天才少女有栖ちゃん(憑依)   作:ロリロリローリコン

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四話

 

 夏休み初日のお昼時、理事長室にて。

 

「そこを何とか出来ませんか?お父様」

 

 呼び出された私はその内容を聞いて、どうにか出来ないかと思考を回しながら有栖の父に相談する。

 

「……気持ちは分かるけどね、僕としては君に無理をさせる訳には行かない。万が一が起きてしまった時、僕は僕を許せなくなってしまうからね」

 

 ここ高度育成高等学校の理事長である坂柳成守、有栖の実の父であり有栖の父らしく聡明で柔らかい口調の中に臆さない度量と信念を兼ね揃えていると思われる人物。

 

 夏休み期間中に豪華客船でのクルージングが行われる。ただ有栖の参加は控えさせてもらうと言った内容を有栖の父本人から言い渡された。

 

 有栖の体は弱く安全に配慮した客船であっても、海の上で移動する以上多かれ少なかれ揺れる。

 

 普段歩く時ですら杖を使っているのだ、歩く下が揺れているとなると、ちょっとした事で躓いてしまうのは想像に難く無い。

 

 有栖の体を思い遣っての判断だろう、理事長というよりも父親としての側面での物言いだ。特別扱いをする訳にも行かないが、だからといって自らの目が完全に届かない所で何か起きたら気が気で無いのだろう。

 

 理解は出来る、納得もする。有栖の父の気持ちは十分に伝わっているつもりだ。

 

 それを理解している上で私の思考は彼とは違う。

 

 学生という自由な立場であるにも関わらず、他生徒と満足に関わる事も無く不自由に夏休みという限られた時間を、有栖には送って欲しくない。

 

 記憶として残る時、思い出は多い方が多い程人間としての成長を見込めると私は判断する。

 

「必要以上に部屋から出ない、部屋から出る際は常に人を同伴させる。何か起きた際の為に嘱託医を船に同乗して頂く。これなら、私の参加も可能だと判断します」

 

「一生徒を贔屓する事は理事長としては許容出来ないね。そして理事長としてでは無く、父としては有栖の体に何か起こって欲しくないんだよ。申し訳ないけど簡単には譲れないよ」

 

「贔屓という点では一生徒が不参加なのも贔屓ではありませんか?思い遣って下さっている事は嬉しいです。その上で、私の我儘を聞いてくれませんか?お父様、限られた青春を無為に過ごしたくはありません」

 

 渋い顔をしながら深く悩んでいる様子の有栖の父の姿を見て、私の感情以上に申し訳ない気持ちになる。

 

 この肉体の主導権を握っているのは不本意ではあるが私だ。私は自分の肉体、精神の中に有栖の魂を知覚する事は今の一度もした事はないが、有栖として生きて実の父を困らせているという状況は、やはり心に響くな。

 

 私の思考とは別に有栖の頭脳では今のAクラスを指揮している私の管轄外、つまり私の抜けたAクラスにその状況を利用してAクラスに攻撃をされた時に十全に対応し切れない可能性がある事を危惧している。

 

 私の手から離れた時に一時的にリーダーを務めるのは消去法で葛城くんになる。それに不満は無いし一定の信用はしているが、彼を出し抜ける人物が居ないわけではない。

 

 まず真っ先に思うのはCクラスの龍園くん、それからDクラスに居るであろう存在X。正攻法で言えばクラスの求心力を鑑みると一之瀬さんの方がほんの少し軍配が上がる状況。

 

 葛城くんだけじゃない。橋本くんの事も懸念している要素の一つだ。

 

 彼からは他の人と違って有栖に向けて支持する気持ちは、言葉よりもずっと低い。ある意味では神室さんと真逆の人物だ。

 

 私という坂柳有栖の能力を疑っている訳では無いが、私が大きなミスをした時に、いち早く私ではなく他の誰かに乗り換えようと思考するのは彼だと判断している。

 

 その事を悪いとは思わない。その上で私は橋本君との信用関係を構築したいと判断している、そしてこれは時間が解決する問題だと私は思う。

 

 ただ、早い段階で私がミスをしてしまってはこの信用関係の構築は難しくなってしまう。

 

 有栖の頭脳も私の思考も、この豪華客船のバカンスの最中に学校側から何かしらの試験のようなものが行われると確信している。

 

 その状況が分かっている以上、有栖一人が取り残されるような事はしたく無いのだ。

 

