天才少女有栖ちゃん(憑依) 作:ロリロリローリコン
中間テストはつつがなく終わった。
私だけではなくAクラスの過半数の生徒は100点満点を取る事に成功している。
これは中間テスト前日に入手した過去問をAクラス全体に配布したからなのが一番だが、元々勉学の出来る生徒が大半だ、素の能力は平均より上なのだからこの結果になる事は読めていた。
Aクラスのリーダーは坂柳有栖だという事は対内外的にも広まっており、当初リーダーが二つに分かれていたという各クラスの生徒の認識は、今では「坂柳有栖がAクラスを纏めている」という認識に殆どの生徒が変わっているだろう。
対外は兎も角、Aクラスの中で私が実権を握っている事を知らしめるために中間テストの過去問を渡した際、葛城くんには一芝居打ってもらった。
単純な話で葛城くんが私が過去問を入手した事に対して「自分にはその発想が無かった、素直に称賛する」「二人のリーダーがいる現状はあまり良く無い、何か問題が起きない限り坂柳にリーダーを託す」という発言をして貰った。
それに対して私は「ありがとうございます、勿論葛城くんの意見も取り入れられる所は取り入れるつもりですので、無理に私を慕わなくてもよろしいですよ」と返した。
有栖の攻撃的思考は出来るだけ抑えているつもりだ、これに関しては取捨選択だと思っている、ただ表向きに有栖を支持する生徒には、見せる必要のない思考でもある。
儚げな有栖の容姿と身体的特徴も相まって殆どのAクラスの生徒が私がリーダーとしてクラスの指揮を取る事に納得してくれている筈だ。
予定通りではあるが、一先ずこれでAクラスの内部での問題は起こらないと思われる。
体制を整える準備はできた、あとはゆっくりやっていけば良い。入学して半年も経つ頃には、余程の不信感を私に持たない限り誰かが裏切り行為を働く、という事は無いだろう。
有栖は人の上に立つべき人物だと思っている、それは彼女の天才的な頭脳もそうであるが坂柳有栖の持つカリスマ性が、人の陰に隠れる事を良しとしていないからだと私は推察している。
正攻法を得意とする人物はいる、それと真反対の邪道を好み得意とする者もいる。
その両方を取捨選択して行動できる人間は、1学年を見渡した時に坂柳有栖を除いて他にいないと見た。
勿論能ある鷹は爪を隠すといったことわざがあるように、自身の能力を意図的に隠している人物もいるかもしれない。所詮これは私個人の感想で、実際は有栖よりも優れた人物は同年代の中にもいるかもしれない。
別にそれでも私は良いと考えている、寧ろこれから先、そういったケースが現れる事は何もおかしくない。
有栖に必要なのは対等な友人関係もそうだが、自分と同等かそれ以上のライバル関係もまた、有栖の人生において重要なファクターでもあるのだ。
その点で言えば龍園には期待している、彼にはその資質があったし、当面の他クラスで障害になると踏んでいるのは彼率いるCクラスだろう。
一之瀬さんも可能性の一つに置いておくぐらいには優秀な生徒だ。やはりクラスを纏める人材というのは各者それぞれ系統の違うカリスマ性を持っているのだろうか。
坂柳有栖としてはそれぐらいで、私はというと未だに記憶は戻ってない。
流石に月日が経てば自分の記憶が無いことも慣れてきたものだが、やはり以前として漠然とした気持ち悪さ、ふとした時に来る頭痛や吐き気などには悩まされる所存だ。
とは言えそれぐらいだ、耐えられない事は無いし、誰かにその弱みを見せるといった失敗は一つも無い筈だ。
そういった弱さは私の問題であるから私が解決しないといけない問題だ、誰かを頼る訳にはいかない。
それに、頼れるような内容でも無い。私は坂柳有栖ではなく全く別の人間であり、自分の記憶を探していると言えるか?そしてそれを信じるか?
