大正探偵奇譚 ~あの桜のくものように~   作:高見一樹

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割と異色のクロスかと思いますが、意外と絡ませられる箇所が多い両作品であり、書いてみたくなりました。
楽しんでいただけましたら幸いです。

なお作品タイトルの一部が「さくらの雲」ではなく「桜のくも」になっているのは意図的なものです。


第1話

 大正時代。

 

 300年近く続いた江戸幕府による時代が終わり、新たにはじまった明治時代も終わった時。

 かつてないほどに、この国は変わった。

 西洋文化を取り入れ、政治、軍事、文化といったものは大きく変貌した。

 

 日清、日露の二度の大戦に勝利し、列強の仲間入りを果たした。

 さらには欧州大戦の影響を受け、かつてない好景気に沸き、未来に希望を持つ華やかな時代となっていた。

 

 もっとも、批判的な意見もなくはない。

 長らく続いた自国の誇りや伝統を捨て、西洋の猿真似に走ったなどと揶揄する声も小さくなかった。

 

 華やかな発展にばかり注目が集まり、時代の変化についていけない弱者として貧困層は捨て置かれもしていた。

 海の外で獲得した新たな領地に重点がおかれた結果、東北地方のような田舎などでは開発も遅れ、捨て置かれた。そういった地の人々が顧みられる事になるのはさらに数十年は先の話となる。

 

 当時の段階で、そういった事を危惧する声もなかったわけではない。

 だが、それは確かな成果として生み出される発見と発展の前には些末な少数意見として切り捨てられていた。

 

 

 ――そんな時代に、2020年から風見司がタイムスリップしてきて、一か月ほど経った頃。

 

 怪盗事件に続き、幽霊騒動も解決し、チェリイ探偵事務所に一通りの平穏が取り戻された頃。

 

 現状、至急の依頼はなく、ここ一週間は当初のような平和な時間が続きつつあった。

 

 

「うむ。良きかな……といいたいところだが、少しばかり暇ではあるな」

 

 鹿打ち帽に、インバネスコートを着込んださらりとした金髪を持つ女性。

 1920年という時代を考えれば極めて浮いた存在でありながら、さも当然のように馴染んでいるこのチェリイ探偵事務所の所長がつぶやくように言う。

 

「新らしい依頼も入っていませんからね」

 

 その所長よりも、年下のまだ少年といってもいい年代の探偵の助手服を着こなす青年。

 100年先の未来から、この大正の世にタイムスリップしてきて紆余曲折あって、この探偵事務所で所長の助手を務めることになった風見司が応じる。

 

「どうせなら、またあの怪盗からの予告状でも来ないものか」

 

「所長、不謹慎ですよ」

 

「そうはいうがな、我らの因縁はともかく、犯罪者を野放しにしておくわけにはいかんではないか」

 

「まあ、それはそうですけど」

 

 怪盗などといえば聞こえはいいが、言い方を変えれば不法侵入の窃盗犯だ。

 

「それに、ヤツを捕えれば金一封が手に入る! まさに一挙両得ではないか!」

 

 瞳に\マークを浮かべる所長に苦笑しつつ、司は宥めるように言う。

 

「まあ、その時になったらまた考えましょうよ」

 

「ふむ、そうだな。それにしても司よ。未来では怪盗という存在も絶滅しているのか?」

 

「まあ、正直言って完全にフィクションの存在ですね。いたとしても、愉快犯かただのバカというか。怪盗なんて存在の恰好する事自体が目立ちすぎますし」

 

 まあ、この時代でも目立つかもしれないが、それでも2020年と比べればはるかにマシだ。

 2020年の感覚では、怪盗服などコスプレ会場でもない限り完全に「恥ずかしい恰好」と言われるような存在だ。

 

「そうか、それは残念だ……」

 

 シャーロキアンとしての矜持なのか、ホームズVSルパンの話には否定的だったとはいえ、やはり怪盗という存在に思うところはあるのか。

 未来ではその怪盗が絶滅危惧種という事実に、少し複雑そうだった。

 

「その件は置いておいて、地道に依頼をこなしていきましょうよ」

 

「うむ、事件も怪盗絡みだけというわけではない。どのような難事件であれ、この大正のシャーロック・ホームズである私が、パパっと解決してやろうではないか! 手っ取り早く大金が稼げるものであればなおよしだ」

 

 

 そんな時、こんこんと控えめなノックがされる。

 

 

 不知出遠子。

 かつての「まりも」に関する依頼で司とも知り合った相手だ。

 それ以来、未来人である司や探偵事務所に興味を持ちスポンサーのような間柄となり、この事務所によく遊びにくる相手だ。

 

 大財閥の令嬢とも思えぬフットワークの軽さをよく見せる。

 それでも優雅に一礼してみせる。

 

「失礼しますわ」

 

「あ、どうもいらっしゃい。今日はどういったご用件で?」

 

 最初こそ依頼で訪れたものの、それ以降はよく遊びにきていたので今回もそれかと思われたのだが、どうやら違うようだった。

 

「今日は依頼をもってきましたわ」

 

「依頼? それは別に構わないが、依頼内容は何だ?」

 

「それはコレですわ!」

 

 どん、と持ってきた風呂敷を紐解いてみせる。

 

「野球人形コンテストで、優勝していただきたいのです!」

 

「野球人形?」

 

 怪訝そうな顔をする所長に、風呂敷に包まれたものの中身を遠子は見せてくる。

 

「それは、これですわ!」

 

 そういって、中から現れたそれはデフォルメ化された人形――のようなものだった。

 

「これは何だ? 人形、か?」

 

「人形は人形でもただの人形ではありませんわ」

 

 ふふん、と胸を張って遠子は言う。

 

「これは、何とあの野球人形ですわ!」

 

