【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
3回裏、主砲をなんとかゴロで抑え、ワンアウトランナー無しで迎えるのはエース成宮。
まるで胸元にぶち込んでやるといったギラギラした目をした彼相手に、北瀬は楽しげな顔をしてピッチャーマウンドに立っていた。
(伊川、こいつ相手なら全力ストレート使い時じゃないか?!)
(使い時って言ってもランナーいないけどな、まあ良いか。全部全力ストレートにするのか?)
ランナーがいるいないに拘らず崩壊している野手陣だから無意味に近いが、一応ランナーがいる時は打たれない方が良いと知っている伊川。
(うーん。気分的にはそんな感じだけど疲れちゃうし、ツーストライクの後で良いや)
(オッケー分かった)
適当な感じで、ツーストライクになったら全力ストレートを解禁する事を決めた薬師バッテリー。
運良く成宮をツーストライクまで追い込んだ北瀬は、最高のコンディションで全力ストレートを投げた!
___ズバシッッ!
「……ストライク! バッターアウト!!」
明らかにストライクゾーンに入っていたボールだったが、更に1段階上がった投球を見せた北瀬を見て、少し呆然としてしまいコールが遅れた審判。
だが観客達はそんな事を気にする余裕が無い。
スコアボードに表示された、164kmという数字を見て歓声を上げる事に忙しいのである。
最初の頃は北瀬が記録を出す度に呆然としていた観客達だが、毎回毎回記録を更新する事に慣れていって、今では歓声を上げるばかりになっていた。
呆然としている人達も当然いるが、少数派になってしまう程に薬師高校の記録更新は早いのだ。
164kmを出した北瀬を見て、当然薬師野手陣も盛り上がっていた。
「164kmキター!」
「すげぇ……どんどん速くなってくじゃん!」
「北瀬ー頑張れー!」
「このまま全員三振にしてくれー!」
盛り上がる仲間達を見て北瀬は楽しそうに笑っていたが、内心微妙な心境だった。
(盛り上がってくれるのは嬉しいけど、164kmはマグレっぽいんだよな。伊川にも調子良いって言われてるし)
これから先、毎回164kmを求められたら困ってしまうと考えた北瀬。
普通の感性をしている薬師部員はそんな事求めないだろうし、また夏までに北瀬は球速が上がるのだが、そんな事を彼は知らない。
この直後、どんどん成長していく北瀬にビビってしまった多田野が呆気なく三振。
5対3と薬師高校優位なまま、試合は4回に入った。
4回表は8番平畠からだが、呆気なくフライを打たされアウト。
9番福田も、1番秋葉も、稲城実業エースの変化球に躱され三振。
この打席、平畠は全力でバットを振り手元の方で打たされたまま外野近くまでカッ飛ばしたせいで、平畠の手が腫れてしまった。
割と部員思いな轟監督と片岡コーチは、泣く泣く交代メンバー枠を1人使う事にした。
これで薬師野球部は4回表にも拘らず、テニス部を除けば交代可能選手が背番号10の福田のみになってしまった。
……
8回表が終わり、16対9と大きく薬師高校がリードしていたが、稲城実業は諦めていない。
甲子園の連戦にスタミナが削られていたのか、薬師高校の守備は普段より酷く、大量失点もすぐそこだと考えているのだ。
それに、背番号13からのメンバーは地区大会の頃はいなかった急造野球部員。
7回にライトの森山が交代した現状で、高い確率でスタミナが切れる米原がいるから、ほぼ確実にド素人が試合に出場する事になる。
それなら、このまま行けば俺達は勝てる可能性はあると考えている為、戦意が残っているのである。
「この回で10点位取ろうよ! 俺ホームラン打つし!」
「鳴さん……! そうですよね! 俺、頑張ります!」
「そうだね! 俺達ならきっと行けるよ!」
「……いくら何でも、ホームランは言い過ぎだろ」
「いやいや、ランニングホームランならあり得るんじゃないか?」
ノーアウトランナー無しで、打順は2番白河。
高いミート力と頭脳でゴロを放ち、薬師高校ショートのエラーで出塁。
ノーアウトランナー1塁で、打順は3番早乙女。
器用さを活かしたといえば聞こえは良いが、ぶっちゃけマグレエラーで出塁。これでランナー1・2塁。
4番のパワーヒッター山岡には、たまたまど真ん中のボールが飛んでこなかった為呆気なく三振。
ワンアウトランナー1・2塁で、打順は5番成宮。
ゴロか三振だろうと思われていたが、なんと打球をライト奥辺りにしっかりと落としてスリーベースヒット。
薬師高校のライトは一瞬ボールを見失っていた。バッターがホームに帰らなかっただけ奇跡かもしれない。
これで2点返し、16対11になった。
そして、内野のフォローで走り回っていたライトの森山のスタミナが尽き、野球部最後の交代要員である福田を送り出してしまった。
しかも、彼のポジションは元々内野である。フォローなんて出来る訳がない、悲惨な守備をする事が確定している。
ワンアウトランナー3塁で、打順は6番矢部。高い士気を保ちながら全力でゴロを打ち、ギリギリだったが判定はセーフ。
これで成宮がホームに帰り、この回3得点目。
こうしてベンチに帰った成宮は、自身ありげな顔をして部員達に向かってこう言い放った。
「ほらね! やっぱり打てたでしょ?
