大正探偵奇譚 ~あの桜のくものように~   作:高見一樹

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間が空いてしまいましたが第2話になります。
あらすじにあるようにパワポケサイドは7裏がベースですが、本編要素がかなり絡みます。
今回出てくる彼女も思いっきり表サクセスの要素が絡んできます。



第2話

 東京駅――。

 外観に関しては、100年後でも有名なそこに、再び二人は訪れていた。

 

「さて、話によれば、駅の露店でも野球人形のパーツは売っているようだが……」

 

「たまに掘り出し物もあるって話でしたね」

 

「うむ。できれば、安く抑えたいところなのだが」

 

「お金をかけなれば、良いパーツは手に入りませんよ」

 

 

 

 そんな中――。

 

 

「金持ちだけに、政治のやり取りを任せるな!」

 

「政府は、我々の声を無視するな!」

 

「男女平等に選挙権を!」

 

「善良な一般市民にも平等な権利を!」

 

 そんな声が、不意に聞こえてくる。

 

「まったく、またか。ああいった主張を完全には否定せんが、肝心の善良な一般市民とやらにも迷惑をかけてしまっていては本末転倒ではないか」

 

 どこか呆れたような色を含めた所長の声が出てくる。

 その言葉が示すように、駅にいる一般人たちもどこか辟易した様子で一団の様子を眺めている。

 

「えっと、あれって確か以前にも駅に来た時にも見た」

 

「そうだ。普選のデモだな」

 

 普通選挙法。

 これより、このままの歴史ならば5年後に制定される事になる。

 満25歳以上の男子全ての日本国民に選挙権を与えられるというもの。ちなみに、この『日本国民』には統治下にある朝鮮や台湾に籍を持っていても、内地に居住している者も含まれる。

 同時期に治安維持法も制定されることになる。

 

 こういった活動は、よくも悪くもこの時代を象徴するであり以前にも、似たような騒ぎがあった。

 そういった類の集団だろうか――とよく見ると、その集団に一人の女性が取り囲まれている。

 

「えっと、あっちは何でしょうか」

 

「やれやれ。今度は何をしているんだ?」

 

 異様な熱気を持つ一団に所長も辟易した様子だ。

 

「誰か取り囲まれていますね」

 

「そのようだな。 ……む、あれは」

 

 その女性の顔を見て、所長は気づいたように呟く。

 

「知っている人ですか?」

 

「ああ。彼女は神条紫杏――有名人だ。最近、急速に名が知られてきている津波商事という会社の社長だ」

 

「津波商事?」

 

「そうだ。つい先月ぐらいにも、丸の内に大きな本社ビルができてな」

 

「……あの人はそこの社長さんなんですか?」

 

「そうだ。新聞などでも何度か取り上げられている」

 

「へえ……」

 

 なにせ『職業婦人』などという言葉が存在するこの時代で、会社勤めどころか社長。

 極めて珍しいといえるだろう。

 

 女性でありながら――という言葉はある意味差別的だが、いずれにせよこの時代ではレア中のレアといって存在だ。

 

「その社長さん、何か囲まれてますね」

 

「ああ。まあ、こんな駅の中で暴力沙汰にまでなるとは思えんが……」

 

「ちょっと近づいてみましょうか」

 

 二人が近づいていくと、やがて声がはっきりと聞こえるようになってきた。

 

 取り囲んでいるのは多人数だが、実際に話しているのは市民団体の幹部格の数人のようだ。

 

「とにかく神条女史、貴女もそうは思いませんか!」

 

 そんな中、市民団体のリーダー格と思える男性が女性――神条紫杏に詰め寄っている。

 

「……」

 

 紫杏は、先ほどから、派手に騒ぐ背後の声に消され気味でもあったが、それでも最後までその主張を聞き届けたらしく、暫くしてから言った。

 

「なるほど。キミ達の主張は分かった」

 

