境界線上のキングオブモンスター 作:アッリズドグ
『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦《武蔵》が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝8時半をお知らせ致します。本艦は現在、サガルマータ回廊を抜けて南西へ航行、午後に主港である極東代表国三河へと入港致します。生活地域上空では情報遮断ステルス航行に入りますので、ご協力お願い致します。────以上』
時報をBGMにして、オリオトライ・真喜子は胸を張る。
「よぉーし、それじゃあ体育の授業を始めていくわよ!」
「「「――――
朝の空に響く元気のいい声。
オリオトライは満足そうに頷きながら、ニンマリとその口角を上げた。
「んじゃ、早速ルールの説明ね。先生これからちょっと品川まで、ヤクザシバキに走っていくから、遅れないようについてくる事。そっから先は、実技ね」
授業とは思えないような内容に、梅組一同から疑問の声が上がる。
彼らの疑問を代表して手を挙げたのは、“会計 シロジロ・ベルトーニ”という腕章をつけた男子だった。
「教師オリオトライ。ヤクザと体育の授業にいったい何の因果関係が?金ですか?」
余談だが、彼は金の亡者である。
シロジロの問いに、オリオトライはまるで幼子へと言い聞かせるように肩を竦めた。
「馬鹿ねぇ、シロジロ。体育って言うのは、体を動かす授業だわ。そして、ヤクザ殴るのは運動になるでしょう?ね?」
このリアルアマゾネスの頭では、運動=暴力であり体育=運動となり、そして体育=暴力となるらしい。
それでも教師か、というツッコミは飛んでこない。彼女の実力は、梅組一同文字通り身をもってよぉく知っているのだから。
呆れたシロジロの袖を引き、“会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー”という腕章をつけた少女が苦笑いを一つ。
「シロ君。先生ってばついこの前表層の一軒家を割り当てられて大喜びしてたら、ヤクザの地上げにあって最下層行きになって、やけ酒して壁を一部ぶっ壊して教員課にマジ叱られちゃったから」
「後半は、自業自得ではないか?報復ですか、教師オリオトライ」
「報復じゃないわよー?ただちょっとやり過ぎて、二度と日の目を見れなくなるかもしれないけど」
(((怖っ!?)))
一致する梅組の心境。しかし、声には出さない。リアルアマゾネスの八つ当たりの対象になるなど、よっぽどの馬鹿でなければ御免被るというもの。
彼らの反応など特に気にすることなく、オリオトライは背負っていた長剣を脇に回してその柄を撫でる。
そして、梅組の出席簿を表示させた。
「はいはいそれじゃあ、今日休んでるの誰か居るー?ミリアム・ポークゥは仕方が無いとして、東は午後に帰って来るから……ほかに休みは居るかしらー?」
問われ、梅組面々は互いに居ない者たちを探すように周囲を見渡した。
声を挙げたのは、“第三特務 マルゴット・ナイト”の腕章をつけた六つの金翼を持つ少女。
「ナイちゃんが見る限り、セージュンとそーちょーが居ないねぇ」
「正純は、小等部の講師のバイトで午後からは酒井学長を三河に送るから今日は自由出席の筈。総長、トーリについては……そっちの二人の方が詳しいんじゃない?」
マルゴットに抱き着きながら“第四特務 マルガ・ナルゼ”の腕章をつけた黒翼の少女が補足する。
ナルゼが示したのは、尻尾の関係で集団最後方に位置する竜爾と、それからトーリの姉である喜美だった。
周りからの視線を受けて、竜爾はうなじを撫でる。
「知らん」
「ふふん♪そうよね?気になるわよね?だって、この武蔵の総長兼生徒会長の動向だもの。気にならない方が無理って話よね。でも、そっちのおバカ蜥蜴の言った通りよ。知らないわ」
有力候補の二人が沈黙。出席簿へと印をつけながら、オリオトライは蟀谷をピクつかせる。
「それじゃあ、他ー。総長兼生徒会長の“
返って来るのはざわめきばかり。
オリオトライのため息が吐き出される。
「んじゃ、トーリは遅刻って事で。チャランポランだけど……まあ、武蔵の総長兼生徒会長として見るのなら、妥当な所かしらねー。“
