【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
メジャーリーグに移籍する事が内々で確定した伊川は、どの球団を選ぶかという選択を突き付けられていた。
但し、どの球団も歴代最高レベルのオファーを確約していて、伊川からすれば正直どこも変わりない。
だから伊川は、北瀬と同じマリナイズを選ぶ事にした。
他の球団ファンからすれば、泣きたくなる様なチームの選び方である。
世界一の投手である北瀬に勝つ事自体がは非常に難しいのに、世界一の野手がオマケでついてくるなんてトンデモナイ話であった。
伊川はまだ日本プロ野球の選手だが、北瀬の弟という事もあり、彼の名は海外でも知られていたのである。
というか、そうでなくとも日本という野球大国で打率9割を叩き出すなんて、恐ろしいを通り越して悍ましい話であった。
そんな彼は、とりあえず北瀬と同じチームで居続けたいからと、マリナイズとの契約を3年に留めた。
結果3年3億ドルという、歴代最高の年俸を獲得する事に成功していた。
伊川は本気で年俸交渉などしていない。
明晰な頭脳があれど、大切なチームに迷惑を掛けて追い出されたショックで言いなりになっている状況でも、これだけの価値が付いていた。
「日本で出来る事は全てやり終えました。これからは、世界を相手に戦っていこうと思います!」
「はい!世界一のバッターを目指します!」
「はい、俺が世界を目指したいと話したら、高原監督達は快く送り出してくださいました。俺の夢を尊重してくださった首脳陣の方々に、本当に感謝しています。」
「はい、北瀬と野球をするのが楽しみです!」
「真田先輩を筆頭に、薬師メンバーの皆とメジャーの舞台で戦う事を、楽しみにしています。」
伊川は緊急会見で、この様な事を笑顔で語った。
勿論、嘘八百である。
確かに彼は、日本で出来る事は大体やっただろう。
しかし、真田先輩やチームの皆とまだ一緒に戦いっていたいという欲は、収まっていなかった。
世界一のバッターを目指したいなんて、そもそも大して思っていない。
妻が喜ぶだろうから、成れるなら成ろうかな位のモチベーションでしかない。
監督や首脳陣は、伊川を快く送り出したのではない。
彼らは、伊川を無理やりメジャーに出荷したのである。
ついでに彼らは過ぎた宝を放棄する事で、移籍金45億円を手にしていた。
彼らは、伊川の夢や希望を尊重などしていない。
球団に留まりたい鬼才を、自分達には扱えないからと放り出したのだ。
しかしこの事実が広まるのは、ヤクルスが立て直した数年後の事である。
口止めは暫く機能していたが、ある人物の油断で全世界に広まってしまったのだ。
まあ非難が殺到したのが、立て直せた後だった後で良かったと言っても良いのかもしれない。
そうでなければ、真面目に死人が出ていたと思われる。
ファンは伊川流出を酷く惜しんでいたが、世界を舞台に戦う夢を尊重したから暴動が起こらなかったのだ。
本人が望んでないのに、チームが堕落したから追い出されたと知られていたら――
しかし、そんな事は起こらなかったのだ。
伊川一家はアメリカのシアトルにやってきた。
もちろん、伊川がメジャーリーガーになる為である。
妻の大学の単位は、どうやらいい感じの大学に上手く引き継いでくれるらしい。
伊川本人は、自分の都合に巻き込んでしまったと気に病んでいたのでホッとしていた。
彼女は最近、北瀬の家に居候をしている佐藤に教えを請い、伊川のSNSのサポートをする事に決めたようだ。
伊川の意思に反する勝手な事で騒ぐマスコミに腹が立ったから、自分が夫の代わりに本当の事を発信しようと思った様である。
……彼女が意図的に、ヤクルスの醜態を晒す可能性もあるのかもしれない。
「伊川!と、結菜ちゃん。久しぶり!」
「北瀬、元気にしてたか?」
「してるしてる、ちょー元気。」
「どうもー。」
「お久しぶりですね、これからよろしくお願いします。」
伊川一家は悩んだ結果、北瀬の下のマンションを借りる事にしたようだ。
これは北瀬や佐藤と近くにいると便利という理由もあるが、そもそも日本人が多く住んでいて安全な地域が限られていたという事情も大きかった。
更に球場も近い場所で、セキュリティも万全なマンションとなると、そもそも数が少なかったのである。
とは言っても正直、3年300億円の選手が借りる様な部屋では無いのだが……唐突な移籍だったせいで、欲しい家を探す労力など掛けられなかった様だ。
「じゃー伊川のメジャーデビュー祝いと結菜ちゃんの妊娠発覚祝いに、バーベキューしようぜ!チームメイトも呼ぶからさ!」
「え、マジで?……結菜は大丈夫か?」
「うん!始くんのチームメイトと話してみたいから、お願いしたいな!」
こうして彼らのパーティーには多くの人が集まり、伊川の歓迎パーティー(仮)が開かれる事になった。
他の選手達も、実力があると分かっている伊川の入団を心から歓迎してくれたのだ。
「そういや、学園長もこっちに移住したらしいよ?」
「マジ?何で?」
「お前の試合目当てだってさ。」
「へ、へぇ……じゃあパーティーにも呼んでみようぜ!」
