【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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他の話と名前が被ってたので変更しました。すみません


62球目 新たなキャッチャー

 

 

 

 

 

昨日春季大会の1回戦を勝った薬師高校。

まだ新入部員達は練習に慣れていないと言うことや、上級生も甲子園の疲れが取れきっていない事もあり、楽勝の試合が終わった後は軽めの全体練習で終わっていた。

 

推薦組は試合に出ている選手も多かったにも拘らず、楽々と言った表情をしていた。

北瀬が三振を取りまくっていた為、守備機会があまり無かったから疲れていないのだ。

北瀬は手を抜きまくった148kmを投げていたとはいえ、怪物球威が仕事をしまくっていたらしい。

 

だが多くのライバル達から受験戦争を勝ち抜いた一般入試組は、練習不足からスタミナが減っていたのかクタクタな人も多かった。

 

 

 

 

 

 

当然の話だが鉄人の北瀬と伊川は当然全く疲れていなかった為、珍しく伊川も自分から自主練習をやり始めていた。

北瀬は、人数が少なかった薬師野球部に沢山後輩が入ってきてテンションが上がっていたらしい。

伊川はもしかしたらマイナーリーグのトリプルAで、物価を考えたら少額とはいえ一応給料を貰って野球をするかもしれないという理由で、少しだけ練習に熱心になっていたのである。

 

 

やる気が出たとは言っても練習内容が素振りしか思い付かない彼らは、課題の守備練習ではなく室内練習場でバットを振り続けていた。

 

 

……普段通りの練習しかしてないのに、彼らにとって全く違う事があった。

新入生達の目が、ずっとチラチラとこちらを見続けているのである。

 

 

(伊川ぁ、なんか新入生めっちゃこっち見てるんだけど……)

(やっぱり? 俺らバットを振ってるだけで、面白い事なんて何もしてないのにな……)

 

観客達に見られまくるのは慣れている北瀬だが、同じ部活の部員達に見られ続けている事には慣れていなかったらしい。

 

ちょっとビビりつつ謎テレパシーで会話しながら、彼らは傍目には黙々とバットを振り続けていた。

気まずい、誰か助けてくれと思いなからである。

彼らにとって金属バットを振るのは殆ど肉体の負荷にもならず、まるで自分達が観衆に見られながらサボっている様に感じられたからだ。

 

 

 

 

そんなバットを振るのをやめたいという雰囲気を醸し出している北瀬と伊川の雰囲気を察した、彼らの性格を知っている上に敏い真田太平。

この状況を打破するべく、練習途中の休憩時間に少し話したからキャッチャーだと知っている由井薫に話しかけた。

 

 

「打撃練習してる所悪いんだけど……ちょっと良いか?」

「……良いよ! えっと、太平くんだっけ」

 

殆ど話した事がない太平に練習中話しかけられて少しだけ驚いた由井だが、基本的には人当たりが良い性格なのでにこやかにOKを出した。

強豪リトルの主力出身にしては割と優しい性格は、足を引っ張られ易いデメリットもあるが、ピッチャーの信頼を得なければならないキャッチャーとして+に働く事が多いと思われる。

 

 

「多分北瀬先輩は、今ピッチング練習したい気がするんだよ。もしエースのボールを受けてみたいなら、思い切って話しかけてみたら良いんじゃないかと思って」

 

その言葉を聞いて驚いた由井。

俺には北瀬先輩そう考えているか全然分からないんだけど、本当だろうか?

彼のポジションはキャッチャーじゃないって言ってたから、俺の足を引っ張るデメリットは無いけど……

 

やはり本気でスタメンを目指す部員から足を引っ張られた事がある由井は、少し警戒しながらも太平に質問した。

 

 

「本当に? それならお願いしに行こうかな……でも正捕手の伊川先輩がいるのに、入部初日の俺が言い出したらマズいかも……どうしよう?」

 

由井は北瀬先輩のボールを受けたいけど躊躇しているんだろうと分かった太平は、彼が知っている耳寄り情報を大盤振る舞いした。

 

 

 

「伊川先輩は北瀬先輩の状態に、気付いてないのか思い付いてないのか分からないけど

伊川先輩は、確かセカンドに専念したいのに人数不足でキャッチャーやってるだけらしいよ? 多分、後輩がやりたいって言い出しても気にしないんじゃないかな」

 