「そうか……有栖の意思は強いみたいだね。少し意外だな、ちょっと見ないうちに精神的な所で大きな成長をしたのかな、嬉しく思うよ」

 

 ……それは違う。“私”のこれは、成長なんかじゃない。

 

 仮初の自分という存在の思考でしかない、有栖自身が成長したからこの意見を押し通している訳じゃ無い。

 

 有栖を思って行動している事は事実で、そう判断したからこそ参加表明を有栖の父にしているがこれは“私”の我儘だ。

 

 それ以上でも以下でもない、騙しているような状況に心苦しく感じる。

 

「有栖の気持ちは分かったよ。Aクラスの担任である真嶋先生と再度検討してみよう」

 

「本当ですか?ありがとうございます、お父様」

 

「まだ有栖の参加が確定した訳じゃないよ、どうしても無理だと判断したら、申し訳ないけれど学園に待機してもらう事になる。それでも良いかい?」

 

「わかりました」

 

 ……一先ず可能性は広がったか。

 

 これ以上のお願いは難しいだろう。0%の確率を五分五分ぐらいの確率に引き上げたのは確かだ、後は有栖の父の判断に委ねられる事になるか。

 

「さて話は終わりだ。でも少しだけ家族として話そうか、時間はあるかな?有栖」

 

「勿論ですお父様、何から話しますか?」

 

「そうだね、では友人関係はどうかな?仲良くしているお友達はできたかい?」

 

 お互いに難しい話は終わり、有栖の父の時間が許すまで親子水入らずの談笑が始まる。

 

 それを私は坂柳有栖ではないと自覚しながらも坂柳有栖として、話に花を咲かせる。

 

 有栖の優れた頭脳が、そして経験が感情の抑制を働きかけて、表情に“私”が悟られないようにしてくれる。

 

 罪悪感と気持ち悪さが胸に残る。

 

 ……実の父親と話すのに何故有栖では無く“私”が話しているの?

 

 なんか、嫌だな。今日は早めに眠ろう。

 

 

⭐︎

 

 

 Dクラスの存在Xについて、私なりの人物像が出来上がった。

 

 リーダーシップを用いてクラス全体を率るような素質を持つ人物かどうかはさておき、それをしていないという事は表舞台に立ちたくないと考えている生徒だ。

 

 そこにどのような意図があるかは定かでは無いが、自分の能力を必要以上に誇示しない。けれども時と場合によっては極力存在が悟られないようにして解決するように働き掛ける事はする。

 

 能力があるのに誇示しない、有栖には考えられない事だ。私も否定はしないが好ましいとは思わないな。

 

 どこまで自分の能力を制限した所で一度露見しては何の意味も無くなる、それで不利になるのは自分自身だ。

 

 性格の問題もあるだろう、それについては置いておくとして。さてこの存在X、驚くべき事に全く情報が私の元に入ってこない。

 

 直接Dクラスと関わったCクラスのリーダーである龍園もまた分かっていないように見える、当たりは付けているかもしれないが、確信には至ってないと判断する。

 

 優れた擬態能力だ、意図的に自分の能力や思考を隠すのは思いの外難しいもので、どうしたって抑えられない自己承認欲求が無意識に出るものなのだがそれも無い。

 

 という事はクラス間での対抗戦にそれ程興味もなく、またAクラスで卒業する際の特権もどうでもいいと思っている人物。

 

 このケースで当てはまるとDクラスの人物としては高円寺六助がいるが、私の手元に来ている情報で果たして彼がDクラスとCクラス間での暴力事件を解決するのか?

 

 それは些か腑に落ちないな、そういう人物ではないだろう。

 

 中々その正体を掴めないがはてさてこの藪蛇。突くべきか突かないべきか?

 

 どうしたものかな……下手に突いたら、私の予想出来ない事態が起きる事だってあるかもしれないし。

 

 難しいね。

 

 どうしようか有栖、君の頭脳はどう計算してくれる?