先ず無理だろう、有栖の体でその様な支離滅裂な発言をする訳にはいかない。
難儀だ、だが向き合い続けなければならない問題だ。
それに幸いな事にこのままだと不味いなと判断した時は、丁度良い距離感の森下さんと特に中身の無い会話をする事にしている。
もちろん有栖としての言動や仕草、行動は憑依して会話をしているが、脳を悩ませながら会話をしている訳ではないので楽なのだ。
有栖の頭脳を休ませると同時に、私の魂もまた休んでいる時間を比較的早い段階で作れたのは自分でも褒めたい。
「んん〜……?なんですか坂柳有栖。そんな見つめられても困りますよ」
「ふふっ、いえ。気持ち良さそうですね?森下さん」
「天気が良いのでそうですねー……坂柳有栖もやってみては?お勧めしますよ、私が保証します」
「私もですか?では、そうですね。ここでは目立つので、他人の目が無い時にやってみようと思います」
独特な彼女の空気感は、何とも表現し辛いが、不思議と私と波長が合うのだ。
五月もそろそろ過ぎる日に、不定期的にお昼時。
私の座っているベンチ直ぐ近くのベンチで、気持ちよさそうに横になって日向ぼっこをしている森下さんを近くで観察しながら改めてそう思った。
⭐︎
「DクラスとCクラスの揉め事、ですか」
「うんっ、その時の様子を目撃した人とか居ないかなって、探しているのっ。坂柳さんは心当たりあるかな……?」
六月に入って数日後の登下校。
真澄さんと一緒に登校していた所を一之瀬さんから声をかけられ、そこで私は他クラス間でのいざこざが起きている事を知った。
そう言えば六月に入った際に真嶋先生が一部クラスポイントを入金するのに時間の掛かるクラスがあるような事を言っていたような。Aクラスには関係の無い事だろうと聞き流していたが、この事だろうか?
「特には無いですね、真澄さんは如何ですか?」
「私も無い」
「らしいです、お力になれず申し訳ありません一之瀬さん」
「ううんっ!呼び止めてごめんね、協力ありがとう坂柳さんっ」
そう言って一之瀬さんは軽く頭を下げた後に、他の生徒に向かって行って聞き込み調査を再開する。
律儀なものだ、誰から頼まれた訳でも無いだろうに、他クラス間での揉め事にも首を突っ込むのか、一之瀬さんは。
「その揉め事について、神室さんは詳しく知っていますか?」
「バスケ部の生徒同士が揉めあって、Cクラス側が一方的に殴られたってDクラスに殴った生徒に退学を訴えているってのは聞いたけど、それ以上は知らない」
「なるほど、所でそれを何で教えてくれなかったんですか?」
「聞かれてないし……他クラス同士の下らない喧嘩なんてあんた興味ないでしょ」
「それは否定はしませんが、ふむ」
ただの部員同士の揉め事ならただの喧嘩で終わる話だが、私はCクラスのリーダーである龍園と直接話し、その人物像をそこそこに理解しているつもりだ。
あの狡猾な蛇の様な目をした人間が、自分のクラスの生徒が自分の許可なく揉め事を起こすとは考えにくい。Dクラスの生徒を標的にして意図的に揉め事を起こしたという方がしっくりくる。
その思考を元に有栖の優れた頭脳を回転させれば、幾つかの思惑が瞬く程に頭の中で展開されていく。
……とはいえ情報が足りないか。それに、その問題に介入する程の事でもないと見える。
CクラスにもDクラスにも肩入れする様な関係性を構築している訳でもないし、肩入れした事によるメリットが果たして労力以上の見込みがあるだろうか?
「……ねぇ坂柳、考えるのは良いんだけど後にしてくれない?立ち止まられても困るんだけど」
「思考に集中したいのでおぶって下さい」
「あんたさ……!っもう、仕方ないな」
定期的に神室さんの背中に乗せてもらっているからか、神室さんも慣れてきたな。最初こそ周りの目を気にしていたが最近は気にしなくなっている様に見える。
それで良い、周りもそこまで物珍しい目で見ている人物は少ない。まぁこれは先天的疾患を抱えている有栖だからなのもあるだろう。
さて新しく発見したDクラスとCクラス間での暴力事件。
介入するべきかそれとも諦観するべきか、はてさてどう行動すれば今後を見据えた上で、有栖にとって良い未来に繋がるだろうか?
