【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
せっかくだから交流を図れと、薬師レギュラーと帝東レギュラーは同じ部屋に泊まる事になった。
北瀬と伊川は別の部屋になってしまったので、落ち込むかと思いきや流石に1日位では気にならなかったらしい。
寧ろ伊川は、割と仲の良い三島との合宿を楽しんでいた。
北瀬と真田先輩が、キャプテン副キャプテンとして同じ部屋になったので、同じ部屋に向かって歩いていた。
「北瀬と同じ部屋か、楽しそうだ!」
「あざっす! 俺も真田先輩と同じ部屋で良かったです」
「そりゃ良かった……この部屋か」
真田先輩が、部屋のドアをノックした後、ガチャリとドアノブを開けた。
そこにいたのは、帝東キャプテンの木戸さんとエースの向井だった。薬師高校の北瀬達ですら、何となく名前は知っている2人である。
「どうも、2年の真田です! ピッチャーとライトを兼任してます」
「1年の北瀬です。ピッチャーとライトです」
「こんばんは。2年で正捕手の、木戸です」
「よろしく、1年の向井だよー。当然エースだから、覚えといてね! まあ知ってると思うけど」
真田はもしかしたら俺のポジションを知らないかもしれないと、わざわざ自分のポジションを説明していた。
合宿に呼んだ強豪校のキャプテンである真田のポジションを、彼らが知らない筈は無いのだが……真田達は、強豪校の流儀をあまり分かっていなかった。
真田の自己紹介に倣い、北瀬、木戸、向井は同じ言い方で挨拶をした。
向井は自分の事を知っていて当然としていたが、場合によっては薬師高校のメンバーは知らなかった可能性がある事は知らない。
その場合、向井の知名度が無いのではなく、薬師高校が物事を知らなすぎるだけだが……
しばらく雑談をしていて、何となく気持ちが解れてきた北瀬。最初はいつも通り人見知りが発動しまくっていたが、何となく慣れていった。
それに最初の方の北瀬は、真田先輩を理不尽に叱った帝東のキャプテンが嫌いだった。
だが熱心に野球部のキャプテンとして活動しているらしい木戸さんの話を聞いている内に、どちらかというと好きな人間になっていった。北瀬はちょろいのである。
「そーいやさぁ、前から北瀬に聞きたかったんだけど」
「良いけど何?」
「お前のチームってエラーばっかじゃん。ぶっちゃけどう思ってるの?」
向井の遠慮のない質問に、少し慌てる木戸キャプテン。
そんな内部情報に近い話を、無遠慮に聞いたら駄目だろう。しかも、同じくピッチャーでキャプテンの真田がいる状況だ。
めちゃくちゃ愚痴られても困るし、野手陣の責任は無いと言ったとしても真田が怒るかもしれない。
言い出す前なら止めたが、もう言ってしまった事を取り消しは出来ない。
木戸はどうすんだよと内心ブチギレながら、後輩エースに対してクレームを入れた。
「そんな繊細な話、聞いちゃ駄目だろ! ……悪いな、真田に北瀬」
守備崩壊している他の部員をどう思うかという言葉に対し、驚くべき事に別になんとも思っていない彼らは不思議そうに言った。
「……? 別に聞いて良いっすよ」
「そうだな、別に困る程の内容じゃないし!」
対して気にしていない北瀬と真田にとっては、普通に答えられる質問だったので、帝東キャプテンの反応を不思議に思いながら話し始めた。
普通、これだけ守備が崩壊していたら投げるのを辞めたくなりすらするだろうが、崩壊守備に慣れきっている彼らにとっては普通の事だったのだ。
「俺達は確かに守備がちょっと苦手だけど、それって仕方ないでしょ。だって何となく入った学校が、たまたま野球が強かっただけだし」
「そうなのか……? 正直、轟監督の意向で薬師高校に入ったと思っていたんだが」
真面目な木戸も、薬師高校にとっては話しても良い内容なんだと判断し、前から疑問に思っていた事を聞いた。彼は真面目な性格だが、適応性が低い訳でもないのである。
なぜ弱小校に、これだけ優れた選手が入ったのかという疑問が、前から頭のスミにあったから思い切って聞いてしまった。
「いやいや、普通に入部するまで監督の事は知りませんでしたよ。そもそも、良い体格をしてるから偶然誘われただけなんで」
北瀬が事もなげに轟監督は無関係だったと話す。
つまり、薬師は偶々1年生に強い奴が沢山入って来たという事だろうか。運が良すぎるのではないだろうかと、帝東バッテリーは困惑していた。
……それは違うだろう。まあ北瀬と伊川が入って来たのはラッキーだが、轟と三島と秋葉は、監督が連れてきた人材だ。
