安らぎは一瞬で駆け抜けていくものだが、それが残した物は永遠に心に残る
それこそが…思い出
それは…まだ桜が咲くには少し早い時期だった。少し雲がかった晴天の中、15人のウマ娘がターフを掛ける。
最後の直線、逃げてた娘は落ちてゆき、代わりと言わんばかりに別の娘が追込み差して行く。皆がもつれ、団子の様になった群れがゴール板を通り過ぎる。
「くっ…」
僅かな差だった。よく差していた。それでも相手が1枚上手だった。手すりを強く殴る。
悔しがるのはこれキリだ。あの子こそ…1番悔しいはずだから。俺は彼女を迎えるべき立場なのだから。そう思い観客の波を掻き分けて地下道へ走った。
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夜…。とある事情から学園が予約していたモノとは別のホテルを『自腹で』予約していた為そこに向かう。俺の隣には彼女…俺の担当、エイシンフラッシュが共に歩いていた。
「何度も言うけどさ…お疲れ様、フラッシュ。ナイスランだったよ」
「ありがとうございます。勝利まで届きませんでしたが…満足の行く走りだったと自負しています」
「そっか、なら良かったよ」
この子は本当に強い。負けても悔しさを抱えつつ、それでも真っ直ぐ前を向ける。その強さがこそ、去年の冬からの完全復活の最大の要因だろう。
凄まじい音を立て、一陣の春風が俺たちの間を通り抜ける。わずかな枯葉を巻き込み去っていくそれは、春の訪れを感じさせた。
「ふぅ…じゃ、今日頑張ったし!明日は予定通りしっかり遊ぼう!」
「はい。貴方とのデート、しっかり予定に記載してあります」
風を見送るとお互いの顔を見合う。俺がクシャッとした笑顔を送ると、フラッシュも柔らかな微笑みを返してくれた。そのまま手を取りホテルまでの道を往く。ギラギラ輝く大阪の街の一角に、俺たちは消えていった。
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翌朝、冬の名残か少し痛さを感じる空気の中フラッシュと共にホテルを後にする。
日本三大都市らしく、朝から人や車の往来が耐えない。スーツをまとい社会を動かす一員(小さなアリ)として生きる姿は、ヒトもウマ娘も変わらない。東京で見た景色と何ら変わりない姿を目にし、ふとそう感じた。
そんな雑踏に紛れつつ駅への道を歩く。横に歩くフラッシュの手をギュッと握りながら。
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凍える空気に触発され、緊張気味だった朝も日差しが出てくればかなり和らぐ。未だバスロータリーにて外気に晒されてるとはいえ、湿気と熱を帯びた空気に触れれば不思議と心が楽になる。
ずっと立っているのもどこか疲れる為、コンビニで買った菓子パンを取り出し貪ろうとするとフラッシュから制止された。
「トレーナーさん!立ちながらの食事は感心できませんよ」
「うっ……すまん」
「バスの到着まであと15分32秒あります。そう長くは無い時間ですから、ゆっくり待ちましょう」
肩を竦め菓子パンをビニール袋に戻す。フラッシュらしいというかなんと言うか…。まぁ、そんな姿を俺は好ましく思っている。
とにかく今は切り替えて、この先の予定を楽しむ為にフラッシュに話題を振るのだった。
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バスで走る事2時間半…。大阪の街を離れ俺たちは今回の目的地、名古屋に到着した。
「ん〜長かったぁ〜」
大きく伸びをする。長い間バスで同じ姿勢だった体をほぐしてやり、血行を良くすれば自然と体が軽くなる。
それはフラッシュも同じだったようで、いつものジャケットが少し浮かび上がり内側が見えるまで伸びをしていた。
「現時刻は10:32…。多少押していますが、概ね予定通りです」
「おっけい。あ、も少し移動するけど、大丈夫?」
「はい。体こそ堅くなってしまいましたが、バス内にて十分なエネルギー補給と休息は確保しました」
優しく気高い笑顔を受け頷く。流石はフラッシュと言ったところか。
そして俺たちは地下鉄へ進む。
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はい!ということでここまで長々と道のり辿ってきましたけどね…今回の目的地に到着しました!いえーい!