 凛とした声が響く。

 決して声を荒げているわけではないが、聞かずにはいられない。

 そんな静かな威厳に満ちた声だった。

 

「つまり、現状では金持ちの男性しか選挙権がなく、政治に携わる事ができない。不平等であり、全ての日本国民に選挙権を与えるべきだと」

 

「そうです! それこそが、正しく、平等な政治の在り方であり我々は――」

 

「ふむ」

 

 リーダー格がさらに主張を続けるのを遮るように一つ頷いてから、紫杏は言葉を続ける。

 

「キミらのその主張――」

 

 いつしか、紫杏の周囲の市民たちは静まっており、紫杏の唇が次の言葉を紡ぐのを待っている。

 

「論外だ」

 

 そんな市民団体に、紫杏は平然としたままの表情で眉一つ動かさないまま告げる。

 

「政治に携わるというのは、決して生半可な知識や覚悟でできるものではない。そもそも、女性が相応の『知識』を学ぶ機会すらない。そんな状態で権利だけ与えられても、口だけがうまい輩に利用されるのが目に見えている」

 

「ですが、神条社長。今の時代、職業婦人は増えておりますし、あなた自体、そこらの男に負けないだけの成功をしているではないですか! そのあなたが、女の権利を否定するのですか!」

 

 興奮した様子のリーダー格に紫杏は呆れたように返す。

 

「例外はあくまで例外だ。私のようなケースなど、あくまで極少数にすぎん。それを基準に全ての女性を当てはめて考えようなど、愚かとしか言いようがない。残念ながら、現状で我が国のほとんどの女性は政治の知識どころか関心すらないというのが現実だ」

 

「で、ですが……」

 

「男女を平等にしての政治への参加を考えるのであれば、むしろその前に教育機関の方から手をつけるべきだな。現状の教育制度であれば、政治の事を理解できるだけの智慧を身に着ける事もできん」

 

 そう言ってからさらに続ける。

 

「そして、それは女に限った話ではない。男にしても、全ての層に未だ十分な知識を学べる機会ができているとはいいがたい状況だ。金持ちと呼ばれる層ぐらいしか、まともな政治を持ち合わせていないというのが現状だ。我が国には男女の同権だけでなく、普通選挙などというもの自体が施行するのは早すぎると考えている」

 

「で、では。貴女はこのままではいいと! 平等な選挙と政治を実行するために」

 

「現状こそが最善などというつもりはない。だが、少なくともキミ達のような輩に政治家を選ぶ事を任せる方がはるかに恐ろしい」

 

 淡々と言葉を紡ぎ出す紫杏の視線に、侮蔑の色が混じったように感じる。

 その事を感じ取ったのか、これまでの傍観に徹していた者達も色めき立つ。

 

「何だと!」

 

 さすがにリーダー格は冷静さを残しているようだが、周囲の血の気の多そうな者が数人か前に出てくる。

 

「我々の活動を侮辱するか!」

 

「今の言葉、撤回していただこう!」

 

 さすがに暴力沙汰にこそ発展しないものの、集団は声を張り上げ、距離を近づけてきている。

 そんな状態でありながらも、紫杏は平然としたまま、侮蔑の言葉を投げかける。

 

「やはり、愚かとしかいいようがないな。こんなところで無駄に体力を使うぐらいならば、地道に日銭でも稼いでいた方がいいのではなのか」

 

「何だと! 我々を愚弄する気かっ」

 

 挑発ともいえる紫杏の言葉に、血の気の多そうなものが一人、近づいて紫杏の胸倉をつかむ。

 

「貴様もやはり、権力のイヌか! 今の地位をつかむために、その魂を上に売り払いでもしたか!」

 

「ちょっと、落ち着いてください」

 

 さすがに暴力沙汰にまで発展してはまずかろうと、司は止めようとするが、さらに人の壁ができてそれを防ぐ。

 

「黙れ! 我らは神条女史と話しているのだ!」

 