⭐︎
放課後になった教室にて、私は席を立って教壇に付いてクラス全体を見渡せる位置に体を移動した。
他クラスの様子はわからないが、Aクラスは放課後を告げるチャイムが鳴ってから暫くの数分間、誰かが教室から移動する事は無い。
今まで、クラス全体に何かを共有する時私は決まって放課後の時間にしてきた。今回もその例外ではなく私はクラス全体を見渡せる位置についてから、発言をする様にしている。
その習慣がついたからだろう、殆どのAクラスの生徒は放課後の私の行動を見てから自分の行動をしようとする。
これは有栖というよりは私の思考による統一の方法の一つだ。日常の中に私という存在を無意識下で意識させるこの行いは、思いの外上手くいったと思う。
さて、私の言葉を待つ様にAクラスが静かになったタイミングで私は発言を開始した。
「本日もお疲れ様でした。皆さんの時間を少しだけ借りますね?……皆さんは現在CクラスとDクラス間での暴力事件についてご存知でしょうか?怖いですね、他クラス間でのトラブルは、今後避けては通れない事なのかも知れませんね」
こほん、と一度呼吸を整えて本題に入る。
「本題ですが、今後他クラスでの揉め事の際、何が起きても良い様に月に一度、プライベートポイントを徴収させてもらいたいと考えています。ポイント額は月に送られるクラスポイントの3分1、今月ですと34000ポイント程の額になります、如何でしょうか?意見を聞かせて貰えますか?」
「りょーかいです、俺はさんせーい!それぐらいのポイントなら不満も無いし、他の皆もそう思うよな?ねえ真澄ちゃん!」
「気安く呼ばないで。集める事自体は特に異論は無いけど」
私の発言に真っ先に反応して周りに同調を促す橋本くんと、名前を呼ばれた事にちょっと不機嫌になりつつも否定はしない神室さん。
それを皮切りに賛成の声が増えていく、快く思っていない生徒はパッと見て特に居ない。
このまま進めても良いがもう一押し欲しいな……私はチラッと葛城くんにさりげないアイコンタクトを送ってみると、察してくれた葛城くんが席を立って口を開いた。
「俺も賛成だ。プライベートポイントは様々な用途に使える。徴収金額も問題無いと見受けられるし、Aクラスの共有資産として貯める事には否定はしない。ただ、そのポイントを使用する際は都度クラス全体に共有した方が良いとは思っている」
「ありがとうございます葛城くん。そうですね、ケースバイケースなので全て事前に、とはならないと思いますが。出来る限り全体共有はするつもりですよ?」
「なら俺からは特に質問は無い。他の者たちはどうだ?」
葛城くんの問いかけに誰か言葉を続けて言う事もなく。
「では、可決でよろしいでしょうか?」
そう締め括るとAクラスの生徒全体が私の発言に肯定した。
……よし、これで定期的なプライベートポイントの収入が私の口座に入る事になった。
私を除いたAクラス39名から34000ポイントを徴収すると、132万前後のプライベートポイントになる。
私物として使えるポイントではないし私も私用で使おうとは思って居ないが、何かとPPは今後様々な場面で使っていくだろう、その時に困らない様にしなければならない。
パッと思い当たるといえば他クラスへと交渉に使ったりと用途は様々、これである程度動きやすくなったな。
「お話は以上です。他に私に何か質問などはありますか?この場で話せる事は答えたいと思います、どうでしょうか?」
⭐︎
放課後のお話を終えて、少しした後。
私は落ち着いたカフェのカウンター席に座って手元のアイスコーヒーをストローを刺してチビチビと吸いながら、水分とカフェインを同時に補給している。
つめたい、そのひんやりとした温度が体に染みる。
