ようやく、明日花も上田へ帰還した。
が、明日花は帰って来てから誰とも口を聞こうとせず、毎日森の中で日がな一日を過ごしていた。
森の中……
「明日花ちゃーん!!待ってよー!!」
移動する明日花の後を、伊佐那海は追いかけていた。明日花は後ろを振り返りながら、追い払おうとスピードを上げた。
「待ってってば!!明日花ちゃーん!!」
明日花の姿が見えなくなり、伊佐那海は足を止め息を整えながら、明日花が言った方を見つめた。
(どうしたんだろ……
出雲から帰ってから、様子がおかしい……)
「女一人、発見」
その声が聞こえ、辺りを見回すと木の陰からわらわらと山賊たちが姿を現した。
「良いねぇ、女一人だと、金目の物を簡単に奪えるから。」
「な、何なの?!アンタ達!」
「へぇ、翡翠の簪か……高く売れるぜ」
「え?何?……!!キャア!」
逃げようと後ろへ下がった伊佐那海の背後から、縄が掛けられ体を引っ張られ地面に倒れた。
「逃げようったって、そうはいかねぇぜ?」
「才蔵!!助けてぇ!!才蔵!!」
「何だ?男の名前なんか呼んで。」
「誰も助けに来ねぇよ」
「い。嫌ぁ!!」
山賊が手に掛けようとした時、どこからかクナイが飛んできて山賊の手の甲を刺した。それに驚いた他の山賊たちは、すぐに飛んできた方向へ顔を向け武器を構えた。
そこから、姿を現したのは槍を構えた、明日花の姿だった。
「あ、明日花ちゃん……」
「何だ?ただのガキじゃねぇか?」
「(そう思っていればいいさ。)
伊佐那海」
「?」
「私が良いというまで、目を閉じてろ」
「え?」
「早く!」
怒鳴った明日花の声に驚いた伊佐那海は、慌てて目を頑なに閉じた。確認した明日花は、一人の山賊に飛び掛かり胸を槍だ刺殺した。それを合図にか山賊たちは一斉に攻撃を仕掛けてきた。
そんな山賊たちを、明日花は次から次へと滅多刺しに殺していった。
「何だ?!このガキ!!」
「(キリがない)
光坂流木術針山双根」
地面から突然、木の根が生え伸び山賊たちの胸を次々に刺した。痛みでもがく山賊隊は、どんどん体が細くなっていき遂にはミイラへとなり、最後には跡形なく消え土となってしまった。
山賊が居なくなった根は、地面へと姿を消した。
「伊佐那海!!」
才蔵の声に気付いた明日花は、槍をしまいすぐに森の中へと姿を消した。
伊佐那海を見つけた才蔵は、目を瞑っている伊佐那海の傍に駆け寄り方に手を置いた。
「伊佐那海……
おい、伊佐那海!!」
「?その声、才蔵?」
才蔵の声に、伊佐那海はゆっくりと目を開き、才蔵を見るなり抱き着き泣いた。
「わーん!!怖かったよぉ!!」
「どうしたんだ?何があったって言うんだ」
「明日花ちゃん追い駆けてたら、見失って……
そしたらいきなり山賊が現れて、襲われそうになったの…
けど、明日花ちゃんがすぐに駆け付けてくれて、山賊たちを……あれ?」
「?どうしたんだ?」
「明日花ちゃんは?」
「明日花?
俺がここへ来たときは、誰もいなかったぜ」
「へ?だって、明日花ちゃんがアタシを助けてくれて……」
「オメェ、夢でも見てたんじゃねぇか?」
「何で?」
「山賊に襲われたっつうけど、山賊の死体はどこにあんだ?」
「え?……
本当だ……でも、夢じゃ」
「分かった分かった。その話は城で聞くから、とっとと帰るぞ」
「本当だもん!!アタシ、嘘ついてないもん!!」
「分かった分かった」
自分の事を全く信じてくれない才蔵に、伊佐那海は怒鳴りながら才蔵の後を追い、城へ戻って行った。
辺りが暗くなり、空に月が出てきた夜……
皆が寝静まった城の縁側を、才蔵は幸村の部屋へ向かうため歩いていた。少し襖が開いている部屋を通った才蔵は、そこで足を止め中を覗いた。
部屋にいたのは布団の中で寝息を立てながら眠る明日花だった。
「……」
『この魂のせいで、母さんは……
母さんは、死んだんだ!!』
出雲で言い放った明日花の言葉に、才蔵は疑問を感じながら幸村の部屋へと向かった。
「オッサン、入るぜ」
部屋で、煙管を吸っていた幸村は、突然部屋へ入ってきた才蔵に目を向けて、口に銜えていた煙管を外し煙を吐いた。
「どうした?才蔵」
「どうもこうもねぇよ。
教えてくれねぇか?明日花の事を」
「?明日花の事だと?