太平の言った入部初日なのに妙に詳しい情報を聞いて、由井は逆に信憑性があるなと考えた。

よく考えたら、彼の名字はキャプテンと同じだから兄弟なのかもしれないし、何か情報を得ていても全くおかしくないな。

朝太平くんが北瀬先輩と話していた時も、用事があって薬師高校に来たことがあるとも話してたし。

 

 

「そうなんだ、話してくれてありがとう! 北瀬先輩に聞きに行ってくる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北瀬や伊川が内心ゲンナリしながらバットを振り続けている時、人の目線を浴びながら由井が彼らに近づいて話しかけた。

 

 

「あの、北瀬先輩! もし良ければ、俺にボールを受けさせてくれませんか?!」

 

尊厳する大エースに、初対面から投げて欲しいと言う事に緊張している由井。

明らかに手加減していたとはいえ今日完投している彼にお願いするのは良くないとは考えていたが、こんなチャンスを、わざわざ逃そうとは全く思わなかった。

 

 

 

「まじ? ……よし分かった! 今から投げよっか。由井、よろしくね」

「ハイッ!!」

「…………」

 

北瀬はとにかくこの場から逃げられるなら何でも良いと、内心ノリノリで由井の提案に乗っていた。

本人は気づいていなかったが、ピッチングをしていても観衆に見られる事は変わらないが……後輩に付き合って練習してます感があるだけマシだったと思われる。

 

この場所の俺を置いていくなと、縋るように見ていた伊川を気にせず、ピッチングをしに歩いていく北瀬。多分伊川の反応には気付いていない。

由井は、太平の言う通り本当に伊川先輩は許しているのかと、少し不安になりながらも気にしないようにして向かった。

北瀬先輩のボールを、受けられるとしたら絶対に受けたかったからだ。

 

本人の了承を得ているのだから、今の正キャッチャーの反応を伺い続ける必要はないと考える様にしていた。

弱肉強食の世界を生き抜くなら、ある程度の割り切りは必要な能力である。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッチングが出来る場所まで移動した後、軽い準備運動としてキャッチングをする北瀬と由井。

北瀬は全力の5割未満の相当軽いピッチングをしていたのだが、この時点で由井の腕は痺れ始めていた。

 

 

(嘘だろ……? これがウォーミングアップだなんて、本番ならどれだけの球を投げるんだ?!)

 

 

 

MAX164kmの剛速球を投げる北瀬。全力のストレートがここまで速いと、腕を振り切らなくても西部高校と戦っていた時の様に150km近い速度が出ていた。

高校生の全力と考えても速い速度が出ている上、彼には怪物球威が付いている。

これでは神童と呼ばれている由井が、たかがウォーミングアップのボールを捕るのに必死になっても仕方ない。

 

この間まで中学生だった相手では普通捕れないボールを、準備運動がてらに投げる北瀬は全くの無自覚だ。

元相棒が簡単に捕れていた事もあり、野球を頑張ってきたであろう推薦組なら簡単に捕れるだろうと思ってしまっていた。

 

 

「あれ、どうしたんだ?」

「……なんでもありません。そろそろ本番ですよね、全力のストレートをお願いします」

 

「よし、分かった……行くよ!」

 

 

(浮き上がる、もっと上に……あっ?!)

 

 

___ガン!

 

投げた瞬間164kmが、ミットに掠る事もなくバットネットにボールが突き刺さった。

北瀬は指示された所に完璧に投げていたのだが、彼の投げるボールのあまりのノビに、由井は目測を見誤り反射的にミットを動かしてしまったのである。

 

先輩エースを自分から誘ったにも拘らず、指示した所に完璧に投げてくれたにも拘らず、ストレートを捕れなかった由井は非常に焦った。

しかも言い訳すら思い付かない位ありえない、触りすらしない捕逸だったのだ。彼が焦っても当然だろう。

 

 

 

「何だあのボール?!」

「流石北瀬さん! 球の動きが半端じゃねぇ!」

 

バットを振っていた時から見ていた、下級生のギャラリーが大きくざわめいていた。

 

西部高校に投げていた時だって凄かったのに、そのクオリティを大きく上回るストレート。

彼のメジャークラスのストレートは、少しでも野球に興味がある人間なら惚れ惚れしても当然だろう。

 

将来のメジャーリーガーのボールを近くで見られるだけでも、薬師高校に来た価値があるなと考えた新入生も多かった。

 

