【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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36球目 エースとは

1回裏、稲城実業の攻撃はセンターカルロス。

ドラフト上位指名の可能性が高いと言われる程、優れた身体能力の持ち主。その才能の多くを守備に利用している選手だ……薬師高校とは逆のタイプに見える。

ちなみに打撃能力も良い。

 

 

1番カルロスはど真ん中にボールが来る事を願って、明らかにストライクの球だけ狙った。

 

 

___バシッッ!

 

「アウト!」

 

だが、運悪く一度も真ん中にはボールが来なかった為アウト。マグレじゃなければ絶対に打てないかもしれないと、プロ有力候補のカルロスにすら思わせるピッチングだった。

 

 

 

ワンアウトランナー無しで、2番は白河。しぶとい打撃と守備をしている、薬師鉄壁の布陣の1人。強豪校のクリーンナップに配属される程、ミート能力の強いバッターでもある。

 

 

___ガギン!

 

北瀬は絶対にど真ん中に投げてくると信じて、白河は絶対にど真ん中にしか振らなかった。

それがマグレで当たり、ボテボテのゴロを打った……当然の様に薬師野手陣は取れず、ワンアウト1塁。

 

 

(バカめ……何でピッチャーコントロール力は高いのに、ど真ん中にボールを投げさせるんだ?)

 

白河は、キャッチャーの伊川を内心バカにしながらキレていた。こんな奴に夏甲子園で負けたのだから、当然である。

 

ど真ん中に投げさせている理由は、公式試合でコピペ使用するとは知らないライバルチームのキャッチャー影山が、守備が堅い前提で作ったリストをそのまま利用しているからである。

伊川は根本的に、野球が好きでは無いのだ。というか、そもそも勝負事が嫌いである。なぜ人と優劣を付けなくてはならないのか、全員金メダルの方がマシだ。

 

……伊川は意外にも、そういう思考タイプだった。

環境の劣悪さに慣れきっているだけで、いちおう性根から腐りきっているという程でもない人間だ。

 

じゃあ何故相手を怪我させようとしてくるのかというと、善悪の区別があまりついていないのである。

伊川はそもそも、人を負かすのが好きではなかった。怪我をさせるのも好きではなかった。

 

まあ、皆の為に必要ならやるけどな。

相手を負かす事が必要であるならやるし、怪我をさせるのが必要だったらやる。当然の話だと、彼は本気で考えている。

薬師高校の皆はそこまでしろとは言ってないが、彼はそういう考え方をする人間だ。

 

 

 

 

 

白河は伊川から、当然といった顔で2連続盗塁に成功。ワンアウト3塁で、打順は早乙女になる。

 

 

___ここで早乙女は、監督から衝撃的な指示を出されてしまう。

 

それは、バントだ。ランナーは3塁にいるのに、3塁方向へバントを指示されたのである。

 

(薬師高校は、バント処理は普通に出来ると分かっている筈……だから、監督の指示には何か意味がある筈)

 

 

早乙女は悩んだが、結局監督の指示を信じてバントの構えを取った。

 

北瀬-伊川バッテリーは、この事に対して特に何も思わず。というか、バントのおかしさに気付かずに投球した……何故か超スローボールを。

 

 

___ガッ!

 

なぜ相手はバントをしようとしているのに、スローボールを選ぶのか……当然、北瀬バッテリーが状況を全く見ていないからである。

影山リード本によると、次は超スローボールだったので伊川は悩まず超スローボールを指示したのだ。

サインを出したのは伊川の責任だが、それに全部従う北瀬にも責任はある。もう少し考えてから投げて欲しい。

ちなみに、彼らの投球テンポは凄く速い。

 

___なぜなら、何も考えないでサインを出しているからだ。

 

ついでに捕球がAだというのも挙げられる。サインミスがあっても、ほぼ確定で伊川は後ろに逸らさないのもある。

 

 

「カハハハ……!」

 

雷市はバントされたボールを。しっかり取り、送球した……1塁の方向へ

 

 

___ここまで来るまでどのチームにも気付かれていなかったが、薬師高校は、バントを取れても投げる方向は間違えるのである! 特に、野球経験の薄い雷市の送球ミス確率は非常に高い。

 

 

