【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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239球目 真田結菜

 

 

 高卒2年目になり年俸が大幅に上がった伊川は、初詣に唯奈と待ち合わせをしていた。というより、唯奈の家族達と一緒に初詣に行く事になっていた。

 

 2年前は北瀬に誘われて近所の寂れた神社の賽銭箱に10円を入れに行っていたのだが、今年は何もしないつもりだった。

 (ちなみに毎回10円しか入れない理由は、どうせ直ぐに盗まれるからである。)

 

 そんな伊川のお正月の話を聞いた唯奈が、私達と一緒に行きましょうとゴリ押したのだ。

 伊川は最初、家族水入らずで過ごして欲しいと遠慮していたが、素敵な恋人を家族に見せたいと言われて絆されていた。

 もちろん彼は内心、そう言って貰えてすごく喜んでいる。

 

 

 

 

 澄み切った空気を肌で感じながら、伊川は待ち合わせ場所で過度に緊張しながら待っていた。集合時間の2時間前から彼は変装して、1人でずっと待っていた。

 着慣れない行灯袴が、着こなせているのかに大分不安が残ったのだ。

 唯奈が振袖で来てくれるのだから、この服で合っているとは思っているのだが……普通の服で着たほうが良かったのかもと勝手に不安になっていた。

 

 今日は薬師高校スカウトであり真田先輩達の母親と、普段は出張で居ない父親まで来ているらしい。

 ゴミ溜め育ちの俺なんて、唯奈には相応しく無いと言われてしまったらどうしようと、彼は内心恐れていた。

 普通に考えたら、世界一とも言われる野球選手に文句など付ける筈もないのだが、やはり幼少期の傷は癒え切っていないらしい。

 

 そもそも俺は、普通の親なんて知らない。飯もろくに与えられず、気まぐれに甚振られるだけの弱者だったんだ。

 北瀬や薬師野球部のお陰で愛情は知れたと思う。だけどやっぱり、俺なんかが唯奈を幸せに出来るのか自信が持てない。

 

 もう唯奈は16才になって、結婚が出来る年だ。

 出来れば俺が、あの子を幸せにしたい。

 だけど……

 

 

「あっ、伊川くん!」

 

 伊川が思考のドツボに嵌っている時に、結菜が遠くから嬉しそうに駆け寄って来てくれた。

 彼も嬉しそうに微笑んで、恋人を壊れ物を触るかの様に優しく抱きしめた。

 

 

「唯奈、久しぶり。その白い振袖、結菜の透明感のある雰囲気と合わさって凄っごく良いな……」

「えへへ、そう?伊川くんにそう言って貰えると嬉しいなぁ。伊川くんの行灯袴も、伊川くんの綺麗な髪色と似合っていてすっごく良いと思う?」

「そうか?ありがとな。……てかさ、恋人だし――伊川じゃなくて、始って呼んで欲しいな。」

「う、うん。始くん。」

 

 前まで考えていた鬱々とした思考を忘れ、恋人を褒め称えている伊川。結菜もとても嬉しかった様で、顔を赤らめて本当に嬉しそうに笑っていた。

 

「ふふ、なんか照れちゃうね。それにしてもお母さん達、ちょっと遅いよね。は、始くんと2人きりなのも私は嬉しいけど。」

 

 結菜が普段は遅刻なんてしない家族に対して不思議そうな顔をしていると、伊川か後方から真田先輩の視線を感じて焦った。

 俺達がイチャイチャしていたせいで、合流出来なかったのだと気付いたのだ。

 

「俺も!ていうか真田先輩達、向こうからこっちを見てるな、これ。」

「あれ、バレちゃってたか。それにしてもラブラブだな〜!俺も恋人が欲しくなって来たよ。」

「おはようございます!」

「あ、おにいちゃん!」

 

 気付かれた事を察した真田は堂々と彼らに向かって歩いていき、2人から歓迎されていた。

 伊川からすれば1番大切で偉大な先輩であり、結菜からしても大好きなお兄ちゃんなのである。

 とても大切な恋人との時間を邪魔されても、歓迎する程の好感度を持っているのだ。

 

 

「久しぶりね、伊川くん。うちの結菜と付き合ってくれてありがとう。大切にしてあげてね。」

「は、はい!絶対に大切にします!!」

 

 伊川の事を詳しく知っていて、結菜から惚気を聞いていた真田母は、彼と付き合う事を歓迎している。

 なんなら結菜に、最高の人だから絶対に逃がすなと熱心に伝えていた。

 

 

「えっ?伊川選手??何でここに??」

 

 何も知らなかった真田父だけが、この空気に置いてけぼりにされていた。

 1年に1回会うかどうかなので、家族間の中で空気の様になってしまっているのである。転勤族の悲しい性だった。

 

 息子がプロ野球選手になって初めて野球を調べ始めた彼でも、伊川超人伝は色々と知っていた。

 息子と同じ部活の生徒だったと知っているとはいえ、テレビの向こうの人が急に目の前に現れて動揺を隠せないらしい。

 

 

「結菜さんと付き合わせて頂いてます、伊川始です。絶対大切にしますので、娘さんとの付き合いを許してください。」

「え、ああ、うん……?いや、はい、是非よろしくお願いします。」

 

 緊張を上手く隠せている伊川と違い、普通の一般人である真田父は傍目から見ても大層困惑しながら許可を出していた。

 突如知らされた現実に頭が追い付かなかったのか、頬を引っ張って夢かと確認を取っている。

 

 

「う〜ん、痛い。と言う事は、夢じゃない?」

「泰介、夢じゃないわ。結菜は伊川くんと本気で付き合ってるの!」

「さつき、本当にそうなのか。――伊川くん、至らない所はあるだろうけど、うちの娘を頼みます。」

「はい、俺が幸せにしたいと思っています。」

 

 こうして伊川と結菜は呆気なく家族公認の仲になった。

 これで彼の、アナウンサーや女優と付き合う未来は無くなったと言えるだろう。

 伊川は一途な重い愛情を抱くタイプなので、二股なんかは出来ないのだ。

 

 ……ちなみに北瀬は、やらかしてしまう可能性は無くもない。普通に理性は働くタイプだが、百戦錬磨の女性達のアプローチに押されてしまう可能性があるのだ。

 その上、治安の悪い地域で育ったので、その程度はよくある話だと勘違いしているのである。

 彼と将来付き合う彼女は、その辺の教育を上手くやる必要があるだろう。

 

(これで結菜と家族公認なのか?!このチャンスを逃す訳にはいかないな!!)

