【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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251球目 一か八か

 

 

 

 試合が始まる直前、伊川は驚愕していた。

 まさか、黄瀬が先発するとは思っていなかったのだ。

 

「何で黄瀬なんでしょう?スタミナから言って、回跨ぎが限度だと思うんですけど。」

「こちらの思惑を外す意図かもしれないな。」

「あれじゃね?あいつに必殺技が出来たとか!」

「いや、綾瀬川を出すという情報がフェイクの可能性もあるだろう。それでも、黄瀬が先発という意外性があれば許されるかもしれないからな。」

 

 日本人の先輩達に聞いてみても、答えは出なかった。

 しかしあの脳筋剛速球ピッチャーが、何故か答えを当ててしまっている。

 

「流石に必殺技は無いだろ。変化球をあれだけ使えるってのが既に、アイツだけの武器なんだからよ。」

「ッスかね〜。黄瀬ならやりかねないと思ったんスけど、確かに流石にムリっぽいッスね〜。」

「スタミナが意外と付いてたんじゃないっスか?やっぱ、それを隠してた可能性が高そうっスね。」

 

 北瀬の予想は当たり、伊川の予想は外れていた。

 1球目はオーバースローのナックル、2球目はサイドスローのHシュート、3球目はアンダースローのナックルで確実に仕留められてしまったのだ。

 

「ちぇっ、やられたな。北瀬よりは遅いけど、ナックルを投げ分けてくる選手なんて当たった事もねーし、直ぐに対応するのは難しいと思うっス。」

「お前なら綾瀬川の球をどう対応する?」

 

 天才的頭脳を持ち野球にも適応しつつある天才を、ここ1年の成果で信頼しているマカマズ監督が、彼に回答を求めた。

 ちなみに彼は日系アメリカ人なので、北瀬達には日本語で話している。

 

「俺なら……完璧な予測は諦めて、推測で打ちに行きます。他の選手も、自分の持ち味を活かして戦うしか無いと思います。」

 

 伊川は野球人生で初めて“確実に打つ事を諦めた”

 地球には金輪際現れない天才野手でも、初めて見るナックル4種を完璧に読む事は不可能だったのだ。

 

「ほう、伊川がそこまで言う選手とはな。知っていれば、無理にでも取りに行ったのだが。」

「いやぁ、そうなってたら俺達のチームの無双でしたね!まあ、今も割とそうですけど。」

 

 監督の軽口を聞いた伊川は笑っているが、内心では勘弁してくれと思っている。

 もしそんな事をされたら、北瀬のメンタルが落ちていくのは確実だと思ったからだ。

 

 

 

 

 伊川を倒した後の黄瀬は、スリークォーターの変化球各種だけを使ってメジャーリーガー達を薙ぎ倒していった。

 相手に塁を踏ませない、完璧なピッチングである。

 

――バシッ!

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 この舞台で猛威を振るい続けていた二刀流に近い北瀬も、同じ対応をされていた。

 伊川を正攻法で倒すから、それくらいの事が出来る実力が必要のかもしれない。

 

「黄瀬スッゲー!あんなピッチング、俺には絶対できねーし!超カッケーよな!!」

 

 北瀬は、久しぶりに自分より上と思える投球を見て、まるでヒーローが目の前に現れたかの様な表情をした。

 キラキラと輝いている瞳を見ながら、伊川は苦笑いをしている。

 

 伊川は昔、自分の事を“肝心な時に役立たないポンコツ”だと感じていた。

 しかし今は、“野球の試合だけ役に立つ人間”だと信じているのだ。

 だからこそ、ファンの勝手な思い込みに対して、真剣に責任を背負っているつもりなのだ。

 

「そうだな、スッゲーな。」

 

 伊川の口角は上がっているが、少し引き攣っていて、苦しそうな表情に見える。

 当然だろう。彼は、ファンの期待を背負って戦う以上、勝負されるなら打てなければならないと考えているからだ。

 

 故意ツーストライクも無しに負けるなんて、恥を晒してしまった。そして、次の打席でも打てないかもしれない。

 伊川はそうして、本人なりに落ち込んでいるのである。

 だから、兄の為だけに苦笑いを返すのは本人なりの有情な対応であった。

 

「でもさぁ――I'll pitch, so I won't lose!