「ったく雷市は……」

「いつもの事だ、仕方ない」

「地獄の青道で似たよーな事あっただろうが!」

「あの時も最後まで送球は失敗あったよな……」

 

具体例が無いにも拘らず、可能性に気付いて指示した稲城実業の監督は、まるでエスパーだ。

 

わざと動きを遅らせて、雷市に気付かれない用にしていた白河はホームイン。これで稲城実業は、ツーアウトランナー無しだが1点を返せた。

 

 

「今、なんで轟は1塁に投げたんだ……?」

「間違えたんだろ」

「薬師高校ってバント処理は得意なんじゃなかったっけ?」

「薬師だし、そんな事もあるだろ……」

「なんで稲実はバントを選択出来たんだろうな?」

 

観客達は、薬師や稲実の動きの理由が分からず混乱していた。薬師高校は普通の送球ミス、稲城実業は初回から確実に点を取る為だ。

後ついでに、得意としていたバント処理の思わぬ穴を見つけ、経験の浅い薬師高校が無駄に疲弊してくれないかなという思惑もある。

まあ、エラーに慣れ過ぎていてショックは殆ど無さそうだが。

 

 

……

 

 

5回裏、7対6で迎える稲城実業の攻撃は、9番ライト江崎から。彼は下位打線とあって、強豪校の選手の割に打力が無い。

だから彼は、こう考えていた。

 

(伊川のリードは、状況やバッターを全く見ていない……だから、俺相手なら投げないほうが良い超スローボールが来る可能性は、絶対ある)

 

超スローボールだけを狙っていた事で、2回と3回は無駄にしてしまったのだが、江崎は気にしていない。というか、気にしていたら打てないのだ。

 

 

「打つ気あんのか?!」

「下手くそー! 俺と変われー!!」

「それでも名門の選手かよー!!」

 

選手達とは特に関係のない筈の、観客席から非難轟々だったが、ツーアウトまで縺れ込んでも、彼はそのやり方を辞めなかった。相手キャッチャーに、自分の作戦はバレていないと確信していたからだ。

……そして、その努力は今花開く。

 

 

___ガギン!

 

鈍い音を立てながら、ボールはショート付近に飛んでいった。

普通なら絶対アウトにされる打球だが、江崎は自分を信じて、薬師高校の守備を信じて走り抜く。

 

 

「あっ……」

 

ショートの米原先輩は、後一歩の所で無様に倒れてしまった……転々と転がっていくボールをセカンドの増田先輩が追おうとするが、彼も膝をついて倒れてしまった。

体力の限界を迎えていた増田先輩は、友人の米原先輩が倒れた事でプツリと緊張の糸が切れ、一歩も動けなくなってしまったのである。

 

 

……こんなへなちょこな打球で、ランニングホームランが出てしまった。これで同点で、北瀬にはランニングホームランされたと成績に付いてしまう。

流石の薬師部員も、流石にこの惨状には謝っていた。

 

 

「悪い、北瀬……」

「俺らのせいでランニングホームラン打たれちまって……」

 

「仕方ないです! そんな事もあります!」

 

北瀬は、普通の顔をしてそんな事もあると答えた。決勝戦でこんな事がよく有る訳が無いのだが、北瀬は結局野球を良く知らないのである。

薬師高校の監督の指示で、メンバーチェンジが言い渡される。

 

 

「ショートの米原くんが変わりまして……10番福田くん。10番福田くん! ……セカンド増田くんも変わりまして……7番森山くん。7番森山くん」

 

「うし、来た!」

「元から覚悟はしてたぞー!」

 

急に出ることになった2人だが、人数とかスタミナ的に覚悟はしていたらしい。だが、森山のポジションは外野なのだが、セカンドと交代されて大丈夫だろうか……?

 

 

___ガギン!

 

 

「やべぇカバー!」

「ボールどこだ?!」

 

普通に駄目だった。

緊急でセカンドに来た森山が、自分の所に来たボールを見失ってしまう。

普通にアウトだった筈の打球で、既に2塁を回って3塁へ行こうとするバッター。逆転の危機を感じながら、北瀬は考えていた。

 

 

(俺は一応、真田先輩を差し置いてエースとして出てるんだ! こんなトラブルに、負ける訳にはいかないんだよ!!)