 

 そこまで思考して一度中断する。此処で決めることでもない、後々に改めて判断しよう。

 

「遅かったですね真澄さん。混んでいましたか?」

 

「文句言わないでよ、ここの飲み物が欲しいって言ったのはあんたでしょ、私は興味無かったし」

 

 夕方と呼ぶには少し早い時間、敷地内にある飲食店や雑貨店などが並ぶ施設内にて。

 

 生徒内で噂になっている人気店のコーヒーを神室さんを連れて飲みに来た。

 

 ぶっきらぼうな口調だけれども自分の分もきっちり買っているあたり、素直じゃ無いな神室さんも、そういう所は愛嬌があっていいと思う。

 

 神室さんから飲み物を受け取ってストローを刺して飲む。

 

 つめたい、カフェインが体に染みる。

 

「あんた、本当コーヒー好きだね……カフェインばっか取ってると寝付けなくなるんじゃない」

 

「過剰摂取はしてないですよ?……心配してくれているんですか?」

 

「別にそんなんじゃないし」

 

 ふいっと視線を逸らした神室さんに微笑ましい気持ちになる、いい傾向だ。関係性の向上を感じる。

 

 全幅の信頼を置く程ではないが、着々と信頼関係を構築出来ていると考えている。

 

 もう少し信頼し合えると判断したら、有栖と神室さんが出会うきっかけになった万引きの証拠写真を彼女の前で消しても良いかもしれない。

 

 ……いや、違うか?お互いに脅してる立場と脅されてる立場というものがあるからこその利害関係は残していた方が良いだろうか?

 

 そこに関しては審議する必要があるがさておき、現状のAクラスの生徒で神室さん以上に私の手足になってくれる人は居ない。

 

 ありがたい事だ、有栖としても私としても外に出ている間は一人で行動するのは極力控えないとならない。

 

「……こうして周囲を見渡してみると男女の関係に発展した生徒が同学年でもちらほらと見受けられますね、神室さんは気になる生徒は居ませんでしたか?」

 

「居ないけど、興味もないし。てか仮に居たとしてあんたには教えない」

 

「それは哀しいですね、でも安心しました。その調子ですと暫くは真澄さんが誰かと恋仲になる事は無いですね」

 

「あんたさ……!はぁ、言葉にされるとムカつくな」

 

 それとなく催促したが、やっぱり神室さんが気になる生徒は居ないか。この調子だと橋本くんも気になる様な生徒は見つからないだろう。

 

 一度打ち切りだな、これ以上Dクラスの生徒の情報を得るなら、私自らの目で判断しないといけないだろう。

 

 とは言っても闇雲に当たった所で徒労に終わるのは目に見えている。夏休みという時期も時期だ、Dクラスの存在Xについて知りたいと思っても知るきっかけは掴みにくいだろう。

 

 Dクラスに組織的な結束力が未だに強固になっていないことも一つの要因だ、何処で誰をきっかけにしたら存在Xに辿り着くのか不明確。

 

 例の裁判問題を起こしたDクラスの生徒の交友関係から当たるのも少々行き当たりばったりな様に思える。

 

 ……気長に考えよう。気にはなるがDクラスに何かされた訳じゃ無い、今すぐどうこうする必要性はない。

 

「そうだ真澄さん、コーディネートをしてあげましょう、せっかく整った顔立ちをしているのですから、着飾る方がモテますよ」

 

「は?いやっ、別にモテたい訳じゃ無いんだけど、ねえちょっと……聞いてる坂柳?」

 

「任せて下さい真澄さん、私センスには自信ありますよ」

 

「ああもう、変なの選ばないでよね……!」

 

 

⭐︎

 

 

 神室さんのコーディネートをしたその日から数日後、図書館にて。

 

 他の生徒はどうかわからないが、有栖にとっての夏休み期間中というのは学校に向かう必要がない事から暇になる時間が思いの外多い。

 

 一度勉強すれば並大抵の事は記憶する優秀な頭脳であるから、勉学の復習をそこまでする必要もなく。

 

 趣味らしい趣味といえばチェスぐらいなもので……ふむ。こう考えると、もう少し女の子らしい趣味を身につけた方が良いよ有栖。

 

 ああいや、そういう意味では私の思考ではなく有栖の頭脳で考えた服選びは、確かに他者を着飾るセンスはあったか。

 

 ともあれ一人の時間を作れることは私はとしては嬉しい事だ、思考を休ませる機会になっている。

 

 ただずっと部屋に引きこもっている訳にも行かないので、前日の様にAクラスの生徒との親睦と、新しい発見が見つからないかを兼ねて外出をしているのだが。

 

 それとは別に、定期的に図書館には通っている。何故かといえば私の為にと答えるのだが、今回図書館に来た理由は少し違う。

 

 夏休み中にも図書館は開いており問題なく書物を貸し出ししてくれている。

 

 朗報だが、夏休み中の豪華客船によるクルージングへの参加を実の父である理事長から直々に認められた。

 

