天才少女有栖ちゃん(憑依)   作:ロリロリローリコン

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一日経って感想評価くれると思いませんでした、ありがとうございます。


二話

 

 起床して先ず真っ先にする事といえば、身嗜みを整える事からだろうか。

 

 私という第三者が魂に居る現象による副作用のようなもので、頭脳は起きていないと感じているのに寝起きであっても鮮明に視界が開いている。

 

 不思議な感覚だ。24時間起きている時の様な、二日酔いだと自覚しているのに頭痛がしない状態に近いだろうか……有栖の肉体でこの例えを思考するのは少し気まずいな。

 

 開いた視界で改めて洗面台に付けられている鏡に目を向け、この少女の外見を観察する。

 

 小動物の様な可愛らしい小柄な身長、白銀のふわりとした髪に自尊心に溢れた青紫の瞳をした優れた顔立ち。

 

 客観的にみて美少女だ、虚弱なのも含めて守ってあげたくなるタイプなんじゃないだろうか。ここが治安の良い国日本で良かったな。海外を批判する訳ではないが突然暴力に襲われた時、私1人では何も太刀打ち出来ないだろう。

 

 いや、日本は日本でも高度育成高等学校という箱庭の中で暮らしているのだから、この一般論はあまり当て嵌まらないのかもしれない。

 

 多感な高校生の暮らしている場だ。この学園のシステムに競争が含まれている以上、悪意のある暴力を受ける可能性はある。

 

 有栖の身体は弱い、先天性心疾患を抱えている以上フィジカルでは学園全体の生徒の中で断トツで下だ。

 

 他者にとっての小さな怪我は、有栖にとっては大きな怪我に繋がり兼ねない。とはいえ今後クラス間での競争が激しくなると予想している以上、凡ゆるケースを想定する必要がある。

 

 まったく……私としては少し呆れてしまうよ有栖。

 

 君には理解し難い、若しくは批判される様なことを言うけれど教育という学びの場で、このような学園のシステムを作って運営しているのはどうかと思うよ。

 

 思惑は分かる。有栖の父はこの学園の理事長である、記憶の中の少女の父だからこそ理解できる。

 

 将来的には良い人材を育成した事になるのだろうけれども……何もこんな育成方針にしなくても良かったんじゃないか。

 

 私は私の記憶がないし、大人だったのか子供だったのかすら知り得ないが、この先やっていけるのか、不安がないかと言われたら嘘になる。

 

 それでも坂柳有栖の人生を送る必要はあるし、責任を放棄する様な事はしないが。

 

 このマインドのままではいけないな、私にとっても有栖にとっても、お互いの為に改善する必要がある。

 

「……憂鬱ですね」

 

 坂柳有栖として生きている私の一日は、その様な呟きから始まるのであった。

 

 

⭐︎

 

 

 坂柳有栖は自尊心による絶対の自信を自分に持っている、その為自分だけですべて考え、自分で行動する事を大前提として思考を組み始める。

 

 それがダメだとは言わない。実際その方が殆どの場合で上手くいくだろう。それを踏まえた上で他人にも自身の考えをある程度告げて、他人に出来る行動は他人にもやらせるようにした方が良いと私は考える。

 

 上級生の過去問、つまりは今回の中間テストの用紙を巡っての取引は私がした方がよりポイントの消費を抑えて良い結果になっただろうが、態々神室さんに頼んだのは理由がある。

 

 その理由の殆どは彼女と有栖の相互関係を深める為だ。

 

 坂柳派と命名されて派閥の中で優秀であるかどうかは別の問題として、信用出来る人物だと判断出来たのは片手で数えられる程、その中で現段階で信頼しても良いのは神室真澄ただ1人だった。

 

 これ自体は別に良い、時が経ちお互いに相互理解を深めれば信頼出来る人物は増える筈だ。と言うよりそうする様に信用できる人物を誘導するつもりだ。

 

 信用と信頼は違う。有栖という少女が頼っても良いと私が消えた後も判断出来る人材は限られる。

 

 葛城派と呼ばれる者達は、葛城くんが私の考えに賛同して基本的に私の下に付くとした以上そのうち瓦解する。

 

 葛城君本人は信用できるが、彼の派閥の中に信用出来る人材は現時点では発見できなかった。

 

