【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
「カハハハ……カハハハハ……奥沢、打つ!」
5回表を同点で迎える薬師高校の攻撃は、4番サード轟。この大舞台でも若干怪しい日本語のまま高笑いする雷市は、だが確かに甲子園ベスト4主砲としての貫禄に満ちていた。
ちなみに大阪桐生のピッチャーは、超重量級打線に疲れ切って交代した。
「轟ィ! ここで反撃しろー!」
「打撃の薬師を見せてくれー!」
「プロに行ってもお前を見に行くでー!」
観客達の大歓声も全く気にしない轟は、普段通りにカハカハ笑っていた。
それを見ている観客達は、轟は強い、彼なら何かしてくれる筈だと確信した。
メンタルが強い奴は大成しやすい。今も凄いが、コイツは将来何かやってくれる! 大きな歓声をあげ、将来の日本の主砲を歓迎していた……観客達の多くは、彼ら薬師主砲陣と大阪桐生の戦いを見に来ているのだ!
「雷市ー! ホームランだー!」
「俺達の主砲ー!」
「お前の後ろは三島だぞー!」
「そうだ! お前が打たなくても俺が打つー! ガハハハー!」
観客もそうだが、薬師ベンチも大歓声。薬師部員は、なぜか北瀬達が打席に立った時より明らかに盛り上がっていた。
……確かに北瀬や伊川も、雷市と同じ位強い。だが、薬師高校野球部にとって、あくまで野球部の象徴は轟親子なのだ。
俺達の主砲が、甲子園優勝校エースを打ち砕こうとしている。しかも同点の美味しい場面で……格好いいな!
この激アツな場面では、野球が別に好きではない伊川もなんとなく盛り上がっていた。ワクワクした顔をしながら、ベンチで歓声を飛ばしている。
___バシッッ!
「ボール!」
「轟! 轟!」
「いいぞー! そのまま行けー!」
「今日の轟も良いぞー!」
「頼む三振してくれー!」
薬師高校を見に来た観客達は喜び、大阪桐生を見に来た観客達は既に悲鳴を上げかけていた。バットを振る轟の迫力は……見ただけで、絶対に何かをすると確信させられてしまうのだ。
轟程の大砲になると、ボールを見送っただけでこの大歓声。流石、甲子園のホームラン記録を更新しただけの事はある。
まあ同じく、様々な記録を薬師高校として、そしてホームランは同数で北瀬も更新していて若干インパクトが薄れているが……それでも高校最強バッターである事は変わらない。
むしろ三振率が若干雷市の方が低いので、バッターとしての実績は実は雷市の方が上である。北瀬は基本、ボールゾーンの球も振ってしまうからだ。
「雷市ー! ナイス見逃しー!」
「良い感じな球を狙えー!」
「いやフォアボールなんて求めてねーぞー!」
「ホームラン行けー!!」
___ガッキーン!
薬師高校ベンチの応援が響く中、ワンボールノーストライクで奥沢は少しだけ浮いた球を投げてしまった。それを強打の轟が狙い撃ち。凄まじい打撃音を鳴らしながら、打球はグングン伸びていく……ホームランだ。
「雷市ー! ナイスホームラン!」
「でもエラー2は消せてないぞー!」
「次もホームラン頼んだぜー!」
陽気な薬師ベンチは大盛り上がり。流石は俺達の雷市、打撃力がヤベェ! 楽しげに野次も飛ばしながら、薬師高校ベンチはテンションをMAXまで上げていた。
昨年度は全国にすら行っていない、元弱小校相手に最初からホームランを打たれた奥沢。悔しそうにしていたが、彼を責める人物はいなかった。
ぐるりと部員達を見渡した大阪桐生の監督の松本隆広は、まあ仕方ないといった顔をしながらこう話した。
「うむ、薬師相手なら5点までは覚悟していた……
良いかお前ら! 多少打たれても対応は変わらん。相手がどれだけのボールを投げようとな、キャッチャーと守備陣がアレでは結果は見えている!
