【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
薬師野球部一同は、3回戦の帝東高校vs成孔高校を見に来ていた。試合時間が被らなかったので、当たるかもしれない強豪校の偵察に来ている。
東東京の覇者、帝東勝利の可能性がやや高いか? 普通に見に来ている観客と同じく、北瀬達もそういった意見だった。
……というか彼らは、今回見る学校の両方を知らないのでネットで調べて来た事をそれっぽく話しているだけである。
まあ、轟監督からすれば最近投げ過ぎかもしれない、北瀬達の休息を兼ねたお遊びに近いので問題ない。
確かにまあ、北瀬達の身体は相当頑丈そうだが、気をつけておいて損はない。
何もさせずに休憩だと言うと、北瀬達は趣味の釣りとか料理だとか、結局体力を使う遊びをしにいったりしてしまうから、理由を付けて休息をさせているのに近い。
休みは身体を休める為に使ってくれよ……遊びに行けって言ってる訳じゃねぇんだよ……轟監督は、北瀬達のアグレッシブさに頭を抱えていた。
寮生活をしているのだがら、轟監督は遊びに行くのを禁止すれば良いのかもしれない。
だが監督は、休息の時にリフレッシュするからこそ全力で野球を楽しめると考えているので、そういった発想にはならなかったのだ。
……
試合は7回まで、2対1で帝東が優勢。
帝東のエースピッチャーである向井の、サイドスローから放たれる奥スミ、と呼ばれる9分割以上の制球力とスクリュー。
それがキャッチャー乾のリードによってピシャリとハマった、素晴らしいバッテリーだった。
対して成孔の小川は、素晴らしい身体能力を活かした荒々しいピッチングで、因縁のある帝東相手にも全く怯まない。
目の肥えた観客達にとっては、両校の総力を尽くしたと言える素晴らしい試合なのだが、基本的にホームランにしか興味がない薬師部員は少しつまらなそうな顔をしていた。
「……両方もっと打てよ。どうせならホームラン打てよ、せっかく見に来たんだからさぁ……」
「まぁ打撃は微妙だけど、守備凄い良いじゃん。特に帝東のショートやばくね!」
「たしかに……?」
つまらなさそうな顔で愚痴る伊川に対して、北瀬が宥める。
伊川からすれば、ただでさえ興味のない野球を1時間も見てるのに、ボールが飛ばないクソ試合だった。
対して北瀬は、確かにもう少し打撃が強ければ良いのにと思いつつ、自分が試合をしている時は相手守備を眺める時間がないので興味深く試合を見ていた。
彼は一度もプロの試合を見に行った事がないので、試合を見る興奮もなおさらだった。
北瀬は内心、ギャーギャー大はしゃぎしながら観戦していた。
嘘だろ?! あのショート、横っ飛びでキャッチしたぞ! うわその体勢のまま投げた、実業団に行った小林先輩より上手いんじゃねぇの。
うわー……センターも、あんな所に飛んだ打球をキャッチしたよ、上手いなぁ。彼1人で、薬師高校の外野3人分位の守備が出来るんじゃないのか?