 これは葛城くんの下に付いていた人達が比較的Aクラスの中で能力が低く、また論理的と言うよりは感情的に物事を捉える人材が多かったからだろうか。

 

 正直なところ何で葛城くんが戸塚弥彦のような、言ってしまえばプライドが高くその割には能力が低い人間を近くに置いているのだろうか疑問に思う。

 

 慕ってくれていると言う感情があるからだろうか?有栖にとっては鼻で笑ってしまう様な事だな。私としては共感は出来ないが解らないとまでは言わない。

 

 情に厚過ぎるのはこの学園では苦労すると思っている。人間関係における依存は、一線を超えた先は両者の破滅に繋がると私は考える。

 

 だからと言って情など不要だという結論にはならない。人間は理性を獲得している生物でもあるが、感情に左右される動物でもあるから。

 

 何を言いたいかと言うと、何事もバランス良く公平に判断しようと言う事で。

 

 つまりは坂柳派とも葛城派とも言えない。中立の立場にいる人物や派閥争いに興味のない生徒にこそ、私にとっても有栖にとってもより良い人生を送るための人材が隠れていたりするのものだ。

 

「お一人ですか?森下さん、お隣失礼しても宜しいでしょうか?」

 

「良いですよ、坂柳有栖」

 

 お昼時、食堂にて。探していた人物を発見したので接触を図る。

 

 坂柳派でもなく葛城派という訳でもないAクラスの生徒である森下藍、私の勘がこの子は有栖の今後の人生に良いきっかけを与えてくれそうだと判断した。

 

 有栖の中の記憶では特に印象がある生徒という訳ではない、つまりは事前情報が全くない同級生という事になる。

 

 先ずは会話を通じてどのような人物か知る必要があるな。

 

「こうしてお話するのは初めてでしょうか、森下さんは普段食堂に来るのですか?」

 

「そういう時もありますしそうじゃない時もあります。それにしても珍しいですね、坂柳有栖が1人で行動するなんて、普段は神室真澄や鬼頭隼など自身の派閥を引き連れて行動していると見受けられるのですが」

 

「ふふっ、確かにそうかも知れません。実はさっきまで一緒にいたのですが、森下さんを見かけて離れてもらう事にしました。大人数で来られても困ってしまうでしょうし」

 

「そうですか、まるで私と話したかったような言い回しをしますね」

 

「そうですよ?私は貴女とお話がしたかったんです」

 

 個性的な子だ。それでいてAクラス全体から見てもかなりの聡明な印象を抱いた。これは当たりを引いたような気がする。

 

 引き続き会話から森下藍という人物像を、より鮮明に理解しようと試みる。

 

「……驚きました。坂柳有栖からそのような素直な発言が出るとは、ですが私と話しても何も答えられる様な事はありませんよ」

 

「打算的な会話をしたい訳じゃないのでご安心下さい。”私“にも休憩時間が必要といいますか……取り止めのない会話の出来る友人が一人ぐらい欲しいと思いまして」

 

「そうですか、それはそれは……二度目の驚きです。その友人に私は選ばれたという事ですか?なんというか、坂柳有栖らしくないですね」

 

「ふふっ、そうでしょうか?私からすると森下さんがここまで喋る人だとは思いませんでした」

 

「そうでしょうね、こうして話すのは初めましてなので」

 

 中々どうして鋭いな。

 

 気が緩み過ぎたか、少し”私“としての思考で会話し過ぎてしまったか?それについては反省するべきだが、思った以上に私という人物とシナジーが高い人物なのかもしれない。

 

 今言葉にしたことの半分以上は私としての本音も含まれている。

 

 私ではない坂柳有栖という別人に憑依して生きるというのは思った以上に精神力を使う。

 

 有栖の思考も感情も行動も全て理解出来るし同じ事を99%模倣出来るが、それでも私は有栖じゃない。その事実だけが一向に変わらない。

 

 蓄積する毒の様にそれは私に心理的ストレスとしてのし掛かって来る、このままでは遅かれ早かれ何かの拍子で破綻してしまうと睨んだ私は、早急にこの問題を解決する事に決めた。

 

 つまりは、対人関係において打算的な繋がりのない友人の存在だ。

 

 これは私にとってもそうなのだが、有栖にとっても良いきっかけを与えてくれる人物探しでもあった。

 

 今こうして話した結論だが、森下藍はそのどちらの条件もクリアしていると判断する。

 

 有栖、時にはこういった友人関係が将来的に何かのきっかけで助けになってくれる事もある。それにちょっとした息抜きは人生に於いて必要だと思うよ?