北瀬以外はどうして薬師に入学したのかとは聞かなかったので、そこまで帝東バッテリーは分からなかったが、高校野球マニアの中では有名な話である。
「つまり、野球部で学校を選んでないから仕方ないって事?」
向井の一言に、俺は野球部に諦めの気持ちを抱いてるのか? 何かが違うような気もするけど、そういう事になるのかなと困惑しながら北瀬は答えた。
実際の所、北瀬にとって野球とは、薬師高校で経験している守備崩壊方野球である。
三振したら次のバッターが打席に立つといった、野球が成り立つ為の当然のルールと同じ様に、三振を取らなければエラーが出るのは当然の事だと思い込んでいるのである。
北瀬が、そんな自分の気持ちを言語化出来ないまま話は進んでいった。
「まあ、そういう事でもあるのかな……? というか、俺がここまで野球が楽しいのは、優しくしてくれる真田先輩達のお陰だし
守備が多少悪くたって、寧ろそこが愛嬌だと思う」
「えぇ……?」
「流石に愛嬌は言い過ぎだろ……」
ピッチャーをブチギレさせるエラー祭りを、可愛らしい物扱いする北瀬に、帝東バッテリーはドン引きしていた。
やばいな……こいつ絶対、薬師高校で感覚を狂わされてるだろ。
可哀想な役割になってしまっている事を言ってあげるべきか、それとも卒業まで自覚させない方がマシなのか。帝東バッテリーは北瀬を憐れみながら悩んでいた。
北瀬の話が終わったと見た真田が、ピッチャーとしての自分の話もついでとばかりにし始めた。
「俺は、偶に守備何とかしてくれないかなーって思う事もあるけど……
轟監督が薬師高校に来てなきゃ、俺だって時たまサボりながら弱い野球部でなぁなぁにやってただけだろうし。部員12人じゃ、守備改善するとか普通に無理だろ」
北瀬の次の発言で、真田は何とかしてくれないかなと思う事もあるという、普通に考えたらめちゃくちゃ懐が深くて穏便な発言をしていた。
向井は、良かった、まだマトモな感性を持っている部員は薬師高校にいたんだと安堵していた。
木戸は、こいつも感覚がガバガバ過ぎるだろうと、内心困惑していた。
無失点を8失点位にしかねない薬師野手陣を、守備改善するのは無理かなと諦められる強豪校部員は普通いない。
薬師高校のピッチャーは、表面上より変な奴が多いのかもなと、内心失礼な事を名門帝東のキャプテンの木戸は考えていた。
残念ながら、一般的な思考とも強豪校的な思考とも、薬師野球部はズレているのは間違いない。
部屋で話をしてから寝て、次の日になり、薬師高校vs帝東高校の練習試合が始まろうとしていた。
「今日は守備だ! 薬師にしては珍しいが、今日はせっかくだから守備をガチでやれ!」
轟監督が珍しい指令を飛ばした。大体の時は、練習試合でも打撃しか言わないのだが、今回は守備を重視するらしい。
もしかしたら轟監督は、片岡コーチの信じるという言葉に説得されたのかもしれない。だが、代わりに打撃をサボって良いみたいな言い方になってしまっているが……
「うす!」
「昨日の成果を見せる時ッスね!」
「1日でどうにかなる物なのか……?」
張り切っている部員も懐疑的な部員もいるが、こうして守備を重視した薬師高校の練習試合が始まった。
1回表、薬師高校の先発はいつもの様に北瀬-伊川バッテリー。強豪校には基本的に全出ししていくスタイルだ。
轟監督は、北瀬の身体は強靭だしこれくらいなら絶対大丈夫だと確信していた。まあ部員を監視する立場としては適当過ぎるが、タダの事実でもある。
___ガギン!
「どこいった?!」
「……セーフ!」
魂のノックを熟した? とはいえ、1日では守備が対して成長していなかったのか。薬師高校は3回までで5失点してしまう。
「悪い北瀬!」
「大丈夫、普通の事っすよ!」
帝東高校からのしらーっとした冷たい視線に当てられたのか、エラーした部員が珍しく謝っていた。
いや、彼が謝らない人間という訳では無いのだが、薬師高校ではエラーで謝る文化が無い。
北瀬にとってエラーはどうでもいい事らしく、普段と同じ位の普通の顔をして許していたが……あまりにも酷い守備である。
1回は内野陣がゴロを2回取りこぼし、平凡なセンターフライを落球。これで2失点。
2回では右中間あたりにフラフラっと上がったボールをエラーした後、ヒットで1点を失う。しかも、ヒットとは言っても守備が硬ければ取れた打球だ。
3回では伊川が安易に投げさせた、北瀬のボールの中で一番軽いスライダーがマグレ当たり。2塁に進まれたと思ったら、今度は平凡なライトフライを真田先輩が見失った。
