【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
今日は土曜日、普通の高校生は休暇の日なのかもしれないが、一応強豪校な薬師野球部は当然部活がある。
むしろ学校の授業が無い分、長い練習時間なのだ。
野球ガチ勢は練習が沢山出来ると喜んでいたが、上級生達に憧れて入って来ただけの3軍は疲れて屍の様になっていた。
片岡コーチは、3軍の練習メニューだって抜かりない。選手を見ている時間は2軍より短いが、ガチガチのキツい練習メニューをしっかり組んでいた。
轟監督だけではしっかりしたメニューを3軍まで組めなかったと思われるので、片岡コーチを迎え入れた理事長の功績は地味に大きかった。
まあ、練習方針や部員の将来設計などでは若干揉めていたが……片岡コーチを雇ったメリットは、それを上回るだろう。
当然1軍は3軍よりキツいメニューを熟しているので、スタミナの無い3年生達は自主練習をする余力は残っていなかった。
ただ、ほんの少しだけある上級生としてのプライドで、流石に通常練習をギブアップはしなくなっていた。
新1年生が入って来るまでは、下級生が雷市、北瀬、伊川、三島、秋葉という天才軍団しか居なかったので、自分が追い付けなくても仕方ないだろうと考えていた。
下級生も、先輩の事を素晴らしい野球選手だと神聖視じみた目線で見てくる事は無かったので、偶にギブアップしても問題ない空気だったのだ。
……だが1年生が入って来てから、風向きが変わる。
先輩達は、実質12人で甲子園優勝した超天才達。カッケー!
という目線で見られているのだ。
これでは、もう無理疲れたなんて弱音を吐いていられない。3年生達も、死にものぐるいで通常練習メニューを熟していた。
彼ら3年生は、野球を真剣にやるようになってから2年程度しか立っていない。
ぶっちゃけ、1軍の1・2年生と違い通常練習メニューを熟し続けて良い程筋肉が付いていないのを、轟監督は分かっている。
脳筋みたいな戦法や博打じみた戦法しか取らない監督だが……意外にも、彼の作戦の根本にあるのは冷静な計算だ。
作戦が成功する確率や今後の為の育成を考えながら、あくまで甲子園に行くために1番確率が高い編成を、轟監督は考えている。
守備を放棄した打撃特化育成をしているのも、自分の育成か本人達の素質か知らないが、なぜか打撃力しか伸びないのを察したからその方針を取ったに過ぎないのだ。
だから監督は、このままの練習だけでは3年生達の大半がスタメン落ちするのを把握しつつ、彼らの故障回避の為に3年生だけ練習を減らす口実を考え始めている。
流石に、3年生は今までの練習量が足りなかったからハードな練習はさせ続けられません! と言う訳にはいかないからだ。
ちゃんと下級生には先輩達を敬っていて貰わないと、部活が崩壊しかねない。
そんな若干ヤバい3年生達の事情は関係ない、エースの北瀬と正捕手を目指す由井は、今日もピッチング練習をしていた。
最近ストレートだけは、割としっかり捕球出来るようになってきている由井。
水飲み休憩の際に雑談の形を取りながら、最近気になっていた事を聞いた。
「北瀬先輩って、凄くコントロールが良いですね! 試合では、どれ位コントロールして投げられるんですか?」
「さぁ……伊川と7×7の49分割って決めたから、今の所そうしてるけど……やってみないと分からない」
「え˝っ、7×7の49分割ですか??」
さらっと超精密なコントロール能力を告げられて、驚愕している由井。
出来たら良いプレイヤーだと言われる、3×3分割を大幅に超えていた。と言うか、そんな精密なコントロールなんてプロでも聞いたことがない。
「うん。とは言っても、そこそこコントロールあった所で、打たれる時は打たれるんだけどねー」
「いや、北瀬さん……それは凄い武器ですよ!!」
「そう?」
「164kmってだけで普通打てないのに、キレキレの変化球4つ、コントロールまで加わったら……メジャーでも活躍出来るじゃないですか?!」
由井は凄く熱心に、北瀬さんの凄さを語った。
彼程の天才ピッチャーが、自分の事を卑下するなんて合って良い訳がない!
北瀬さんは凄いピッチャーなんですと、強い口調で何度も口にしていた。
彼の素晴らしいコントロールを活かした組み立てを、絶対出来るようにならないと! まあ先ずは、変化球を取れるようにならなきゃだけどね。
由井はそう考えながら、北瀬を褒め称えていた。
そんな風に真正面から褒めてこられる事はあんまりない北瀬。今まで外部との交流があまり無かった為、野球の天才として褒め称えられる機会があまり無かったのだ。
まあ記者達に言われる事もあったが、彼は社交辞令として受け取っていた。
そんな北瀬はかなり照れながら、何となくちょっとドヤってみたくなったらしい。
こんなに褒めてくれる後輩なら、メジャー行きも褒めてくれるかもしれないなー!