 

 何かを考えないで会話のできる友人もまた、君に必要だと私は思う。

 

「ふふっ、森下さんとは良い友人関係になれると思いました、連絡先を交換しても?」

 

「私も以前より坂柳有栖に興味が湧いてきました。良いですけど私、興味のない事はしたくないので、神室真澄のような友人関係は期待しないでくださいね」

 

 これぐらいの距離感で良い、私が求めていて、有栖にとって何らかのきっかけを与えてくれると判断できるのはそれぐらいの他人が丁度良いはずだ。

 

 同じAクラスに居たのは好都合だった。この関係を作れたのは今私が思っている以上に将来的に成功すると考えている。

 

「もちろん、私は森下さんの自由意志を尊重しますよ」

 

 有意義な時間だった。

 

 ……さてと、私の休憩は終わりだ。改めて有栖としてやるべき事をこなして行こう。

 

 

⭐︎

 

 

 中間テストの範囲が変更され真っ先に私は他クラスの生徒と交渉するテーブルを用意する事に決めた。

 

 これは他クラスに向けての「私はあなた達より一歩先の情報を持っている」というアピールと、自分がAクラスのリーダーであると知らしめる為にも必要な工程だと考える。

 

 問題はどう交渉し、どうAクラス強いては有栖に利益を齎すか。

 

 上級生の一学年時の小テストと中間テストの用紙を使って得られる利益は、想定よりずっと低いと有栖の頭脳が見積もっている。

 

 私も同じ見積もりだ、BからDクラス順番に売りつけても合計して10万PP程度の稼ぎにしかならないだろう。

 

 及第点ではある、ただ有栖にとっての及第点はそんな所には納まらない。

 

 ……思考を回しながら席に座って暫く、出入り口に今回の取引相手の姿を確認する、向こうも私を認識して近づいてきた。

 

「わざわざ出向いてやったんだ。下らねえ要件なら帰るぜ?坂柳」

 

「初めまして龍園くん、他のCクラスの人達も。自己紹介は不要だと思いますので、割愛しますね?」

 

 放課後、図書館にて。

 

 今回もまた神室さんにコンタクトを取ってもらい、Cクラスの代表格だと言われている龍園翔に御足労してもらった。

 

 呼び出したのは彼だけだが、成る程用心深い様で彼の他に二人のCクラスの生徒を引き連れていた。

 

 それを言うなら私も同じか、私の直ぐ背後には何か起きた時に護衛として呼んでいるAクラスの武闘派である鬼頭くんと、少し離れた所で監視役として同じく坂柳派の橋本正義を置いている。

 

 他クラスのリーダー格なら一対一の話し合いで良さそうだが、龍園翔は暴力でCクラスを率いていると聞いた。多少は警戒させてもらっている。

 

 ……とはいっても、万が一ということにはならないと思うが。

 

 乱雑に龍園翔が私の前の席に座って、好戦的な笑みを浮かべて私の言葉を促す。

 

 さて取引をしようか龍園翔。君が私の想定した人物である事を祈るよ。

 

「結論から話す前に、龍園くんは今回の中間テストを“どのようにして”挑みますか?」

 

「あ?……くくっ、なるほどなぁ。Aクラスは優等生だらけのつまらねークラスだと思っていたが、坂柳てめえ、持ってんな?過去問を」

 

「欲しいですか?5万PPで譲っても良いですよ?必要でしたら小テストの用紙も配ります」

 

「随分吹っかけるじゃねーか、俺の答えは“必要ねえ”だ、舐めてんのか?お前だけがその考えに辿り着いた訳じゃねえよ」

 

「ふふっ、でしたら安心しました。私の本題は龍園くんが上級生の方から既に中間テストの過去問を手に入れている事を前提としていますから」

 

「あ?」

 

 私は鞄の中に用意している用紙を取り出して、龍園翔にも見せるようにテーブルにその用紙を置いた。

 

