【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
関東大会1回戦を迎える薬師高校。
轟監督は、かなり舐めプが入った一言を部員達に掛けていた。
「お前ら! 相手は100%勝てる美川実業だ! 気持ち良くホームランを狙って、気持ち良く勝ちに行こうや!」
『はい!』
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという諺通り、確かに些細な物事にも真剣に取り組む姿勢は大切である。
だが、真剣に取り組む事と全力でやる事は違う。
人間は、24時間全ての物事に全力を尽くす事など出来ない。重要度が低い物事は、ある程度力を抜いて取り組む事が必要である。
1回負けたら即終了とはいえ、連戦がある高校野球で全て全力でやらせる訳にはいかない。
意外と野球の戦略は合理的というか容赦がない轟監督は、そういった点から今回の試合は舐めプを推奨していた。
対して美川実業にとって、1回戦の薬師戦が1番大切な戦いである。
春のセンバツで大差負けした、因縁の相手。彼らは2回戦の事なんて考えず、この試合に勝つことだけを考えて戦おうとしていた。
そんな部員達を見ながらチームを鼓舞している、美川実業の監督那賀洋平。
内心薬師高校にビビりながら、それを表に出さず部員達に指示を出していた。
「相手は強い……そりゃ春のセンバツ優勝校だからな。けれど、弱点も多い! 絶対に勝てない相手ではないんだ!