そう言えば、結局先輩達にも話してないけど、今話しちゃおっかな。
その程度の浅い考え方で、北瀬は衝撃の事実を話し出す。
「活躍出来るかは分からないけど……実は俺、メジャーから5年120億でスカウトされてるんだよね。だから」
「えっ??! ……それ、本当ですか?!!」
実は、伊川と監督達以外にはメジャー行きを伝えていなかった北瀬。大金には驚いていたが、そこまでメジャー行きには関心が無かったので伝えそびれていたのだ。
そんな衝撃的なビッグニュースを聞いて、仰天する由井。
確かに北瀬さんはメジャーでも活躍出来そうな選手だけど、本当にメジャーからスカウトが来てたんですか?!
鬼気迫る表情で近付いてくる由井に、北瀬はビビりながら肯定した。
ちなみに、当然ながら由井にはビビらせる意図はなく、衝撃の一言を確かめるべく無意識の内に北瀬に近寄ってしまっただけである。
「直ぐバレる嘘なんてつかないよ! 高そうなスーツ着たスカウトさんが来た時は、めっちゃビビったけどねー」
北瀬さんのピッチャーとしての能力は、日本プロ野球で収まる器じゃないんだ……!
凄い! プロを目指している俺より、何十倍も上を行く選手なんだ! いや、北瀬さんが凄いのは入学前から分かってたけど……それでも凄過ぎる!
俺、そんな凄い人のボールをキャッチングさせて貰ってるんだ……! そうやって由井は感動しながら、キラキラした目で北瀬を褒め称えた。
「高校生時代に、メジャーからスカウトが来た選手なんて聞いた事無いですよ! 凄い、本当に凄いです……!!」
「……ありがとう! それにしても、メジャーからスカウト来た高校生って居ないんだー……意外」
そこまで熱心に褒める程かなーと、自分の天才性に割と無自覚な北瀬はちょっと引いていた。
怖いくらい褒めてくるんだけどといった感覚である。実際の所、由井の反応の方が正しいのだが、そんな事を今の北瀬は知らない。
ちなみに北瀬を眺めていた、3軍の1年生数人がビッグニュースだと慌てていた。
嘘みたいな本当の話で、高校卒業したら北瀬さんはメジャー行き! 格好いい……しかも5年120億!
わーわーと騒いでいる1年生達だが、もう見られているのに慣れつつある北瀬は気にしていなかった。
だが彼らによって、北瀬のメジャー行きが光の速さで伝わっていき、目を白黒させることになる。
夕食の時、伊川や由井と一緒にご飯を受け取って席を取ろうとした北瀬。
そこに真田キャプテンが現れ、彼らに話しかけた。
「北瀬ー、伊川ー。席取っといたんだけど、一緒に食わねー?」
『食べます!!』
北瀬達に付いてきた1軍の同級生を見たからか、1年生の1人が由井の場所も開けてくれたので、そのまま4人で食べ始めた。
パクパクとご飯を少し食べた後、真田先輩がそう言えばといった感じの雰囲気を出しつつ、どこか神妙に北瀬に尋ねた。
「そういやさぁ……涼がメジャーにスカウトされたって噂聞いたんだけど、マジなの?」
「マジっすよ?」
北瀬が話してから数時間で、彼が高卒メジャー行きの噂は部活所か全校生徒に駆け巡っていた。早すぎる。
まあ相当衝撃的な話だから、そうなっても当然なのかもしれないが……
ドキドキしながら質問した真田。北瀬なら有り得ると思いつつ、いや流石にデマじゃないかと感じていたのだ。
だが北瀬は、気軽に本当だと答えた。
彼だって120億が凄いのは分かるのだが、メジャー選手というのがどれくらい凄いのかが分かっていないのである。
なんか、日本プロ野球みたいにアメリカプロ野球ってあるんでしょ? それが1番大きいリーグなんだよね、スゲー! 位の感覚でしか無かった。
「マジかぁ…………! 前からすげぇ奴だと思ってたけど、そこまで行けちゃうんだ……それなら俺も、日本でプロ行けちゃったりしてな!」
「行けますよ!」
「真田先輩だって、甲子園優勝校の薬師に絶対必要な選手ですし、可能性は高そうですよね」
確かに北瀬はめちゃくちゃ凄いとは思ってたけど、そこまで行ける選手なんだ。
それなら北瀬よりだいぶ劣るとはいえ、俺もプロ行けたりしねぇかな? 行けたら良いなー大卒位でという感覚で話した真田。
だが北瀬と伊川は、真田先輩は高卒プロ志望なんだと勘違いした。
それも仕方ない。北瀬は高卒でメジャー行きだし、真田にだってプロスカウトが接触しているのだ。
スカウトが来ていても指名されるとは限らないと知らない北瀬達からすれば、真田先輩がプロになるのは当然の話だった。
……というか、真田はネットで上位指名が噂されている程優れた選手なのだが。
火神とかいう天才が部活に増えて、天才の群生地みたいになっている薬師高校だから、薬師高校の上級生達は真田が本当に凄い選手である事にあまり気付いていなかった。
確かに北瀬や伊川も真田を尊敬しているが、別に選手能力を尊敬している訳ではない。人間性を尊敬しているのである。
