【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
薬師高校と巨摩大藤巻高校の試合は、6回裏で薬師高校がエース北瀬を登板させた事により、8回裏までで9対5と次第に薬師優勢へと傾いていた。
特に素晴らしかったのは、4対5で負けている状況で、8回表に出た北瀬のスリーランホームラン。
秋葉がフォアボールで出塁し、伊川がツーベースを打ちノーアウト2・3塁。
この重要な場面で、キラキラした目をして打席に立った北瀬。
アーチスト・エースキラー・火事場の馬鹿力・超投打躍動の金特4つが乗った北瀬は正に無双。
初球から軽々と盛大なホームランを打った彼は、口元をニヨニヨさせながら塁を回っていた。
「やっぱ打席も楽しー!」
「良いぞ北瀬ー!」
「ナイスホームラン!!」
「流石、後半に強い男!」
「次も頼むぜー!」
「雷市もホームランなー!」
打撃には厳しい薬師部員達もこれにはニッコリ。
ドデカい一発を出した北瀬を祝福しながら、次は俺が決めると意気込んでいた。
あからさまなホームランを食らった本郷は少しの間調子が下がったのか、轟のツーベースと三島のヒットで追加点を取られてしまう。
こうして9回表までに4点差を付けられてしまった。巨摩大藤巻高校。
守備力こそ大幅に薬師を上回る物の、一発の少ない打席である彼らには、敗北の足音が聞こえ始めていた。
2番セカンドの西も、3番のショート谷中も、北瀬の剛速球に対応しきれずあえなく空振り三振。
この試合の行く末を、観客達全員に感じさせた瞬間だった。
それも当然だろう。
今の北瀬のピッチングには、 相手のパワーが大きく下がり、打たれても打球が飛びにくくなる怪物球威と、1安打以上だとコントロールと変化量が大きく上がるという超投打躍動が乗っていた。
その上、絶対に降板する事が無いであろう大エースが同点で登板。
非常にメンタルが削られていた巨摩大藤巻打席は、普段と比べて精彩を欠いていた。
勝負には何が起こるか分からない。それも崩壊守備の薬師相手なら、何が起きてもおかしくはない。
それは分かっている主砲の青柳だが、彼はまだ高校生。頭で考える様に、思考は動いてくれなかったらしい。
呆気ない程、ボール球に手を出してしまいスリーアウト。
___これで、薬師高校の春のセンバツ決勝進出が決まった。
「よっしゃあー!」
「真田先輩! 決勝進出っすよ!!」
「カハハハ……成宮ブッ倒す!!」
「あははは、勝った瞬間次の相手気にするのかよ!」
「俺達ってけっこう強くね?!」
大盛りあがりの薬師高校。ベンチメンバーは北瀬に近付いてもみくちゃにし、彼はニコニコ笑っていた。
……実は伊川は1人、そのテンションについていけていなかったが、空気を読んで隅っこで喜んでいるフリをしていたが。
そんなに甲子園って嬉しいか? 金だって出ないのにさ。微妙な心境になりながらも、伊川は周りの空気に呑まれて段々楽しくなってきていた。
そんな彼らを見ながら、轟監督は号泣していた。
彼が学生時代に切望していた、当然年を取った今も夢見続けている、甲子園決勝という舞台に辿り着いたからである。
「お前らっっ……グスッ、良くやった……!」
「監督、まだ泣かないでくださいよ! 明日も勝って全国制覇するんですから!」
怪我の可能性があるため、ベンチから動く事を禁止されている真田キャプテンは、尊敬する轟監督の酷い顔を見て笑い声を上げていた。
いや、確かに甲子園決勝まで行くのは凄いですけど、そこまで号泣しないでくださいよ。
俺達は明日も勝って、春のセンバツ優勝するつもりですよ。涙はその時まで取っといてくれれば良いのに。
彼らは急速に強くなったせいで、甲子園優勝という言葉の重さをしっかりと理解はしていなかった。
空気が読める方である真田すらこういった反応だから、他の部員は当然良く分かっていなかった。
いや彼らだって流石に、春のセンバツ優勝という事が多くの学校の頂点に立つという事位は分かっている。
だが、高校球児15万人の頂点に立つという事だったり、推薦を取れた3年生の先輩達の様に、他人の将来を決める可能性を秘めているとまでは思い立っていない。
記者に囲まれたり観客に詰め寄られたりしながら、どうにかホテルに帰った薬師野球部員達。
大浴場に入ってご飯を食べた後しばらく経ってから、明日の決勝戦の為のミーティングに集まる事になっている。
空いた時間は部屋でゆっくり過ごそうと考えている北瀬。
ホテルの部屋割りは、北瀬伊川真田雷市、秋葉三島平畠米原、森山福田山内増田となっている。
彼がこの部屋になった理由は、北瀬と伊川と真田先輩と雷市は、同じインタビューを受ける事が多いから他の部員と別行動しやすくする為である。
普通に考えれば真田先輩か伊川に話しかけたい所だが、真田先輩は怪我でいないし、伊川はゆっくり湯船に浸かりにいってしまったから、この部屋には俺と雷市しかいない。
北瀬は少し緊張していた。なぜなら、雷市と単体で話した事があまりないからである。
だが雷市は、ベッドに座りながらずっと壁を見ている。俺は3DSを持ってきているとはいえ、暇をしている。これで話しかけないのは少し不自然じゃないかと考えているのだ。
北瀬は雷市の事を、チームメイトとして悪い奴じゃないと思ってるし打撃力の信頼は当然している。
けど、あんまり関わり合いがない。
北瀬と伊川は、基本的に真田先輩か三島か秋葉と話しているからだ。
雷市とも、真田先輩か三島か秋葉と話すから、北瀬との会話には参加している。だが北瀬は、あまり自分の事を話さない雷市の事良く知らないんだ。
北瀬は、雷市との微妙な距離感もあり話しかけるか悩んでいたが、目を開けてはいるもののベッドの上に座り込みずっと壁を見ていて、何をしているのかと気になったので結局話しかけた。
これは精神統一だろうか?