1点の重みに泣かない様、全てのプレーに手を抜くな! 行くぞお前ら!!」
『ハイッ!!』
昨年始めて監督として甲子園に出場した那賀監督は内心、北瀬も伊川も怖いけど、アレを完全に服従させてる真田キャプテンが1番怖えーんだよなと思っていた。
彼は、まあ流石にないとは思うけど試しに行ってみるか、ぐらいの気持ちで極亜久中学へスカウトへ向かった事がある。
そこで日本とは思えないの治安の悪さを味わい、命からがら抜け出していた。
その経験から、極亜久出身の2人は、超異常環境に身を置いてたがゆえの突然変異を引き起こしたいわば新人類、或いは暗黒大陸の住人扱いしているのだ。
そして、完璧に飼いならしている真田を畏れてもいた。
そんな色々な意味で超人が集まる薬師高校相手に、俺が手塩にかけて育てたチームがどこまで戦えるか……
自信喪失だけはしないで欲しいと、那賀監督は内心悲壮な思いで試合を迎えようとしていた。
人望がめちゃくちゃある人格者ではあるが、特別度胸がある人間でもない為、薬師相手にどう戦えば良いんだと頭を抱えていたのである。
まあ希望も無くはない。145kmの速球派、カーブ、フォーク、シンカーと変化も多彩な、プロ入り確実と呼ばれる2年生エース荒谷がいるのだ。
前回の春のセンバツから成長した結果、薬師相手でも7回まで投げ抜けるスタミナが付いている。
まあ完投出来るとは言ってないので、薬師相手に互角に戦えたとしても、守護神を誰にするかという問題が残っているのだが……
無論、那賀監督が教え子達を信じていないという訳ではないのだが、あまりの実力差を察していたのである。
1回表、美川実業の攻撃は1番麗山。中堅校の1番として妥当な打撃力を有している。
まあどうせ負けるチームのバッターなんてどうでもいい観客達は、今日の試合のキャッチャーが秋葉では無い事に気付いて驚き、ひそひそと話をしていた。
「あれっ、キャッチャー秋葉じゃ無いんだ」
「大京シニアの1年に、最初から正捕手やらせるのか?」
「いや正捕手は伊川だろ、エースのボール取れないだろうし」
「この間大炎上してた友部がピッチャーかよ。美川実業舐められてんなぁ……」
そう、薬師高校のバッテリーが両方1年生だったのである。
自主練習では真田や友部とピッチング練習をしていた奥村を見て、轟監督は実践でも使ってみてぇなと考えていたのだ。
奥村の実践能力を試すのに、負けはしないだろうが目茶苦茶弱くもない美川実業は丁度いい。
轟監督は割とテキトーなので、そんな事を考えながら関東大会を練習試合代わりに使おうとしていた。
___バシっ!
「ストライク、バッターアウト! チェンジ!」
「いいピッチングだった……友部」
「おー、奥村こそナイスリードだった」
北瀬を出さないことに舐めプと思われるが、ランナーは出しつつも初回を無失点で切り抜けた友部。
投壊守備を背負っているのに良く頑張ったと思われるのだが、表向きのテンションが低いバッテリーなので一言話しただけで終わった。内心はかなり喜んでいる。
1回裏、薬師高校の攻撃は1番秋葉から。
___カキーン!
「ツーベースかー」
「ナイスです、秋葉さん!」
「でもホームランが良かったぞー!」
「惜しかったぞー!」
秋葉が流し打ちで長打を放ち、ノーアウト2塁。
初っ端からチャンスメイクをした彼だが、残念ながらあまり注目されていなかった……後ろに天才3人衆が控えているからである。
「チャンスで伊川キター!」
「こりゃ初回から点入るぞー!」
「伊川ー、行けっ!」
ホームランが出た時程ではないが、割と盛り上がっている観客達。彼らは薬師高校の打撃を見に来ているのだから当然だろう。
何時もの様に、ノリの良い一部の観客達が伊川コールを始めると思われたが___突如、野球場が静粛に包まれた。
球場全体を支配する圧倒的な存在感、相対する投手を押しつぶす程の、威圧感の持ち主がそこにいたからである。
(なんか、普段よりスタンドが静かだな……? まあ煩くなくて良いけど)
いつの間にか手に入れていた、謎の威圧感に無自覚な伊川。
雰囲気に飲まれかけている相手エースを気にせず、悠々と打席に入っていく。
___カッキーン!
伊川は、なんの感慨も持たずホームランを放った。
相手ピッチャーも、ドラフト上位指名の可能性も無くはない優秀な選手なのだが、彼にとっては何の意味も持たなかった様だ。
『……ワアアァァ!!』
「良いぞ伊川ーッ!!」
「薬師のホームランキター!!」
「やっぱりコレだよなぁ!」
「伊川の雰囲気変わった?!」
1拍して全方位から沸く大歓声。
まだ高校生とは思えない重圧感を持つ伊川に驚愕していた観客達も、何となく状況を理解した様だ。
日本の宝とも言えるバッターが、また進化したという現実を飲み込んだのである。
良くわからんが静かならいいと思いながら、普段通りの無気力さのままホームランを打っていた伊川。
別に応援されたいとか思っていない彼は、煩くなくて良いかなと一瞬思っただけにイラッとしていたらしい。
……
4回裏までに薬師打線はコンスタントに4点程叩き出し、合計16点を上げていた。
荒谷のピッチングもキャッチャーのリードも悪くないのだが、如何せん相手が強すぎたのだ。
下位打線も平気で長打を打つ薬師高校だが、凄かったのはやはり3強。
長打もホームランもお手の物で、プロ入りが噂される荒谷をボコボコにしていた。
状況を総括すれば、流石は甲子園最弱の守備を持ちながらも優勝した、薬師打線と言えるだろう。