 その際の制約は多いが、それでも他一般生徒と同じ空間に向かえる事に非常に嬉しく思っている。

 

 改めて考えるが有栖の体が弱い。客船に同乗する事を許されたとはいえ、一人でいる時間は例外的な事情を抜きにすれば、有栖一人の時間が多くなるだろう。

 

 そうなった時に手持ち無沙汰なのも頂けない。事前に書物を持ち込んで良い事は聞いているので、こうして図書館に来て気になる書物を借りようと本棚を見渡しているのだ。

 

 ジャンルは問わないで面白そうな小説を探して発見する……むぅ、本棚の高い所にあるせいで届かない。

 

 受付の人を呼びに向かうしかないか、と思って踵を返そうとする私に、この場にいる事自体が意外な人物が話しかけてきた。

 

「この本が欲しいのかいリトルガール?」

 

「おや。ありがとうございます……高円寺くんですね?意外です、この様な場所に来る人ではないと思っていたのですが」

 

「俗物的な書物に興味は無いが、知見が広がるという点では時折目を見張る発見がある事もあるからねぇ」

 

 そう言って私の背では届かない本を手に取って私に渡してくれた。その事に軽く感謝を告げながら、思い掛け無い邂逅に思考を回す。

 

「そうですね。ところでリトルガールというのは私のことですか?……身長が低い事は否定しませんが」

 

「おやおや気に入らなかったかい?とは言ってもねぇ、私は君の名前も何処のクラスの生徒なのかも知らないのだよ」

 

「あら、それは失礼しました高円寺くん。Aクラスの坂柳有栖です、宜しければ同じ学年として良い関係を保ちたいですね?」

 

「ふぅむ。てっきり腹が立つと思ったが、予想が外れたねぇ……確かにリトルガールと呼ぶのは失敬だったようだよ」

 

 そんな事を言われてもな。背が低い事実を言われたからと言って怒る私では無いよ……記憶の中の有栖は、少し気にしていそうだったけれどね。

 

 高円寺六助、情報通りに変人で予想外にも幾分か紳士的だ。確か日本有数の資産家の跡取り息子だったか?上流階級による教養は身に付いてるのか、それはそれとして奇人ではあると思うが。

 

 高い身長に恵まれた肉体、彼との会話からは優れた知能を感じる。頭脳に運動能力と共に学年……いや学生全体でも寄りすぐりの部類。

 

 常に有栖の頭脳が叩き出した計算を私の思考として取り入れ続け憑依しているからこそ直ぐに気付いて、結論をつけた。

 

 彼は有栖とはまた違った意味での“天才”の類だ。

 

「ではどう呼んでくれますか?」

 

「ふぅむそうだねえ、神秘的にも不可思議にも見えるガールを表現するのならアルテミスガールが適切かな?」

 

「ふふっ……月の女神に例えられるのは、嬉しいですけれど恥ずかしいですね。やはり普通に苗字で呼び合いませんか?」

 

「ハッハッハ!それは私の気分次第と返答しようか!ではアデュー、私はコレからレディー達とパーティがあるのでね」

 

 そう一方的に告げた後に高円寺六助は豪放磊落といった様子で図書館から去っていった。

 

 ふむ、アルテミスか。

 

 ギリシア神話に登場する狩猟、貞潔の女神でありセレーネーと同一視され月の女神とされた女神。

 

 二面性という今の私と有栖にとっては確かにその呼び方はある意味で適切なのかも知れない。まさかあの程度の会話で“私”という存在を気取ったと言うのだろうか?

 

 獣の様な嗅覚だ。論理よりも自分の感覚に信念を置きそれに対する絶対の自信を感じる。だからこそ誰の評価も気にする事なく唯我独尊を謳歌しているのだろうか。

 

 驚いたな、流石に当てずっぽうではあると思うが本来の坂柳有栖を知らない筈なのに、私という有栖では無い何者かの魂が有栖に憑依している事にその嗅覚で感じ取ったのかもしれない。

 

 疑う事のない天才性は、時と場合によっては有栖にとっての脅威になるだろう。

 

 嵐の様なものだ、対策を練ろうとして練れるような相手じゃない。

 

 天才の頭脳を100%引き出せるのは私ではなく有栖だ。彼と敵対する事になるとして、私ではせいぜい互角に立ち回るぐらいで攻略法は思い付きそうにない。

 

 あの様子だとDクラスであっても三年間のうちに自分一人がAクラスに向かう方法も既に結論が付いているかも知れない。

 

