【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
稲城実業vs青道高校の試合を見に来ていた薬師高校。ちなみに成孔はエース小川が途中降板し、青道にあっさりヤられていた。
試合は延長になるかと思われたが、9回裏ツーアウトで、稲城実業のエースがホームラン。
2対1で稲城実業が勝ったのを見届けた後、ドリンクを買いに行く人を決めるじゃんけんに負け、自販機前まで来ている北瀬。
ちなみに、珍しく伊川は隣にいない。彼は普通に薬師高校のメンツと待っている。流石にヤバいヤンキーはこんな所に来ないだろうと考えているから、北瀬と離れたのである。
伊川も喧嘩はそこまで得意ではないが、1人と2人では絡まれる数が違う。地元の経験からそう知っている北瀬達は、だから2人で毎回行動しているのだ。
ちなみに地元の家に帰ったとしても、北瀬達の活躍は流れていて流石にSNSで実名を晒されて大変な事になりたくないヤンキーは意外と多いので、絡まれる回数も相当減っていただろうがそんな事を彼らは知らない。
偶々、稲城実業の成宮鳴を見かけた北瀬。噂話によると、ピッチャーライナーの当たり具合がマシだったらしく、10月の頭には骨折が治ったらしい。北瀬達は知らないが、地獄のリハビリを経て復活してきた様だ。
稲城実業は撤退準備をしていたが、スタメンの成宮達は仕事をしていなかった。そういうルールなんだろうなと、北瀬は考えた。
実際の所、彼らは後輩に仕事を押し付けて逃げていたのだが、そんな事は北瀬は知らない。
「あの! 成宮さん……ですよね」
「おっ、薬師のエースじゃねぇか」
「俺になんか用?」
咄嗟に話しかけてしまった北瀬は、俺は何で話しかけたんだろうと自分の思考を疑いながら返事をする。
何を話しかけようとしてたんだっけ。たしか、吹奏楽部も来てくれた青道高校との対戦を見ようと思ってて、成宮さんの投球が凄くて、たった1点しか取られなかったんだよな……
北瀬は何でこんな名門校選手に話しかけてしまったんだろうと後悔しつつも、どうにか会話を成立させた。
「えっと、その、成宮さんが青道相手に投げた試合……凄かったです」
「そうだよねっ! さすがは俺! ……それで? 他に言う事無いの」
成宮の自信に満ち溢れた言葉を聞いた北瀬。凄い人間だな、自身が有り過ぎないか、でもカッコいい気がするなどとと色んな意味で感心しながら、話の続きを必死に考えていた。
青道さんが負けたのは吹奏楽部が可哀想だけど、稲城実業と戦えるのは嬉しい気がする。
相手は強くて勝てるか分からないけど、前戦った時、成宮さんとの試合は楽しかったな……それだ、俺はそれを話そうとしてたんだ! 北瀬は話したかった事を思い出し、
「えっ、いや……稲城実業と戦った時が1番でした。また戦えて嬉しいです」
正確に言いたい事を言ったとするなら、成宮鳴さん率いる稲城実業と戦った時が1番楽しかったです。また戦えて嬉しいです。今度こそ正々堂々と勝ちに行きます、といった内容だったが北瀬は話せていなかった。
今度こそ正々堂々と、と口にしてしまうと卑怯な作戦を実行したみたいなので、言えなくて正解だったかもしれないが。
「ふーん……俺達が1番強かったって事か。そりゃそうだよ、だって俺がいるもんね!」
「調子に乗るな。成宮がピッチャーライナーに当たっていなければ、俺達が勝っていた」
「とは言っても、勝負ってのは時の運もあるからなぁー」
成宮は、言葉の足りない北瀬の言った事を都合良く解釈し、ドヤ顔で口にしていた。
白河には北瀬の言葉が、稲城実業をバカにしている言葉に聞こえた様で、イラッとしながら言い返していた。まあ彼はだいたいいつもイライラしているが……
それに、カルロスは白河の言う事を修正したように見えて、きっちり前回薬師が勝ったのは運が大きいと口にしていた。
彼の言い分は言い訳っぽいが、エースが打球に当たって故障負けなんて、文句も言いたくなるだろう……稲城実業スタメンのプライドは、大概めちゃくちゃ高いのもある。
「薬師高校……俺か真田先輩が先発すると思います。俺も全力で行きます。だから、ピッチャーは成宮さんを出してください」
北瀬は、俺は何を偉そうに何を言っているんだと思いながら、それでもこの言葉を後悔しなかった。
(俺は、甲子園よりも……成宮さんともう一度戦いたい!)