北瀬はそうやって、戦っている帝東や成孔の守備を褒め称えながら見ていた。ちなみに、打撃は全く褒めていない。まあ薬師高校の下位打線ですら、帝東や成孔のクリーンナップ位を持っているので当然かもしれない。
まあ確かに帝東や成孔の守備は堅いのだが、ヤバいのは薬師高校の守備の方である。
自分達の守備が酷すぎて、強豪校の守備を見ていると、何をしていても素晴らしく感じてしまっているのだ。
伊川にとって守備を見るのは全く興味がない為、どうでも良い話だったが。
自分がやるのも興味ないのに、どうして人がやっているのを見なくてはいけないのか。といった心境だった。
でも想定していたよりも北瀬が楽しんでいた為、伊川はわざわざこの試合の面白さを否定したりはしなかった。
……
7回、成孔はワンアウトで犠打の様なフライを放った。2塁ランナー、成孔のピッチャー小川がホームに突っ込む……だがこのタイミングでは間に合わないだろう。
そう考えていた真田先輩達だが、その瞬間うわっと驚く出来事が起きた。
___小川が本塁に突入した時、捕手を吹き飛ばしたのである。
「うわ! あいつキャッチャーにタックルしに行ったぞ!」
「卑劣様じゃん!」
どうなったのかと不安がる観客達だが、キャッチャーはボールを離していなかった。
重戦車ばりの突撃をした小川は、当然アウト。卑怯なプレーで点を取られるのが嫌だった観客は安堵した。
だが……帝東の乾は、脇腹付近を痛めてしまっていた。
「ボールは離してない……けどキャッチャー交代だ!」
「うわぁ……ヤバい……」
「帝東の控えキャッチャーって誰?」
「さぁ、知らねぇ」
「あれ良いな! 俺も真似るかなぁ……!」
「辞めとけよ。就活に影響出るかもしれないし」
ドキドキしていた薬師部員。結局帝東は点こそ取られなかったが、キャッチャーの乾が故障してしまったのだ。
……俺達の試合でアレをやられたら、人数が少ない俺達なんて一網打尽だぞ?! 一部の部員は心配していた。
対して伊川は、アレくらいのタックルなら怖くないな。やってきたら逆にブロックでぶっ壊してやるよと考えていた。
転生する前から伊川の身体は強靭だったので、ガチ目の殺意がないタックルなんて怖くないのである。
積極的に受けたいとは思っていないが、別に来ても問題ないと考えていた……むしろそれで、相手エースを合法的に壊せるならお得だとすら考えていた。
そして、アレって俺が真似すればもっと上手くやれるなと、伊川は思った。最終的に伊川は、北瀬に止められたし就活リスクも考慮してやらない事にしたので、多分セーフだろう。
試合はその後、帝東エースの向井が2回で3点も打たれて負けた。
向井のピッチングの真価は、優秀なキャッチャーがいないと発揮出来ないのである。
ラフプレーで勝ち進んだ様な物である成孔に対して、観客達は非難轟々だった。
ちょっと問題のある試合を観戦した後、さてと帰るかと撤収する薬師高校。その時、真田の肩を軽く叩いてきた謎のお兄さんがいた。
「えっと……すみません、今撤収しているので……」
面倒なファンの方かと考えた真田は、作り笑顔で逃げようとする。それに対して謎のお兄さんは、名刺を出しながらこう言った。
「すみません、お時間少し良いですか……? 私はこう言った物です」
「エッ、ヤクルスワローズのスカウトさんですか?! ……ああ、そういった事なら問題ありません。お答えできる事ならお話します」
真田先輩は一瞬驚いたが、なるほど雷市か北瀬か伊川のスカウト担当かなと思いながら、丁寧に話した。
大切な後輩の未来を、自分の手で潰したくはないからである。俺が何を言った所で、彼らが天才な事は変わらないけど。まあ万が一の事はあるし、といった考えだった。
1位指名の筈が、2位指名になったらたまらない。
「ありがとうございます。では早速……真田くんは、高卒プロ入りをどう思いますか?」
「そうですね、雷市はすると思います! 彼の夢はプロで活躍する事なので。北瀬はどうですかね? 彼の夢は聞いた事がないのですが、」
後輩達の事を話し続けている真田を、スカウトは手で止めた。
このお兄さんは、後輩の事を聞きたいのではなかったのだ。
いや、まあ話してくれるのなら聞いても良いのだが、上位指名選手に対する権限は、まだ若い彼には全く無い。
彼は、自分が推薦しようと思っている選手について、話を聞きたいのである。
「いえ……私が聞きたいのは、真田くんの事です」
「俺っすか??」
真田は困惑していた。俺の話と、ヤクルスワローズに何の関係があるのだろうかと考えたのだ。
真田は自分の事を、たかが元弱小校の2番手ピッチャー、打順は6番な上しかも怪我持ちだからと軽視していたのだが……
もしかしたら真田は、一部のスカウトから上位指名もあり得るかという程評価されていたのである。
甲子園で3本のホームランを放ったピッチャー。もし打撃に専念させれば、どこまで伸びていくのだろうか。
しかも2年生で145kmと、球速が150kmを超える可能性まで考えられる。
中学生の頃は最高でも2回戦負けの弱小校にいた記録があるし、ポテンシャルはまだまだあるだろうと一部の熱心なファンからは予想されていた。
「プロですか……まあ、なれる物ならなってみたいっすよね」
「ありがとうございます! ぜひ参考にさせていただきます。真田くんは、どうして野球を始めたんですか?」
「えっ、まあはしゃぎ回っている子供だったらしくて、親が疲れさせようと地元のリトルに入れたらしいです。覚えてないですけど……」
スカウトは興味津々と言った顔付きをして、真田に話しかけていた。実際このスカウトは、ヤクルスワローズはセ・リーグであるため、真田の強打者ぶりもしっかり活かせるだろうと考えている。
恐らく怪我持ちだろうが、それを何とかするのが球団の役目である。このスカウトはそう言った考え方だった。
この時期のスカウトは一応禁止されているが、具体的な話をしていないので、また多分セーフ……だろうか?