「まあ、百六十年間続く服従の姿勢の一つだし仕方がないよね。国家相当の教導院も、他所が年齢制限ないのに武蔵は十八歳まで。卒業すれば、そのまま政治も武力も取り上げられるんだから」
やれやれ、と眼鏡の位置を正しながらニヒルを気取るのは“書記 ネシンバラ・トゥーサン”の腕章をつけた生徒だ。
武蔵は、その在り方が非常に特殊であると同時に弱い立場だ。だからこそ、不透明な立場のようなモノでも受け入れられるのだが。
ネシンバラに対して、スナック菓子を片手に諫めるのは“御広敷・銀二”の名札を提げたぽっちゃり生徒。
「小生、そういう事を大ぴらに言うのはどうかと」
「大丈夫だよ。この武蔵を監視してる武神は、一々こっちの会話の一から十まで聞いてる訳じゃない。何より、そろそろ三河の領域だ。聖連から半脱退状態で敵対してるP.A.ODAと同盟を結んだ松平・元信公の膝元じゃあこっちを気に掛ける余裕はないし」
「んっふふふ、大人ねぇ。でもまあ、K.P.A.Itariaの教皇総長が新型の大罪武装を無心しに来るって話もあるし、それだけじゃなく三河自体を監視している
オリオトライが笑い、ネシンバラは両手を挙げて一礼。閑話休題だ。
一息挟んで、
「世の中は乱れに乱れてる。末世が来るとか、来ないとか。それだけじゃなく、神隠しに怪異の増加。知ってる子も多いだろうし」
オリオトライの言葉に、数人が顔を固くした。彼ら彼女らの中には、戦闘系と呼ばれる者たちが居りその手の仕事にも駆り出されるからだ。
話題にせずとも、皆が一様に考えている。
答えはまだ出ていないが。そして。オリオトライはそれでも良いと考えていた。
今はまだ。
「迷って足掻いてぶつかって。まあ、今はそれで良いんじゃない?差し迫った危機も、とりあえずはもう少しだけ間があるんだからね」
さて、とオリオトライは脇に挟んでいた長剣を背に戻してから留め具をキッチリ留め直した。
「楽しいお話もここまで。ルールの続きよ。先生が全力疾走で品川に向かうまでに、一発当てたら出席点を五点あげる。良い?五回サボれるって事よ」
バンッ、と右手の平を突きつけてきた女教師に生徒たちは、捕らぬ狸の皮算用。
そんな中で手を挙げたのは、点蔵だった。
「先生!攻撃を
「戦闘系は細かいわね。ええ、そうよ。手段も特には構わないわ」
オリオトライの言葉に、バカ二人の目が怪しく輝いた。
「聞いたか点蔵。女教師が何をしても構わぬと言ったぞ。拙僧、想像力を働かせても構わんな?」
「聞いたで御座るよ、ウッキー殿。しかして相手は壁をぶち抜くリアルアマゾネス。尻を触られ
「ふっ、分かっていないな点蔵。想像力とは、現実の上を行く」
「成程……先生!攻撃を当てた場合に、マイナスポイントが付いたりするような部位はあり申すか!?」
「逆にボーナス付く場所とか!」
「アッハッハッハ!――――授業始まる前に死ぬか、二人?」
鬼を見た。のちに二人はこう語る。
いつもの馬鹿話。その一瞬の気の緩みを突かれた。
宙を舞うオリオトライの身体。結構な高さのある階段上から背面跳びで地面へ向かい、着地の瞬間には落下のベクトルを前へと向けて驚くべき速度で品川方面への道へと向かっていく。
慌てて追いかける梅組一同。その最後方は黒い尻尾を揺らして、欠伸を一つ。
その傍らにはちんまりと少女が。
「い、行かない、の?竜、君」
「んー、ぼちぼち行くか。鈴も乗りな」
そう言って、竜爾は傍らの盲目少女“向井・鈴”が乗りやすいように膝をついて尻尾を寝かせた。
尻尾の付け根に足を掛けて、その大きな背へと覆い被さる鈴。彼女が落ちないように尻尾を回して、竜爾は立ち上がった。
彼にとって、出席点の五点はそこまで魅力的ではない。精々が、成績が少し上がる程度か。
風邪もひかず、怪我も病気も無縁と言える強靭な肉体を有した竜爾は、教導院へと入学してから一度として休んだことが無い。遅刻も無縁だ
それらは偏に昔交わしたたった一つの約束によるもの。彼自身が特別勤勉という訳でも、勉強に生きている様ながり勉という訳でもない。
鈴を乗せて、竜爾は階段の一番上から空へと向かって飛び出した。
風を切り、化物は宙を舞う