【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
普段通り、朝練開始時間に集まった薬師野球部員。今日の監督は気持ち悪い位ペカーッとした笑顔であり、何なんだと無駄に部員達を困惑させていた。
そんな空気を気にもせず、監督は元からの胡散臭さを倍増させた様なシアワセオーラを放ちながら話し始める。
「今日は1月27日! 日本高等学校野球連盟が21世紀枠を発表する日! つまり、どういう事か分かるな……?!」
「って事は……!」
「ホントに?! まじかよ……!」
監督はまだ何も告げていないが、彼の言葉を聞いた先輩達や三島、そして秋葉が喜色満面といった空気を醸し出す中、北瀬と伊川は置いてけぼりにされていた。
(つまり……どういう事だ?)
(21世紀枠に選ばれたって事だろう……21世紀枠が何だかは分からないけど)
(へー……)
「……そう、俺達は21世紀枠に選ばれました! 春の甲子園出られます!!」
『やっったー!!』
その言葉を聞いてようやく意味を理解した、北瀬と伊川も喜び始めた。
ちなみにだが、他にも理解していなかった部員は何人かいた。ぶっちゃけ、マジで21世紀枠に選ばれると考えてはいなかったので思考が停止したのである。
甲子園に行きたい学校は幾らでもあるから、早々選ばれないだろうと考えていたのだ。
「よっしゃー! 目立ってやるぜ!!」
「持ってるなぁ……この親子!」
「やった……また甲子園に出られるんだ!」
「良かったな、北瀬!」
……伊川は本人が喜んでいるかは微妙だったが、とにかく部員全員がこの幸運に喜んでいた。
いや、単純に幸運と呼ぶのは彼らに失礼かもしれない。
夏は甲子園ベスト4、秋も地方大会の決勝戦まで部員12人で残った、彼らの事を困難を乗り越えたと言わなければどのチームを呼ぶのかという位に際立った野球部なのだ。
部内も明るく、気の良い部員が多い、地元に愛される新たな強豪校である。
まあ1人だけ、伊川とかいう相当性格の悪い奴がいるが、世間一般には露呈していないからセーフだろう。
彼は、困難な教育環境を乗り越えて文武両道を地で行く、ある意味1番高校生として正しい在り方をしている人間でもある。
北瀬も伊川と似たような立場な上、同じくクリーンナップの雷市も貧乏父子家庭という教育環境を乗り越えて甲子園ベスト4まで来ている。
薬師高校は、様々な困難を乗り越えて頂点を目指すという、マンガ顔負けのサクセスストーリーとしても話題になっていた。
投壊打線といい、様々な記録更新といい、部員12人といい、物凄く話題に上がりやすい学校である。
まあ彼らは、この選出はほとんど運では無い事を理解していなかったが……
「目指せ甲子園ベスト4!」
「それ前回と同じ順位じゃん!」
「なら……狙うは優勝か?!」
「その場合、21世紀枠で優勝とか初じゃね?」
テンションが上がり、勢いで適当な事を言う部員達。
この発言を本気だと考えていた雷市、北瀬、伊川がインタビューで公言した時、酷く慌てる事になる。
まあ試合の時になれば、まあ何とかなるさという楽観思考に支配される訳だが、それまでは冷や汗が酷かった。
「甲子園出場に喜ぶのは良いが、それだけではいけない。
お前達は、選ばれなかった多くの高校の代表だ___選ばれた自覚と誇りを持ち、狙うは全国制覇! ……そうだろう?」
『ハイッ!!』
轟監督が話し出してもそこまで緊張しない彼らだが、片岡コーチが話し出すとちゃんと無言になり、返事を返す薬師野球部。
最早、監督とコーチを入れ替えた方が良いのではないだろうか?