ちなみに後々分かる事だが、このお兄さんはスカウトの目利きこそ高いが口下手で、たまにやらかして問題を起こしていた。
彼のスカウトした選手がしょっちゅう大成する為クビにこそなっていないが、上層部に苦い顔をされている。
「ありがとうございます、参考になりました。では私はこの辺で失礼します」
「はい、ありがとうございました!」
色々な話をした後、スカウトらしきお兄さんは帰っていった。
撤収準備はとっくに終わっている筈の時間が立っていたが、全員が真田先輩がプロのスカウトと話している内容に聞き耳を立てていたので全く終わっていない。
指示を出す立場の監督ですら、注意するどころか自ら聞き耳を立てていた。薬師高校はノリで生きている。
「真田先輩! もしかしてプロになるんですか?! 凄い!!」
「カハハハ、強ナーダ! 凄い!!」
「ははは、そうだと良いな! まぁスカウトさんは社交辞令で言っただけだと思うけど……」
スカウトとの話が終わった後、北瀬達がキラキラした目で話しかけてくる内容に苦笑しながら、真田は軽く答えた。
真田先輩も内心、もしかしたらの話を考えてドキドキしていたが、ちょっと格好を付けて否定した。
どうせ、結局俺は指名されないだろうな。そしたら、本気で嬉しそうにするのは格好悪いし。
そもそも、凄い1年生におんぶにだっこでここまで来たのに、それを自分の実力だと考えてドヤ顔するのは違うだろ……でも喜んじゃったよ、カッコ悪りい……
あくまで真田は、そういった考えだった。
将来本当にヤクルスワローズに指名され、しかも上位指名で来た事に、真田は腰を抜かしかける事になる。
後輩達は無邪気に喜んでいた。流石真田先輩、凄い!
……真田先輩からすると不思議な事に、後輩達は真田の実力を妙に信じているのだ。
プロの世界の厳しさとかは全く考えず、ニコニコした笑顔で祝福している後輩に、真田は引き攣った笑顔で返す事になる。
真田先輩は、あくまでプロ入りは将来の夢であり、高卒でなれると真剣に考えていた訳では無かったのである。内心完全にビビっていた。死ぬ気で表情には出さなかったが。
秋季大会の決勝戦を控えた前々日、テレビに紹介される動画を取るとして、薬師高校に有名アイドルが来ていた。
ちなみに、残念ながら男だった……どうせなら可愛いアイドルにしてくれたら、取材に対するやる気がもっと出たのに。北瀬達は残念に思っていた。
「薬師高校は、東京都大会で残り決勝戦を残すだけになりました! おめでとうございます!」
『ありがとうございます!』
イケメンアイドルが、華やかに場を盛り上げる。喋るのが得意な人が真田先輩しかいない薬師高校部員は、素直に凄いなーと思いながら話を聞いていた。
「じゃあ伊川くん! 薬師高校がここまで来れた秘訣を、ズバリ教えてください!」
「烏野の王様、影山飛雄にリードを教えて貰ったお陰で、ここまで来れました」
教えて貰ったというのはやり方のコツではなく、今回何を投げれば良いのかというリードのコピペ用ノートである。
しかも、影山はタダの例問だと考えて作っている為、公式戦で使用できる様な出来では全く無い。
それでも伊川本人にリードをさせるよりはマシなのがおかしな話だが……
それに、伊川達は知らないが影山は王様という異名を嫌っているので言わない方が良い。彼らはたまたまだが、今の所彼に対して王様と言った事が無いので知らないのだ。
そもそも伊川達は、王様という言葉が蔑称だと知らないので仕方ない面もある。
伊川がリポーターに対してした発言で、悪意なく彼を王様と呼ぶ人が増えた事により、最終的に様々な人から王様と呼ばれてしまう影山。
王様と呼ばれるのを嫌がっていたが、最後は諦める事になる……そして、プロスタメンになった辺りではノリノリで王様を自称していた。
「烏野の王様、影山飛雄くんですか? 烏野という学校の影山飛雄くんに、リードを教えて貰ったって事ですか?」
高校野球をよく知らないレポーターが、烏野というのは学校なのかと聞いた。
まあ彼がもし知っていたとしても、知らないテレビの視聴者の為に聞いていたかもしれない。
「そっすね。影山は王様って呼ばれる位凄いキャッチャーなんすよ。メルアド交換してるんで、俺が普段何の練習してるかとか、何食ってるかとか教える代わりにリードを教えてもらいました」
どんな練習をしてるかという、今の所薬師野球部しか知らない話を外部に漏らしていた事をあっさり話してしまう伊川。
だがテレビの視聴者は、部外秘は漏らしてないだろうと勝手に思い込んだので炎上はしなかった。
「へぇ……! 影山くんってキャッチャーは凄いんですね! 今話題沸騰中の薬師高校のキャッチャーに教えられる位、凄いリードをするんだぁ!