ランニングホームランをされて追加で2失点である。
普段通りの酷い守備に見えるが、惜しかった場面もある為、実は多少マシになっている。ちなみに、3回までで薬師高校は1点も取れていない。何気に練習試合でも初めてだと思われる。
彼らは、攻撃の時もずっと守備の事を考えていたせいで、超重量級打線を活かせずにいたのだ。
……やっぱり選手を信じないで、打撃にだけ特化させた方が良いか? 轟監督は内心そう考え始めていた。
……
薬師打線の不調もあり、6回4失点で堪えた向井。
だがキャッチャーでキャプテンの木戸と揉め始め、自分勝手な投球をし始めてしまう。
「もっと俺の奥スミを活かすリードをしてよ!」
「薬師は気にせず打ってくるだろう!」
「うるさいな、エースのやりたいピッチングをさせてよ!」
「……練習試合だ。好きにやってみろ」
揉めている帝東バッテリーを見て、薬師部員は呆れていた。
「うわ、なんか揉め始めたぞ」
「そういうの止めてよ……見ているこっちがヤダ」
「強豪校って大変そうだな……」
……崩壊しかかっている帝東バッテリーより、薬師バッテリーの方がリード面では明らかに酷いのだが、そんな事を彼らは気にしていなかった。
練習試合だからと、ピッチャーの向井が投げたいボールを好きに投げさせる事にしたようである。
ノーアウトランナー無しで、打席には伊川。
彼は普通にヒットを放ち、次のバッターは轟になった。恐怖の2番打者である。
___カキーン!
「何?!」
「カハハハ……ホームラン!」
「良いぞ雷市ー!」
「次は俺も打つぞー!」
彼はストライクゾーンに来たボールを全力で打ち返した。打球はグングン伸びていき、観戦に来ていた全員がマグレでは無いと確信するホームランになった。
向井がまだ動揺している中、次の打席には北瀬。なんかこのピッチャー、成孔と対戦してた時みたいに急に弱くなってないか?
せっかくなら強い相手と戦いたいと考えている北瀬。残念そうにしながら打席に立つ。
ちなみに、帝東が成孔に敗北した大きな理由に正捕手が怪我をした事が挙げられる事に気付いていなかった。
彼はキャッチャーのリードに助けられた事が無いから、全く想像がつかないのである。
___カキーン!
「マジ……?」
「なんか普通に打てたなー」
「2連続ホームランキター!」
「北瀬相手に三振取ろうとするのが駄目なんだよなぁー」
「それ、強豪校エース相手に失礼じゃね?」
2連続ホームランが決まった後、打席にはこの男、ファーストの三島が立つ。
彼も甲子園ベスト4の打者として納得出来る優れたバッターなのだが、雷市、北瀬、伊川の影に隠れてしまっている面がある。
……目立ちたがりやなのに可哀想ではある。まあ、逆に言えばチームメイトに恵まれているとも言えるの問題無いかもしれないが。
___カキン!
「クソっ、ホームラン打てなかったか……」
「何で俺のボールが打たれるんだよ?!」
「俺も打つぞ!」
「言ったな?」
「ホームランじゃなきゃ駄目だからな」
三島にツーベースを打たれ、あっさり4連打を食らった帝東エースを見ながら、俺達も打つぞと奮起する薬師高校。もう彼らは、ホームランしか見えていなかった。
……そんな彼らを見て、グラウンドを回っている三島が吠えた。
「……俺の活躍も見てくださいよ!!」
最終的に、7回でエース向井がまさかの5失点。
最初は全然点を取れなかった向井相手にバカスカ点を取った事で、薬師メンバーは大盛りあがり。
勢いづかせてはいけないチームを、最大限まで盛り上げてしまった。
「試合終了! 9対12で、薬師高校の勝ち……礼!」
『ありがとうございました!』
試合が終わり、薬師高校が帰り支度をしている最中に帝東野球部キャプテンの木戸が、薬師野球部キャプテンの真田に話しかけた。
「真田! ……ちょっと良いか?」
「おっ、いいぜ! 何かあったか?」
真田キャプテンは、俺がまた何かしちゃったかと内心首をかしげながらOKを出した。
もしくは、誰かやらかしたか? 雷市か三島とか……誰かがやらかしていない選択肢は無かった真田。彼は薬師高校を何だと思っているのだろうか? まあ、お騒がせ集団である事は間違い無いのだが。
「最初の印象はさほどよろしく無かったけど、お前ら薬師高校は強かった___来年の夏、甲子園で戦いたいと思うよ」
その一言に、真田は少し驚きつつも喜んだ。
強豪校のキャプテンでも、俺達を評価するんだな。やっぱり雷市達は強いしな! 天才達を無駄にしてるって言われなくて良かった……!