「失礼ですがCクラスは全体的な学力がやや低いと判断しました。そこで提案なのですが、今回の中間テストを元に次の中間テストに来るであろう問題の傾向とその対策を纏めた用紙を用意しました。こちらを30万PPでCクラスに売ろうと考えています」

 

「……30万だぁ?そりゃ論外だな。もう一度言ってやろうか、必要ねえんだよそんなもんは」

 

「そうですか?過去問は一時的な学力の向上には繋がりますがそれだけです。先を見据えた時、この用紙は貴方達Cクラスの手助けになると思いますよ」

 

「なら5万PPにまけろ、それで手を打ってやってもいい。吹っかけるにしてもテメェのそれは交渉になってねえんだよ」

 

「15万PPが妥当ですね、ですがそれだけでは龍園くんは納得しないでしょうからこうしましょう。この用紙は貴方達Cクラスに渡したら他のクラスに売りつける行いはしないと」

 

「……口約束じゃ信用できねえな、書面にしやがれ。それから10万PPだ、これ以上は払わねえし、渋るってんならこの話はなしだ」

 

「そうですか。それでは私はBクラスとDクラスに無保証でこの用紙を配ろうと思います、お互いの納得出来る折衷案は先程提示した内容が最善だと考えますよ?」

 

 想像より龍園翔は思考機転力が高い、葛城くんとは全くもって正反対な意味で優秀な生徒だ。

 

 話が拗れるとは思っていた、だから龍園翔が苛立ちを隠さない様子で私に好戦的な笑みで睨み付けて言葉を放とうとする。

 

「この場で龍園君の“得意技”をするのは止めませんが、その後の保証は出来ませんよ?」

 

 その前に私から言葉を展開する、この場の会話の主導権は私だ。

 

 図書館という監視カメラのある空間であり、テスト期間という人の目線があるこの場で交渉のテーブルに付いた時はまだイーブンだ。

 

 だが有栖の頭脳で構築した傾向と対策用紙を少しでも手元に欲しいと判断した時点で、この場での優位性は私にある。

 

「くくっ、なるほどなぁ?でも良いのか?てめえのそれは敵に塩を送ってんのと同じだろ、この取引の事をてめえと敵対してる葛城派に知られたらてめえのAクラスでの立場は揺らぐかもなァ?」

 

「どうでしょうか、不満に思う生徒は多少は居るかもしれませんが、揺らぐ程のことではないと私は思っていますよ?……では、そろそろお返事を聞かせてもらえますか?」

 

「……ッチ、ここはてめぇの口車に乗ってやるよ、だが12万PPだ、それが頷けねえならその紙を他クラスに渡すなり何なりしやがれ、ただそうしたからには後悔すんなよ?真っ先に俺はてめえを付け狙ってやる」

 

 この辺が潮時か、これ以上のやり取りは不毛だ。

 

「わかりました。では12万PPで傾向と対策の用紙と、この用紙を他クラスに渡さない事を約束する書面を譲りますね?」

 

 私のポイント口座に龍園翔から12万PPを送金された事を確認してから、用意した用紙と書面にしたソレを龍園翔に渡す。

 

 想定では15万PP、あわよくば20万まで繰り上げようと考えていたが、想定よりも龍園翔は思慮深く警戒心が強かった。

 

 なるほどやはりA〜Dクラスの全体の評価は兎も角、個人に注視した時に、クラス評価と個人評価が比例していない事例が幾つかあるようだ。

 

 彼の評価を見直す必要がある、この場でこそ終始私が主導権を握れた形になるが、有栖の頭脳は天才だが万能ではない。

 

 思考の外に追いやった戦術を、この蛇のように狡猾な印象を抱かせる生徒は取る可能性があると見た。

 

 面白いな。現時点では有栖のライバルというにはやや物足りなく感じるが時が経ち成長した時、どう化けるのか私にも想定出来ない。

 

「お互い良い取引で終われましたね、龍園くん」

 

「煽ってんのか?てめぇ、まぁいい、元からそのつもりだったがメインディッシュはてめえだ坂柳、その余裕ぶった表情がいつまで続くか、楽しみに取っておいてやるよ」

 

「それはそれは、楽しみにしています……所で彼方の喧騒は、私の記憶が正しければ龍園君のクラスの方々だと思いますが、よろしいので?」

 

