大正探偵奇譚 ~あの桜のくものように~   作:高見一樹

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第4話

 桜の木の下。

 かつて司が、1920年に来た時、最初にいた場所だ。

 司はこの場所を再び訪れていた。

 

 そして、所長と会った場所でもある同時に。

 

「――アララギ、いるんだろう?」

 

 彼女と同様に、ここではじめてあった少女の名前を呼んだ。

 

「ご機嫌よう」

 

 不意に、上の方から声がする。

 先程、誰もいなかったはずの空間からだ。

 

 軍服姿の少女――アララギ。

 

「あら名探偵、久しぶり――でもないわね」

 

 彼女はどういうわけだが、こうして出てきて欲しい時には出てくる。

 不思議といえば不思議だが――もうそういう存在だと割り切るようにしていた。

 

「今日は君に聞きたいことがあった」

 

「何かしら」

 

 彼女は、嘘はつかない。

 だが、決して全てを語ろうとはしない存在だ。

 それでも、敵ではない。「どちらかといえば」という前置きをつけながらも味方だと答えた存在だ。

 

「この世界は100年前の世界、でいいんだよな」

 

「あら、どうしたのかしら。いきなりそんな根本的な事を聞きたがるなんて」

 

「いいから答えてくれ、アララギ。この世界は確かに俺が知っている大正時代に見える。けど、明らかに俺の知る常識とは違うものもあるように思えるんだ」

 

「後世に伝わるのが全てそのままとは限らないわ。都合が悪いからと、存在を抹消されてしまったものや、誰の記憶にも残らずに消えてしまった寂しいものだってあるはずじゃない」

 

「それはそうだろうけど、俺の言いたいのはそういったものとは違う」

 

 野球人形などというものが、自分の知る後世には――2020年には残っていない。

 野球という球技そのものが、完全に消滅したというのであれば、まだわかる。

 だが、日本人が代表的なスポーツと聞かれれば思いつくのはサッカーと並んで野球だ。

 そんな野球をする人形が大正時代に存在していて、後世では存在ごと抹消されたか、記憶から消えたとしたらやはりおかしい。

 もしかしたら、一過性のブームに過ぎなかったのかもしれないにせよ、やはり妙だった。

 

「もしかしたら、何かもっと異物がこの世界には入ってきてるんじゃないか?」

 

「ずいぶんと漠然としたいい方ね」

 

 そんな司の問いにもアララギは冷静に応じる。

 

「前にもいったけど、そういった曖昧な質問には答えられないわ」

 

「……そうか」

 

 何となく分かっていたが、彼女に質問をしたいのであれば、もっと限定的なものにするべきだった。

 

「じゃあ、質問の形を変えるよ。俺以外の――いや、俺を含めた存在が、歴史に影響を与えているのか?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 その質問にアララギは、今度は明確にイエスと答えた。

 

「どんな存在だとしても、間違いなく歴史への影響はゼロにならない。本来、いない者がいれば何らかの形で影響を与えるわ。本人が望む望まないに関わらずね」

 

「……」

 

「それじゃあ、仮に未来から来た誰かがその日、意図しない形で歴史を歪めてしまうこともありえるのか?」

 

「変わらない」

 

 その質問にもやはり、はっきりとアララギは応える。

 

「え?」

 

「結局は、大して変わらないと言ったのよ」

 

 アララギの言葉は普段通りのまま、淡々と続ける。

 

「歴史は変更を嫌うの。多少、おかしなことがあっても結局のところ、元の歴史に収束してしまう。例えば、歴史に名を残す有名な政治家を暗殺するとかね。仮に、この時代で有名な政治家、あるいは軍人などを暗殺されたとしても、結局他の誰かが似た役割に当てはめられるの」

 

「……」

 

「どうかした?」

 

「それじゃあ、以前の後藤氏の暗殺未遂はどうなるんだ? もし未来人の仕業だとしても何の意味がないじゃないか」

 

 史実では起きなかった歴史上の有名人物の殺害未遂。

 あれが未来人による介入だとするのであれば、何の意味がないことをしたことになる。

 

「それとも、あれは意味がある暗殺計画だったっていうのか?」

 