「雷市ー、今何してるんだ?」
「カハハハ……みーてぃんぐになるのマッテル!」
やっぱり何かしている訳じゃなかったんだ。北瀬は一瞬そう考えたが、もしかしてと思い直す。
いや、ぼうっとしているのが好きなだけかもしれない。邪魔したかな? そう考えて、北瀬は合っているか質問した。
「なるほど、ぼうっとしてるの好きなんだ?」
「スキじゃない……」
雷市のぼうっとしてるのは好きじゃないという言葉を聞いて、彼が暇を持て余している事を確信した北瀬。
じゃあ俺の暇を潰すのに付き合って貰おうと思い、こう言い出した。
「……じゃあトランプやらね? もしくは宿題やるとか」
俺が持ってきたトランプをやろうと言った後、よく考えたら野球バカの雷市は、トランプとかやっても面白くないかもしれないなと考え、北瀬は宿題の選択肢も追加していた。
性格からすれば意外かもしれないが、彼は春休みの宿題は伊川に早くやろうと言われたので、彼に教えてもらいながら殆ど終わっている。
もうやる事が無いし、雷市に宿題を写させてあげようかなと彼はふと思った。
普通は宿題は本人がやるべきだが、雷市はプロ入りして稼ぐ予定だから勉強なんて一切やらなくても良いだろうと考えたのである。
「カハハ……宿題わかんない……」
「じゃあ俺のノート写して良いよ」
珍しく北瀬に話しかけられて赤面している雷市。
彼は慣れている人以外と話すと、恥ずかしくなって顔を赤らめてしまうのだ。
そんな雷市は、北瀬の宿題写していいよという言葉にきょとんとして、でも顔を赤らめたままこう答えた。
「でも、そういうのヨクナイと思う……」
雷市ってめちゃくちゃ真面目な奴なんだな! 北瀬は驚きながら、意外に思っていた。
北瀬が中学生の頃までは、宿題をやってくる学生なんて殆どいなかった。宿題を写してくるだけで、真面目なつまらない人間扱いされる環境だったのだ。
そして高校生になると、部活が忙しすぎて野球部以外の人間と教室以外で関わる事が無くなっていた。
だから彼にとって、宿題を写すのが悪いという発想自体が珍しい物だったのだ。
これが真面目な学生の姿かぁと思いながら、北瀬は気付いたら代案を口にしていた。
「そっか、そうだよな……じゃあ分かんない所教えようか? まあ俺も頭良くないから、全部教えられる訳じゃないんだけど」
「カハハハ……ありがと! キタセ!」
その後北瀬と雷市は1時間位宿題と格闘し、今までより少し仲良くなっていた。部屋割りによる思わぬ副産物だったと言えるだろう。
北瀬と雷市が宿題と格闘した後、野球部員とテニス部員が集まってミーティングする時間になった。
轟監督と真田キャプテンは、足の診断の為に病院に行ったので、今の責任者は片岡コーチである。
だから当然、片岡コーチがミーティングで話す係である。
用意されたホワイトボードの前には片岡コーチの他に、真田母と真田従兄弟の太平が立っていた。
既に集めた情報は片岡コーチに伝えているが、内容の補足を行う場合があるという事だろう。
まあ春のセンバツが始まる前から、地区大会で当たる稲城実業のデータは知っているので、ミーティングの内容は軽い復習位になると思われる。
部員達は眠気を堪えながら椅子に座り、明日戦う稲城実業のデータを聞き逃すまいと待ち構えている。
まあ彼らがデータ収集をした所で、それを活かせるかは怪しいのだが……
「明日の決勝は稲城実業に決定している。継投策でCL学園を3対1で破り、総合力を見せていた
先発ピッチャーは、成宮鳴で確定だろう。今日も先発しているが、決勝を託すのは稲城実業の絶対的エースしかいない
打順は
1番センター・カルロス
2番ショート・白河
3番ライト・早乙女
4番ファースト・山岡
5番ピッチャー・成宮
6番サード・矢部
7番キャッチャー・多田野
8番セカンド・江崎
9番レフト・杉
の可能性が高い。
