【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
甲子園決勝戦直前、薬師高校のベンチは普段通りで、どうでも良い雑談をかましていた。
元弱小校の割に、謎の貫禄が見える気がする。
実際の所、普通の人間だったにも拘らず大量の取材などが来て感覚が麻痺し、試合前でも緊張しなくなっただけだが……それでも彼らのメンタルは試合に有利過ぎる。
「今日甲子園決勝ってヤバくないですか?」
「まさか元弱小校の俺達が、たった2年でここまで来るとは思わなかったな」
「やっぱりホームラン打ちまくったのが良かったのか?」
「ガハハハ、俺達の実力って事っすよ!」
「そろそろおしゃべり止めろ、最終確認するぞ!
……真田の古傷は診断の結果だと悪化していなかったが、万が一を考えて試合には出さない。それは分かってるな」
『ハイ!』
轟監督が話し始め、おしゃべりを止めた薬師部員達。
他の強豪校程真剣に聞いている感じはしないが、まあこれが薬師流という事で良いのかもしれない。
真田キャプテンの怪我は悪化していないのにも拘らず、轟監督は甲子園決勝の大舞台に出場させないと宣言した。
これで薬師野球部は、優秀なバッターが1人減って随分不利になってしまう。
だが彼らは心優しい部員が多く、怪我を押してまで真田先輩に出て欲しいと思っている人はいなかった。
実はテニス部員の何人かは内心出て欲しいと思っていたが……まあ彼らはどうしても試合に出たくないから仕方ない。
「よし! で、肝心の成宮対策だが……お前達の打力なら何とかなるだろ! ホームランガンガン狙ってけ! それが相手への大きなプレッシャーになる!」
『ハイ!』
部員達は嬉しそうに笑っている。
やっぱり俺達はホームラン狙いだよなぁ、バントとかやれって言われても出来ないし、つまらないし! 部員達はそういった顔をしている。
ようし、今回もホームラン狙って行くぞ!! 部員達は、決勝戦にも拘らず自分勝手なバッティングをし続ける事を決意した。
稲城実業だったらめちゃくちゃ怒られる発想だ。
まあ彼らは自分勝手な長打狙いが1番得意なので、いっそそのやり方を貫くべきなのかもしれない。
「じゃあ最後に真田、なんかイイ感じに締めてくれ」
「俺スか? ……試合に出れないのは悔しいけど、お前らなら絶対勝てるって信じてるからな!
俺に、そして轟監督や片岡コーチに、成宮からバンバンホームラン打つ所を見せてくれ!」
『おうっ!!』
対して稲城実業ベンチは、普段通りの行動を続けながらも、選手達の闘志がビリビリと伝わって来る空気だった。
彼らが今まで辛く苦しい努力を続けてきたのは、甲子園で優勝する為である。
当然思い入れは非常に強く、勝つという意思が選手全員に共有された、凄まじい威圧感だ。
そんな空気の中、成宮は大きなあくびをして空気をぶち壊し、隣にいる多田野やカルロス達に話しかけた。
「ふぁぁー、今日の先発はやっぱり北瀬かー! やっぱ俺達と戦うならそうだよね」
あくびをしている成宮が心配になった多田野は、昨日寝れていない事が心配になった。
彼が1年生の時、甲子園で暴投して負けた事がトラウマになり、たまに魘されている事を多田野は知っている。
1年以上経った今でも、成宮は試合の前になると寝れなくなってしまう事があるのだ。
「鳴さん、昨日あんまり寝れてなかったみたいですけど、大丈夫ですか?」
その言葉にイラッと来た成宮は、まだキャッチャーマスクを付けていなかった多田野のほっぺをつねった。
「樹が俺の心配するなんて100年早いし!
……大丈夫だよ、試合に影響なんて出さないから」
「イテテテですよねっ! すみません!」
「実際鳴は大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ。あいつが眠気で不調を見せた事はない」
成宮の投球は当然、都のプリンスと呼ばれる程優れている。だがもう1つ、彼の凄さを挙げるとしたら、彼の雰囲気が周りに伝染していく事かもしれない。
彼が鼓舞したら周りも勝利を信じ、彼が気を緩めたら周りも気を緩める。そういった存在感が成宮にはあるのだ。
まあそれが毎回良い方向に行く訳ではないのだが……
大あくびでピリピリした空気をぶち壊したのは、たまたまか彼の計算か。それは分からないが、過度な緊張感を緩めたのは確かである。
そんな彼らを横目に国友監督は重々しく話しだし、部員達の話し声はピタッと止まる。
「……相手は高校最強打線。成宮が投げようと、ある程度は打たれるだろう。だがそれでも、お前達の方が強い
優秀なバッテリーに、綿密な作戦、そして鉄壁の野手陣。
誰が相手だろうと、やる事は普段と変わらない
___全てに最善を尽くせ」
『ハイッッ!!』
1回表、薬師高校の攻撃は、1番レフトの秋葉。
1年生とは思えないミート力に、穴のない守備能力。大体の事は出来る、薬師高校の中では器用貧乏に見える選手である。
彼は、他の強豪校なら1年生の夏から4番を任される可能性もある程の好打者だ。
だが薬師打線のあまりの厚みによって、打撃力が過小評価されがちな所もある。
当然薬師野球部の選手の1人として注目されている面もあるため、秋葉は特に過小評価される事に悔しさを覚えたりはしなかった。
「鳴ちゃーん! 頑張ってー!」
「成宮ー! 頑張れー!」
「投壊野球を見せてくれー!」
「稲実! 稲実!」
観客達は、都のプリンスvs薬師高校1番バッターの戦いに盛り上がっているようだ。
そして秋葉はこの打席、都のプリンスに敵わなかった。
「ストライク! バッターアウト!」
ツーボールツーストライクと追い込まれた後、内角ギリギリに来たカーブにバットは空を切り三振してしまう。
(バットにすら当てられなかった! 俺だって弱い訳じゃないと思うけど……やっぱり甲子園決勝は違うなぁ)
ワンアウトランナー無しの場面、珍しく真剣な顔をした伊川は内心こう考えていた。
真田先輩はホームランが見たいと言っていた。だからできればホームランを出したい。
でもホームラン狙いを続けると失敗してしまうかもしれない……ならワンストライクを取られるまではホームラン狙いで、それ以外はツーベース狙いで行こう。
「伊川ー! 甲子園打率10割のまま優勝してくれー!」
「鳴ちゃーん! 頑張れー!!」
「伊川ー! ホームラン狙えよー!」
「鳴ー! 抑えてくれー!」
都のプリンスvs春のセンバツ10割の男の対戦に、観客達は熱狂的に応援を続けていた。
成宮は観客達の大歓声に喜び、伊川はうるせえなぁとガン無視していた。あまりにも性格が違い過ぎる。
1球目、成宮がストライクゾーンに投げたボールを、伊川は思いっきり引っ張って打った!