 

転々と外野方向に転がっていくボールを、快足ピッチャーの北瀬が掴んで……3塁に投げた!

 

___バシッッ!

 

「カハハハ……取れた……?」

 

「……アウト! スリーアウトチェンジ!!」

 

 

「うっしゃーようやく守備終了!」

「これで俺達のターンだ……!」

「待ってましたぁ!」

 

この送球で、稲城実業の5回裏の攻撃は終わり、なんとか交代間際の攻撃を修了させる事ができた。

雷市が北瀬の送球をしっかり取る事が出来たのはマグレ臭いが、アウトはアウトである。薬師野球部は喜んでいた。

だが、ピンチは終わっていない……内野の3人が、ほぼド素人になってしまったのである。

 

 

……

 

 

7回裏、薬師高校は意外にも8対7でギリギリ勝っていた。北瀬が全力で三振を取り続け、打者は点を取り続けたからこその結果だ。

稲城実業相手に1回1失点……今日の俺達は凄いな! 真田先輩がふざけて口にした言葉だったが、本気でその言葉を信じた部員が何名か出てしまった。北瀬とか、雷市とか、他にも数名である。流石に守備崩壊に慣れ過ぎていていると思われる。

伊川は、俺達っていうより北瀬が凄いんだと、心の中でドヤ顔していた。確かに薬師高校の守備能力を考えたら凄いかもしれないが、7回7失点でドヤ顔は常識外れである。

 

ちなみに、北瀬が三振を取れなかったランナーは、殆どがエラーの様な形で出塁し帰還されてしまった。守備がアウトを取ってくれる事は無いので、ランナー≒失点なのだ。

今日の薬師高校のエラーっぽい失敗の数は、20を超えて30まで届きそうだった。

 

7回表で既に、プライドの高そうな成宮が膝に手をついて息をしていた。相手のスタミナ切れも近いのだろう。

ここまで条件が揃えば、そろそろ薬師高校が打ち切って勝ちそうだが懸念点もある……交代メンバーを使い切ってしまったのである。

 

準決勝でも投げていた真田先輩が7回表の攻撃で足を攣り、最後の交代メンバーを吐き出してしまった。

轟監督が来るまで基本的に野球部はサボりタイム扱いしていた、不真面目人間が多い薬師高校2年生は、根本的に体力が足りないのである。

 

 

 

 

 

ツーアウトランナー3塁で、エースの成宮が打席に立った。

 

(俺が、8点も取られたんだ……それなら、自分のバットで取り返す!)

 

 

___ガキーン!

 

その思考通り、死力を尽くしてバットを振った成宮。彼のスタミナは、超重量級打線の薬師高校相手に切れかけていた。だがそれでも、彼は全力でバットを振った。

 

その心境が幸を成したのか……マグレに近いが、芯を食った当たりでフェンス付近までボールが突き進む。これはヒットになるかと思いきや、副キャプテンの平畠が走っていた!

 

(俺が取るんだ。轟親子の為にも、ここまで頑張ってきた北瀬の為にも!)

 

無理矢理な動きで、不恰好だが死ぬ気でフェンスまで突っ込んだ平畠。身体がフェンスにぶち当たる!

 

 

「……アウト! チェンジ!」

 

「薬師なのに守備頑張ったな!」

「やっぱ副キャプテンなだけあるな!」

「部員はたった12人だけどな!」

「成宮ドンマイ!」

「動かないけど……大丈夫か?」

 

なんとかボールを取りこぼさなかった副キャプテン。だが、その代償は余りにも大き過ぎた。

……ボールを手放さないまま、動かなくなってしまったのだ。

 

 

 

昔から真面目に部活を熟していたが、元来の才能的にスタミナが付かない平畠。

この試合で不甲斐ない内野守備陣の影響もあり、走り回っていた彼は、無理矢理ボールをキャッチしてフェンスにぶつかった時に、脳震盪でやられてしまったのである!