___俺、今日の試合負ける気しねぇから! ……12点も打たれといて何言ってんのって感じかもしれないけどさ」
「ったく、これだから鳴は……!」
「やっぱり、俺達なら勝てる!」
「……ホームランは打ってないけどな」
薬師高校相手に8回で16点取られているとはいえ、稲城実業の絶対的エースである成宮の大活躍により、彼らの士気は向上していた。
やはりエースという存在は、チームの力を大きく左右するのである。
薬師高校とかいう、エースの言動よりホームランに脳味噌が支配されているチームもあるが……
多田野も成宮の有志に影響されたのか、良い感じにサード方向にゴロを飛ばし、案の定エラーで2塁に進んでいた。
サード轟がエラーをした上、ライトからのフォローが無い為転々とボールが転がってしまったのである。
これで6番がホームに帰り、この回4得点目。
まるで成宮が放った言霊のように、稲城実業は次々と得点している。
ワンアウトランナー2塁で、打順は8番江崎。
ノリノリの空気のまま打席に入ったが、運悪くバットがボールに掠り、キャッチャーに拾われてアウト。
稲城実業にとっては運良く、多田野は3塁に進塁していた。伊川の判断が早ければ、3塁をアウトに出来ていたかもしれない。
ツーアウトランナー3塁で、打順は9番杉。
稲城実業メンバーの中では見劣りするが、彼も2年生にしては良いバッターである。
あからさまにファースト方向にゴロを放ったが、薬師高校のファーストがエラーを起こした結果セーフ。
これで多田野がホームに帰り、この回5点目。
薬師高校の守備難を見せつける様なバッティングだった。
普通、バッターが1塁方向に飛ばしたらアウトになるだろ……流石に酷すぎて、元々薬師高校の守備難が分かっていた観客達も野次を飛ばし始めた。
「この下手くそー!」
「守備なんとかしろやー!」
「エラーで5点も取られるなー!」
「俺と交代するかぁ?!」
罵声が飛び交う観客席にテニス部のメンツはビビっていたが、正規野球部員はしらーっとした顔をしていた。
観客の声を、どこからか流れているBGMか何かだと考えているので、観客席から叫ばれる分にはノーダメージなのだ。
ツーアウトランナー1塁。
ある意味、稲城実業が凄く応援されている状況で打席に立つのは、打順1番のカルロス。
彼はボールを打ち上げたので危うくアウトかと思われたが、案の定薬師高校のセンターが落球。
2塁ランナーは3塁に進み、これでツーアウト1・3塁。
次の打順は2番白河。
ほぼエラーだけで1回5失点している薬師部員達は、流石にヤバいなぁと思いつつ何の策を打てないでいた。
交代要員0人でスタミナが枯渇しかかっている守備下手野手陣な上、なんやかんやチームを盛り上げてくれていた真田キャプテンがベンチなのだ。
これで名監督だろうとマトモな作戦を立てられないだろう。
その上、稲城実業には何となく、このまま行けるムードが漂っていた。
当然の様にゴロを打ち、ショートの捕球範囲なのにセカンドとお見合い。
これで3塁ランナーは帰還し、この回稲城実業は6点目。これで同点まで追いついていた。
この時、ショート米原の足は震え、今にも崩れ落ちそうになってしまった。
甲子園での連戦に身体がついて行かないまま、気力で何とか試合に出続けていたのである。
怪我ではないが、もう明らかに戦えないであろう米原を見て、轟監督は決心した。
「……佐藤、交代で入ってくれ!」
「……本気ですか?!」
テニス部の佐藤は、マジでド素人を出場させるのかよ、誰と交代するんだと混乱していた。
「おー、その為に1週間位練習してきたじゃねぇか!
ショートの米原の足を見てみろ、もう限界だろう?」
佐藤は、遠目で見ていたから気付かなかったが、足がガクガク震えていて今にも崩れ落ちそうな米原を見て、これは交代するしか無いと覚悟を決めた。
「……分かりました! 何とか頑張ります!!」
テニス部の佐藤が覚悟を決める前から、轟監督は交代の指示を出していたので、直ぐに交代のアナウンスが鳴り響く。
「選手交代をお知らせします。ショート米原くんに代わりまして、佐藤くん、佐藤くん……
ポジション変更のお知らせをします。ショート佐藤くんに代わりまして、秋葉くん、秋葉くん……
レフト秋葉くんに代わりまして、佐藤くん、佐藤くん……」
東京都大会の頃はいなかった佐藤というプレイヤーの出場に、観客達の多くは困惑していた。
「見たこと無い顔だな……」
「多分、秋季大会以降のメンバーだろうな」
「やっぱり薬師だし打撃が強いのか?」
「いや佐藤はシニアにも入ってなかったからなぁ……」
ド素人と思われる佐藤。たった数ヶ月でどこまで強くなれたのか、轟監督の手腕が試される。
……実際の所、野球の練習を始めたのは1週間前なので、監督の手腕とか言われても困るのだが。
ツーアウト1・2塁で、打順は3番早乙女。
良い感じにゴロを放ったが、殆どやった事が無いポジションにも拘らず、秋葉が良い感じに捌いて余裕のアウト。
「アウト! スリーアウトチェンジ!!」
土壇場の交代劇とは関係なく、運良く良い感じの所に打球が飛んできてスリーアウトチェンジ。
これで試合は、最後の回に突入する。