(俺が投げる。だから負けねぇ!)」

『That's right!(そうだな!)』

 

 北瀬は、チームメイト全員に向かって宣言した。

 俺が投げる限り、このチームは負けないと。

 

 その言葉は、今季35勝1敗の北瀬が言うからこそ、説得力があった。

 

 彼が投げれば打たれないし、彼が打てば、塁に進む。

 なら、俺達はちょっと頑張れば勝てる。

 

 

 成宮や真田の様なカリスマ性は、北瀬と伊川には無い。

 だがしかし、仲間に勝利を確信される事だけは、他の誰にも負けないのだ。

 

 

 

 

 4回表の先頭打者は、今季打率.889の伊川始。

 ほぼ敬遠されているので、前回の打席で大分成績が落ちてしまった様だ。

 ……まあそれでも、前代未聞である事には変わらないのだが。

 

 対してロッキーズは本人の希望もあり、疲弊しまくっている黄瀬に続投させる事を選択。

 この試合は、限界が来るまで投げ続けたいと言っているらしい。

 

 それに賛同してしまって、大丈夫なのだろうか?

 彼の性質上、壊れるまで投げ続けてしまいそうだが。

 

 

 

 

 打席に立った伊川は、今までにない威圧感を撒き散らし、鬼気迫る表情で打席に立っている。

 カメラには、普段の儚げな美少年ではなく、闘志を剥き出してライバルに挑むスポーツ選手が映っていた。

 

 それだけ、今日の彼は真剣なのだ。

 

 それも当然だろう。

 初めて実力で、勝てないと思った相手と戦うのだから。

 

 

 

 

 今までの俺は、黄瀬の才覚を勘違いしていた。

 あいつの長所は、様々な投球をコピー出来る事だと思っていたのだ。

 でも今回のピッチングを見るに『再現可能な動作を、直ぐに出来る様になる能力』というのが正しいらしい。

 

 だって、アンダースローのナックルなんて、黄瀬涼太しか習得していないから。

 

 俺の観察眼は確かに優秀だけど、見たことが無い球には反応出来ない。

 その弱点を知っている球団の人達は、様々な選手の動画を持ってきてくれていた。

 

 ヤクルスで3年、マリナイズで2年。一応、薬師野球部でも3年。

 それだけ学んでいても、ナックルを4種類投げる投手なんて、聞いた事が無い。

 

 だから――世界最強の打者の俺には絶対、ナックルを投げてくる。

 

 

 

 

――バシッ!

 

「ストライク!」

「アンダースローのカットボールかよっ!」

 

 伊川始は、経験が足りなかった。

 同格の選手と戦う、野球人として当然の経験が。

 

 

――バシッ!

 

「ストライク!ツー!」

「こんどは右投げで、スリークォーターのナックルかよ!」

 

 だから、過度に緊張し過ぎていた。

 黄瀬がミットを外して右腕を解禁した瞬間、呆気に取られて冷静になれなかった。

 

 

――ガギーン!

 

「ファール!」

(当てるだけで、精一杯だった!)

 

 失投に近い球ですら、打ち損じてしまい。

 

 

――バシ!

 

「ストライク、バッターアウトッ!」

『わあああぁ!!』

「左投げでパーム??!」

 

 最後は隠し球で打ち取られてしまった。

 これで伊川は、野球人生で初めてとなる2打席ノーヒットである。

 

「ここまでされたら仕方ない、伊川!切り替えろ!」

「黄金世代、ここまでとはな……」

「ドンマイドンマイ!次に打ちゃ勝ちだ!」

 

 まあ流石に、伊川を信頼している選手や監督ですら、仕方ないと感じている。

 野球史上初の変化球を隠し通して、彼だけにぶつけられてしまったのだから、当然だろう。

 

「That was a shame, Igawa!