守備はガチガチ、打球はバコーン! 大阪桐生のやる事はコレだけだ!」
監督の言葉に対し、普通に考えれば分かる事をワザワザ言うなよと言った空気を醸し出している大阪桐生だったが、自分の思っている事を都合が良いとばかりに話しだした。
「こいつら相手なら、気持ちいいランニングホームランが出来そうだなー!」
「コイツらは危ない守備とか以前の問題だしな、脛キックは無いやろ!」
「怖い事なんて1つも無いで!!」
「あのピッチャー全く疲れへんなぁ……どんな肩してるんか見せて欲しいわー!」
(そういう事が言って欲しい訳じゃ無いんだが……士気旺盛なのは良い事だ。まあ良いか)
対して大阪桐生は、流石の超強豪校。薬師に多少打たれるのは必要犠牲として割り切った対応を見せていた。個性豊かなスタメン達の発言に若干監督は押されていたが……コレくらいなら恐らく問題無いだろう。
……
9回裏を4対5、薬師高校の1点リードの中で迎える大阪桐生のバッターは代打の大泉。
逆境に強いが守備は悪めの、どこかで聞いた事のあるような特徴を持つ代打の切り札だ。
ちなみに、守備が悪いというのは大阪桐生レベルの話であり、間違っても薬師高校の野手陣と比べてはならない。なんでこんな奴らが甲子園ベスト4なんだろうという感じの虚無が待っている。
___ズバシッッ!!
「……ストライク!」
北瀬バッテリーは、よく使用している外角高めから入った。大泉は振らなきゃと分かっていたが、あまりの鋭さに見送ってしまいワンストライク。
(また外角高めに来たか……でもチャンスだ! もし1球目で外角高めに来たら、この試合で1番確率が高かった内角低めを振るって決めている!
博打上等! 野球はそういうスポーツだ!!)
大泉は覚悟を決め、例え逆方向に見えても絶対に内角低めで振ると決めた。北瀬の変化球は切れ味が鋭すぎて、見てから振るなんて出来る筈が無いのである。
2球目、北瀬は普段通り、伊川を信頼して投げた。
___カキーン!
「キター! ホームランだー!」
「北瀬相手にホームランは珍しいなァ……」
「まーリードは良くバレてるからなー、そんな事もあるさ」
「北瀬ー! お前は悪くないー!」
MAX160kmがホームランを浴び、騒然とする観客達。面白がる人や偉そうに解説する人、そして伊川に野次を飛ばす人に分かれていた。
薬師高校のメンバーはいつもの事なので全く気にしていなかったが、心が折れそうな罵倒もあった……言われている伊川だけは嫌がっていたが、少なくとも他のメンバーは自分が言われても気にしていなかった。
たまたまではあるが、北瀬の球種の中で1番軽いスライダーが内角低めに投げ入れられ、それを狙い撃った大泉。
観客達の待つフェンスを越え、誰が見ても良く分かるホームランが決まった。
これで試合は振り出しに戻り同点。薬師高校は、最低でも後2回守備をしなければならない。
次の大阪桐生のバッターは、3番の赤川。
北瀬ですら青道と合同合宿をした時になんとなく聞いた事がある、轟クラスのバッターだ。轟雷市は1年生なので、若干雷市の方が優れているとも見れるが、それでも超優秀なバッターである。
絶対に打って勝つという、凄まじい気迫に溢れていた。
(眼圧ヤバっ……ヤンキーかよ……
てかさ、何でそこまで勝ちたい訳? イイじゃん別に。全国でも4強に入ってるんだぜ)
試合中に関係の無い考え事をする伊川。4番じゃ駄目なんですかという、どこかで聞いた事のある事を考えていた。
ちなみに国体が何なのか良く分かっていない北瀬と伊川。1番大切な試合である甲子園では無い良く分からない名前も知らない大会だという浅い考えを持ち、予行練習とばかりに色んなリードを試していた。
その結果、伊川は初めてキャッチングのズレを出し、人生初めてのフォアボールを出してしまった!
(やってしまった……! 3センチ位ミットをズラすなんて、小学生みたいなミスじゃん!)
