった様である。

 

 

 

 

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