 

 

「……担架持って来い! 担架!」

「嘘だろ?!」

「今要請した!!」

 

審判達が慌てて救命活動を始める。そして、平畠が立ち上がらなかった事をようやく実感し、審判は決められたルールに従い宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フォーフィッテッドゲーム! 試合終了! ……8対7で、稲城実業の勝ち! 礼!!」

 

『……ありがとうございました!』

 

薬師高校と稲城実業、運命の再戦が……あまりにも呆気なく、微妙な形で終わってしまった。

 

このまま行けば、どちらが勝つか分からなかったこの試合。お互い微妙な顔をしていたが、決められたルールなのだがら仕方ない……これで、薬師高校の春の甲子園への夢は、終わった…………? 

 

観客達も、薬師高校との試合が普通に終わるとは思っていなかったにも拘らず、流石に動揺が隠せない。

 

 

「……まさかこんな形で試合が終わるとはなぁ」

「アリかよ……こんなの……?」

「稲城実業がラフプレーで故障とかならウザいけど、そういうのじゃないからなぁ。しゃーない」

「俺が見たかったのはこういう試合じゃねー!」

「そんなの選手達は知らんだろ……」

 

 

 

 

 

 

「平畠先輩、担架で運ばれてる最中気が付いて良かったよな」

「それでも心配だけどな……」

「こんな終わり方じゃ納得できねぇよ……仕方ないけどよぉ……」

「まぁ人数が足りない俺達が悪いけどなー」

「俺、棒立ちのまま試合に出ときゃ良かったな……」

「流石に分んねぇって、あの段階じゃ……」

 

北瀬達が、あまりに釈然としない結末に微妙そうな顔をしながら話していた。

不服というか、悔しいというか、なんというか……微妙な顔付きで話している部員の話が、一通り終わったと見た轟監督が話し出す。

 

 

「お前ら……何甲子園は100%終わったって顔してやがる?」

「いや、春の甲子園は終わったじゃないですか」

 

轟監督が、秋季大会が終わっていない様な口ぶりで話している事に対して、秋葉が宥めるような口調で言い返した。

確かに悔しいのは分かるけど、事実だから仕方ないといった表情をしている。

 

だが、轟監督が言い出す事は、珍しく筋が通っていた。

 

「稲実が神宮大会で勝ちゃ、俺達は出られるんだよ! 甲子園に!!」

『なるほど……!』

「いや、可能性は低めですよね?」

 

納得ムードの中、2年生の1人が微妙そうな声で反論した。どうせ叶わない夢なら、それも自分達でなんとか出来ないのなら、見たくはないのだ。

 

 

「……そりゃ出られないかもしれないが、心構えしといて損はないだろ!」

 

「そうですね、監督! 俺もスタミナ付けなきゃなぁ!」

「俺も!」

「いや、もっと打撃力を上げてこうぜ!」

「今回の敗因とは全く関係ないな! でもそれがイイ!」

「打撃練習をすればスタミナも付くだろ!」

 

轟監督の、心構えだけはしておけという言葉に対応したのか、負けたばかりだというのに選手達はテンションをぶち上げた。

こういう無闇矢鱈と明るい性格が、薬師高校の良い所……かもしれない。

 

 

「……テンション上げるのも良いけど、身体はしっかり休めとけよー。今日の試合、離脱者が4人も出たんだからな」

『はーい……』

 

監督の言葉で疲れを自覚し直した部員達は、急にテンションを下げた。あー、疲れた。今日は家で残念会だな。ハァ……

大体そんな感じで、薬師高校部員は帰り始めた。

 

 

(良く考えたら、もし甲子園に出られても似たような事が起こりそうじゃね?)

(確かに……そうだな……)

 

北瀬は、ヤバい未来を想像して青ざめていた。

甲子園で同じ事をしたら、ネットで笑われてしまうだろうと考えたからだ。既に守備面を笑われまくっている事を、彼は綺麗サッパリ忘れていた。

 

 

 

 

 

 




薬師高校の人数と守備力的に、いつか起こり得る事だったとして書いています。
それが、いい勝負だった稲城実業高校相手には起こりやすかったという事です。

というか、稲実バッテリーの不協和音が鵜久森との対戦がなくなると治らないのですが、大丈夫でしょうか……

春の甲子園に薬師高校は出場しますか?

  • しません
  • します(稲城実業が優勝した選考枠)
  • します(困難な環境の克服した21世紀枠)
  • 無回答
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