Aクラス全体での話し合いをした後は決まって、選りすぐった優秀だと判断出来る人物での今後の行動についての話し合いだ。
「……それで、DクラスとCクラス間での暴力事件についてだが、俺としてはこのまま不干渉を貫こうかと思っている」
「はいはーい、俺はどっちかと言うと関わりたいかなーって思ってたり?恩とか売れたら、後々姫さんの有利に働くと思うぜ?」
葛城くんは不干渉のままにしたい、橋本くんは干渉したい。お互いに反対の意見が出たことに呆れた様子で神室さんは言葉を投げかけた。
「どっちでも良いけど、面倒くさい事頼まないでよ坂柳。関わるならそこのやる気のある橋本に頼んで」
「おおっ、それって期待の裏返しだったり?」
「な訳ないでしょ……鬼頭は?なんか意見あるの」
「……特に。やれと言われたことをやるだけだ」
私を含めてこの四人はAクラスの中でも特に優秀だと判断している生徒だ。葛城くんは言わずもがな、神室さんは人を尾行したり私の欲しい情報をしっかりと取ってくれたりと口では嫌々言うが、ちゃんと仕事はしてくれる。
橋本くんはオールマイティに優秀で何をやらせても卒が無い。鬼頭くんはAクラス屈指のフィジカルの持ち主だ、私ではどうする事も出来ない身の危険を守るボディーガードの役割を頼んでいる。
それからもう二人、この場に居ないが優秀だと判断している人物がいる。
その二人のうち一人は森下さんなのだが……彼女は自分に興味があることしか頼んでもやってくれないだろうし、別枠と言えば別枠。
信用と信頼を抜きにして、今名前を羅列した人物は良くも悪くも私と言う有栖にとって、そしてAクラスにとっての中心格となっている。
そしてAクラスの最終決定権を持つ私は、彼らの意見に耳を傾けながら方針を決める。
有栖の優れた頭脳が回転していく。明確にそして加速的に様々なパターンを展開させたそのパターンから、有栖にとってより良いだろう結論を纏めていく。
天才の頭脳に対抗するように私もまた思考を加速する、同じ体に二つの思考が絡まり合うような感覚が起きる。
平衡感覚が揺さぶられるようだ、慣れないしいまだに耐性はつかないが、表情に出さないように心掛ける。
……よし、概ね定まった。
「部分的には干渉をしたいと思います」
「何?……いや、先に坂柳、君の意見を最後まで聞く事にしよう」
「はい。先ずBクラスにCクラス、両者の各生徒及び傾向、リーダーの方針などは集まりましたが、Dクラスについては今まで深く知る機会はありませんでした。この暴力事件をきっかけに探れる所は探りたいです」
「って事は姫さんはDクラスに加担するって認識でおーけー?」
「いいえ?事件の解決はあくまでも当人同士でしてもらいましょう。手助けや協力も特にしなくて良いです、ですが動向は知りたいですね」
「……動向と言っても、結果は見えているようなものだ。今回の暴力事件、Dクラスの須藤は相手を容疑を否認しているが、Cクラスの訴えを上げた生徒は確かに怪我をしている。口論の際の証拠が出ない以上、退学とまでは行かなくとも須藤には停学処分を告げられるだろう」
「私もそう思いますよ」
葛城くんの言う通り、物的証拠や目撃者の存在による告発などが起きない限りDクラスのその生徒がペナルティを受ける事になるだろう。
龍園の狙いはどこまでやればセーフで、どこまでやったらアウトなのかをDクラスで実験しているように思える……そう言えば、一ノ瀬さんがCクラスに軽い嫌がらせを受けたと愚痴を漏らしていた事があったな。
グレーゾーンを見極めているのだろうか。中々に狡猾なやり口だ、裁判の結果がどうなろうと当初の目的は達しているようなもの。
やはり龍園はやり方こそ暴力的だが、クレバーに柔軟な思考の持ち主だ。
対してDクラス、一見このままだと負けてしまう印象を思い浮かべてるが……さて、本当にそうだろうか?
