境界線上のキングオブモンスター 作:アッリズドグ
その者、蒼炎と共にある者
黒き鱗を積み重ねた重殻を纏いし者
その者、化物たちの王である
配点《孤高》
*
種族単位で見て、
二メートルに迫る身長と、それから真っ黒な髪に燃え盛る炎のような虹彩のある黒い瞳。筋骨逞しく、はち切れんばかりの胸筋のせいでシャツの第二ボタンよりも上が閉められない始末。
何より、衆目の視線を集めるのが彼の背部。
腰と尾骶骨の辺りか。そこから、一本の太くて長い尻尾が生えているのだから。
冷え固まった溶岩の様に黒くゴツゴツとした外殻で覆われ、中央が大きくなった3列の背びれが尻尾の先に至るまで徐々に小さくなりながらズラリと並んでいる。
長さは身長とほぼほぼ変わらず、下手に動くと周りを巻き込んで薙ぎ倒してしまう。十八年ほど生きてきて、未だに寝ぼけて家具を薙ぎ倒してしまう事もしばしば。
馬鹿デカ尻尾を揺らし、竜爾が向かうのはとある家だ。
時刻は、朝の七時半を少し過ぎた辺り。ゆらゆらと朝の空気の中でなるべく邪魔にならないように立てた尻尾を揺らしながら、三度のノックが扉を叩く。
「……?トーリ?喜美?」
ユラリ、と尻尾が大きく揺れる。
頭を掻いてから、竜爾は徐にドアノブへと手を掛ける。
思いの外抵抗なく開かれた扉。その先に広がる室内は、シンと静まり返っていた。
奇妙に思いながら、竜爾は室内へ。ついでに探った人の気配は、一つだけだ。
「トーリ……居ないのか?」
友人の部屋を覗けばもぬけの殻。更に、朝食の準備なども特にされておらず、こうなると件の友人は姉からの折檻を受ける事になるだろう。
頬を掻き、竜爾はもう一つの部屋へ。
閉じられた扉への、ノックは三回。そして、案の定返答は返って来なかった。
「喜美。起きてるか?」
試しに掛けた声にも、反応は無し。スッと、竜爾の目が細められた。
時間にはまだある程度の余裕があるとはいえ、今日は平日。安穏と惰眠を貪っていていい日ではない。
中々強めに開かれた扉。部屋の主は布団の中で、未だに夢の中だった。
亜麻色の髪が大きく広がった美少女。その肢体は、男であるのなら垂涎のモノだろう。
だが、部屋へと足を踏み入れた竜爾は欠片も反応を示す事無く、寧ろ若干の呆れを含んだ足取りで寝床へと歩み寄りその額へと指を落としていた。
限りない手加減をしながら。
「おはよう、喜美」
「んぅ……後、五分……」
「朝飯出来る前には起きろよ」
呆れながらも、甘い返答。自身の尾の動きに気を配りながら、のそのそと竜爾は部屋を出て行った。
彼の姿が部屋から消えたその後、一拍置いて部屋の主である葵・喜美は寝床から跳ね起きる。
「竜ー?愚弟はー?」
「知らん。俺が来た時には、もう居なかったぞ」
ジュウジュウと湯気を上げるフライパンを片手に顔を見せた竜爾に、喜美の端正な眉根が寄った。
しかし、それは竜爾も同じ事。
「それより、起きたのなら顔を洗って来い。それから、服を着ろ」
「あら、この賢姉に恥ずべき所があるとでも?」
「……」
豊満な胸を張る喜美に、竜爾は何も言わず台所へと戻ってしまう。
消えた太い尻尾を見送って、喜美は大きな欠伸を一つ。
十年以上変わる事のないルーティンがそこにはあった。
*
「竜の尻尾は、座り心地が悪いわよねー」
「だったら、降りたらどうだ」
「それはそれ、これはこれ。朝の授業って体育だったじゃない。体力の温存よ、お・ん・ぞ・ん」
亜麻色の髪を揺らし、くすくすと微笑む喜美がごつごつとした決して座り心地の宜しくない尻尾の表面を撫でた。
現在彼女は、竜爾の尻尾の上に腰掛けて運ばれていた。ゆらゆらと揺れるかと思われそうだが、意外や意外。彼の尻尾は強靭で堅牢。喜美一人が乗った所で、場合によっては気付かない事もある。
「それにしても、愚弟は朝からどこに行ったのかしらねぇ。竜、何かしらない?」
「俺よりも、喜美の方が詳しいんじゃないのか」
「あぁら、確かに私は愚弟に詳しくても、一から十まで知ってる訳じゃないもの。それに、男同士の××とした話もあるんじゃない?」
「……化物にエロ話を振ってんじゃねぇよ」
自嘲するように呟いた竜爾。瞬間、彼の後頭部を結構な衝撃が襲う。もっとも、この男の耐久力は既存の生物のソレではない。手弱女の蹴りでどうこうなるほど脆くは無い。
だが、尻尾の上から竜爾の後頭部へと蹴りを見舞った喜美は顔を顰め、その端正な顔立ちを歪めていた。
「それ止めなさいよね。次は、踏んずけるわよ」
「……蹴るのは、止めておけ。足を痛めるぞ」
「そしたら竜、アンタが責任もってこの賢姉を運びなさい」
「……」
喜美の言葉に答えず、竜爾の歩調も緩まない。
そのまま足を踏み入れるのは、後悔通りと呼称される場所。
尻尾の上で優雅に足を組みながら、喜美はこの後悔通りに設けられたモニュメントを眺める。