 現状、彼がクラス間での争いに何一つ興味が無いであろう事実にほんの少し胸を下ろす気持ちになった。

 

 ……ああ、そうだった。

 

 本を借りに来たんだったね。

 

 

⭐︎

 

 

 雲一つない青空に照りつける太陽、そして眼前に広がる大海原は、有栖の記憶の中でも数少ないことで。

 

 私としても、この綺麗な世界を有栖の体の中で見れる事にほんの少しだけ感動しながら豪華客船の広いデッキで外の景色を眺めていた。

 

「不自由にさせてごめんなさい神室さん」

 

「しかたないでしょ、別に不満がある訳じゃないから。その程度で謝らないでくれない?」

 

「……ふふ、そうですね。ではしっかり握っていてくださいね?もしもがあったら理事長が飛んできますよ」

 

「だからって脅せとは言ってないんだけど……!」

 

 さて。今の私は客船の中を杖で歩行するのは危険だと判断された為車椅子に座っている。

 

 その車椅子を握っているのは神室さんで、側に鬼頭くんと何を思ったのか、珍しく森下さんがデッキの手摺に身を預けながら気持ちよさそうに風を感じている。

 

 多少の視線は感じる。遠巻きで私に対して何人かの他クラスの生徒がちらちらと私のことを気にしているのだろう。

 

 他のAクラスの生徒はというと先んじて「あんまり気にしないでください」と言っていたので、他クラスの視線ほど私を気にしてる視線は感じない。神室さんの他にすぐ近くに鬼頭くんがいるのもあるからだろうか。

 

 特に何かを考える訳でもなく自然の風を聞きながら外の景色を、有栖の記憶に刻む。

 

 有栖にとってはただの風景画でしかないのかな。でも私は嬉しいよ、何者でもない、自分が誰なのか人間だったのかすらも分からない“私”には、こうして広い世界を見ていることが何処か嬉しい。

 

 有栖の体を借りてこの景色を見ている現状に罪悪感はあるが、それ以上に穏やかな気持ちになる。

 

 この時ばかりは無自覚に抱えているストレスも、妙な倦怠感も頭痛も吐き気もいつもよりずっと抑えられている。

 

 そんな風に特に喋る事もなく過ごしていると、パシャっと写真を撮る音がした。閉じていた目を開けて音のする方に目を向けると、端末で私を撮っていた森下さんと目が合った。

 

「勝手に写真を撮るのは肖像権の侵害ですよ?」

 

「すいません坂柳有栖、でもこの写真良く撮れていませんか?見てみて下さい、完璧です。次はスリーショットで撮りましょう坂柳有栖」

 

「ええまあ、良いですよ?では鬼頭くん、お願いできますか?」

 

「了解した、引き受けよう」

 

「は?ちょっと待って、私は許可してないんだけど」

 

 森下さんの突発的行動は読めないな。でも楽しい、彼女のように遠慮なく私に対して対等の言葉と態度を取れる人物は少ない。

 

 クラスを率いる人間として、有栖という天才が早い段階で孤高になる事は五月の時点で懸念していた。実際それは正しく、大多数の生徒とは距離に壁を感じながら会話をしている。

 

 それを正す事はしない、一般生徒と有栖とである一定の壁は必要だ。

 

 有栖のポテンシャルを十全に発揮できる環境の為に、有栖のカリスマ性をしっかりと保つ必要はある。

 

 幹部という言い方が正しいかはさておき、葛城くんや橋本くんのような一部生徒にも丁度良い距離感を測りながら接している。

 

 唯一、森下藍というAクラスの中でも枠に嵌まらない生徒に対してだけ、有栖という天才が孤独にならないように打算のない友人として関わろうと決めて、実際それは互いに良い関係性を築けていると私は思っている。

 

「これで良いか?」

 

「どれどれふむふむ、良い仕事をしますね鬼頭隼、悪く無い写真写りです」

 

「はぁ、その写真グループチャットとかに貼らないでよ森下」

 

「わかりました。所で先程のこの写真、現像して男子生徒に売ったら良い値のPPを稼げそうですね、どうでしょう坂柳有栖」

 

「ふふっ……恥ずかしいのでやめて欲しいです。でも現像した写真は欲しいですね」

 

 そのようなやり取りをしていると、不意に客船のスピーカーからアナウンスが流れる。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら是非デッキにお集まりください。間もなく島が見えて参ります、暫くの間非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

