【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
それは北瀬がすっかり球団の、いやリーグの絶対的エースとしての座を築き上げてしまった高卒2年目のオープン戦初戦。
先発は絶対的エースとして君臨している北瀬のホーム戦なので、勿論チケットは完売している。
最近は通信機器の発達により転売屋が横行し始めていて、一席数十万円まで高騰している事もあった。終盤戦でも無いのに。
やはり彼の実力によるものも大きいが、イケメンピッチャーを見たいだけのミーハーファンも数多くいるらしい。
昔からマリナイズを応援していた熱心なファンは、嬉しいやら悲しいやらといった複雑な感情をしていた。
ちなみに北瀬は伊川より圧倒的にファン数が多いのだが、それには性格や所属しているチームの影響しているだろう。
まだ伊川は所詮、極東のスタープレイヤーでしか無いので、アメリカではそこまで知られていないのだ。
直筆サインの転売価格なども、30倍近い開きがあるらしい。北瀬の方がファンサービス精神に溢れているのにである。
やはりスポーツ選手が知名度を手にするには、世界一の場所に所属するしか無いのだろう。
まあそんな事、彼らにとっては本当にどうでも良い事ではあるが。
北瀬は応援してくれるファンに親しみを抱いているが人数には頓着していないし、伊川は応援される事を不思議がっているだけなのだ。
「今日も全力投球で行きます!エースですから!」
「知ってるっての、そんなの――今日も頼んだぞ。」
「ハイッ!」
今日も彼は、信頼している先輩に全力投球を宣言した。
恐らく北瀬は、コントロールを気にせずに投げても後逸しない先輩を尊敬しているのだろう。
高校時代の頃の後輩達の方が親密で仲が良かったが、やはり試合では気を遣わなければならない場面も多かった様である。
特に、倒壊野手陣に対しては。
まあ彼にとっては、それはそれで良い思い出になっているらしいが……流石に傍目から見たら酷すぎたらしい。
未だに彼の事を、不遇の大エースだと思っている厄介なファンも存在していた。
――バシッッ!
――バシッッ!
――バシッッ!
「Strike three! Batter's out! Inning over!
(ストライク!バッターアウト!チェンジ!)」
『Yippee!!
(きゃあああぁぁ!!)』
「北瀬ーお前が最強だーッッ!」
「What a play!
(何でプレーなの……?!)」
北瀬は普段通り、初回から全力投球をしている。
彼のスタミナは尽きる気配が見えないので、常に100%に近い力を発揮しても問題ないからだ。
尚、持久力より読みの方が重要なバッテングではあまり活かせていないが。
――バシッッ!
――バシッッ!
――バシッッ!
「Strike three! Batter's out! Inning over!
(ストライク!バッターアウト!チェンジ!)」
『Woohoo!!
(わあああぁぁ!!)』
「Kitase is super cool!!
(北瀬くん超カッコイー!!)」
「なんという……これを打つのはメジャーリーガーでも厳しいぞ……!!」
常日頃から175kmを16分割で投げ分けられる北瀬だが……今日の彼は絶好調であった。
努力を積み重ねてきた世界最高のフィジカルを、今日は120%の力を発揮出来る体調だったのである。
バッテングと違い、基本的にはピッチングの調子は安定している彼にも、良い時悪い時位はあるらしい。
「これ完全試合行けるんじゃないっスか?!」
「行けるかじゃねーよ――やれ。」
「ウッス!」
彼は順調なピッチングで連続奪三振18回を掴み、連続奪三振記録を達成、無四球完全試合のチャンスに観客のボルテージも上昇した。
もちろん本人も完全試合が見えてきて、少し浮かれている。
相棒の日本人選手は更に興奮している様で、冷静な口調ではあるが、彼の瞳孔が開かれた顔からは容易に激情が読み取れた。
北瀬は彼を見た結果、少し冷静になったとかなってないとか。
『Only 66 pitches, two outs and no runners on base in the bottom of the seventh inning! A perfect game, not just a no-hitter, is in sight!
たった66球で7回裏、ツーアウトランナー無し!ノーヒットノーランどころか完全試合が見えて来ている!)』
『Kitase has already pitched a no-hitter once, so if he were to also pitch a perfect game, it would be unheard of.
(キタセは既にノーヒットノーランを1回達成しているからね!ここで更に完全試合まで成功しちゃったら、もー前代未聞だよ。)』
『The stadium is filled with Kitase! Please, please live up to the expectations of the fans! By the way, I'm a big fan too, and I even have their autograph!!
(球場はキタセ一色!頼む、ファンの期待に答えてくれ!ちなみにオレも立派なファンだ、直筆サインだって持ってるぜ!!)』
『Suddenly stop bragging.
(急に自慢するのを辞めろ。)』
――カッコーン!
――バッッ
『Ahhhh!
(きゃああぁ!!)』
しかし7回、遂に相手の先頭打者が打ち返し―――実に時速188kmのピッチャーライナーが炸裂した。
が、それを北瀬は寸での所でキャッチに成功する。
……『後ろにそらせば地面を抉りながら滑走していったであろう時速188kmの打球を』『グローブをしていない素手』、それも『利き手』で、である。
「オイオイオイ、大丈夫か北瀬?!」
「え、別に?ちょっと当たっただけですよ?」
「Play Stop!
