【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
注意!反転文字に気付いてくださった方、ありがとうございます。気付かれると思っていないので、ネタバレなどを多分に含みます。その上、今後の展開には関係ありません。マジで見なくて大丈夫です。誰にも気付かれない伏線を張りたい(物理)という私の趣味でしかありません。
5回表、マリナイズの攻撃に入る前。
ここまで1回も打たれずに来た黄瀬への歓声が観客席で響き続け、歴代最強投手と呼ばれていた北瀬より高い注目を得ていた。
この結果を出せば当然、観客達は続投してくれるだろうと考えているし、なんなら完全試合の達成を願い始めた早すぎるファンは多かった。
明らかにワールドシリーズまで隠してきた必殺技で、3年間も連続で優勝した絶対王者にも勝てるという空気は、ジャイアントキリングを願う全ての野球ファンに突き刺さったからだ。
しかし……ロッキーズの監督は、綾瀬川に交代し、ロングリリーフをさせようと考え直した。
勿論、予想外の大幅な予定変更である。
「なんで俺がマウンドから降りなきゃいけないんスか!」
指示を出される直前に目敏く気付いた黄瀬は、当然の様に監督に詰め寄って肩を押さえ込んだ。
彼の熱意を直接感じ取ったロッキーズの監督は悔しげに顔を歪めたが、意見を撤回する気は欠片もない様である。
やれやれと大げさに肩を竦めた後、黄瀬の両肘に優しく触れ、レフェリーに交代の意思を表明した。
監督は優しげな口元を崩さなかったが、目の奥からは怒りと恐怖と心配が読み取れた。
だが、ジド監督の心境なんてどうでも良かった黄瀬は、彼の肩をグラグラと大きく揺らして怒りを表現している。
野球という競技に、チームの末っ子・2番手以下のピッチャーとしてしか参加をした事がない彼は、ハンサムな顔付きに似合わず子供っぽい面が多かった。
「いやいや待ってくださいよ!俺のピッチング、明らかに完璧でしたよね!何でこの状況で交代になるんスか!!おかしいでしょ!!」
「Do you realize your elbow is burning? I don't praise pitchers who keep throwing like crazy. I call them unprofessional idiots.
(君さぁ、肘の発熱を分かってて言ってるのかい?私は、ガムシャラに投げ続ける投手を賞賛などしない。プロ意識の無いバカだって呼ぶよ。)」
それもその筈、ベンチに帰ってきた黄瀬は、明らかに肩を気にしていた。
投手としてのプライドか、投げている時には何の不自然さも感じさせなかった彼だったが、ベンチに帰って来てから肘を冷やす回数が明らかに多くなっている。
黄瀬の行動の不審さに4回が終わる直前に漸く気付いたジト・レーシー監督は、首元に冷や汗を滲ませながら慌てて綾瀬川に肩を作らせていた。
この試合で黄瀬を壊すわけにはいかない。そう、ジト監督は判断したからだ。
メジャーリーグという世界の為にも、ロッキーズというチームの為にも、自分の監督のキャリアの為に。
そんな監督の頑なな意思に気付いた黄瀬は、ニッコリと擬音が付きそうな程に、笑った。
「全っ然!まだまだ行けるっス!
――それに俺は、北瀬っちと伊川っちに勝ちたい!絶対に勝ちます。だから協力してください!」
彼は痛みで引き攣る腕を根性でブラブラと揺らしながら、可愛げを意識した百点満点の笑顔を見せた。
そう、明らかな懐柔作戦である。
彼は今までの人生を、スポーツの天才&顔面偏差値の高さで攻略して来たので、今回も行けると思ったのだろう。
「No, I'm not helping or anything...Ayasegawa is about to finish pitching.
(いや協力も何も……もう綾瀬川、投げ終わるが。)」
「ゲェーっ!!」
黄瀬と監督が揉めてる内に、綾瀬川は7球で打者を打ち取り終わったようだ。
彼は監督と綾瀬川を恨みがましげなジトッとした目で見つめた後、ゆっくりとため息を吐いて口を尖らせた。
「も〜綾瀬川っち、マウンドに上がる前に言って欲しかったっすよぉ〜!」
「だって涼太の話を全部聞いてたら、観客の人達待たせちゃうし……」
「えー、ブーブー。」
「What's done is done. Make sure you ice the injury properly for the next game.