 

「すみません!」

「いーよいーよ。そんな事もあるって! ……じゃあ次良い?」

 

だが見ているだけでも楽しいみたいな甘い考え方を出来ない、本気で正捕手を目指している由井は顔を青くしながら謝っていた。

 

これだけ多くの部員がいる中、絶対的エースに見放されたら半年は影響を引き摺るだろう。

そうでなくても、これだけ素晴らしいピッチャーに失望されては耐えられない。

そうなっても仕方ない大失態だと落ち込みつつ、失望され続けるのは絶対嫌だ、次は取ると歯を食いしばって感情を押し殺していた。

 

 

 

キャッチャーが触れもしないで後ろに逸らしたのを見れば、1年生相手とはいえ普通失望するのかもしれない。

だが、野球の常識を知らない北瀬は何も思わなかった。

 

エラーと同じで、ちょっとしたミスなんて良くある事だよ、ドンマイ! と早合点し、簡単に次を催促する。

 

薬師程の頻度のエラーもマグレで起きる物ではないが、ストレートを捕球出来ないというのは少し違う。そもそも相手ピッチャーの球を受けるレベルに達していないと言う事だ。

 

 

 

あまりにも的外れな慰めをした北瀬。だが由井はあり得ないミスをしてしまったのに、先輩が投球を投げるのを止めない事にとりあえず安心して次のボールを要求する。

 

 

 

……

 

 

___バッ!

 

「良い感じ! ナイスキャッチ!」

「……ありがとうございます!」

 

20分位投げ続け、ようやく前に落とせた由井を北瀬は本気で褒めていた。

ついさっきまで後ろに逸らしたり、あらぬ方向に飛んでいったりしてたのに、初めて俺のボールを取れたんだ!

超頑張ってたし、根性あるんだな由井って!

 

北瀬はそんな事を考えていたが、由井は内心苦しみもがいていた。

何球も何球も投げてもらっておいて、まだストレートを1回前に落としただけなんて……

全てのボールを捕れるようになる為に、どれだけの時間北瀬先輩に投げて貰い続けてもらうつもりだよ。

今日中にストレートは捕らなきゃ。それでも捕手失格の惨状だけど、今の俺にはこれ位しか出来ないんだ……!

 

由井のキャッチング技術が悪いというよりは、北瀬の投球が規格外だと言う事に理由がある。

だが正捕手を目指す者として、そんな事は言い訳にならない。

由井は、直ぐに北瀬先輩のボールを全て捕れるようになってやると熱意を燃やしていた。

 

 

 

……

 

 

 

「あー、えっと……そろそろ夜飯の時間だし、寮に戻る準備しないと。由井はこの場所まだ使うか?」

 

 

 

由井がストレートを捕れなかった時から1時間が経過。由井の腕などのボールが当たった場所を冷やしたりして、多くの休息を挟みながらも北瀬は投げ続けた。

 

由井だって当然、ボールを捕ろうとする間に北瀬の完璧なコントロールを把握。

無意識に前に身体を動かしてしまいそうな生理的な反応を押し留め、ミットを微動だにさせず捕ろうとしていた。

だがMAX164kmの凄まじい威力もあって、上手く行っても前に落とす事しか出来ずにいた。

 

結局この時間、最後まで由井はストレートをしっかり捕ることすら出来ず、北瀬はストレートを投げては捕逸され続ける虚無の様な行動を続けていたのだ。

 

 

 

由井の腕は真っ赤に腫れ上がり、体にも沢山の青あざが出来ている。

 

ヤンキー校にいながらも自分から人を傷つけた事が殆ど無い北瀬は、ちょっと心配そうにしている。

この色は痛そうだなぁ、大丈夫かな。なんでこんな酷い青あざが出来てるんだろう、肌が弱いのかな? といった考えだった。彼はもう少し、自分のボールの威力を自覚したほうが良い。

 

まあ由井は、自分のミスで付いた小さな怪我なんて心配して欲しくは無いだろうから良いのかもしれないが……

人当たりは良いが、彼にだって野球人としてのプライドはしっかりあるのだ。

ピッチャーのボールが捕れないのに怒られすらせずに心配されるなんて、恥の上塗りでしかない。それでは子供扱いされているのと変わらないのだ。

 

 

「……もし明後日北瀬先輩が登板しなかったら、また捕らせて貰えませんか?! 絶対、北瀬さんのストレートをキャッチ出来るようにしてみせますから!!」

 

