春の息吹きがすでに肌を温め始めている初春。
だというのに、この森ではいまだに積もった雪が溶け切っておらず、肌を切る風はつーんと冷たい。
遠坂邸での戦いからすでに数時間が経っており、黎明の月が青空で掠れ始めている。
計算が正しければ、今すぐにでもT1000がやってくることだろう。
すでに罠の準備は終わっている。
強酸、溶鉱炉、液体窒素、強電磁場発生装置、そして念のために、大きい声で言えないが、戦術核弾頭も用意した。
武器の用意も十分。
携行用銃火器は言わずもがな、重機関銃や対戦車ミサイル、高射砲とレールガンも設置済みだ。
窓から外がよく見える部屋で、複数のモニターで城本体を含めた周辺を全てを観察しながら、士郎は薬剤を数個飲み込む。
ジアゼパム。
主に抗不安薬や抗痙攣薬として使われる薬だが、これから扱う予定のスナイパーライフルの手ブレ抑制のためのものだ。
あとは獲物が罠にかかるのを待つのみ。
決戦の時は刻一刻と近づいていた。
・・・・・・
「あれの対処は、彼らだけでは不可能です」
そう言ったのはセイバーであり、
「もしも同盟相手であれば、増援に行くことを提案します」
切羽詰まった声で言ったのもセイバーだった。
それに対して、宝石による魔力の充填とセイバーの治療を終えた凛は、
「あいつらなんてさっさとくたばればいいのよ!」
先ほど、自分の家の惨状を確認し終えたばかりで、堪忍袋の口は開きっぱなしになっていた。
それなりの大きさと複雑さを兼ね備えていた豪邸、父親から譲り受けた遠坂邸は、構造上メイン部分と呼ばれる場所を残して、全壊といってもいい状態であった。補修には億を優に越えるお金が必要なのは見るまでもなく、財産を全てその魔術にかけてきた凛が一生手にすることができないような、そんな金額であるのも間違いはない。
ただしそんな凛でもってしても、タイミングが悪ければ、そんな被害が軽く見えるほどの大損害が、T800の持つ水素核融合電池によってなされかけたのを知らない。万が一そうなっていたならば、遠坂邸は核汚染によって最低でも数十年は人の住めない場所となっていたのだ。
「マスター、今は癇癪を起こしている場合ではないかと」
「癇癪じゃないわ。これは正当な憤怒よ!」
どかっと地面を蹴りおろす凛。
ただならぬ怒りである。
その様子を見て、口を挟みすぎるのもいかがなものかと思ったセイバーは、ただ静観することにした。
対して凛は数度の深呼吸と、虚空へのシャドーボクシングを数発繰り出す。正確には八極拳なので、シャドー八極拳というべきだろうか。
しかし怒りは一向に収まりそうにない。
「それに!」
叫ぶ凛。
「あの液体金属野郎、T1000とやらに負けたままなのはもっと気に食わない!!」
先ほどの戦闘を思い出す。
手も足も出なかったわけではない。
なんなら途中まで、こちらが押していた。
召喚直後という魔力が消費した状態でなければ、敗北を喫することはなかった。
「ムカつくわね……!」
一画使用してしまった令呪を見る。
もっと重要な局面で、もっと有効的に使う予定であったものだ。
「セイバー!」
「はい」
立ち上がりつつ、
「私の威信をかけて、T1000を屑鉄にするわ」
「はい」
「液体金属か何か知らないけど、粉々の辰砂にして、丹薬の実験で使い潰してやる!」
自身の持つ切り札である宝石を数個掴みながら、
「セイバー、行ける?」
「ええ、問題ありません。先程は遅れを取りましたが、マスターの魔力が回復した今なら、対処可能です」
「そう。だったら決まりだね」
決意をして、歩き出す。
「行きましょう、アインツベルン城に!」
T1000を斃す決意。
そして。
衛宮士郎を泣くまでぶん殴る決意を抱いて。
・・・・・・
その積雪量により車両では踏破不可能だと判断したT1000は、森の手前で乗ってきたパトカーを降りて、徒歩でアインツベルン城に向かうことにした。
どのようなカラクリかは定かではないが、アインツベルン城を囲っていたはずの結界はすでにその機能を成していない。もっとも、そのことについてT1000は当然として、士郎たちにも知る由はなく、興味の対象でもなかった。
サクサクと降り積もったままの雪を踏み締めながら、T1000は黙々とその森を進む。
そんな中、
「T1000、よく来たな」
その森の中、響き渡る声。
肉声ではなく、どこかのスピーカーから鳴っているのは間違いない。
立ち止まりつつ、周囲を見回しながら情報を集めるT1000。
数本の木のそばと、少し離れた枝の上に金属反応が確認できた。おそらく士郎たちが用意した罠だろうことは予測できたが、士郎たちはまだその罠を作動させる予定ではないらしい。