(終わった事は仕方ないだろう。次の試合の為に、アイシングをしっかりしとけよ。)」
「はーい……」
ノロノロとした動きでアイシングを受け取った黄瀬を、ジト監督は心配そうに見つめている。
(肘を触った時、痛がってはいなかったが……妙に熱かった気がする。やはり、試合が終わる前に医務室に行かせるべきか……)
「監督、なんか変な事考えてるでしょ。これ以上の嫌がらせされたら俺、このチーム出てくっスからね?!」
「Ah... nothing.(あー……何でもないさ。)」
多くの人達がこの判断を後で強く後悔する事を、今の彼らは知らない。
対戦相手である伊川が北瀬の言葉で冷静になった瞬間、黄瀬の野球肩に気付いた事も知らない。
192種類の変化球の練習が、まだ未成年である黄瀬の脆い身体に響き、ナックルの連投がトドメを差した事も――今の彼らは知らないのだ。
0-0で迎える5回裏、1点で試合が大きく動く場面。
絶対的なエースである北瀬は、目をギラギラと光らせながら口角を高く上げ、自信ありげに笑っていた。
理由は明白。ずっと対等の相手と戦いたがっていた北瀬にとって、初めて本当に対等の投手と大舞台で戦える場面だからだ。
彼は、高校生時代に憧れたエース達のピッチングを思い出しながら、大胆不敵な笑みを浮かべている。
具体的に言うなら、成宮と本郷と降谷の事だ。
本来の世界の主人公である沢村の事は……最強のバント打者として認識していた。
ライバル宣言の後もずっと、北瀬達に追いつく為に努力してきた沢村からしたら酷い話である。
黄瀬は高校生の頃も強かったし、お互いにライバルだって思ってた。
だって……俺には出来ない、真田先輩みたいなピッチングがあいつには出来たんだから。
もちろん綾瀬川だって凄くて、俺には出来ない様な高校最高クラスの頭脳派としてピッチングをしててさ、マジでカッコイーなーって思ってたよ。
――でもあの時、黄瀬と綾瀬川に対してこんなに「負けたくない」って思ってたかなぁ?
前の俺は、今みたいにさ、俺の方が強いって主張したくなってたかなぁ。
今も昔も、最高の後輩達だって事は疑ってないけど。
多分これが、本当のライバルとしての感情なんだ。
最高の元チームメイトが最強になってさ、俺と世界一を掛けて戦うなんて――激アツじゃん。
北瀬は、マウンドにいる時の真田先輩の様な顔をした。大分彼から影響を受けている。まあお互い様だが。
――バシッッ!!
『フーー!!ホーーウ!!』
『で、出たーーッッ!!178km!!風を千切る音速の弾丸ッ!!激闘のワールドシリーズで、世界最速を、自らの手で塗り替えました!!
北瀬涼!!黄瀬涼太と綾瀬川次郎の熱投をものともせず!世界最強の地位は、未だ!彼の物です!!
