【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
伊川始という史上最強の野手が、突如日本野球界から去った。
その影響は、本人が思っているよりも大きかった。
しかし、ヤクルスの首脳陣が考えていたよりは遥かに小さかった。
それは、伊川がヤクルスに対して真剣に協力し、さも海外挑戦をやりたかったかの様に演出してくれた事が大きいだろう。
殆どのファンは完全に納得し、一部の不信感を抱いたファンも気が変わったのだろう程度に感じていたからだ。
球団の上層部は、本気で伊川に謝罪をした。
実力もあって人望もあって本人も残りたいと言っているのに、追い出す形で日本を去らせる事になってしまったからだ。
日本プロ野球のレジェンドである監督すら、場合によっては土下座を考えていたという。
だから――伊川は恨まなかった。
ただただ、自分という異物が来たせいなのだと結果を受け止め、立つ鳥跡を濁さずと去っていったのだ。
――彼は、関わった全ての人に感謝の言葉を言い、去っていった。
伊川がメジャーに旅立つ時、非常に多くのファンが空港に駆け付けていた。
報道陣や記者などに取り囲まれている伊川は、やはり日本の大スターである。
「……アメリカ挑戦、頑張れよ。」
「はい。これからも俺が楽しくやれる様に……それと、チームの皆も楽しくやれる様に頑張ります。」
海を渡る本当の理由を知らされている真田は、見る人が見れば何と言って良いのかという表情だった。
伊川は儚い微笑を見せ、弱音を理想で覆い隠した。
「カハハハ!おめでと〜!」
「クッ、先を越されたか!しかしこの三島は、三冠王を獲りメジャーに行く男!」
「カハハ!まけない!!」
「あ〜。伊川、メジャー挑戦おめでとう。お前なら、世界一の野手に成れるんだろうな。」
事情を知らされていない雷市達は、伊川のメジャー挑戦を応援してくれていた。
キャッキャと騒いでいて正直煩いが、ここには彼らのファンしか居ないから問題ないと言える。
「――負けるつもりはねぇよ。
そう言えるだけの成果をさ、上げてきたからな。」
伊川はそう言って、挑戦的な目付きで笑った。
この3年間で、実力ある選手が過度に謙遜するのは罪だと気付いたのである。
それに実際、自尊心も相当な回復傾向にあった。
多くのファンから褒められ、好かれる経験が彼のトラウマには良かったのだろう。
それにヤクルスのメンタルコーチが、世話を良い感じに焼いてくれていた事も大きいと言えた。
元薬師部員達で話している所に、空気を読まずに近付いていった男2人がいた。
「――俺もメジャーに行くぞ、次は負けねぇ!」
「俺も!全部できる選手になって、お前を超える!」
彼らは高校時代、薬師に似ている投壊野球で人々を盛り上げた烏野野球部の影山と日向だ。
伊川は影山にリードを教えて貰った過去があり、ぞんざいには扱えない程度の恩もあった。
まあ、影山にそのつもりは無かっただろうが。
「ああ、お互い頑張ろうな。で、お前らはどの球団を狙ってるとかあるのか?」
伊川は軽く笑顔を作った後、彼らの情報収集をしようとしている。まあ、悪意があってしている訳では無いからセーフだろう。
「俺は綾瀬川と同じ球団だ。アイツの球を活かした、完ぺきなリードがしてみてぇ……!」
「うーん、俺はマリナイズかな!やっぱ、強いチームに行くって大事だろ!そんでさ――」
『こいつには負けねぇ!!』
彼らはバチバチとライバル意識を燃やしながら、勝手に去っていった。まだ伊川は、空港にいるのにである。
伊川は2人を見ながら、子供っぽいなぁ、あいつららしいなぁと思って少し笑っていた。
そろそろ発着の時間になった。
伊川は予め決めていた通りにマイクを持ち、ファンの皆にこう伝えた。
「俺が挑戦的する事を応援してくれたファンの皆様、ありがとうございます。
メジャーリーグ、世界一の野手として皆様の期待に応えられる様、努力するつもりです。
こんなに多くの人が、俺を見送る為に来てくださって……感動しました。
これから先も、夢を見せます。応援してください。」
『――ワアアアァァ!!』
お世話になった人達には、全員に会ってお礼を伝えた。
だから最後に、ファンの皆にお礼を伝えたい。
それが、ヤクルスに求めた最後のお願いだった。
勿論球団は快承し、この機会を用意したのだ。
伊川は出来るだけ胸を張って、皆がいる日本から去っていった。
俺なんて才能に恵まれただけで、皆みたいに本気で野球を出来ている訳じゃない。
だから、俺を推すなんて見る目がねぇなって思うけどさ……それでも、応援してくれるなら、損はさせたくねぇ。
こんなに応援してくれてんだ。だから――日本人の俺が世界一っていう、夢を見せてやるよ。
俺には熱狂する理由とか、良く分かってねぇけどさ。
期待には応えたいって、思うようになったんだ。
そう考えながら世界の舞台に立った伊川は、予想外の所で色々と苦労をした。
まず、何の苦労もしないで勝ててしまう状況に、北瀬が慣れつつあった事がある。
伊川も昔と違い、ファンの為に戦う気持ちがあったので手加減プレーは出来ず、困っていた。