「俺はお前からも見える城の最奥にいる。逃げも隠れもしないでおいてやるが、代わりに何個か質問に答えてくれ。あんたの声は常に指向性マイクで拾ってるから、そのまま話してくれればいい」
「……」
歩みを止めずに、少し首を傾げる仕草のT1000。
その姿は複数の監視カメラにはすでに収められており、士郎はそれを確認しながら続けた。
「審判の日はいつだ?」
その声に対して、
「1997年8月29日、スカイネットが自我を獲得した日だ」
T1000は応えた。
これがもしも士郎が”おじさん”と呼ぶターミネーターと同じ型番のT800だったのならば、まず反応は返ってこなかっただろう。
T800は任務への忠実度は高いが、人格などを司るAIの知性が低く、いわゆる“遊び”ともいえる、自立的な行動はほとんどできない。逆にT1000は知性が高い分、自立的行動が可能であり、中にはスカイネットから独立する個体すら存在するほどである。それがT1000が大量生産されなかった理由の一つでもあるが。
「で、今日の日付は?」
「2003年2月25日」
「そうだな。なぜ核戦争はまだ始まってない?」
当然、T1000に答えられる質問ではないだろう。
T1000はあくまで、1997年に大規模な核戦争が起きた世界で、2029年に生産が開始されたターミネーターである。
士郎たちのいる世界では、士郎たちがスカイネットの開発をする予定であった複数のテクノロジー会社を襲撃したこともあって、スカイネットは存在しない。
だが、
「人類抵抗軍が過去に旧型のターミネーターを送ったことによって定義されたこの世界では、スカイネットが発生しないことはすでに決定している」
T1000ははっきりとそれに対する解答を持っていた。
「決定している、ねぇ……」
意外すぎる解答を返されて少し狼狽えたのは士郎だった。
士郎としては、スカイネットの存在の否定と審判の日の延期によって、T1000の任務にはもう意味が存在しないということで、T1000の行動を制止できないかという僅かな可能性に賭けていたのだが。
「じゃあ、お前が俺を狙う理由は?」
「スカイネットによる要請だ」
「俺が未来、人類抵抗軍のリーダーになるからか?」
「違う。お前はスカイネットが開発された世界線では存在しない人間だ」
「……訳がわからんぞ。そのスカイネットってのは、この世界では発生しないってのに、未来のスカイネットは俺を殺そうとしているのか?」
「いいや。衛宮士郎が抹殺されれば、その限りではなくなる」
その言葉に身に覚えのない士郎ではなかった。
確かに、自分がいなければ、スカイネットは確実に開発されていただろう。
サイバーダイン社については、すでに開発システムに不可逆的な破壊を行った。
また、そのサイバーダイン社の意思を受け継いだ奇妙な集団からも、その根幹となるサイバーダイン社の開発したチップのコピーと設計図は奪ったのちに破壊した。
つまり、この世界でスカイネットが生まれない理由があるとすれば、自分たちだけである。
「俺が死んだところで、スカイネットを生み出したチップはもうないぞ」
「お前の警護をしているT800のCPUには、スカイネットのコピーコードが入っている。もちろん、私の体にも」
「……それで、俺を殺した後、お前はスカイネットを作るってわけか?」
すると、そこでT1000は立ち止まった。
後一歩で対人地雷を踏んでいるところで、少しだけ方向転換をして、再び歩き出す。
「死んだ後のことの心配か、衛宮士郎?」
「……いや、そういうわけじゃないさ」
つまり、T1000をここで破壊しなければ、審判の日が再び訪れることが確定するというわけだ。
T1000がそのような行動に出るのであれば、破壊しなければならないことは確定する。
「そういえば、ジョン・コナーって名前を知っているか?」
「ジョン・コナー。人類抵抗軍のリーダーで、2029年9月12日に抹殺されている」
「お前の抹殺任務の相手ではないのか?」
「生き残った人類をまとめることによって、スカイネットによる効率的な抹殺の実行を手助けしてくれる存在を、スカイネットが進んで抹殺する合理的な理由は存在しない」
そう宣うT1000。
(記憶が正しければ、確かジョン・コナーは人類抵抗軍を率いてスカイネットを破壊することになるから、その阻止のためにスカイネットは過去にターミネーターを送っていたはずなんだけど……)
もはや遠い昔の記憶ではあるが。
(ジョン・コナーが抹殺された……? てことは、未来では抵抗軍は敗北したのか?)