真田は基本的に、天才達に脳を焼かれているが、一応チーム全体の事も考えている。まあ、天才達が占める比重は非常に高い気もするが。
「ありがとな! 俺も、帝東とまた戦いたい……次会う時は、甲子園で会おう!」
「ああ……! まあ、また合同合宿があるかもしれないけどな」
「確かに……」
夏の甲子園では、強化された薬師高校にボコボコにされてしまうかもしれないのだが、それを彼らは知らない。
その場合、男と男の約束が悲惨な事になった彼らの眼は、死んでいたらしい……
帰りのバスで、薬師部員は楽しそうに今回の試合を話していた。
勝ったのが良かったのか、打撃が楽しかったのか、それとも強豪校と試合が出来たのが嬉しかったのか……珍しく、そのどれもが違った。
「俺達の守備、今回は割と良くなかったか?!」
「それな! まるで強豪校みたいだったよな!」
盛り上がっている所悪いが、明らかに言い過ぎである。強豪校はセーフになりそうな打球をアウトにするプレーが出来るが、彼らはアウトの打球をギリギリアウトにする事しか出来ない。
普段から胃痛を抱えながら指示を出している轟監督が、少しイラッとしながら言い返した。
「守備は割と良かったけど、打撃がダメダメだったじゃねーか!」
今回の試合、薬師高校の打撃にしてはエグさが足りなかったし、守備は普段より若干マシ位だったのである。これでは監督が怒って当然だ。
ツッコミを入れるだけで済ませた轟監督は、むしろ甘っちょろい方だと思われる。
「でも俺……新体制に入ってから、初めてチーム全員で守備が出来た気がしました! 楽しかったです! ありがとうございます!」
北瀬が、意味不明な事を言って監督とコーチを驚かせた。
いやまあ、アレな守備過ぎて1人で投げてる錯覚を起こしても仕方ないのだが……それにしたって、このエラー率で楽しかったありがとうと言えるのは思考回路が化け物過ぎるだろう。
だが部員達はそうは思わなかった様で、ヘヘっ、照れるぜみたいな顔をしながら口々にこう言い放った。
「そりゃ良かった!」
「俺達も、今日の試合で何かを掴んだ気がするんだ!」
「俺達って、意外と守備も出来るかもな!」
「カハハハ……楽しかった!」
言っている事はめちゃくちゃに聞こえるが、何かを掴んだ気がした部員は実は多かったらしい。
たった2日の合同練習だったが、この経験がいつか実を結ぶ……可能性も無くはない。
「そうか、何かを掴んだか___一歩一歩、前に進め。そうやって、人は成長していく」
『ハイ!』
実は片岡コーチが就任してから1週間程度しか経っていないのだが、既に馴染んでいたコーチが良い感じに締めくくった。
(いや、この試合で何かを掴んだは言い過ぎじゃね……?)
明らかにマトモな人間ではない、無精髭の生えた借金持ちのオッサンである轟が、このノリに内心ツッコんでいた。
エラーが10を超えていて、打撃は相手の自爆待ちでは、当然そう思うだろう。
強豪校の重圧から解き放たれたのか、大概片岡コーチもはっちゃけ、良い感じの解釈しかしなくなっていた。
元々片岡コーチは、性善説側に極端に傾いた人間の為、人を見る時は高い評価を付けたい人間である。その無意識の善性が、薬師高校に来てからより強く発揮される様になったのだ。
まあ、明らかに悪い事以外の努力は褒めてくれる、良い教員である事には間違い無いのだが……一応甲子園ベスト4の強豪校のコーチとしては性格が良すぎる気もする。
飽き性な私が40話も書けたのは、読んでくださる方や評価をしてくださる方、ここ好きや誤字報告をしてくださる方がいて、感想をくださる方がいらっしゃるお陰です!ありがとうございます!完結まで頑張ります!