ついでに謎のお爺さんも呼ばれたが、選手達は面白がり、北瀬や伊川の逸話を聞きに行っていた。
「あのイチロウ選手が、ワシと北瀬くんの目の前に!!」
「……どうも。」
「北瀬くん!!伊川くん!!こんな素晴らしいパーティーに呼んでくれてありがとう!!」
「いえ!高校時代、かなりお世話になったんで。」
「お久しぶりです、学園長。」
北瀬と学園長が話している最中、伊川は北瀬の家に入ってサイ・ヤング賞のトロフィーを持ってきた。
これを、理事長に持ってもらおうと思ったのだ。
ちなみに北瀬の家に勝手に入れた理由は、スペアの鍵を貰っているからである。
ついでに、北瀬も伊川家の鍵を持っている。必要な時以外は使わない約束をしているが、適当な彼らは守れるのだろうか……
チャイムを鳴らすのが面倒で使ってしまう事は、ほぼ確実にあるだろう。
「北瀬、これ。」
「ん?何で持ってきたんだ?」
伊川が彼にトロフィーを渡すと、彼は不思議がった。
だが、理事長の目はキラキラと輝いている。
「北瀬、理事長にトロフィーを貸して隣に立てよ。写真撮るからさぁ。」
「えっ!!ありがとう、嬉しいわい!!」
年甲斐もなくピョンピョン跳ねて喜ぶ学園長を見て、北瀬は理由は分からなかったが微笑ましそうにしていた。
隣で伊川は怖がっていた。
転んで怪我でもしないだろうかと考えたのだ。
「はい、撮るよ〜はいっチーズ!」
「パシャ!」
満面の笑みを見せている老人と、世界一の投手が笑っている写真は、理事長の一生の宝物になった。
データを貰った彼は、来年の年賀状にデカデカとプリントして、自慢しまくるだろう。
ついでに、寿命が来た時も1枚棺桶に入れるだろう。
彼は「ワシも育てた……(ガチ)」というタイプの、筋金入りの北瀬ファンであった。
そして高卒4年目のメジャーリーガーである、北瀬と伊川は……控えめに言って無双した。
正しく言うなら、他のチームを虐殺した。
伊川の1試合平均得点数は2.3点であり、チームの半分近くの点数をもぎ取った。
そして、絶対的なエースである北瀬が試合に出ている時は、絶対に負けなかった。
結果、1年で36勝の化け物が誕生した。
勿論、ワールドシリーズも楽勝だった。
綾瀬川&黄瀬に1勝もぎ取られたが、順当に勝ち続けて4勝1敗で優勝出来たのだ。
完璧な試合にマリナイズファンは絶叫し、他球団のファンは絶望し、推し変を検討し始めていた。
それだけ、北瀬と伊川という組み合わせが人権過ぎたのである。
今まで北瀬に対抗していたピッチャー達も「アレはズルいだろ……」と絶望していた。
北瀬に実力で勝つ事は諦めなくても、マリナイズに勝つ事は諦めた選手も多かったようだ。
実力のあるスタープレイヤー達は、マリナイズへの移籍を熱望していた。
――これから先、メジャーリーグは王政が始まる。
元薬師所属選手達による、絶対王政が。
それに立ち向かうのは、同じく元薬師所属選手と、一部の気概のある日本人選手達。
正常な精神を持った才能がある者達は、他の競技に逃げてしまうだろう。仕方ない、仕方ない状況なのだ。
これから28年間、キセキの世代が野球界を蹂躙する。
北瀬涼は言った。
「俺達が最強だから、勝つしかないんだ。」と。
伊川始は言った。
「仕事ですから、手は抜きません。」と。
轟雷市は言った。
「このチームで戦えて、良かった。」と。
三島優太は言った。
「俺達は、勝つ事を諦めない。」と。
秋葉一真は言った。
「俺は最強じゃない、けど俺達は最強だ。」と。
真田俊平は言った。
「俺達の後輩は最強なんだ。」と。
沢村栄純は言った。
「俺は、世界一になる男だ。」と。
降谷暁は言った。
「まだ、彼を超えていない。」と。
御幸一也は言った。
「ようやく、ここまで来れた。」と。
成宮鳴は言った。
「天辺まで駆け上がる。」と。
綾瀬川次郎は言った。
「俺は、俺が最強だって証明する。」と。
いずれメジャーリーグは、日本人選手に占拠される。
極東のアジア人だけが、世界一を掛けて戦う最終戦が開催されるのだ。
前代未聞を成し遂げ続ける薬師野球部の選手達、甲子園優勝を目指して戦い続けた選手達、そして、まだ見ぬ二刀流投手を含めた選手達が、世界の頂点を競うのだ。
まだ見ぬ勇者達は、たった2人の魔王を倒すべく努力を続け、戦い続けている。
「なんかさ、今年って楽勝過ぎなかった?こんなんで給料貰って良いのかな?」
「まぁ、勝ってるし良いんじゃね?ラッキー!」
そんな未来を、彼ら2人は全く知らなかった。
なんなら、次の旅行先の事を考えていた。
まるで、伊川のサボり癖が北瀬に移ったかの様だった。
幾多の選手を絶望に陥れ、切望を抱かれ、目標にされ、日本中の期待を背負った北瀬と伊川。
彼らは今、自主練習を真面目に行うつもりが無かった。
何故なら、あまりにも簡単に勝ててしまって、これ以上の練習の意味を感じなくなったからである。
「でも……給与貰ってるんだし、一応ちゃんと練習した方が良いかなぁ?」
「別に良いだろ、勝てば官軍だよ。官軍。」
「だよな〜!」
(これ以上の練習をしたら、メッスとの実力差が更に離れてしまう。そうなった時の、北瀬の姿は……あんまり想像したくないな。)
ついでに暫くの間、伊川の心労も続くのだった。