キャッチングだけは完璧だった伊川は少し動揺していた。
3センチ位なら普通大丈夫かもしれないが、北瀬の精密機械の様なボールは、少しズレただけでボールになってしまうのだ。
まあストライクをボールにされた北瀬は、そんな事もあるよなといったボヘーとした顔で気にしていなかったが。
「そんな事もあるぞー!」
「気にするなー! 普段のミスの方がヒデェー!」
「次で終わらせてホームランだー!」
「伊川の打順じゃ無いけどなー!」
彼らの表情から、伊川のミスを悟った薬師部員。普段通りに野次を飛ばしつつも、しかし誰もほとんど気にしていない。彼の実力からしたら有り得ないミスだったが、寛容に簡単に許していた。
そもそも彼ら一同はエラーが多すぎて、この程度で目くじらを立てていたら頭の血管が破裂してしまう。
次の大阪桐生の4番バッター、坂根はまさかのバント。まあ1点取れば大阪桐生の勝利だ。勝ちに徹するならその選択も間違いでは無いだろう。
意外と上手いバント処理を見せた薬師だが……甲子園の中では下手くそな方である為、ランナーは悠々と2塁に進んだ。
ワンアウトランナー2塁で、大阪桐生は5番の山根が打席に立った。彼はフルカウントで粘りつつ、相手バッテリーのリードを読み切った上で全力でバットを振り切り……薬師高校はセカンド方向にヒットを打たれてしまった。
赤川は全力で帰塁する。薬師セカンドの福田は、センターとお見合いをしつつも全力でバックホームしたが……彼の肩では届かない。
「試合終了! 6対5で大阪桐生の勝ち! ……礼!」
『ありがとうございました!』
大阪桐生との試合が終わり、撤退準備をしながらどこかほんわかしていた薬師高校。少し満足げな顔をしながら、これで引退の3年生が話しだした。
「……試合チョー楽しかったわ!」
「国体出るとか、2ヶ月前まで予想外だったよなぁ」
「……雷市、北瀬、伊川、三島、秋葉……1年生の皆、ありがとな。お陰で一生の思い出が出来たよ……!」
「本当に、本当にありがとう……!」
「練習はキツかったけど、凄く楽しかった……!」
『今までありがとう!!』
試合が終わり、甲子園もとっくに終わり、思ったより凄く長かった引退の時期がやって来た3年生。
最後はというか、最初から最後まで1年生劇場だったが、この半年間は特に、凄く楽しかった彼ら。
弱小校だった野球部に入って来てくれた1年生達に、本当に感謝していると誰かが言い出せば、それに3年生の全員が乗っかった。
「いえ……俺も薬師でやれて、楽しかったっす!」
「先輩達は優しかったし、凄く楽しい半年間でした……!」
「カハハハ……楽しかった、デス!」
「卒業してもメール送って良いですか……?」
「先輩方がいなくなると、部室が無駄に広くなりますね……」
これで薬師高校が、3年生と試合が出来る最後の日が終わった。ギリギリの所で勝利を逃した彼らだが、別に昔いた先輩の無念とかも無ければ、目標は全国出場だったのでそこまで気にしてはいなかった。
彼らは……祭りが終わったと言うように、楽しかった、だけど寂しいなという顔でホテルに帰っていった。
「いやぁ轟監督、彼ら本当に凄いですねー! 俺ならどんな教育をするか考えるだけでワクワクして来ますよ!
特に轟くん! ちょっとポヤポヤしてる部員達の中でも、ブレない野球への執着が良いですねぇ!」
部員達が撤収準備をしている最中、ばったり会った薬師高校の監督と大阪桐生の監督。
薬師高校を褒め、特に雷市を絶賛した大阪桐生の監督の発言に対して、轟監督は凄く喜んでいた。
天才を育成するのにハマっている彼でも、愛息子の雷市は特に別格。雷蔵の野球人生を継いでくれる、大切なバカ息子である。
轟監督は部活中、息子だからこそ雷市に厳しい面も見せていたりもするが。
確かに北瀬と伊川も天才だけどさぁ、もっと記者は雷市に注目してくれても良いんじゃねーの? と若干不貞腐れてもいたのだ。
当然、教え子達が注目させるのは喜んでいたが。ソレとコレ、話は別である。
「いやぁーそうっスかねぇ?! まあうちの雷市も天才なんで、これ位チョチョイのチョイですよ!
いやー流石は大阪桐生で、あれだけ打っても負けてしまいましたが……!」
轟監督は、負けたにも拘らず寛容な態度で対戦高校を褒めた。実際、甲子園優勝は伊達ではない。
大阪桐生はラスボスの巨摩大藤巻並に凄かったのである。エース候補だった館広美は青道野手陣にボコボコにされていたかもしれないが。
「ははははっ。流石に俺達は、意地でも新たな強豪校には負けられませんですしプレッシャーヤバかったですねェ……薬師高校の打撃は素晴らしい!」
『ガハハハハ!』
最終的に謎の意気投合を見せた監督達。撤収が終わった後は集まり、2人で朝まで飲み明かしていた。
まあ轟監督はお酒が飲めないので、おつまみとウーロン茶を摘んでいただけだが……泊まっているホテルに帰ってきた監督は、凄く楽しげだったらしい。