「わぁ…」
どちらか判別つかない感嘆の声が漏れる。
地下鉄の駅から地上に顔を覗かせれば、そこには青々とした港の空気と水族館らしいポップさを兼ね備えた街並みが形成されていた。
そう、今回俺たちが来たのはここ、名古屋港水族館。今日は大阪杯を終えたら行こうと兼ねてから計画を立てていたデートだ。その為にわざわざ学園の直帰便に巻き込まれない別のホテルを自腹で予約したのだ。
「初めて来た」
「私もです」
2人とも目を輝かせ、ただ純粋に楽しむ気持ちでこの場に立つ。水族館なんて何年ぶりだろうか。
人の流れに沿ってスイスイと進み入場する。館内にはまだ水族館特有の獣らしさの強い磯臭さはなく、ダークで神秘的な雰囲気だった。
「でっけぇ〜」
初めに現れたのは海のギャング様、シャチ。黒と白の壮大な出で立ちと泳ぎ様に目が圧倒される。
黒と…白…。まるでフラッシュの勝負服みたいだな!
「フラッシュの勝負服みたい」
「!?…もう、私ばかりではなく、しっかりKillerwalを見てください」
照れ混じりの上目遣いで非難を送る彼女の手を、優しく握る。
「見たよ。見た上で、君の方が勝ったのさ」
「もう…」
雪に食紅を垂らすように、白い柔肌が赤みがかる。自分自身、そんなに意識してないがついついこうして照れさせてしまう。何が良くないのか、いつも不思議で仕方がない。
イルカ…ベルーガ…いや哺乳類しかねぇな。そんな哺乳類ゾーンを歩いていると何やら詳しい解説が書かれたボードがあるゾーンに辿り着いた。
この辺りに出現するイルカの仲間についての解説や、海洋に住む哺乳類の進化経路などかなり詳しく書かれており、フラッシュと一緒にじっくりと読み込んでしまった。
「ほーん、クジラにも大きく2種類ある訳か…初めて知った」
「懐かしい…Kielの街でも似たような展示を見ました。当時は幼く書いてある内容がさっぱりですが…今こうして見るととても興味深いですね」
「だな。水族館ってか博物館ってか…そういうとこは大人も子供も色んな楽しみ方が出来ていいな」
そのままいい感じに過ごしているとイルカショーの時間が近づいてきた。イルカショーは元々フラッシュお手製の予定に組み込んでいたため迅速に行動でき、席を確保が容易に済んだ。
ショーを直前に、イルカたちが余興をしてくれた。惚れ惚れする速さで水中を駆け回る彼らに思わず目が輝く。そうして少し興奮していると、フラッシュからツッコまれてしまった。
「トレーナーさん、そんなにイルカが好きなのですか?」
「ん〜イルカが、ってよりかは…イルカが泳いでる姿が、かな。ほら、速いじゃん」
「え、えぇ…。えっと…つまり、速いのが好き、だと?」
「そうなるね。速さはロマン!スピードこそ命!ってとこかな。もちろん、君の速さも大好きだよ」
「///」
ウマ娘トレーナーなら共感してくれる人は多いだろう。趣味までそういう領域に達してくるのだ。究極の職業病とも言えるかもしれない。
とにかく速さを追い求めるアホタレが生まれてくるのだ。俺なんてまだ健全さ。トレーナーの中には年末年始に高速道路に行ってそのまましばらく帰ってこない奴だっている。何をするかって?まぁ……その…道交法スレスレの行いというか…教育者として感心できない行動というか…。
「あ、そろそろ始まりますよ」
そんなこんなでイルカショースタートだ。始まると早速解説のお兄さんが前に出てきて、イルカたちについて興味深い解説をしてくれた。
結構色々話してくれた。のだが…俺は序盤に触れられたイルカの種類の見分け方を聞いてからどの子がどの種類かを判別するのに夢中になってしまった。
白い種類がカマイルカ、黒い種類がバンドウイルカらしい。
「へぇ〜。イルカにも毛があるんですね」
「えっそうなの!?」