自分の事に必死で、北瀬にどれだけ投げさせているのかを計算し忘れた由井。

ピッチャーの事を考えられていなかったと反省しながら、大エースに捕るチャンスが欲しいと懇願した。

 

これだけやっても捕れないというのは、俺の実力不足だって分かってる。

伊川先輩のリードに内心憤慨していても、自分は捕れすらしないなら負け犬の遠吠え以下の人間だ。

 

分かってるけど……俺は今年の夏、正捕手として甲子園に立つことを諦めてない。

どれだけ恥を掻いても、どれだけエースに迷惑を掛ける事になっても、少しの可能性にしがみつくしかないんだ。

 

 

 

暫くの間は尊敬しているピッチャーの邪魔をする、迷惑キャッチャーとしてやっていくしかないという、割と悲壮な覚悟を決めていた由井。

 

対して北瀬は、せっかく薬師高校に入って来てくれた下級生の、しかもちょっと話しただけで性格が良いと分かる後輩の期待には、出来るだけ応えてあげたい気もし始めていた。

ひたすら後ろに捕逸される時間の不快さはあまり気にしていなかったので、若干面倒だけどまあいっかと次の練習に対して軽い口調で肯定していた。

 

 

「分かった。明後日俺が登板してなかったら自主練習時間に集合な」

「ありがとうございます!!」

 

 

 

 

こうして北瀬と由井は、しばらくの間マンツーマンで練習を続ける事になる。

他の後輩がバッティングも見せて欲しいとお願いするまで、半月位ずっと投げ続けているだろう。

 

由井は素晴らしい才能を持つエースの時間を、自分の至らなさで奪い続ける事に罪悪感を持ち続けていたが……

北瀬は強豪出身の部員と多く関わる事が始めてだった為、由井の野球への姿勢にジワジワと良い影響を受ける事だろう。

 

由井にとっては、迷惑をかけ続けたにも拘らず俺が伸びると信じて投げ続けてくれた先輩として。

北瀬にとっては、努力家で心優しい良い人な後輩として、その期間で急速に仲が良くなっていった。

 

 

 

同じ位の能力を持つ、由井と正捕手を巡るライバルである奥村は、実力と関係ない所で差をつけられて可哀想な気もするが、コミュ力の違いから言えば妥当な結果だろう。

 

由井は周りとコミュニケーションを取っている事で、その中の1人の太平から助言を得る事が出来たのだ。

一匹狼に似ている奥村が、太平から今日助言を得る可能性はゼロに近かった。

それに、もし奥村に由井並のコミュ力があれば、直ぐ交渉して交代で投げて貰う事だって可能だった。

 

 

 

……嫌がらせをしてくるような先輩は1人もいない薬師高校だが、実はコミュ力による有力不利は下手したら他校よりも多い環境である。

 

12人しかいない上級生には全員を見ておける能力が無い為、無意識に仲の良い後輩ばかり優先的に面倒を見る様になる。

全員と仲の良い少数精鋭だった頃を引き摺っていて、仲の良い部員に対しての面倒は沢山見てくれる上級生が多いのだ。

 

若干問題になりそうな話だが、知らない下級生であろうと質問したら答えてくれる程度の善性はある為、逆にこの問題の深刻さに監督達が気付くことは無かった。

 

 

 

先輩との仲が悪かろうともポジション争いをしてようと、積極的に邪魔してこないだけで、上級生達の贔屓は割とある。

伝統がないので、全部各自の良心に任せた裁量になってしまっているからだ。

 

更に先輩達の人数が少ない分、好評も悪評も上級生に知られれば必ずと言って良い程回っていく。

だから、大体の部員に満遍なく好かれるコミュ強が非常に有利な環境になっているのだ。

 

 

 

そして北瀬と伊川のパワプロ能力は、ある程度仲良くならなければ発動しない。

エラーをバラ撒いていくスタイルとはいえ、総合的に見れば優秀な能力を受けられないデメリットはかなりキツい。

そう見ると部員達との仲の良さが、ベンチ入りの競争に大きく左右してしまうだろう。

 

 

 

 

 

……北瀬と由井がピッチングに悪戦苦闘している中、観衆に見られながら1人ポツンとバットを振り続けている伊川も苦しんでいた。

動物園の猿になった気分だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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