だから真田が天才であるという事は、あまり知られていなかった。
「おー、そうなったら良いな……ありがとう!」
彼らが適当に成れると話している事を理解しつつ、真田はお礼を言った。
プロになる難しさを北瀬も伊川も全く理解してないだろうけど……俺の夢を応援してくれるのは嬉しいな! まあプロ入りなんて、俺に出来るのかは分からないんだけどさ。
そう考えている真田は、まさか高校在籍中にプロ志望届を提出して、ヤクルスワローズに外れ1位指名される事を知らない。
寧ろ現時点での能力を考えたら評価が低めな位な気もするが、エースではない為強豪校と当たり辛かった事と、怪我持ちな所が大きなマイナス点だったのだろう。
食堂での雑談が終わった後、普段通り薬師部員達が練習している最中、なんかよく分からないおっさんが敷地内に入って来ていた。
ドリンクを取りに来ていた北瀬が真っ先に彼に気づいて、相手はヤバい奴かもしれないので手に刃物類を持っていないか慎重に確認してから、話し合いで出て行って貰おうとした。
「あの……一応薬師高校野球部は、部外者立ち入り禁止なんですけど……」
「ああ、北瀬君か……いや、私こう言った者でして」
そう言って男が差し出した名刺にはプロ野球の名前が書いてあったが、北瀬はあまり驚かず冷静に謝った。
メジャーから来た大金が提示されたスカウトにより、北瀬はかなり感覚が麻痺していた。
「あっ、プロ野球のスカウトさんですか! すみません」
「いやいや。確かにスカウトの顔なんて1人1人知らないだろうし、
でも、知らない人がいるからって話しかけては危ないから監督を呼んだ方が良い。君は、日本プロ野球を背負って立つ男なんだから」
「はぁ……」
日本野球を背負って立つと言われても……俺は高卒でメジャーに行くんだよなぁと思いながら、北瀬はぼんやりと返事をした。
WBCに日本代表で出場する可能性など、全く考えていない。
というか、彼はもそもWBCを知らない。オリンピックと混合している。
そんな彼の反応に対してスカウトは、プロからの調査って聞いたら普通緊張する物なのに、彼は微妙そうな返答をするなぁと思いつつ、まあ北瀬くん程の選手ならそんな物かと気を取り直した。
実は片岡コーチなどの判断により、北瀬を殆ど日本プロスカウトに接触させていない事をこのスカウトは知らない。
メジャーに行ける逸材が、その場所に行きたいと思っている。それなら大人の思惑に、振り回される可能性を排除しなければと考え行動していたのだ。
北瀬達は、かなりのびのびと育てられていた。
このスカウトは、ドラ1を決める程の権限を持っていないから運悪く知らなかった。北瀬にたまたま接触出来たのは相当な幸運なのだが、それをこのスカウトは分からないのだ。
「今日は、真田くんを見に来ていてね。彼を指名するべきかどうか、色々見させて貰おうかなと来たんだが……」
「真田先輩をスカウトしに来たんですか?! 真田先輩は凄く良い選手ですよ!
彼が試合に出ている時は、皆の士気が上がるというか……凄く優しい先輩だし。それに、内角攻めも凄く得意だし、それからええと」
男がスカウトだと名乗った時よりも、明らかにテンションが上がって嬉しそうな北瀬。
自分や他の人にスカウトが来ているのだったらあまり興味無いが、真田先輩に来ているのなら話は別なのである。
真田先輩はプロを目指しているのだから、スカウトが見てくれるのは良い事だ。良くわかんないけど、スカウトが選手を指名してくれるんでしょ? と北瀬は考えていた。
なんか彼のイメージは一分間違っている気がするが、人に聞かないから暫く判明しないと思われる。
「はははっ。真田キャプテンの事を、北瀬くんは凄く慕っているんだね?」
「真田先輩はめちゃくちゃ良い人ですよ! 俺の今まで出会ってきた人間で、トップ3に入りますね!」
「そうか、楽しみにしているよ……」
スカウトは、そこまで人格者だと逆に、プロでやっていくのは難しそうだなと考えながら北瀬の話を聞いていた。
勝負事に、あまりにも優しい人間は向いていないのである。
北瀬は本気で真田先輩の良い所を話しまくっていたが、残念ながらスカウトの評価を上げる事は出来なかった。
彼の考え方が、野球中心じゃないから仕方ないのかもしれない。
こうやって暫く北瀬と雑談をしてから、スカウトは真田を見に行った。
元々このスカウトは、真田を有力選手として推そうかと考えているのである。
怪我やスタミナ不足は懸念点だが、ボールの速さやバッターとしての才能は見逃せない。
彼は、うちのチームに必要不可欠な選手になるかもしれないと直感していたのだ。
ドラフト時、先にヤクルスワローズに指名されてしまって、後々大活躍して首脳陣を大きく悔しがらせる事になる。