  ……ふむ。

 

 島か、なるほど……これは私は参加出来そうにないな。仕方ないか、そもそも当初の予定ではこの客船への参加自体見送られていたのだ。

 

 私が思考を回している中、暫くするとその景色を見ようとデッキの先端の方に人だかりが出来始めた、あれではやや後ろで見渡している私や、他の生徒は見えないな。

 

 ……AクラスとCクラスの生徒が大半だな、私という有栖の元で指揮しているとはいえ、やっぱり自分がAクラスだからという多少の傲慢な考えがあるのだろう。

 

 そう観察していると元々その場所に居た生徒を弾き出して、我先にと島の全容が見える位置に移動する生徒を見かけた。

 

 生徒を弾き出したその人物はAクラスの生徒だ、名前もしっかり記憶している。私がリーダーである事に表面上は納得していたが、あの様子を見るにまだ彼の中では葛城くんがリーダーなのだろう。

 

「あれは……戸塚か、全く何をしているんだ」

 

「変にAクラスの印象を下げたく無いですね、人混みに弾き出された生徒に近づいてくれますか?神室さん」

 

「はいはい」

 

 神室さんにそう告げて促して人混みに弾かれた生徒に近付く。

 

 近づいて生徒の顔が見えてくる、近くにいる生徒の一人に櫛田桔梗がいる事から考えるとDクラスだな。

 

 私が近づいて来たのを気付いたDクラスの生徒は個人の反応は様々だが、共通して車椅子に押されている私に対して何か思うような表情をしている。

 

 慣れた目だ、それに対し別段思うことはない。

 

「私の所属しているクラスがすいません。お怪我はありませんか?」

 

「えっ、うんっ。大丈夫だよっ!気にしてくれてありがとう、えっと……坂柳さん、で合ってるかなっ?」

 

「はい。合っていますよ櫛田さん、気を悪くさせたと思いますので、私の方から後ほど注意を促しますね」

 

「ううんっ!私たちもぼーっとしてたから、ごめんねっ!」

 

 この場を借りる様に代表して話す櫛田桔梗、ふむなるほど良く周囲を見ているな、自分達が一方的にやられたと主張しないのは、互いに悪い空気にさせない為か。

 

 一之瀬さんと似ている生徒だと思っていたが実際に話すと認識のズレを感じる、この認識のズレが彼女がDクラスに在籍された理由に関わっている可能性が高い。

 

 とはいえこの場でじろじろと観察するのも櫛田桔梗に失礼だろう、軽く会釈をしてこの場から離れようとして。

 

 人の影に隠れるようにしてその場にいた生徒の存在に気付いた。

 

 

 _________既視感。

 

 

「失礼、何処かで会った事は有りませんか?」

 

「え?あぁいや、無いと思うぞ?」

 

「……そうですか、失礼しました」

 

 

 有栖の感情が騒つくのを感じる。

 

 その生徒の表情を見た時、有栖の幼い記憶の中の”ナニカ“が大きく揺さぶられるのを感じる。

 

 初めての体験だ、一瞬私の思考が止まりかけるが、状況が状況だ、この場で動揺を見せる訳には行かない。

 

 直ぐに私という坂柳有栖を憑依させて改めてその場から去る事にする。

 

「……ねえ、大丈夫?」

 

「少し酔ってしまったかも知れません、でも大丈夫ですよ、軽い眩暈程度です」

 

「そういうのは大丈夫じゃ無いから……部屋戻る前に、真嶋先生の所に寄るからね」

 

「……そうですね、わかりました」

 

 神室さんに気取られてしまった、先程の邂逅の衝撃と、船の上という慣れない平衡感覚で私の感じている気持ち悪さがほんの少しだけ表情に現れていたかも知れない。

 

 普段以上に気を遣わないと……それにしてもさっきのはなんだ?数ヶ月坂柳有栖として生きていて初めての現象だ。

 

 私は先ほどの生徒を知らないが、有栖の記憶の深いナニカが刺激されたのを感じている。

 

 幼い時の記憶だ、ただ他の記憶よりも鮮明に覚えている記憶だ。

 

 ……有栖、君はあの生徒に何を感じたんだ?




相違点8・客船への参加
原作では未参加でしたが有栖の中の“誰か”さんの説得により参加することに
相違点9・彼との邂逅
8年以上の月日を超えた邂逅は有栖の中の“誰か”さんも影響する程の衝撃のようです。
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