「あ?……ケッ、下らねぇ、バカと不良品共が騒いでんじゃねーよ……オイ石崎、アイツらの名前控えとけ、後で“教育”が必要そうだからなァ」

 

 そう言葉にしながら話は終わったとばかりに、こちらに振り返りもせず龍園率いるCクラスの面々は図書館から去っていく。

 

 不良品、というとDクラスか。図書館で揉め事なんて何をしていたらそうなるんだ?……一触即発もあり得た状況にさっきまで居た私の思うことでは無いか。

 

「……私たちも帰りましょうか?鬼頭くん、それから何時まで離れてるんですか?置いていきますよ橋本くん」

 

「えっ、ちょ。そりゃ無いぜ姫さん!」

 

 向こうの喧騒に多少気にはなったが、個人的興味だけでその場に乱入するほど有栖は暇ではない。

 

 一先ずCクラスとの取引は妥協点で終わった。龍園は敵に塩を送ると言っていたが、別に送った訳じゃない。

 

 勉学に長けていないだろうからか最後まで気づかなかったが、傾向と対策を考えた用紙は敢えて「外して」ある。無駄な取引だったと彼が気付くには早くて8月ぐらいかな。

 

 有栖には申し訳ないがアレ以上ポイントを引き出すには、もう一手ほど用意するべきだったな。用意する時間が無かったと言えばそれに尽きるが……過ぎた事だ、次に活かそう。

 

 

 Aクラスの内部問題ついては特に無い。考えるまでもなく今回の取引の事は既に葛城くんには言ってあるし了承させた。

 

 中間テストに向けての行動も特に問題は無いだろう、当日次第だな。

 

 ……一旦、一息つけそうかな。

 

 

⭐︎

 

 

「んぅ……?」

 

 時刻は深夜、中々寝付けず目が覚めた。

 

 どんな状況であっても有栖ならば規則正しく寝付けているかもしれないが、その日の私のコンディションによってはこうして目が覚めてしまう時もある。

 

 傾向と対策の用紙に葛城くんや神室さん含めた他の一部生徒に対するCクラスに向けての取引も内容共有、龍園翔との取引と、今日はそこそこ疲弊したか?

 

 ただそこまでナイーブな感傷に至ってはいない。昼時に作った交友関係が影響しているだろう、鬱々とした気分で起きた訳じゃないのは、進歩したのではないだろうか?

 

 有栖として過ごして半月も経っていないが、未だに私の記憶は一切思い出せそうにない、何かしらきっかけがいるのだろうか?とはいえ、わかりようがない問題を考えていても無意味な時間が過ぎるだけだ。

 

「……そうだね有栖。少し夜風に当たろうか」

 

 鮮明に思考が回る有栖の頭脳がこのまま二度寝をするのは芸が無いと語っているように思えた私はそう呟いて、側にある杖をつきながらこっそりと部屋を後にする。

 

 記憶の中の有栖はお嬢様らしい規則正しい生活が常、太陽の落ちた時間に起きて外に出る事は、もしかすると初めてか?

 

 あくまで私の考えだが学生なのだから多少はっちゃけても問題ないと思っている、学びの場ではあるが遊びの場でもあると私は考えている。

 

 それに、こうして夜風に当たるからこそ、稀有な出会いに巡り逢える機会もあるんじゃないか?

 

 そう私が思いながらエレベーターから降りて、寮の外のちょっとした憩いの場になっている所へ足を踏み入れると、見知ったことのない生徒がベンチに座っているのを目撃する。

 

 後ろ姿だと確定はしないがある程度察せる程の生徒だ、出会った事はないが事前に知っている情報では、夜更かしするような人物ではないと思っていたが……意外な人物だ。

 

 せっかくだ、話しかけてみようか?有栖。

 

「こんばんは、こんな時間に起きていると、美容に悪いですよ?一之瀬さん」

 

「はにゃ!?わっ、びっくりしたぁ……もしかして、坂柳さん?」

 

「正解です。お隣、座ってもよろしいですか?」

 

「うんっ、もちろんだよっ」

 

 ストロベリーブロンドの髪色をした少女、有栖と比べると女性らしいスタイルの持ち主である一之瀬帆波。

 