三者三振!!彼らの激闘は、まだ終わらない!』
敢えて未来を語るとしたら
黄瀬が自分の力を出し切れる試合は今回までであるという事を
今は誰も知らないのである
「北瀬……そんなに本気で、楽しそうに……っ!」
伊川は赤くなった瞳を上げて、兄の雄姿を見届けようとしている。
彼は、初めて本気でやった勝負に負けた所を世界中に放送されて、かなり落ち込んでいる。
それでも……大切な兄貴が真剣に勝負する姿は、目に焼き付けたいと考えていた時、伊川は黄瀬の負傷に気付いてしまったのだ。それでも彼は、どうせ監督とかトレーナーが気付いてるだろうと考え、脳内でリスクとリターンを計算し始めた。
ちなみに彼にとって1番のリスクは、北瀬に黄瀬の故障がバレてせっかく楽しそうにしている所に水を差す事で、1番のリターンは黄瀬の怪我が悪化しない事である。大体の動機が他者依存の、伊川らしい考え方であった。
まあどうせ、あの程度の怪我なら3週間もあれば治るだろうし、言わなくていいか!そうやって結局伊川は、自分を基準にして怪我の度合いを判断し、怪我を伝える事を辞めた様だ。彼本人なら1週間ちょいで治るから、余裕を持って、3週間と判断したのである。
……彼は未だに、自分の頭脳とフィジカルを過小評価してしまう悪癖があった。
結局こんな状況であっても、伊川にとっては大切な家族が今までになく楽しそうにしてる事が1番重要なのだ。
だから今、もし黄瀬の怪我の重傷度合いに気付いていても言ったのかは分からない。
伊川 始は、人が喜ぶ所を見る事が好きだ。
そうでなければ、ここまで北瀬や真田先輩に尽くす事は無かっただろう。
それに、最近は自分のファンも喜ばせたいと真剣に考えているし、球団の仲間も大切にしようと努力している。
そして、薬師高校で出来た友達や後輩の事は、自分の一部の様に大切に感じているのだ。
それでも……彼にとっての1番は、家族である北瀬と結菜なのだ。
それは伊川 始の、内的要因と環境要因が合わさって生まれた強い感情なので、生涯変わる事は無いだろう。
結局、伊川の元の性格はメンヘラよりなのだ。
頭が良くて性根が優しいから今の所は隠せているだけで、もし浮気されたりしたら……考えたくもない事になるかもしれない。
ワンアウトランナー無し。9番打者として打席に立つのは、世界最強の投手、北瀬 涼。
メジャーリーグでも最上位クラスの長距離砲だが、最強とまではいかないバッティング能力であった。
これで22歳とまだまだ育ち盛りのピッチャーなのだから、本当に恐ろしい話である。
(俺が今の綾瀬川からホームランを打てる確率は……10%くらいかな。)
北瀬は心の隅でそうやって自嘲しながら、それでも嬉しそうに目を細めて笑っている。
今の彼はけして、絶対に勝てるという確信を持っているわけでは無い。ちなみに1打席で本塁打の確率が1割は多すぎるという事は元薬師打者なので全く気付いていない。
(でもさ、後ろには世界一の
俺だけじゃ、多分お前らには勝てなかったけどな。
彼は、彼の実力であっても挑戦者として挑める投手を、澄んだ青空の様な瞳に映し、本当に楽しそうに笑っている。 いや、だからってお前らに負けたとは思ってねぇし!思ってねーし!……あんま自信ないけど。
――バシッ!
「ストライク!」
『初級153kmストレート、内角際どい所、空振り!』
どちらかと言うと変化球を主体にしている綾瀬川は、意外にも初球はストレートを選択。
初球から、緩急を付ける為とはいえあからさまにリスクを犯してくると思っていなかった北瀬は打ち損じた。
伊川は、兄が打てる様にと、信じてもいない神ではなく真田先輩に祈っている。
――バシッ!
「ストライク、ツー!」
『外角いっぱいのカーブに手が出てしまいました、空振りです!』
ワンアウトランナー無し、ツーストライクノーボール。
投手に圧倒的に有利な場面でも、油断ならないのが薬師打者の特徴である。
基本的にホームランしか狙わないから、当たった時は大きく飛ぶのだ。
それを承知の上で、綾瀬川は今出来る最高のピッチングをした。
それでもカッ飛ばすのが薬師流だ!
そんな轟監督の声が聞こえた気がして、北瀬は笑った。
――ガギーーン!!
それでも打球は、大きな弧を描いて飛んでいく。
球場にいる全ての人が、鈍い音を鳴らして飛んでいくボールを見続けて――
フェンスに当たる寸前、センターがダイビングキャッチで掴み取った瞬間、熱気が爆発した。
(やっぱり――今の俺は、挑戦者だ)
そう思った後北瀬は、弟に、心配は要らないと言いたげな笑顔を見せた。