(タイム!)」
「Trainer! and Medical Time! Come quickly!!
(トレーナー、メディカルスタッフ!速く来い!!)」
アウトにはしたのだが……当然それを見過ごす訳もなく監督とコーチがすっ飛んできて状態を確認した。
「For the time being, it seems to be okay, but... it would be best to wait and see for a week.
(今の所は取り敢えず大丈夫そうに見えるが……1週間は様子を見た方が良いだろう。)」
「Huh? Do you think I can pitch a perfect game today? I can pitch normally, so I want to play! In a game!
(えっ?今日は完全試合出来そうだ。今日普通に投げれるから、出たい!試合で!)」
『There's no way I'd do that, you muscle-brained fool!!
(出す訳ねぇだろ脳筋!!)』
勿論北瀬もいつも通りと投球の続行に問題ない事を主張はするのだが、事はそう簡単ではない。
今や北瀬涼という選手が証明した価値は5年150億――などというはした金に収まる存在ではないことなど誰もが知っている。
防御率ほぼ1点――それだけ聞けば日本でもザラにいるレベルに聞こえるかもしれないが、そもそも日本のリーグとMLBの防御率は意味合いがまるで違う。
日本を遥かに凌ぐ世界中から集まった怪物投手揃いであるという上で、尚投低打高のMLBの環境の中で誇る圧倒的な防御率と勝率。
彼が先発となればチケットは瞬殺、両方の球団ファンでもない――どころか相手球団のファンが彼一人見る為に観戦する光景も今や珍しくもなくなった。
巨大になり過ぎた彼の存在は球団の戦略のみならず運営、政略の要として最低でも今後4年以上球団を背負うであろう絶対的エースとして以上のものへとなっている。
それをポストシーズンですらないこんな1戦、たかだか残り2,3イニングを完全試合の記録一つやらせるためにこんなアクシデントがあってマウンドに立たせる等馬鹿げている。
そう結論付けるのに、監督もコーチ両者一瞬もかからなかった。
『Attention fans, now pitching for the marinais, replacing Ryo Kitase, number 35, Bradon Morro.
(選手交代のお知らせです。マリナイズのピッチャー北瀬涼に代わり、背番号35、ブラドン・モロー。)』
「Huh...? Do I really have to change?!
(えー……俺マジで変わんなきゃ行けないの?!)」
「そりゃそうだ!アホか!」
「リスク管理もプロの仕事だ。」
当然、北瀬は退場になった。本人は珍しく不満たらたらだったが……最も今回の怪我が彼で無かったとしても、球団の主力投手がこんなことになったら目に見える負傷などなくても病院直行で精密検査になるなど誰でもすぐ考えれば分かる事である。
ちなみに本当に、骨折どころか炎症一つなかった。
新人類説、宇宙人説、ターミネーター説が巷で盛り上がったとかなんとか。
「……って事があってさー。せっかく記録が掛かってたのに酷くね?!伊川もそう思うだろ?」
「うーーん、スポーツ選手には過保護なのが普通なのかもな。俺も前、練習中にチームメイトと衝突したら病院送りになってさぁ……どっちも怪我して無かったのにな。」
「変だよな、ちょっと当たっただけで骨が折れたりする訳なくね?そんなんじゃ人間なんて直ぐに滅びちゃうよ!」
北瀬は珍しく伊川に愚痴を吐き出し、悔しそうな顔をしている。基本的には記録に拘っていない彼でも、流石にメジャーリーグでの完全試合達成記録は惜しかったのだろう。
実質野球歴5年程度の彼は、漸く一般的な野球の知識を身に着けたのかもしれない。
……まあ、野球『ファン』程度の知識でしか無いが。
彼は基本的にフィジカルだけで超一流になれる素質を持っているので、それでも良いのだろう。
下手の考え休むに似たりという諺もあるので、下手に知識を身に着けようとしなくても、監督達の言う事に従っておけば良いのかもしれない。
「だよな〜!でもそういやさ、前にバッテングしただけで骨を折った人がいたよな。だからじゃね?万が一のリスク管理的な。」
「あー、アレはビビったよな……」
北瀬は高校時代の衝撃的な相手チームの退場劇を思い出し、心の中にあった怒りが沈静化された。
あれだけ脆い人間がいるのなら、一応俺が心配されても仕方ないと感じたのである。
あの時にヤバかったのは敵チームの主砲ではなく170kmの剛速球を投げる北瀬だった事に、彼らはまだ気付いていなかった。
やはり幼少期の経験と言う物は、中々訂正出来ない物なのだろう。
Q.コイツらをビビらせた不良達って何者?
A.理性が蒸発している危ない奴ら。特に、軽率に銃刀法違反をする未成年は恐ろしい。アレ、避けれて無かったら死んでたぞ。代わりにバットに直撃しちまったけどな……マジでビビった。(伊川談)