「何言ってんの? 当然じゃん……俺が出るからには、俺達が勝つよ」
「次は、マグレで勝てると思うなよ」
「俺達の強さは、一応知ってると思うがな……悪いけど、今回負ける気しねぇから」
勇気を振り絞って北瀬は、薬師高校に対して成宮を出せと言ったが、言われた稲城実業メンツは少し困惑していた。
だって、前回負けた甲子園ベスト4の対戦相手に、エース成宮を出さない筈が無いからである。
後、絶対お前が登板するに決まってるだろ。2番手ピッチャーに投げさせる余裕なんて無いだろ? 無いよな? そう稲実メンバーは考えたからだ。
そんな時、成宮は当然の顔をして、俺が出るから勝つと断言。稲城実業メンバーもその言葉を聞き、少し安心した顔で絶対勝つと肯定する。
打撃能力が最高クラスの薬師高校に、俺達は勝てるのか。少しだけだがそう言った不安を抱いていた彼らの不安を、エースが晴れさせたのであるのである。
そんな彼も実は、ピッチャー単体では、北瀬に負けている事を内心分かりきっていた。
打撃面でも、薬師高校には勝てないと分かり切っていた。
___それでも、俺が出たら絶対に勝つ。
そう断言出来る強さを、成宮鳴は持っているのだ。
あるいは自信過剰とも言うのかもしれないが、この強気な性格が野球で有利に働く事は確かだろう。
「薬師が打撃で勝ちます……ありがとうございました」
何にありがとうと言っているかを言わないまま、北瀬は自販機の前を去った。
正確にいうなら、成宮さんが率いる稲城実業相手でも薬師高校が打撃で勝つつもりです、話を聞いてくださってありがとうございました。という意味だ。
この言い方では、何に感謝しているのかの解釈が分かれてしまうだろう……最悪、成宮相手なら簡単に勝てるとか、そういう意味だと解釈出来なくもない。
自身に満ち溢れている成宮はそうは思わなかったが北瀬は気をつけた方が良いだろう。
彼は身内以外に口下手な上、割とピッチャーとして尊敬している他校の先輩の前という事で、緊張し過ぎていた。
歩いている途中で、まだドリンク買ってないなと思い出したが、引き返す事は今さっきの雰囲気的に出来なかった。
遠くまで買いに行って、伊川を心配させる事になる……小さな子供を持った母親じゃないんだから、そんな些細な事で心配しない方が良いのではないだろうか?
いよいよ、春の甲子園を掛けた決勝戦が始まろうとしていた……薬師高校の屋台船、轟監督が試合前最後の号令を掛ける。
「いいか! 稲城実業が来る事は分かってた……夏のギリギリ勝ちを、春の完璧な勝ちにするぞ!
とにかく、とにかく打撃で押し潰すぞ!!」
「打撃で潰せー!」
「行くぞー!」
「カハハハ……成宮! 打つ!!」
「……監督、どのチームが来るか分からないって言ってませんでした?」
薬師高校もやる気は十分。絶対に勝てるという自負を持って、試合に望む。一部監督の発言に疑問を抱いている部員もいたが、彼もやる気はあるので大丈夫だろう。
……その根拠のありそうでなさそうな自信は、どこから捻り出して来るのだろうか? やはり、甲子園ベスト4という自負だろうか。
ちなみに稲城実業が夏の甲子園に出ていた場合は準優勝していた。別に西東京で1番強いチームと言う程、彼らは強くないのだが、それを薬師高校メンバーは知らない。
1回表、薬師高校の攻撃は1番伊川。基本的に一番打者だった秋葉ではなく、甲子園打率9割超えの伊川である。
対して稲城実業は、マウンドにエース成宮を送る。当然の選択だ。成宮以外では、薬師打線を全く抑えきれないだろう。
(なんか、北瀬が対戦を楽しみにしてたピッチャーだよな……ドラフト1位確定なんだっけ?)
北瀬もわざわざ面倒な奴に、出てきてくれなんて言わなきゃ良いのに。成宮相手じゃ15点位取れるか相当怪しいぞ、と伊川は軽く愚痴りながら打席に立つ。
毎回15点取りたいと思いながら試合をするのは、明らかにおかしいのだが、まあ薬師高校だから仕方ない。
ちなみに北瀬が言わなくても100%成宮が出ていたのだが、そういった事を深く考える思考を、伊川は持っていなかった。
___カキン!
(まあ、ストレートなら普通に打てるけど)
伊川は毎度お馴染みのヒットを放つ。ツーベースも行けた気がするが、安全策を取り1塁で止まった。
ちなみに彼なら、投げられていれば変化球も簡単そうに打っただろうが、脳内で一応謙遜しながらそう考えていた。
1回表、ノーアウト1塁で北瀬が打席に立つ。
成宮と対戦する事を楽しみにしている彼は、意気揚々とホームランを狙いに行く。
本人はあまり気付いていないが北瀬が打席に立つと、勝てる訳がないと絶望しているピッチャーは多い。だからこそ、本気で討ち取れると信じている成宮と戦うのが、特別に楽しいのだ。
___カキーン!
「惜しい! ファールか!」
「成宮ー! 頑張れー!!」
「良いアタリだぞー!」
「鳴ちゃーん! がんばってー!!」
初級、鋭い当たりだったが、ギリギリボールが外に出てしまいファール。
2球目3球目で、ワンボールツーストライクと追い込まれた北瀬。だが、それでもバットを長く持つスタイルは変えない。
これくらいは苦難の内に入らないという、自身に満ちた顔つきをして、バットを全力で振った!