(もう、お父さんったら。でも……そのお陰で伊川くんと、いや始くんと一歩踏み出すチャンスを貰えたんたから感謝しないとね。)

 

 集合時間まで考えていた事を一旦忘れ、彼は浮かれきりながらお賽銭箱に10円を入れた。無自覚にケチである。

 そして、結菜ちゃんと一生一緒に過ごしたいとお願いをしてから真田一家とランチに向かっていった。

 

 

 ちなみにその後、伊川は彼女らと一旦解散した後、婚約指輪を買いに一生懸命になって宝石店を回っていった。

 そして手に入れたのは、ピンクダイヤモンドが控えめに輝く約40万円の指輪。

 どうも彼は独占欲が強く、自分の髪色と合わせた物をどうしても送りたかったらしい。普通では無い婚約指輪を1日で無理に探しまくったせいで、彼は結菜とのデートに遅刻しかけたとか。

 

 

 

 

 次の日、都内が一望できる高層レストランに結菜と伊川は訪れていた。勿論まだ高校生の結菜に支払い能力は無いので、全額伊川の奢りである。

 半年前に予約した時は婚約指輪を渡せる予定は無かったが、ほぼ家族公認となった伊川に死角は無い。……と思い込んで、何とか余裕を醸し出そうと努力している。

 年下の彼女に大人ぶりたいお年頃なのだろう。そうじゃなくても、流石に結婚を申し込むのは誰でも緊張するだろうが。

 

 

「こんな良いレストラン、私が来て良いのかな……」

「良いんだって!ちゃんと金を払って来てるしさ。」

 

 緊張している結菜に寄り添っている伊川だが、本人も本当は気後れしていた。彼女に聞こえない程度に「多分」と呟いてしまっている。

 

 

「美味しいね、始くん。」

「そうだな。」

「次はデザートかな?楽しみだね。」

「うん。」

「もしかして、始くんも緊張してる?」

「……うん。」

 

 結婚を申し込む直前になると、彼は上の空な返事しか出来なくなっていた。

 もちもちしてそうな頬を少し赤らめさせつつ黙り込んで食事をする伊川を見ながら、結菜は「もしかして……」と思い描いて胸を高鳴らせている。

 もしかしたら、彼はサプライズに向いていないのかもしれない。いや、恋人の洞察力が鋭いだけかもしれないが。

 

 伊川と結菜が食事を食べ終わりデザートが運ばれて来た時、伊川はおもむろに立ち上がり、サービスワゴンの中から花束と指輪を彼女に差し出した。

 

 

「俺は、真田結菜さんを一生愛し続けます。――結婚してください!」

「はい。私も一生、伊川始くんを愛し続けます。」

 

 花束を抱えて涙ぐむ彼女の左薬指に指輪を付けた後、伊川は結菜を強く抱きしめた。

 胸の中にいる彼女はぽかぽかと暖かくて、陽だまりで微睡んでいる様に安心させてくれた。

 

 この幸せを守る為なら、俺はなんだってする。

 ありがとう、北瀬。俺を野球に……そして薬師野球部に誘ってくれて。そうじゃなかったら、きっと結菜に出会えなかった。

 

 お前のお陰で、俺は幸せになれるよ。

 だからこそ、これからは北瀬を1番大切にし続ける事は出来ない。それでもお前は、笑って俺達を祝福してくれるんだろうな。

 

 

 彼も涙ぐみながら、彼女の前で初めて年相応の温かな笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

「将来さ、結菜は何がやりたいんだ?何でも応援するよ。近くに居てくれたら嬉しいけどさ、やっぱり夢を応援したいんだ。」

 

 伊川はキングベットの中で寝転びながら、彼女に優しく語りかけた。

 彼本人はやりたい職業を選んでいなかったが、毎日楽しそうな北瀬や真田先輩の姿を見て、結菜の夢を応援したいと思ったらしい。

 

 

「私はね、始くんの専属記者で栄養士になりたいの。頑張って勉強するから……許してくれる?」

「本当に?!すげぇ嬉しいよ。だから、結菜が取材したいって思い続けられる選手でいてみせるよ。」

「――ありがとう。ずっと一緒にいてね。」

「うん。何があっても、俺は愛してるから。」

 

 伊川は本気で「何があっても」結菜を愛し続けると誓っている。

 例えヤク中で呂律が回らなくなろうとも、浮気されて捨てられようとも、今の彼女を覚えていようと思っているのだ。婚約したてなのに、発想が物騒である。

 

 そんな事は知らない結菜は、スター街道を駆け上がり続ける婚約者を見て、内心不安に駆られ続けている。

 これは、伊川の言葉が足りない訳では無い。一般女性では釣り合わないと、彼女は感じてしまっているのだ。

 いずれ時間が解決してくれるだろうが、結菜は婚約指輪を付けていても不安を感じ続けていた。

 

 

 

 




ちなみに年俸は6億円で、日本プロ野球界の中では1番高額です。北瀬と比べてしまうとアレですが。
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