___カキーン!
良い当たりだったが、ギリギリレフト線を切れてファール。
この結果で、成宮と伊川はこんな事を考えていた。
(危なかった、打たれたのがむかつく! もうちょいでホームランだったじゃん!
……でもファールなら点にはならない。だから、俺達のピッチングは間違ってないんだ)
(あー惜しい。真田先輩に、俺が1番最初にホームラン見せたかったのにな
……まあ良いや。チームの事考えたら次狙うのはツーベース一択。なんか今日の北瀬は打ちそうな気がするんだよなぁ)
___カキン!
その後伊川は無難にツーベースを放ち、普段と違いベースから離れた所で盗塁の機会を伺っていた。
これで稲城実業は、今日の伊川は盗塁を狙う事を確信。彼は一応キャッチャーの割に足も割と早い為、十分警戒しなければならないのだ。
実際の所、伊川はあまり盗塁をする気は無かったが、まあピッチャーとキャッチャーを揺さぶられば良いなと考えてやっている。
伊川は、真田先輩が沢山ホームランを見れる様に、相手バッテリーを揺さぶっているのだ。
これで、ワンアウトランナー2塁。この場面で、妙に調子が良い北瀬がバッターボックスに入ろうとした。
その直前に伊川と目が合い、彼が助言をし始めた。
(北瀬、今日は絶対ホームランだけを狙え)
(別に良いけど……何で?)
(今のコンディション、有り得ない程良いだろ。今のお前なら5打席ホームランだって行ける)
(そうなのか……? 分かった、伊川を信じる)
めちゃくちゃ好調な自覚は無かった北瀬。だが伊川が言うならそうなんだろうと信じ、絶対ホームランだけを狙うと決めた。
___カキーン!
ボールは凄まじい勢いで飛んでいって、バックスクリーンに直撃。
1打席の北瀬vs成宮は、完全に北瀬に軍配が上がった。
「キター! 超重量級打線!」
「ホームラン見に来たんだよなー!」
「163kmホームランバッター最高!」
ベースを一周する北瀬と伊川。
北瀬は今ホームランで何かを掴んだ気がして、ソワソワしながら全力で走っていた。
伊川は、真田先輩がホームランを見れた事を喜びつつ、俺も打ってあげたかったと思いながら小走りしていた。
まあ伊川がホームランを打っていても、後ろの北瀬もホームランを打ったら点数は変わらないのだが。
走る速度が違ったせいで、伊川は北瀬にほぼ追いつかれてしまい、接触したらマズいと慌てて走っていった。
ランナーが回っている時に他のランナーと接触するとアウトみたいなルールが合った気がしたのだ。
なんか覚え間違えている気もするが、リスクは侵さない方が良いだろう。
その後雷市はヒットを打つも、後ろの三島と米原がやられてスリーアウトチェンジ。
派手な攻撃の割には少ない点数で終わってしまった。
1回裏、稲城実業の攻撃は1番カルロス。塁に出たら失点を覚悟しろと言われる、凄まじい足を持つ男だ。そして守備も良い。
そんな彼も、北瀬のキレの良い球に太刀打ち出来ずノーボールツーストライクと追い込まれたが、全く諦めてはいない。
なぜならキャッチャーの伊川は、なぜかゴロを打たせるような配球を多用してくるからだ。
それを狙い撃ちした所で明らかにゴロしか打てないが、薬師高校の守備ならセーフになる可能性がある。
何でこんなバカなリードをするのかと困惑している他校の偵察班達は、まさか伊川がリードを丸パクリして使用しているとは知らない。
___ガギ
鈍い当たりがサード方向に飛んでいった。轟はしっかりそれを掴んで、1塁方向に投げた!
「取れる訳ねーだろ!」
だが彼は、頭を大きく越していく送球ミス。三島は何とか取ろうとしたが、明らかに無理な球だった。
「……セーフ!」
そんなこんなで韋駄天とも呼ばれるカルロスは3塁まで突入、記録は悪送球になった。
こんなお笑い野球でも北瀬は気にせず、普通の顔で雷市と三島に声かけをする。
「三島も雷市もドンマイ!」
「たく雷市は……エラーも悪送球も1番多いぞ?」
「カハハハ……次はうまくいく! とイイナ!」
あまりにも酷過ぎる守備陣を赦し、慰めさえした大エースの姿を見て、一部の観客は涙を流していたらしい。