特に注意するべきなのは、まずエース成宮。
153kmの速球に、切れ味鋭いスライダー、スプリット、カットボール、カーブ、そしてスクリュー気味に落ちる決め球、チェンジアップを武器にしている。
次にセンターのカルロス、俊足で守備能力が非常に高く、難しい打球を簡単にアウトにしている
最後に主砲の山岡。典型的なパワーヒッターだが、ミート力が低いわけではない。少しの気の緩みが、大量失点に繋がる良いバッターと言える
稲城実業相手の決勝戦。当然こちらの先発も、エースの北瀬だ。
打順は
1番レフト・秋葉
2番キャッチャー・伊川
3番ピッチャー・北瀬
4番サード・轟
5番ファースト・三島
6番ショート・米原
7番ライト・森山
8番センター・平畠
9番セカンド・増田
の予定になる。真田キャプテンが試合に出られると、轟監督が判断した場合は変わるが。やはりこうなるだろうな……
北瀬が投げる時は内野に飛びやすいが、必ず飛ばない訳ではない___各自集中力を持って守備位置に付け」
『……ハイ!』
真田先輩が試合に出られない悔しさと、明日の甲子園決勝への高揚感。
2つの相反する感情を持て余しながら、彼らは大きな声で返事を返した。当然一般客も他の部屋にいる為、外にいる時のような大声ではないが。
「相手は稲城実業……乱打戦になるか、投手戦になるかは分からない。
___だが、どういった流れになろうとも俺達が勝つ
俺は、お前達の打撃力を信じているからな」
『ハイ!』
「カハハハ……成宮打つ!」
「俺3本位ホームラン打ちたいなー!」
「ガハハハ、なら俺は4本打ってやるぜ!」
「お前らだけで何点取る気だよ!」
片岡コーチが打撃力を信じていると言った事で、またテンションが上がった野球部員。
成宮を投壊させてやろうという意気込みは十分感じられる。
「そして、守備で危険なプレーはするな……こちらには交代人数が実質2人しかいないからな」
『ハイ!』
部員達は、確かに11人で戦うなら怪我はマズいなと思い、リスクの高い動きはしないと決めた。
守備崩壊のチームな上、最上級生のスタミナは少ないとくれば、確実に途中交代する部員は出る。
3人抜けたらテニス部を徴集する事になるから、危険なプレーはご法度だと感じたのだ。
北瀬と伊川は、危険のイメージが人とズレているので、普通ならかなり危ないプレーをするかもしれないが……本人が絶対大丈夫なら問題ないだろう。
「これでミーティングを終了する。明日の試合の為、後20分以内に寝るように
___明日、お前達が春のセンバツを制する事を、楽しみにしている」
「ハイ!!」
遂に明日、甲子園優勝校を決める、稲城実業高校vs薬師高校の試合が始まる。
決勝で戦うのは、どちらも西東京地区のチーム。
来年の夏には、西東京地区決勝こそ最強を決める戦いだと言われているかもしれない。
夏大会も秋大会も、両者不完全燃焼で終わってしまった。
だから今回こそが西東京地区の……いや、高校球児最強を決める戦いだ。
そんなプレッシャーのかかる場面にも拘らず、薬師高校の部員達はすやすやと全員が深い眠りについている。
どんな大場面でも緊張しないという特性は、案外凄く有効かもしれない。
ちなみに北瀬は夢の中で、伊川の作った朝食を食べる夢を見ていた。呑気な性格が現れていると言える。
ちなみに味噌汁は、北瀬の好きなナス入りだった。ナスの夢を見ることは、江戸時代から有名な縁起の良い事だ。ナスと成すを掛けているらしい。
彼は、夢と試合結果に関係は無いと分かってはいるが、朝起きた時に何となくラッキーだと思った。
その結果、投げあいたいと考えていた成宮さんと戦う事もあり、絶好調を超えてノリノリになった北瀬。
そんな彼が、どんな活躍を見せてくれるのか楽しみである。
まあ北瀬がどれだけ頑張っても、超重量級守備もゴミリードも変わらないのだが……