「今スタッフの方がそう言ってましたよ…」
フラッシュちゃんと聞いてた。偉い。
______
イルカショーを終えたら別館に移る。先程は哺乳類ばかりだったが、今度はちゃんとした魚類がたくさんいた。
壮大なイワシの群れ。身近な所に住む小さな命たち。まだ人類が到達出来ていない未知の海底。暖かさ溢れる南国。凍える極地。世界のありとあらゆる海の生き物たちを見られた。
そして最後の最後。触れ合いコーナーに来た。
「見て見てフラッシュ!ヒトデ!ヒトデだよ!」
「えぇ…あれを触るんですか…?」
興奮した様子で語る俺。片やうねうね動く珍獣を前に少し引いた様子のフラッシュ。まるで対照的だった。
触れ合いコーナー。そこに住む生き物はヒトデやヤドカリ、ナマコといった海水浴でお目見えするであろう面々。夏合宿で見たでしょと言いくるめ、手を繋いだまま一緒に手を入れた。
「ひゃっ///」
最初に触れたのはナマコだった。ぶにぶにとした感触にゾワゾワしたのか、フラッシュから可愛い声があがる。しかし少し触っていると癖になったのか幾分か気持ちよさそうに触るようになった。
しばらくそうしていると、俺の指に強烈な痛みが来た。
「イタァイ!」
「プッ…」
情けない悲鳴をフラッシュに笑われてしまった…。はずかしい。
「びっくりした〜。ヤドカリか」
「みたいですね。…ふふっ」
「も〜…いつまでも笑わないでよ」
「でっ…ですが…。ふふっ」
______
水族館を一通り回り、最後にお土産を購入した。買ったものは色違いのお揃いぬいぐるみだ。
そして来た道を帰りいつの間にか名古屋駅前。駅前の煌びやかなビルの光の中、夕食を求めて足を進める。行く店はもちろん、フラッシュと先に決めていた。
「どう?予定通りに進んでる?」
「はい。時刻も、内容も、完璧なスケジュール通りに」
「そっか。よかった」
時刻は19:34。予定通りなら、あと3分で到着しますよ。
俺は天使のラッパの音が分かるかもしれない。きっと、フラッシュの声のような優しく心落ち着くものなのだろう。そう思わせる程、彼女の声は心地がいい。
「到着しました」
「おっ、ここか」
都会らしい狭い敷地に堂々と立っている風格が立派だ。焦げ茶色の古びた木材で立てられ、紺色の暖簾を掲げたその店はこの時間帯にしては全くと言っていいほど混んでなく、本当にここであっているのかと疑いたくなる。
だがここで足踏みしてる方が変だ。意を決して暖簾を潜ればそこにはいい意味で古風な、まさに昭和な内装が広がっていた。
空いてる席に座りメニュー表を広げる。そこに書かれていたのは店の雰囲気とは真逆のちょっとひねくれた洋食の数々だった。
「これが噂のあんかけスパゲティ…」
「昔からあるらしいけどね…」
メニュー表にデカデカと書かれたあんかけスパゲティの文字。余程自信の品らしい。
前情報を仕入れてここに来た訳だが、いざ見るとやっぱり驚く。何せ俺たちがよく知るあんかけ料理、あんかけ焼きそばとは似ても似つかない見た目をしているのだから。
「じゃあ…これでいい?」
「はい」
「すみませーん!あんかけスパゲティ大盛り1人前、並盛1人前お願いしまーす!」
「あいよ!」
______
注文後10分足らずで料理が運ばれてきた。底が見えない位深く濃い赤色の海の上に、光沢を放つパスタが山を成す。そして具材としてキャベツやウインナーが乗っかり…これナポリタンと同じだな。
「わぁお…」
感嘆の声。フラッシュは息を飲む音。初めて食べる料理を前に体が少し固まる。
期待と緊張、その両方が織り成すドキドキワクワクを楽しみながら最初の1口。ソースもといあんを絡めた一巻きを同時に頬張る。
「ん…おいしい」
「だね!」
1口味わえば口の中に広がるのはケチャップソースの味。ナポリタンじゃん!