 Bクラスの中心的生徒……私や龍園のようにリーダーと明言している訳ではないが、内外での評価的に彼女がリーダーになる。

 

 龍園に持ち掛けた取引と同じ事を彼女にするケースも考えていた。彼と彼女の相違点は幾つもあるが、今回一之瀬帆波ではなく龍園に取引を持ちかけたのは、単純に学力の差だ。

 

 私が敢えてこの先の傾向と対策をわざと外している事に気付く可能性が高い生徒だ。平均的能力が高い人物にあの手の絡め手を見破られると、後々に響くと見て今回は見送ったが。

 

 まさかここで会えるとは、稀有な出会いというのも中々バカに出来ないな。

 

「何かお悩み事でも?私で良ければ聞くだけ聞きますよ」

 

「にゃはは……んー、悩みって程じゃないんだけどちょっとね。この先やっていけるかなぁとか、入学した時はクラス対抗戦っ、みたいな学校だと思ってなかったから。坂柳さんはその……不安とか、あったりするのかなぁ?」

 

「不安ですか?そうですね、特には。ただ一之瀬さんが不安に思う気持ちは尊重しますよ、頑張って下さいね」

 

「うんっ!お互いにがんばろっ!……意外と優しいんだね、思ってた印象と違った、もう少しドライな女の子だと思ってたから」

 

 有栖が不安に思うような事は特に無い、ただ私としては、通常とは違う学園生活を送っている事に不安に思う気持ちは正しいと思っている。

 

 そのことを告げただけなのだが、優しいと来たか。

 

 根が明るく良心的な生徒なのだろう、私も有栖も一之瀬帆波が思うほど優しい性格はしていないんだけれどね。

 

「ふふっ、ありがとうございます。事前の情報通り一之瀬さんも素敵な女性ですね?」

 

「えっ?!も、もうっやめてよ〜……っ、私なんてそんな、大したことないよ?」

 

「他者からの評価は時に自己を評価した時よりも鮮明なものです、大多数の人間が貴女の事を“こう”だと思った印象なら、それは確かに貴女の一面なのですよ」

 

「そう、なのかな?にへへ……ありがとう坂柳さんっ、少し自信付いたかもっ」

 

 屈託のない笑顔を向けてくる一之瀬帆波は、実際に話しても思った通りの人物像と一致しているな。

 

 Bクラスには表立って人を仕切るような人材が居なかったのだろうか?一之瀬帆波のような人間は、誰かを立てつつ動く方が真価を発揮するタイプだと思うのだが。

 

 まああくまでも現時点、この先どうなるかは彼女次第か。

 

 有栖にとって一之瀬帆波という少女は、どのような関係性を持てば有栖にとって良い方に転がるだろうか。

 

 まだ情報が足りないな、ただこれ以上会話を聞き出すのはこの場所と時間は適していないな。5月の夜は有栖の体にとって少し肌寒く感じるようだ。

 

「充実した会話でした。そろそろ私は自室に戻りますね?」

 

「こちらこそっ……その、よかったら連絡先交換しませんかっ、クラスでは敵同士かもだけど、それはそれとしてもっと坂柳さんの事、知りたいなっ」

 

「良いですよ?良い関係を続けたいですね、一之瀬さん」

 

 今現時点で一之瀬さんに何かを思う事は無いが、この先どうこの関係が深まっていくのかそれとも変わっていくのか。

 

 その時次第ではあるが私が行動する指針は変わらない、第一は有栖にとって良いきっかけを与えてくれるのか、私が消えた時に有栖にとって良い関係性を築ける人物なのか否か。

 

 性格の良い子なのは理解できた、純粋な人間は好感が持てる。

 

 それはそれとして、有栖に合うかは別のことだと考えている。

 

 互いに連絡先を交換し、嬉しそうにはにかむ彼女を有栖として適切な表情を浮かべながら私は一之瀬帆波との関係性をどうするか。

 

 じっくり考える必要があるね。

 




相違点4・森下藍への接種
打算的な繋がりのない友人の存在がどう響いていくのでしょうか
相違点5・他クラスのリーダーの評価
龍園くんの事は原先よりも多少気に入ってるし、逆に一之瀬ちゃんはそこまで意識していない。
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