私が介入し起こるだろう結果を捻じ曲げる事は簡単だ。暴力事件の現場にダミーの監視カメラを仕掛ける。偽の目撃者を用意する。そもそも裁判の訴えを取り下げるよう裏工作を仕掛けるなど、やり方は幾つかある。
介入しDクラスに恩を売る、それも一つの作戦ではあるが……。
「Dクラスには確か、高円寺六助という生徒が居ましたね?情報では唯我独尊を地で歩む性格をしているが、頭脳明晰で肉体的にも優れていると」
「……Dクラスの中に実力を隠している奴がいるって事?」
「それを確認します。不良品と揶揄されている彼らですが私はそうは思いません、仮にも国が判断して入学を許可された生徒。一芸に長けていたりやむを得ない事情……例えば出席日数などで評価を落とした生徒が居てもおかしくありませんから」
私がそう言葉を締め括ると、特に反対意見や疑問は思い浮かばなかったのだろう、各々反応に違いはあるが共通する事は、最終的には納得した様子だ。
「反対意見はないみたいですね?では橋本君と神室さんはDクラスの生徒にそれとなく近付いて様子を観察して下さい、無理はしなくて良いですよ」
「りょーかい、よろしくね真澄ちゃん」
「よろしくしないけれど、勝手にやるからあんたも勝手にやって」
「葛城くんはBクラスの一之瀬さんが情報を求めているみたいなので、この問題をBクラスはどう思っているのか探って下さい」
「……良いだろう、指示には従う。坂柳はどうするんだ?」
「その暴力沙汰が起きた事件現場に向かおうと思います。鬼頭くんは護衛をお願いします」
「分かった」
付けた結論を共有し納得させ指示を出して方針を定めて、一息ついた所でアイスコーヒーをストローで飲んでカフェインと水分を肉体に補給する。
つめたい。
私自らDクラスに向かって人間観察をするか迷ったが、スニーキング能力の高い神室さんと対人関係において距離感を測るのが優れている橋本くんに任せることにした。
Bクラスはついでで、事件現場も証拠が残ってるとは思わないが、改めて何か情報が残っている可能性はある。
恐らくこれが最善だろう。
さて未だに未知数なDクラス。今回の事件……乗り越えるとしたらどう乗り越え、そして誰が頭角を出すのだろうか?
⭐︎
DクラスとCクラスの問題に部分的に関わる事に決めてから、早くもDクラスとCクラスの暴力事件の裁判の日になった。
その間に凡そ知りたいことは知れた。神室さんと橋本くんはしっかりと情報を集めてくれたし、私も私で実際に事件現場に訪れてその場所のからくりにも気付いた。
アレを使えば裁判そのものを取り消せるし、逆に物的証拠としてDクラスを追い詰める事も出来そうだと思った。
だが正直、私としても有栖としても期待外れの結果に落ち着きそうだ。
理由は単純で、Dクラスの生徒を束ねるリーダーの存在が、Dクラスには居ないという事実だ。
平田洋介や櫛田桔梗などのクラスを纏めている人物はいるらしいが、束ねるとなると話は別で未だにクラス内での結束力は0。
そもそも何故Dクラスを調べようと思ったのか?
それは5月時点で0ポイントという評価を受けたのにも関わらず、中間テストで退学者が一人も出なかった事にちょっとした違和感を感じたからだ。
過去問を入手したその正体Xがいるはずだ。だが……平田洋介や櫛田桔梗がその人物かと言われると、有栖の優れた頭脳による計算ではそうでは無いだろうと否定している。
思い違いだったのだろうか?偶然運が良かったか私の思い過ごしなのか。
「……憂鬱ですね」
ぼそっと呟いた小さなその言葉は、幸いにも私の周りには誰も居なかったので誰にも聞かれて居なかった。
放課後、図書館にて。
暴力事件の行く先に興味を失ってしまったので、改めて私は“私”の記憶を呼び起こすヒントが無いか、人の心理などが関わる本を通じて何か無いかと読み漁る事にした。
本を読むことは嫌いでは無い。知見が広がることは良いことだと思うし創造性や発想の転換などを通じて柔軟な思考にも繋がると思っている。
今読んでいる本は全般性健忘に陥った少年が、紆余曲折あり自分の正体を知るといった内容の小説だ。
自身の同一性と生活史について忘れた少年は、少年の周囲を取り巻く友人や恋人の手厚いフォローを受ける事によって最終的に自分のことを思い出すという物語になっている。
自分のことがわからなくなっても共に過ごした友人や恋人は忘れない、というメッセージなのだろう。
……これが単純に、坂柳有栖が同一性と世界史について忘れていたのなら、この少年のように自分を思い出し獲得するのだろう。
では私はどうだろうか?