___ガギーン!
「……アウト!」
成宮相手でも、普段通りの打撃で突き進む北瀬。変な軌道を描きながら上がった打球は、深い所に落ちそうだったが、カルロスがファインプレー。
これで、ワンアウト。だが……
「セーフ!」
伊川は珍しく全力で塁を駆け、なんと3塁まで進む事に成功してしまう。北瀬のやる気に、完全につられていた。
相当取り辛いボールのキャッチに成功していたカルロス。だが軽く躓いてしまい、2塁に投げる事が出来なかったのである。
幸いカルロスに怪我は無かったが、このたった1つのミスをカルロスは苦々しく思った……取ってくれるだけ有り難い打球だったのだが、彼は上昇志向が強い。
ちなみに北瀬が笑っていたのは、勝てる自信に満ちていたのではなく、単純に打つのが楽しいと考えていただけだ。
それに彼は、バットを持つ長さで打ちやすさが変わることすら知らない。
ワンアウト3塁で、バッターボックスには轟。
彼は、薬師高校で1番ホームランが多い選手である。北瀬も多いが、これまでの試合で2本負けていた。まあ彼らの打った本数からすれば、誤差範囲に近いが……
___バシッッ!
「ストライク、ツー!」
「カハハハ、やっぱりギュンて曲がった! ……ギュムッかな?」
雷市は、聞いてもよく分からない擬音を言いながら、脳内でボールの動きを訂正する。
なるほど、スライダーは思っていたよりも2cm位手前で斜め下に沈んでくるな。修正しよ……などと、発言とは裏腹に高度な修正能力を発揮していた。
そして、スリーボールツーストライク。フルカウントだが、雷市は狙ったスライダーを、全力で振り切った!
___ガギン!
ボールはショートとサードの合間に飛んでいく。割と足が速い雷市を、サード矢部が完璧にアウトにした。
「ホーム!」
だが……雷市が打った瞬間、迷わず伊川はホームに突っ込んでいた! 伊川は、雷市ならヒットを多分打つだろうと信じていたのだ!
普通にアウトになった事は何回もある筈だが、何となくこの日は突っ込む気分だったのもある……あわよくば、運悪く相手キャッチャーと接触できないかなとも考えていた。
小川のキャッチャー破壊作戦を、運が悪かった感じでもっと上手くやれれば良いなと考えていた事もある。
ちなみに小川はラフプレーをしたが、破壊しようまでは考えていなかった。つまり冤罪。伊川の心の闇が作り出した虚像だった。
伊川は、北瀬や薬師部員の勝ちたいという気持ちや、学校の雰囲気に飲まれまくっていた。彼本人は、対して甲子園に行きたいとも思っていない筈なのだが……
運良くなのか、運悪くなのか。マグレで接触事故が起きそうに無い程度の距離感で、伊川は帰塁する事が出来た。
伊川の珍しい神走塁で、観客席は盛り上がっていた。
「ツーアウトだけど、稲実から1点取ったぞ!」
「伊川足はえぇ……!」
「何であいつ全く盗塁しないんだ?」
「さぁ、苦手なんじゃね?」
今回伊川をアウトに出来なかったのを、矢部のせいだと攻める訳にはいかない。今伊川が本塁に走っていったが、どう考えても3塁で待つべきタイミングだったのだ。
伊川本人は無自覚だが、完璧にヒットエンドランに近い形で暴走していた。ベンチからは指示が出ていないのにである。
まあ伊川が珍しく、リスクを取ったプレーをしたのに感動した監督は、わざわざ無粋な発言はしなかったが。
どうせなら、打撃の時もやってくれれば良いのにな……そう思いつつ、轟監督は伊川のプレーを喜んでいた。
まあ伊川は野球に対してやる気が出たのではなく、北瀬の熱意や観客達の熱気に当てられていただけだが、この時やる気を出していたのは本当である。
この後は、三島をアウトに討ち取りスリーアウトチェンジ。成宮は初回から1点を取られてしまったが、薬師3強に対してコレなら誇っても良いだろう。
……成宮は、それを一応分かった上で悔しがっていた。
「あークソ! 点取られるつもりなかったのに!」
「鳴さん! でも凄いピッチングでしたよ、鳴さん以外には出来ない投球でした!」
「……こんなの俺ならやって当然だし! 樹は黙ってて!」
……稲城実業新生バッテリーの気持ちは、まだまだチグハグだった。試合で問題が起きかねない微妙な仲だったが、それでも成宮鳴が強い事は変わりない。