「ねぇ、竜」
「なんだ」
「貴方にとって、この十年はどうだった?」
その問いは、二人にとっては単なる話題の一つ、とはならない。
喧騒の遠い木立の中で、竜爾は僅かに空を見上げた。
「
「……そ」
時間間隔が人間とズレている、というのもあるかもしれないがそれでも彼にとって十年前のあの日は決して遠い過去のものではなかった。
彼の返答をどう受け取ったのか、喜美は短く言葉を返してそれっきり。
程なくして後悔通りを抜けて、階段を登り見えてくるのは二人の目的地。
武蔵アリアダスト教導院。ここ、準バハムート級航空都市艦“武蔵”に置かれた教導院であり、喜美と竜爾の二人はここの生徒だった。
特徴的なのは、その造りか。
鉄の表札を備えた門扉から、直接校庭へと繋がり、その校庭を跨ぐように木製の大きな橋が掛けられている。この橋は、校舎二階の昇降口へと繋がっていた。
他生徒たちが、竜爾の姿にギョッとする目を向けたりするが、当人は気にした様子もなく木製の階段へと足を掛ける。
一歩進むごとに軋む段差。さりげなく尻尾を動かして喜美を落とさないように気を配っている辺り、彼の慣れが見て取れた。
階段を登り切り、竜爾は流し見るように後ろを見る。
「そろそろ降りたらどうだ、喜美。もう良いだろ?」
「そうねぇ。もう少し、肉付きがよくなれば竜の尻尾も柔らかくなるかしら?」
お尻が痛くなっちゃった、と軽い動作で喜美は橋の上へと降り立ちそのまま竜爾の隣に並ぶようにして歩き出す。
「柔らかくはならないだろ。見ろ、岩も顔負けの硬さだ」
「ホントよねぇ。昔はちょろっとしてたのに。身体もぶくぶく大きくなっちゃって」
「脂肪みたいに言うんじゃねぇ」
「おっぱいも大きくなっちゃったし」
「おい」
「ま!私には敵わないけど!」
しなを作って微笑む喜美に、竜爾の眉間に皺が寄った。因みに、彼は鍛えてこうなった訳ではない。体質的な成長だったりする。
木製の校舎へと道すがら、男女は愚か種族すらも入り混じった一団が屯していた。
二人の所属するクラス、三年梅組の面々だ。
「はぁい!賢姉のご登場よー!!」
「おはよう」
ハイテンションな喜美と、片手を上げる竜爾。
生徒たちもまた、各々の挨拶を返してきた。
「おはようで御座る、竜爾殿」
「おはよう、点蔵。早速だが、トーリを知らないか?朝から姿が見えなくてな」
「トーリが?あの男が竜爾が訪れる前から出かけている、というのか?」
竜爾へと声を掛けてきたのは、“第一特務 点蔵・クロスユナイト”の腕章をつけたパシリ忍者と“第二特務 キヨナリ・ウルキアガ”の腕章をつけた拙僧半竜の二人。
見た目は奇抜だが、どちらも気のいい者たちだ。
「はて、今日は何かあったで御座ろうか?」
「思い当たる節が、俺には無い。お前たちなら、何か知ってるかと思ったんだが………」
「うーむ、確かに拙僧らもトーリと親しいが、何かしらの問題があるのなら真っ先に竜爾、お前に一番最初に相談に来るのではないか?」
「そうか?……化物に相談ってぇっ……」
ウルキアガの言葉に首を傾げながら呟いた竜爾の頭部に容赦のない手刀が振り下ろされ、同時にゴツイ腕が脇腹を強かに叩く。
言わずもがな、点蔵とウルキアガからのものだ。ダメージは無いが、竜爾は頭を擦る。
「良くないでござるよ、竜爾殿」
「その通りだ。あんまりひどい様なら、拙僧の空中ボディプレスを見舞ってやろう」
「いや、ウッキー殿。それ突っ込みにしても…………まあ、竜爾殿ならばやり過ぎにはならんで御座るな」
「おい、擁護するなら最後まで擁護しろ」
男どもがそんなワチャワチャとしている一方で、喜美の方には女性陣が集まっていた。
「ちょっと、喜美!竜爾君を乗り物代わりにしない!」
「フフフッ、なあにアンタ。羨ましいなら、アンタも乗ってしまえば良いじゃない。乗り心地は良くないけど」
「なぁ……!?だ、だだだ誰も羨ましいとか言ってないんですけど!?」
「言っておくけど、竜にムチムチプリンは効果ないわよー?」
「誰がムチムチプリンですか!?もう、喜美!!」
顔を真っ赤に染めながら両手で己を掻き抱くようにするのは、オッドアイのズドン巫女、浅間・智。
彼女の胸部装甲は、梅組一豊満であった。それはもう、己を掻き抱く両腕によって卑猥にその形を変えて溢れんばかりに。一部女生徒に致命傷を与えるが、彼女は気付かない。
姦しい彼女らだが、その内心にある想いというのは言語化する事が少々難しい。その理由は十年は遡る事になるだろう。
キャンキャンと咆える智に対して、喜美は余裕綽々と胸を張った。
騒がしい梅組一同だが、チャイムが鳴り同時に階段側の橋の先端に一人の女性が現れた事で彼らはそちらへとぞろぞろ集まり適当に並ぶ。
「はーい、三年梅組集合!良いかしら?」
担任教師オリオトライ・真喜子の下、今日の授業が始まりを告げる。