「どうかしらね」

 

 ふふ、とアララギははぐらかす。

 彼女は元々、嘘はつかないし質問にも答えるが決定的な言葉は絶対に言わない。

 

「ただ、基本的には歴史の修正が働くといっても、絶対ではない。例えば、人間の身体で例えるとわかりやすいんじゃない? かすり傷程度なら、勝手に元通りに自然に治してくれるけど、大量の出血を受ければそうはならない。あるいは、大した力でなくても脳や心臓みたいな重要な場所に衝撃を受ければ、それが小さなものであったとしても致命的になるわ」

 

「それじゃあ、やっぱり後藤氏殺害未遂はその致命傷になる改変だったと?」

 

「それだけじゃないかもしれないわよ?」

 

「え?」

 

 アララギは表情を変えないまま続ける。

 

「案外、ほかにも改変されたところはあるかもしれないわ」

 

「何だって?」

 

 これまでこの大正の時代に生きてきて、先程の話に出た野球人形のようなイレギュラーはあれども、大体な歴史や出来事は史実通りだと思っていた。

 だが、見落としていた改変要素があるというのだろうか。

 

「でも、これだけは言っておくわ。歴史はそう簡単に変わらない。さきほどの例えのように大抵のことは、ただのかすり傷で終わる。いえ、かすり傷にしようと無意識のうちにしてしまうのね。人間が頭から転ぼうとした時に咄嗟に、手でかばおうとするように」

 

 そう言ってアララギは小さな手を動かし、転ぶような様子を見せる。

 そして、そのまま手をぺたんと地面につけた。かわいらしい仕草といえるが、それを微笑ましく思えるような状況でもない。

 

「君は人間じゃないんじゃなかったか?」

 

「ふふ、そうね」

 

 アララギはそう言って、冗談めいた返しをしてから「それでも」と続ける。

 

「これも絶対的なものというわけではないの。どうあっても、取り返しのつかない失敗というのもあるし、念入りに。とてもとても念入りにしていけば歴史の改編は不可能ではないわ」

 

「そうでなければ、歪みを正せ、何て君は言わないものな」

 

「そういう事ね」

 

 司の言葉にアララギも頷く。

 

「じゃあ、質問を変えさせてもらうよ」

 

「どうぞ」

 

「仮にの話として、既に歴史は変わってしまっているとした場合、君は本来の歴史を把握できるのか?」

 

「答えられない」

 

 アララギの答えは明快。

 だがそれは、何となく予想の範疇でもあった。

 けど、とアララギはその小さな唇を動かす。

 

「仮にの話として言っておくと私が『本来の』歴史なんてものを知っているとして、私が生み出される前の時点で歴史の改編があったのかもしれない。あなたはあなたの知る『正しい歴史』を正史だと考えるべきじゃない?」

 

「……そうだよな」

 

 少し間があってから司は答える。

 

「とにかく、今の俺が知る未来(現在)の歴史から外れるようなことが歪みだと考えていいんだよな?」

 

「そうね。そして、それらは複数の箇所で今も生まれているわ」

 

「わかった。とにかく、今の立場でできる事をしてみるよ」

 

「ええ。それで質問は、それだけ?」

 

「今のところは」

 

 その言葉で、話が終了したことを了解したのかアララギは浮き上がる。

 

「近いうちに、私からも用があるわ」

 

「近いうち?」

 

 その表現に司も怪訝に思う。

 

「この場じゃダメなのか?」

 

「ええ。もう少し準備がいるの。その時は貴方に見てもらいたいものがあるの、名探偵」

 

 それだけを言い残すと、再び溶けるように消えた。

 後には、何事もなかったかのように、100年先の未来も佇む桜の木がただあるのみ。

 

 タイムスリップという、超常の力を経験してもなお、信じがたいこの世のものならざる光景といえよう。

 

「今の歴史、か……」

 

 アララギのいなくなったその場で、司は一つ呟き、目を瞑る。

 そこには、一つのある未来(過去)の光景が過る。

 

 紛れもなく、過去()の世界が目の前に映っている映っている事を確認してから、歩き出すのだった。

 

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