私は有栖ではない、だが有栖として生きなければならない。何故ならそれは肉体や脳が。この少女が坂柳有栖だからだ。
私はこの少年のように、周りに友人や恋人と言った自分と深い関わりのある状況では無い。
私は孤独だ、自我という魂こそ存在するが、本当の意味で私の存在を知る人物はいない。そしてそれは、他でも無い私自身もそうなのだ。
頭痛がする……ごめんね有栖。余計なことを考えすぎているね。
孤独な事に、不満が無いと言えば嘘にはなるが、記憶が無いということにも徐々にではあるが、受け入れようとはしているのだ。
私が恐ろしいのは私が有栖の中から魂が消えた時、有栖が二度と起きなくなる。
……ではなく、主人格として再びこの体に戻ってくる有栖の魂が、私の存在を覚えていない、知らないという状況に深い恐怖心のようなものを感じている。
孤独なのは受け入れられる。ただ有栖。君に変わって私が君の人生を過ごしたということを、君に忘れられたら。
私は何の為に君の人生を整えているのだろうかと、そう思ってしまうんだ。
「……」
目を閉じて思考を閉ざす。
明鏡止水。息を整えて余計な思考を洗い流して、数秒もすればいつも通りに坂柳有栖を演じる私を取り戻した。
さてと。私の問題は置いておいて、そろそろ良い時間だろう。
裁判の結果がどうなったか一緒に確認しに行こうか、有栖。
⭐︎
偶然を装って生徒会室に近づけば、どうやらすでに裁判は終わったようで生徒会長を残し他のCクラスやDクラスの生徒は既に去っていたようで。
最後の戸締りをしているのだろう、一人の上級生が私の存在に気付き振り向いた。
「奇遇ですね堀北生徒会長、裁判はどうなりましたか?」
「坂柳か。顔を合わせたのは二度目になるか。裁判の内容についてだがそれを部外者である君に教える義務は無い」
堀北学生徒会長、有栖の記憶の中でも特に評価の高い人物だ。
秀才を突き詰める所まで突き詰めれば彼のような人物が出来上がるのだろうか?全ての能力が高水準、カリスマ性もあり三年Aクラスなのも頷ける。
「結果だけでも教えてくれてもよろしいのでは?広い定義では、私も一人の関係者ではあると思いますよ」
「……再審査だ。1年DクラスとCクラスの命運は明日に持ち越された」
「再審査?それは……なるほど、そうですか」
そうか、ならやはり……存在XはDクラスに実在していた事になる。
このタイミングでの再審査をするということは、次に取る行動もわかる。だが少し意外だ、その方法よりももっと分かりやすく攻略出来る方法はあったと思うのだが。
お互いに不戦勝、DクラスにもCクラスにも不利益を被らせたく無いという事だろうか?
クラス間での争いにはあくまでも興味がない?なら、友人としてか、クラスメイトとして関わりたいという事か?
人物像が合致しない、チグハグな感覚がする。有栖の記憶の中にこの思考パターンと酷似している人物は居ただろうか?
私の思考が加速する中、視界に映る堀北生徒会長は特に驚かなかった事を疑問に思ったのか、言葉を続けた。
「予想していたのか?俺としてはもう少し驚くと思っていたが、流石はAクラスを束ねているリーダーだな」
「堀北会長に褒められるとは光栄ですね。時に再審査を促した生徒は誰か、教えて頂いても?」
「守秘義務がある、ただそうだな、俺の主観にはなるがあの生徒は君にも引けを取らないと個人的には思った。灯台下暗しという言葉もある、油断していると足元を掬われるかも知れないぞ?」
「……堀北会長のお墨付きですか、それは楽しみです」
本当に楽しみだ、堀北生徒会長のお墨付きを貰えるような人材は、神室さんや橋本さんの報告には上がらなかった筈だ。
つまり二人の目を潜り抜けて擬態し、いまだに潜伏しているという事になる。
二人とも違った観点で人の見る目があるのにも関わらずだ。
「改めて言うが、明日の再審査は部外者立ち入り禁止だ、今日のように偶然は装えないぞ」
「気付いてましたか?ふふっ……ご心配なく、分かっていますよ」
現時点で有栖と対等かそれ以上の人物は同学年には居ないと思っていたが、若しかしたらその存在Xが有栖にとっても“ソレ”なのかも知れない。
一体どのような人物だ?私も楽しみになってきた。
「ごきげんよう堀北会長、有意義な情報をありがとうございます」
私は改めて堀北生徒会長に本心から感謝の言葉を告げてその場を後にする。
……心配事が一つ、解消されるかも知れない。
相違点6・Aクラスの組織金庫の誕生
一之瀬さんに近いPPの回収窓口、使用目的を共有するとは言っているがはたして。
相違点7・暴力事件への消極的介入
これによりDクラスの存在Xさんの存在を早い段階で悟る事に、有栖ちゃんの中の誰かさんはそれを知りどう行動するのでしょうか