次の対戦相手でもある、因縁のライバルを見に来ていた青道高校一同。
あまりの強打者ぶりに、強豪校の選手である彼らすら思わず呆れていた。
「なんやねん、あの長打力……」
「……アイツら、また打撃力上がった?」
「流石は俺達を倒して甲子園に行ったチーム! だけど負けないっスよ! しっかり抑えて、関東大会優勝しましょう!」
「…………負けない」
というか監督の息子はともかく、北瀬伊川見逃しはウチのスカウト共何してたんだと、内心呆れている部員も多かった。
まあ彼らは中学の頃、試合未出場だから見つけられなくても当然なのだが……
それを理解していても、スカウトを思わず罵ってしまいたくなる様な、理不尽な破壊力のある薬師クリーンナップだった。
……
5回表、4-16で5回コールドが見えてかけている美川実業。
シニアで実績持ちである1年生が長打エラーからのRHRをもぎ取るも、大局は変わらず5-16で薬師高校の圧勝。
「ストライク、バッターアウト! ……試合終了!!」
審判の宣言に、薬師ベンチは盛り上がってマウンドまで走ってくる。
ほぼ確実に勝てる試合だとは思っていたが、やはり公式戦勝利は嬉しい物だったらしい。
「ナイスだったぜ、友部に奥村!」
「先輩方の援護のお陰です!」
「……次は、もっとピッチャーを活かしてみせます」
そんな空気の中、ベンチで楽しく試合を見ていた真田キャプテンが、バッテリーに声がけしていた。
彼の言葉に、友部は上級生達の圧巻の打撃に感謝して、奥村は何故か反省していた様である……奥村は、対して強くもない美川実業に5点も取られた事が嫌だったらしい。
野手陣がアレだから仕方ない気もするが、完璧主義な面もある奥村にとっては納得のいかない結果だったのだろう。
その言葉を聞いていた北瀬は、奥村は急に罵倒する酷い奴だけど、野球へのやる気はあるんだよなぁと内心思っていた。
やる気があるというのは、強豪校の選手としては当たり前の事に聞こえるが、誰でも入れる薬師野球部員と考えると熱心な選手だった。
「5-16で、薬師高校の勝ち! 礼!!」
『ありがとうございました!!』
試合終了後、バスに乗って寮に戻った北瀬は、普段通りに由井とピッチング練習をしていた。
「ストレート、殆ど取れるようになって来たな! ……そろそろ変化球の練習をしても良いんじゃね?」
「確かにそうですね……まだ毎回取れている訳ではないですけど、夏までに変化球も取れる様にしなきゃいけませんし……」
北瀬の言ったそろそろ変化球もやろうと言う言葉に、ようやく頷いた由井。
エースと練習をし続けてから、そろそろ1か月が経過しようとしていた。
まだちゃんと取れているとは言えないが、北瀬さんを活かすリードをする為にも、自分が正捕手として試合に出る為にも、そろそろ変化球を練習し始めようと思ったのだ。
「じゃあ、どれからやろうか……スライダー? カーブ? フォーク? それとも超スローボール? いや、全力ストレートって案もあるよね」
「今まで全力で投げてなかったんですか??!」
「うーん。全力で投げてなかったと言うより、絶対打ち取りたいバッターにだけ投げるストレートというか……」
164kmピッチャーの、変化球を練習し始めようと考えた1年生キャッチャーは、全力ストレートという言葉に少しだけ絶望していた。
今まで俺が頑張って取っていたストレートは、エースが1か月も手加減して投げ続けてくれたボールだったいう衝撃的な話を聞かされたからである。
北瀬にとっては、試合で良く投げるストレートと全力ストレートは別の物であり、全力ストレートの事を一種の変化球の様に考えていたのだが……そんな事、由井には関係ない。
「…………俺、絶対北瀬さんのボールが取れる様に頑張りますから……! ご指導の程、よろしくお願いします」
「うーん、キャッチャーやった事ないから指導とかは出来ないかも? ごめんね」
由井は、北瀬さんの相棒になるまで先が長過ぎる事にショックを受けつつも、割と直ぐに気を取り直してこれからのキャッチング練習を頼み込んでいた。
彼は、精神的にかなりタフな人間なのだろう。身長という越えられない壁がありつつも、今まで努力し続けてきただけはある。
割とポンコツな北瀬は、そんな覚悟を決めた由井の言葉を聞いて、キャッチングの指導は出来ないかなぁと謝っていた。
どう考えてもそう言った意味では無いのだが、彼は気付かなかった様である。
「いえキャッチングのコツを教えて欲しいと言う意味では無く、これからもキャッチング練習に付き合って欲しいって意味です!
1ヶ月も取れてないのに、何言ってるんだって話ですけど……」
「そんな凹まなくても……いつでもキャッチング位付き合うからさ!」
由井は北瀬の言葉を訂正しつつ、大エースの練習の邪魔をする事に罪悪感を覚えていた。
なんか北瀬さんは気にしていないのは分かっていたが、それでも申し訳なかったのである。
……北瀬は神童と呼ばれた1年生キャッチャーに、実力の差という奴を無自覚にまた見せつけたが、それでも彼らバッテリーは努力を続けている。
かなり先は長いと思うが、特に164kmを毎日の様に受け続けている由井薫は、薬師の甲子園連覇の為に頑張って欲しい。
ちなみに美川実業野球部は、2度の大敗に相当ショックを受けていたが……数日立った後次こそは薬師打倒、そして甲子園優勝を目指すと気合を入れなおした。
まずは薬師のバッティング技術の研究だと動き出したが、北瀬伊川のは絶対参考にはなんねーなというのは満場一致だったらしい。