何故また?」
「出雲へ行った際、アイツ(明日花)半蔵を見た途端目の色を変えて、自分の体が毒で侵されているのにも構わず、攻撃してきた。
『アンタを殺すのは私だ』とか『敵討ちだ』とか言ってな」
「……」
「それに、アイツが首から下げている幸魂……
あれのせいで、母親が死んだって言ってたぜ、アイツ」
「そうか……」
「オッサン、明日花の母親は?」
「……」
顔を下に向き黙り込む幸村……
幸村は、持っていた煙管を口に銜え口を開いた。
「明日花の母親……いや、育て親であった者は、光坂一族で元武田軍の服隊長を務めていた。
名は、光坂紫苑……」
「育て親って、本当の母親じゃねぇのか?」
「明日花は赤ん坊の頃、紫苑が身を置いていた神社の境内の神木の前に捨てられていたんだ。
その時拾ったのが、紫苑と元武田軍の隊長を務めていた男だった。
紫苑は、明日花を自分の子として育てることにした。
そして、明日花が十歳になった時に、紫苑は明日花を連れてこの地へ来た。
だが、紫苑がここで明日花と共に過ごせたのはたったの二年だけだった」
「二年前に、いったい何があったんだ?」
「……
二年前……
用事で、明日花と紫苑は上田に来る前に身を置いていた神社へ行った帰りだった……
何者かの襲撃を受けたんだ。上田に入る前に」
「襲撃?」
「目的は、明日花が首から下げていた勾玉。
紫苑は渡すまいと、必死に明日花を守り攻撃してきた忍集を反撃していった。
ところが、一緒に戦っていた明日花に、追っ手のリーダーが手を掛けようとした時、紫苑は体を張って明日花を守った。だが、その代償に致命傷を負い、そして……
明日花の目の前で、命を落とした」
「……
その追手のリーダーってのが、半蔵だったってことか?」
「おそらくな」
「おそらく?」
「今話したことは、全て儂の推測でしか過ぎん。
詳しく話を聞こうとしたが、紫苑が死んでから三日後……
夜が明ける前、明日花は姿を消した。まだ傷も癒えていないのにだ。
いなくなったことに気付いた儂は、すぐに佐助に上田周辺の森を捜せと命じた。無論信濃の森全体にもだ。
だが、捜索隊を出してから一週間後……
手掛かりは何もなくこれ以上の捜索は困難と判断した儂は、捜索を打ち切った。
しかしまさか、あの日に帰って来るとは思わなかった」
上田が半蔵達の襲撃を受けたあの日……
十蔵の撃ち放った銃弾を合図に、茂みから狐の面を着けた明日花が姿を現し、半蔵に攻撃をした。明日花の攻撃と同時に佐助が放ったクナイが、半蔵が着地した地面に突き刺さり、半蔵はすぐにその攻撃を避け城の塀に乗り、煙幕をまき散らし姿を消した。
帰ってきた明日花の姿に、十蔵と佐助は驚きの顔を隠せないでいた。そんな二人に、明日花は面を外し二人を見つめていた。
「アイツの母親の事を、聞きたいのであれば直接本人に聞いた方が速いかもな」
「聞けねぇ状態だろうが」
「不安なんだろう……」
「?」
「半蔵が現れたことで、自分の怒りが満ち無理をしてまで半蔵を倒した。
だが、その怒りでいつお前等を傷つけてもおかしくない……その恐怖で儂等に近付くことが出来なくなったのだろう……」