次に、直ぐに敬遠祭りが発生してしまい、殆ど打てなくなった事である。
但し彼は、普段通りの事なので気にしていなかった。
ついでに、飯の味が合わないという事もあった。
まあそれは、マネーパワーで解決したけれど。
「ははは、俺、36勝だってさ!」
「うん、そうだな。」
北瀬は、少し悲しそうな顔をして笑った。
彼は、ギリギリの戦いが好きだったのだ。
「綾瀬川と、また戦えるかなぁ?」
「運が良かったらじゃね?」
伊川は、適当に聞いているフリをした。
可能性は低い、とは言えなかったからだ。
「……あいつらはさ、俺達の前に立ちはだかってくれるかな?」
「多分そうなるだろ!アイツらは強えぇからな!」
伊川も北瀬も、同郷の選手達が活躍して、最高のライバルになってくれると信じている。
そう思わないと、やっていけなかったというのもある。
しかし、本気で彼らは強いと信じているのだ。
北瀬達が願った通り、日本プロ野球には史上最強の長距離砲が産まれていた。
出塁率.468、安打数197、本塁打数65、盗塁数45、出塁率.456、最高打点数148。
全ての指標において、歴代でも最高クラスの結果を叩き出したという事だ。
その男の名は、轟雷市。
薬師黄金世代で、3年間主砲を務め続けた男。
彼はメジャー行きを切望しているが、球団は許可を出すつもりは無かったらしい。
無かったらしいが、伊川フィーバーに影響されつつあり、来年頃には向こうに行けそうである。
他の黄金世代達も結果を出し続け、メジャー行きを公言しているプレイヤーも多い。
轟、成宮、火神、真田、三島、影山、桜木、流川、パワプロ、降谷、牛島、沢村、日向、御幸、向井、カルロス、真貝などだ。
非常に多くの選手達がメジャー行きを公言し、いずれ実行出来るだけの実力を見せつけている。
そして、公言した選手達は将来全員がメジャーで活躍する事になるのだ。
その上、公言しなかった選手達も彼らの活躍を見て、次々に挑み始める事になり、クライマックスシリーズでは同窓会が開かれる事になるだろう。
日本プロ野球に所属する若手達の未来は、とても明るかった。
代わりに、日本プロ野球の人気が一時的に落ちてしまうのだが……それはもう、仕方のない事である。
毎年、満員御礼となるワールドシリーズ。
今年も大多数の予想通り、マリナイズとロッキーズの戦いとなった様だ。
そして、今年は何と――1戦目に綾瀬川を出すと、ロッキーズが公言している。
つまり念願の、北瀬涼&伊川始VS綾瀬川次郎&黄瀬涼太の戦いが実現するという事だ。
綾瀬川と黄瀬は、この機会に宣言するつもりである。
「――最強の投手は北瀬先輩ではなく、この俺だ。」と。
綾瀬川次郎はけして、北瀬に劣る選手では無い。
しかし、スタミナは確かに北瀬に劣っていた。
黄瀬涼太はけして、北瀬に劣る選手では無い。
しかし、完投出来る程のスタミナは無い。
そんな2人だからこそ、憧れの先輩達を倒すべく、同じ球団を選んで戦おうとしているのだ。
「ここで終わってもいい――だから、あいつらに勝つ!」
「そうだね、涼太!――俺達で勝とう、最強に!」
これから始まるのは、虐殺劇では無い。
手に汗握る、最高の決勝戦である。
「やった!あいつらと遂に戦えるんだ!」
「人気投票の時は戦えてたけど、アレは真剣勝負って感じじゃないしな〜。」
綾瀬川と黄瀬が勝利を誓っている頃、北瀬はニッコニコだった。
今日は楽しい戦いが出来るんだと思って、ゲームを買ってもらった子供の様になっている。
「あいつらとならきっと、面白い勝負が出来るよな!」
「そうだな。油断してると負ける、最高の勝負だろ!」
楽しそうに「油断してると負ける」などと話している北瀬と伊川は、端的に言って油断している。
勝ち続けて来た弊害で「俺達が負ける筈が無い」と心のどこかで思ってしまっているのだ。
――それでも、この世界の最強はこの2人である。
勝てば官軍、負ければ賊軍。スポーツの世界はそういうものなのだ。
試合前、握手をした彼らは大胆不敵に笑っている。
「1年半ぶりの勝負だよな!お互い頑張ろうぜ!」
「はい――負けるつもりはありませんよ。」
怖いものなど何もないかの様に笑っている北瀬と、真剣な顔をして戦いに来ている綾瀬川。
「よろしく。それにしてもさ、最近はスタミナ付いてきたよな〜黄瀬も。」
「ははは、アザッス!」
無自覚に情報収集している伊川と、冷や汗をかきながらも軽薄に笑っている黄瀬。
王者の貫禄を見せるマリナイズと、秘策を用意してきた挑戦者であるロッキーズの試合が――始まった。
1回表、マリナイズの攻撃は1番伊川から。
――バシ!
「ストライク、ツー!」
『ワアアアァァ!!』
伊川は、初めて明確に、本気で追い込まれていた。
だって、想像すらしていなかったのだ。
野球界に存在する変化球、24球の全てを使い熟し――
――バシ!
「ストライク!バッターアウト!チェンジ!!」
『キャアアアアァァ!!!』
オーバースロー、スリークォータースロー、サイドスロー、アンダースローの全てで投げ分けてくる選手なんて。