(惜しかったよ〜伊川くん!)」

「黄瀬、エゲツねぇなぁ!!」

「Amazing! What an amazing match!!

(凄い!凄い対決だ!!)」

 

 別に、伊川の評価も大して下がっていなかった。

 ここまでされたら仕方ない。無知蒙昧な観客にすらそう思われるだけの神業を、黄瀬が見せていたからである。

 

「負けた。今回は俺の負けだよ、黄瀬……」

 

 伊川は、しばらく口を開かなかった。

 唇を噛みしめ、ベンチに戻っても握り続けていたバットが少ししなる程、拳に力を入れていた。

 そう。彼は今までの人生の中で“対等な条件の勝負に負ける”経験をした事が無かったのだ。

 

 確かに今までも、美術の授業で描いた絵を賞に出されて1番では無かった事はあるし、全国模試だって上位レベルでは無かった事も多い。

 だが……対等な条件で、同じだけの努力をしている相手に、負けた事が無かったのだ。

 

 だからこそ彼は“運動会なんて、全員金メダルで良い”と思っていたのである。

 大方無意識に「自分は勝てて当然だから、周りの評価なんてどうでも良い」と考えていたのだろう。

 

 

 ――今回の惨敗は、彼に大きな影響を与える事になる。

 当然だろう。自らの力不足による敗北の恐怖を、初めて感じたのだから。

 

 

 

 

「伊川!まだ負けた訳じゃない、落ち込みすぎだって!」

「うん、そうだな……」

 

 兄である北瀬は本気で励ましているが、弟は落ち込んだままだった。

 チームの雰囲気が悪くなるとか、そんな事を考えられる冷静さが残っていなかったのだ。

 

 だから北瀬は、一か八かの賭けに出る事にした。

 

「――なぁ、結菜ちゃんも見てるんだぞ。ここで落ち込んでるだけで、良いのか?打てないまま終わってさ、本当に良いのか?」

 

 伊川はゾッとする様な暗い目をして、兄の姿を見た。

 そして目をカッぴらいてベンチをぶっ叩き、初めて親友に対して怒鳴り声を上げた。

 

「良くねぇに決まってんだろ!!だから今、どうやって打つかを考えてんだろうが!!」

 

 伊川は怒鳴った。自分の命よりも大切な親友に、今までにない怒りを乗せた声で。

 

 そんな本気の怒りを見せた弟に対して、兄は嬉しそうで、楽しそうな顔をして笑っている。

 

「そうだよな!じゃ、切り替えて頑張るしかねーよな!

 打てないと思ってたら、打てる球も打てなくなるぜ?皆さ、打率なんて3割ありゃ十分なんだ。つまり、お前だってさ、お祈りバッティングで十分って事だ!」

「……そうだな、そうだよなぁ…………忠告してくれて、ありがとう、北瀬。」

「とーぜん!偶には兄貴っぽい事もさせろよな!」

 

 

 

 

 北瀬は、伊川が落ち着いたのを見て思考を切り替えた。

 楽しそうな顔をしたまま、これからのピッチングを考えているのだ。

 

「城鳥先輩!これ、1点勝負になりますよね?」

「だな――だからこそ、俺の指示に従って全力で投げ続けろよ。」

「ですね〜!――この勝負は、負けられないですから。」

 

 やっぱり俺にも、世界最強のピッチャーとしてのプライドがあるみたいだ。

 だから2度と無いかもしれないこの勝負で、負ける訳にはいかない。

 

 それに……伊川が凹んでる時に、負けちゃったら可哀想だし。ま、脳筋の俺は、全力で投げるだけだな!

 でも、もし俺にもナックルが使えたら――

 

 まあ、今出来ない事を考えても仕方ないけど。

 

 

 北瀬は小さく肩を回して誘惑を振り払った後、胸を張ってマウンドへ歩いていった。

 

 4回まで、両チームヒット無し。

 最強のエース対決は、まだ始まったばかりである。

 

 

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