とはいえナポリタンと違ってあんが程よく絡みのどごしが抜群にいい。俺は一瞬であんかけスパゲティの虜になってしまった。
それはフラッシュも同じなようで、気品ある食べ方はそのまま、少し焦った様子で次の1口に移っている。ほんの少し、ほんの少しの分かりにくい動作ではあるが。
「ん、これ鶏ガラか?あんかけらしく中華風味なんだ」
「確かに感じますね。にしても…これがあんかけなんですね。初めて食べました」
「初めてなんだ。あんかけ焼きそばとかも寮で出ないの?」
「ソースか塩ばかりですね。なるほど、焼きそばにもあんかけがあるんですね」
「このあんとは違うけどね」
そんな他愛もない事を話しているとあっという間に食べ終わってしまった。
会計を終え外に出るともう真っ暗で、春と言えど寒さを感じた。フラッシュの手を取りまた歩き出す。今度は駅に向けて。
「美味しかったね」
「そうですね。ぜひ、私も自分で作ってみたいと思う味でした」
「いいね、それ。また今度ウチ来て一緒に作ろっか。いつにする?」
「そうですね…でしたら…」
やいのやいの言っていたらいつの間にか駅のホームだ。電光掲示板が新幹線の到着時刻を告げる。
頭上でほのかに月光が輝く。雲に遮られた朧月が。
「…楽しめた?」
「ええ、とっても」
「ならよかった」
季節が巡る。時は必ず流れゆく。それがこの世界の節理。
この楽しい旅行もそうだ。肌寒かった朝がついさっきな気がするのに、もう終わりを目前にしている。
「どうか、しました?」
「あ、まぁ…別に大きな事じゃないんだけどさ」
フラッシュに見透かされてしまった。そりゃこれだけ思わせぶりなこと言えばそう思われるか。
『まもなく新幹線が到着致します』
その時アナウンスが鳴った。出しかけていた言葉は直ぐに引っ込んだ。ただアナウンス流されるまま、白線で区切られた列に並んだ。
真っ白な車体に見とれながら乗車する。一番速いヤツを選んだせいか、人が多い。大阪から乗りっぱなしであろう客が大勢いた。
2人座席を何とか見つけ出しそこに座る。フラッシュ越しに窓を見る。ボヤけて…風が吹いたら飛んでいってしましそうな、そんな儚い朧月が見えた。
「少し、寝る?横浜辺りで起こすからさ」
心の休息は出来ても体の休息はできていない。少しウトウトしていたフラッシュに声を掛ける。
そりゃそうだ。昨日はレース、今日はデート。心がどれだけ充実しても、それに体がついて行けるとは限らない。
「いえ、まだ先程の質問の答えを貰ってませんから。寝る訳にはいきません」
「む…」
まさかの理由が返ってきた。そんなに気になる事なのだろうか。
「私は今回のデートに満足しています。しかし、貴方も満足してこそ本当の意味で完璧なデートのはずです。貴方が満足してないのならば次のために考えなくてはなりません。ですから…」
「分かった分かった。ちょっと勘違いさせちゃったかな。別に俺も今回のデートに満足してない訳じゃないんだ。本当に」
少し焦った様子でまくし立てる彼女を静止する。
…彼女を不安にさせてしまった。それもこんなに楽しい時間の最後に。不甲斐なさと悔しさでいっぱいだ。
自戒を胸に訂正の言葉の述べる。
「子供の頃からさ、旅行終わりがどうしてもさびしくなっちゃうんだ」
親の運転する車の中、電車の中、飛行機の中。手段こそ様々だが、みな旅行の帰路で同じ気持ちを抱いていた。
「なるほど。でしたら私も、その気持ちはよく分かります」
「でしょ?」
旅行がもう終わってしまうのか。もう二度と帰ってこないのか。あと何回、こうして出掛けられるだろうか。楽しかったからこそ、そんなノスタルジアが湧き出る。
「清々しい寂しさ…なのかな。まとめると」
「でしたら……」
何かを思いついたフラッシュが荷物を漁る。一体何を取り出すのだろうか。
「ほっ」
取り出したのは今日お土産として買ったイルカのぬいぐるみだった。俺の分もセットで取り出すと、片方を渡してきた。
「これは…?」
「思い出、作りませんか?」
「え?」
思いもよらぬ提案に少し唖然とする。だが彼女の表情には自信に満ちてきた。
「2人で写真を撮りましょう。お土産を手に」
「えっと…どうして?」
「先程述べた通り思い出を作るんです。今日の楽しい思い出の締めとして、そして…次へと続く予感として」
彼女にしては珍しく抽象的というか象徴的というか。そんな表現に少し戸惑う。
だがフラッシュが言いたいことはしっかりと伝わってきた。
「そっか…。ん、分かった。撮ろう」
アルバムを作るのだ。その旅行でどんな思い出を作ったのか、それを象徴する写真を毎回撮る。毎回、毎回、毎回、毎回。
今回はこんな事を楽しめたね。次はどんな所に行こうか。そんな思案を巡らせてアルバムを増やしていく。
恒例行事、というのが正しいのだろうだうか。
「うっし…ほらもっと近づいて」
窓をバックに内カメを構える。外の朧月はもう無くなり、代わりに荘厳な満月が俺たちを見守っていた。
イルカのぬいぐるみを前に突き出し、顔と顔をくっつける。まるでカップルのように。
「はい、チーズ」
2人のアルバムの1ページ目から最高の写真が撮れた。
どれだけ時間が経ってもそう言える1枚になった。
エイシンフラッシュ、誕生日おめでとう!これからも永遠に愛し続けます!
ここだけの話あんかけスパなんて食べたことないです。書くのすっごい苦労した