……薬師高校の1番である真田くんは、薬師高校が飛躍した理由についてどう思いますか?」
伊川のリードがとんでもなく悪い事を知らないアイドルは、伊川の発言をあっさりスルー。
深堀りすれば面白い話になっていたのは間違い無いのだが、彼が言って欲しいのは打撃の話だ。
ここまで来れた秘訣を聞けば、間違いなく打撃の話が来るだろうと考えていたアイドル兼レポーターは、焦りながら話題を変えた。
困った時は1番の真田(2年生)に質問しろと教えられていたアイドルは、とりあえず真田に話題を振った。
「やっぱり、俺達の強みは打撃にありますね。雷市や涼に、追いつけ追い越せと、薬師高校全員がバットを振り続けてます!」
真田は打撃って言って欲しいんだろうなと察していたので、その通りに答えた。まあ真田の本心でもあるので別に良いだろう。
「じゃあエースの真田くんも、打撃に力を入れているんですか?!」
「はい、エースもバットばかり振ってますね。やっぱりホームランを打つのは楽しいからじゃないでしょうか? ……エースは俺じゃなくて北瀬ですけど」
1番はエースだろうという浅い知識で、レポーターは真田の事をエースだと言った。
真田はエースが誰かを訂正しつつ、エースが打撃に力を入れているのは正しいですと楽しそうに語った。大切な後輩達を褒めるのは、やっぱり楽しいなと考えていたのである。
……このアイドルは、野球部に取材に行くならエースの名前位覚えとけと、今からプチ炎上していた。
ちなみに北瀬が自主練習時間にバットばかり振っているのは、そういう物だと思っているからである。
そもそも1番積極的に野球の練習をしているのは雷市で、周りもそれに感化されて強豪校並みの練習量を続けている。
その雷市がバットばかり振っているので、薬師高校の練習の気風も、とりあえずバットを振れという事になった。
その光景を見ていた北瀬も、当然の用にバットを振り続けている……彼は本当は、もう少し守備を練習したいと思っているのだが、自主練習中に守備の練習をする発想が無かった。
「えっ、エースは主砲の1人の北瀬くんなんですね、ごめんなさい! ……では北瀬くんは、今後どういった選手になりたいと思っていますか?」
「エースらしいエースになりたいです」
成宮さんや本郷くんの様に自信を持って投げられるような、という言葉が抜けている。
まあ彼は、取材で少しでも話したくないと考えているので仕方ないのだが。
「なるほど! では北瀬くんにとっての、エースらしいエースとはどんな選手ですか?」
「エースだと、胸を張って言える選手です」
北瀬が言いたいのは、自分がエースだと胸を張って言えるし、チームメイトもコイツがエースだと胸を張って言える選手になりたいと言う事だ。全く言葉が足りてない。
というか、なぜアイドルは北瀬に話しかけ続けるのだろうか……? 実は北瀬に話しかけてもマトモに答えてくれないという情報を、このレポーターは知らないのである。
しっかりとこのアイドルの為に纏めた資料には書いてあるのだが、多忙なアイドルはマトモに見ないで現場に来ていた。
ちなみに部員達も、伊川のリードを教えて貰ったという発言をリードやり方を教えて貰ったという意味だと、勘違いし続けたままである。