「野球」

 

「人形……?」

 

 二人で言葉をつなぐように、その言葉を復唱する。

 

「野球というと、最近よく聞くのアレのことか」

 

「あ、所長は野球自体は知っているんですか。日本じゃともかく、イギリスじゃこの時代でも知名度は低いと思っていましたけど」

 

 日本やアメリカではともかくイギリスでは、この時代も100年先もさほど流行らないので意外な気がした。

 だが、所長のように日本に長らく滞在していればこの時代でも存在くらいは認識しているだろう。

 

「まあな。祖国ではほぼ聞かないが。それより、その口ぶりからすると未来では今以上に日本では流行るのか?」

 

「ええ、まあ。それより、この時代でも野球自体はちゃんとあるんですよね?」

 

 といっても、2020年とは認知度は天地の差だろう。

 ほとんどの人間が体育の授業や遊びでプレイした事のあるような時代とは、事情が違う。

 

「そうだ、明治の世では野球害悪論などといったものが出たこともあるが、今ではだいぶそれも薄れてきて、むしろ推奨すらされていきている」

 

「そうなんですか」

 

 この時代、野球というスポーツの認知度は急速に高まっていた。

 とはいえ、この時代でも人気が出てきたといっても、それは学生野球として。

 50年ほど前――ではなく、50年ほど後の世であっても職業野球の地位は低く、一生の仕事と見做されない時代が続いていた。

 

「しかし、その口ぶりからすると野球は未来では人気があるようだな」

 

「ええ、有名ですよ。プロ野球はもちろん、甲子園大会とかも日本中で注目が集まる大会ですし」

 

「甲子園?」

 

 だが、甲子園と聞きなれぬ言葉に3人は首をかしげている。

 

「……えっと、そういえば甲子園自体がこの時代ではまだないんでしたっけ」

 

 甲子園大会。

 あるいは、高校野球大会などと称される、夏の風物詩ともいえる日本国民にとっての一大イベント。

 

 大正4年、西暦では1915年からはじまったこの大会の事だが、100年後にはこの呼び方だけで十分に伝わる。

 だが、1920年の時代には、このような呼び方どころか、甲子園球場自体が存在しておらず、この時期は鳴尾球場で行われていた。

 

 さらににいうならば、厳密には『高校』野球大会ですらない。

 

 正式には全国中等学校優勝野球大会である。

 中等学校といっても、後の世で義務教育の範疇として誰も通うものと違い、いわゆる旧制中学と呼ばれるものだ。

 そして、これまた当時『高校』と呼ばれるのは、旧制高校。

 後の世の大半の日本国民が通っているものとは違い、数も少ない。ごく一部のエリートのみ。当然、全国野球大会など開けるだけの数がなかった。大学に至っては、さらに狭き門となる。

 

 職業野球と呼ばれるものも、この時点で何度かできては消滅してを繰り返しており、まるで軌道に乗れていない。

 後の世の日本で国民的な興行となるプロ野球が生まれるのは、まだ暫く先の話である。

 

 そういった事情はともかく、まだまだ『野球』というスポーツは黎明期といえる時代であり、緩やかながらも知名度を上げていっていた。

 

「こほん、未来の話は興味深いのですが、それよりもそろそろ話を戻してもよろしいでしょうか?」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 確かに脱線しすぎたことを感じ、司は謝罪する。

 

「それでとにかく、今はこの野球人形ですわ」

 

「……ふむ。それでこれはその野球をするカラクリなのか?」

 

「えっと。その野球人形というのは俺もよく知らないのでわかりませんが」

 

「すると、100年後には存在しなくなっているのか」

 

「……そうですね」

 

 あるいは、何らかの要因で本来は存在しえないものができてしまっているのか。

 既にイレギュラーな存在は確認されているため、悩む司をよそに、説明は続く。

 

「これは野球をするおーとまんの一種ですわ。まあ、部品は買って来て組み立てるだけなんですけど」

 

 ユニフォームを着たデフォルトの野球選手といった外観のそれを見せてくる。

 

「その野球人形とやらのコンテストで優勝してほしいというわけか」

 

「何か問題でも?」

 

「ああ。その野球人形とやらが凄いのはわかったが、どう考えても探偵の仕事

ではないだろう」

 

 と野球や野球人形に対して興味こそ見せたものの、仕事を引き受ける事には所長は難色を示す。

 

「所長、引き受けないんですか?」

 

「うむ。遠子嬢には悪いが、あまりに関係のない事で報酬を受け取るような真似は、この大正のシャーロック・ホームズたる私の矜持が許さん」

 

 そういって、鹿打ち帽に手をやり答えた所長に――、

 

「あ、言い忘れておりましたが報酬とは別に野球人形の賞金はそのまま進呈しますわ。仮に一等だったとしても、その賞金8000円はそっくり探偵さんに」

 

 

「その依頼、引き受けた!」

 

 

 どうやら大正のシャーロック・ホームズの矜持が許したようだ。

 

「ええ……」

 

 何となく予想はしていたが、あっさりと変心したようだった。

 

(いや、でも8000円っていえば、この時代の価値だと億とまではいかなくても、数千万にはなるしなあ)

 

 所長のようなお金大好き人間でなくても、心が動かされる金額かもしれない。

 

「はは、行くぞ司! 我らの手にかかれば、野球人形コンテストとやらも優勝間違いなしだ!」

 

「もう、またすぐ調子にのって」

 

 そんな風に呆れながらも、この人との関係が決して不快ではなく、むしろ心地よいものである事を感じてもいた。

 

 野球人形からはじまる、1920年の物語がはじまろうとしていた。




この時代の1円の価値に関しては、諸説ありますがこの作品では両原作通りに1円=5000円相当のつもりで書いております。
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