「関係のない者は引っ込んでいてもらおう!」

 

 口々にそう言ってくる。

 明らかに興奮状態だ。

 

(さすがにまずいな)

 

 一人二人ならばともかく、こうも大勢では分が悪い。

 ましてや、こんな風に頭に血を昇らせた状態では、まともな判断能力は期待できない。

 いや、それでも、一人二人を無力化すれば冷静さを取り戻してくれるか――、

 そんな風に物騒な方向に思考が行き始めた時。

 

 

「――待てや、お前ら」

 

 

 不意に現れた男に、リーダー格や、他の幹部たちも驚いたように振りかえる。

 

「真賀津さん!」

 

「全く、ちょっと目を離しているうちに何しとんのや」

 

 呆れたように男――真賀津が近づいてくる。

 

「やめとけや、お前ら。そんな風に話に応じんかったら力づくで何とかしようやなんてて、それこそ憲兵連中と変わらんで」

 

「で、ですが……」

 

 先ほど殴りかかった市民が反論しかけるが、さすがに分が悪いと判断したのか、先ほどのような言葉は出てこない。

 

「それよりや、さっき駅員が憲兵呼びに言っとんのが見えたで。今日のところは、とっとと退散した方がえんちゃうか?」

 

 憲兵、という言葉に市民たちもびくりと反応する。

 

「な!? ……わかりました、それでは」

 

 その言葉にリーダー格も幹部たちもそそくさと、この場から散開していく。まとまって帰ろうとしないのは、いっせいに捕縛されたりしないためだろうか。

 

 あれほどいた市民たちの姿が完全に、消え失せていた。

 最後に残った男――真賀津も去ろうとする中、一度だけ足を止めて言った。

 

「すまんな。迷惑かけたわアンタら。連中も活動に熱心すぎるだけなんや。根は悪い奴らやないんや」

 

「……だが、歴史上、悪の独裁者などと呼ばれるような輩に尖兵として使われるのはそういった連中だ」

 

 真賀津の言葉に、辛辣な返しをしたのは紫杏だった。

 さきほどまで、暴徒と化しつつあった一団に囲まれていたというのに、恐れなどは微塵も抱いていない様子だった。

 

「根は悪くない、など言い訳にはならんさ。被害を受けた者たちからすればな」

 

「まったく、嫌なとこついてくるなアンタも」

 

 その言葉に不快そうにするも、先ほどの男たちのように激昂する様子はない。

 じゃあな、とだけ言い残し、片手を振って退散していった。

 

 あれほどいた人達もいなくなり、3人のみが残される

 

「さて、先ほどは助かった。一応、礼は言っておこう」

 

 そんな中、紫杏が先ほどと同様に落ち着いた様子で言った。

 

「正直、俺達がいなくても何とかしたような気がしますがね」

 

 別段、武に優れているようには見えないが、さきほどの市民団体よりもはるかに威厳がある。

 王者のカリスマ、ともいうべきものがこの女性には確かにあった。

 

「いや、構わんさ。切り抜ける手段はいくつか考えていたが、キミ達が来たおかげで余計な手間が省けたのは事実だからな」

 

 必要以上に媚びず、かといって礼を失する事もない様子でそう返す。

 

「それよりも、キミが持っているそれは野球人形か」

 

「はい、そうですけど」

 

 やっぱり割と知名度は高いのだろうか――と司が考えたが、紫杏の反応は少し違った。

 

「野球――か」

 

「どうかしましたか?」

 

「何。少しばかり、野球というものに思い入れがあるだけだ」

 

 気にするな、と言わんばかりの様子だ。

 それだけに、追求しずらい。

 

 そんな中、紫杏は服装を整えてから、話を打ち切る。

 

「では私も失礼するとしよう。ああいった輩に絡まれたとしられれば、護衛をつけろと部下にうるさく言われてかなわん」

 

 それだけを言い残し、紫杏はこの場から立ち去って行ったのだった。

 

 

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