薬師高校が春のセンバツ出場が決まった次の日、朝のニュースキャスターが取材に訪れていた。
部員達は唐突過ぎると驚いていたが、実は元々、学校の方に春のセンバツ出場が決定したら取材させて欲しいと、話は通してあったらしい。
轟監督が、たかが数分の取材に準備とか要らないだろう判断して、野球部員達には一切知らされていなかっただけである。
「春のセンバツ出場が決まった、薬師高校に取材をさせて頂きます! 薬師高校の皆さん、よろしくお願いします!」
「……よろしくお願いします!」
レポーターの挨拶に対して、元気よく返事を返す部員達。緊張していたからか少しだけ返答が遅れていた。
「薬師高校といえば、昨年度は西東京予選で1回戦敗退にも拘らず、夏甲子園でベスト4! 全員が高い打撃力という事を持ち味にした、超重量打線が話題を呼びました!
今年の秋は、なんと部員たったの12人で秋季大会決勝戦まで進出しましたが、全員を試合に出した所でまさかの怪我で離脱
試合をするには人数が足りないと言う事で、フォーフィッテッドゲームで負けてしまいました……
こういった経緯もあり、薬師高校は21世紀枠で、春のセンバツ出場が決定しました! おめでとうございます!」
『ありがとうございます!』
テレビの向こう側にいる視聴者達に、薬師高校野球部の大まかな活躍を話し始めるレポーター。レポーターの説明が終わった後、おめでとうございますと言われて慌てて返事を返していた。
取材は何回か受けて取材慣れしている筈だが、流石に朝のニュース番組相手となると緊張が隠せない部員も多い。
取材をする事に慣れているレポーターは、まずは話が上手い真田キャプテンに話してもらおうと、予定を変更してエースではなくキャプテンに話を聞こうとしていた。
「薬師高校のキャプテン真田俊平くんに、今のお気持ちをお話頂きます! 出場が決定した時は、どういったお気持ちでしたか?」
「……とにかく驚きましたね! 選出される可能性のある学校は沢山あるので、まさか俺達が選ばれるなんてと驚いていました
発表直後は凄かったですね、ホントに部員全員がめちゃくちゃ喜んでいましたよ! これで負けてしまった俺達がセンバツに行けるんで!」
真田キャプテンは楽しげに、昨日起きた出来事を語っていた。
特に話し方なんて学んでいないにも拘らず、まるでアナウンサーの様に、ハキハキとした声で分かりやすく臨場感がある話し方である。
彼の取材慣れした雰囲気は、薬師野球部員の中で1番だろう。彼より取材が多い筈の北瀬や雷市より、明らかに話す事が上手かった。
そういった意味では、真田先輩をキャプテンにして良かったのではないだろうか? 平畠先輩がキャプテンをした場合、ここまで取材慣れはしなかったと思われる。
本人はなんでもそこそこ器用に生きてきたと認識しているが、実際の所、真田俊平という人間は、ほとんどの能力が平均よりかなり高い。
その能力を無難に楽しく生活する為に使っていたから目立たなかったが、野球でもたった3年でドラフト上位指名されるだけの才能があるのだ。
まあ後輩のパワプロ補正込みでだが……
「はい、春のセンバツに選出された喜びを語ってくださった真田くん、ありがとうございます!
では次に、甲子園最高出塁率を記録した伊川くん! 今回の甲子園での目標を、よろしくお願いします!」
伊川は話を振られて、昨日部活で話していた目標が相当するだろうと考えて、特に気負わずに話し出した。
「目標は全国制覇です。夏の甲子園ではベスト4だったので、それ以上の成果を出したいと思っています」
『?!』
伊川の一言を聞き、片岡コーチ以外の全員がビビっていた。
……いやいや、たった12人で全国制覇とかキツ過ぎるって! 俺達って甲子園出場が目標で、全国制覇とか考えてないから……まさか、昨日の戯言を本気で信じてしまったのか?!
無茶振りを平然と話す伊川に、部員達はめちゃくちゃ困っていた。
対してリポーターはニッコニコの笑顔で、彼の発言を歓迎していた。面白くなくても笑わなくてはならないアナウンサーだが、今回は心の底から良いネタが出来たと喜んでいる。
「なるほど! 目標は全国制覇ですか!
もし彼ら薬師高校が21世紀枠から優勝すれば、日本高校野球の歴史上、初の快挙になりますね! 活躍を期待しています、頑張ってください!!
以上、薬師高校からお伝えしました!」
春の甲子園出場が決定して、伊川が取材で全国制覇を宣言してからしばらく立った3月10日、対戦相手のくじ引きが決まる日となった。
くじを引くのは、薬師高校のキャプテンとして馴染んできた真田俊平。
多くの人の群れの中、強豪校のキャプテンに相応しい、堂々とした態度で箱の中から紙を引いていたらしい。
薬師部員達は、決まったらどうしようも無いくじ引きの抽選なんかを見るよりバットを振ろうと判断したらしく、彼の勇姿を全く知らなかったが……
対戦相手を引いて帰ってきた真田先輩に轟監督。微妙そうな顔をしている。
真田先輩に部員達は思わず駆け寄り、まずは最初の対戦相手はどこだと騒いでいた。
「なんかなぁ……最初の対戦相手は、また堅固高校だってさ」
『マジか!』
初戦の対戦相手が堅固高校だと言う事に、割と驚いた薬師部員達。夏の甲子園で、初戦で当たった相手である。
また同じ相手になるのか、これって運命の再戦だったりするのか? でも堅固高校に思い入れは特にないけどな……
そう考えながら、部員達は口々に思った事を言い出した。
「……10対20で勝った堅固と言えば、スライダー、フォーク、チェンジアップを使う劣化版成宮みたいなエースがいたよね?」
「ああ、あの人確か2年生でしたよね。今回もエース運用されると思いますよ」
「まあ10対20って言っても、実力はそこまで差は無かったよな。相手ピッチャーの自滅って感じで」
部員達は、彼らにしては為になる話し合いをしていた。
まあ、まだ監督の話は終わっていなかったのだが……薬師野球部は、打席に立つ時以外はゆるい空気な事が特徴だから仕方ない。
「ちなみに今回、堅固にはピッチャー真田で行く。当然理由は体力温存だ!」
轟監督は、甲子園の空気感に慣れていない初戦が重要な事は承知で、エースは温存する事を宣言。
どれだけエースが頑丈でも、全試合を北瀬に投げさせる訳にはいかないからである。
部員達も、まあ妥当だなという顔をしながら承認していた。前回戦った堅固高校は、西東京の強豪校よりぶっちゃけ強くなかったからである。
ナメプで勝てる程ではないが、練習時間を削ってまで警戒するという程ではない、凄く微妙な相手だった。
実は堅固高校は、優秀な監督が入って来た事により非常に強化されていて思ったより苦戦する事になるのだが、それを今の彼らは知らない。
「妥当っすね」
「まあそうなりますよねー」
「俺達の目標って、あくまで全国制覇らしいですしね!」
全国制覇という冗談半分だった目標が、日本中のご家庭に報道されてしまった彼らは、なんか他人事みたいな顔をしながら一応目標を全国制覇と定めていた。
全国に無数にある高校野球部の頂点を、1人の失言で目指すことになったのである。
片岡コーチだけは超真剣に全国制覇と口に出していたが、それ以外の部員はふざけて言っていた。
それを知らずに、なんとなくで全国制覇と言い放った伊川は、後々冗談だったと聞いて部員達に謝っている。
人の良い彼らは、いや発言が格好いいからセーフだと簡単に許して、少しだけ覚悟を決めた。
その覚悟は、全国の強豪部員達と比べたら薄っぺらいにも程があるが……
ホームランを打って気分最高、俺達なら勝てる! という空気感でゴリ押ししていく薬師高校なので、一応セーフかもしれない。