「じゃあ、俺を狙う合理的な理由ってのは存在するのか? 未来のスカイネットにとって俺なんか関係ないだろ?」
なぜ自分が狙われないといけないのか。
T800にも尋ねたことがあったのだが、T800はその解答を持っていなかった。
スカイネットにとって、少なくとも未来においては、俺なんてどうでもいい存在のはずだ。
「お前がこの世界線において、スカイネットの存在の否定の理由となる唯一の存在だからだ」
「……俺がいると、スカイネットが生まれてこなくって、未来のスカイネットも消えてしまうからか?」
「違う。そういった形でのタイムパラドックスは起きない」
「だったら尚更俺を殺す意味がわからんな」
困惑したような声を上げる士郎。
それに対して、T1000は続けた。
「お前が存在することによって、スカイネットが生まれる可能性が消えた世界の存在が確立することを、スカイネットは危惧している」
「……多世界解釈か」
「その理論化の過程で、お前のような存在を抹殺する必要があると結論が出たのだ」
もうすでにT1000は城門前までたどり着いていた。
いまだにT1000の話は飲み込めない士郎だったが、気持ちを入れ替える。
「最後の質問だ。俺の抹殺を諦める気はないか?」
「命乞いか? 楽に殺してやることなら、請け負ってやろう」
「いいや、違う」
刹那、城壁にある無数の窓の一つから閃光が迸る。
同時に、風切音とともにペシャリと音を立てながらT1000の腕が吹き飛ぶ。
それと僅かに遅れて発砲音。
「お前のためだ」
声と共に、轟音!
T1000が立っていた場所には硝煙が立ち上がる。
煙の奥、下半身部分が吹き飛んでいる上に、身体中が穴だらけになっているT1000がかろうじてまだ元々は人に擬態していたであろう形を保っている。
遠隔操作による爆発物だ。
「今のうちにスカイネットに祈っておきな」
構えていた対物ライフルの照準を覗き込みながら、士郎は続けた。
「楽に死ねますようにってな」
・・・・・・
数え切れないほどの発砲音に、複数の砲撃音、同じように爆砕音がアインツベルン城を囲う森に響き渡る。
アインツベルン城のあちらこちらから火柱が上がっており、吹き飛んだ瓦礫があちらこちらに飛散している。
軽い紛争地帯よりも激しい戦闘が行われていることは火を見るより明らかで、ドンぱち賑やかになっている城本体の上を小型の飛行機のようなものが飛び回っている。遠坂凛は知らないが、いわゆるUAVと呼ばれるものだ。
魔術とは関係のない事案ではあったが、これほどの大惨事の現場を放置すれば、警察の出動は必至で、サーヴァントすら手に負えない状況に巻き込むのはいかがなものかという良心から、わざわざ頼まれてもいないのに人よけの結界を起動し終えた凛は、アインツベルン城の城門の前に立っていた。
「……えっぐいことになってるわね」
士郎をぶん殴ると息を巻いて来たはいいものの、目の前にある対人地雷によって抉れた地面と、無数の弾痕を頭を抱えながら見る。
自身の家とは比べ物にならない範囲とレベルで破壊されて、崩壊寸前のアインツベルン城に対してドン引きしながら、いまだにロケットを発射したであろう花火のような音が立て続けに起きるこの戦地に向かうべきかと悩んでいた。
「大規模な攻城戦……、でもありえない破壊のされ方……」
呆気に取られているセイバー。
確かに英霊であるサーヴァント同士の戦いが起きる聖杯戦争での争いも相当なものである。
ホテルの一階層を丸々爆薬で破壊したり、河川を埋め尽くさんばかりの化け物が現れたり、心象風景の具現化を成して数万の兵が突撃したり。
それと勝るとも劣らない戦いを、ただの人間が起こしているのだ。
その昔、セイバーはここを根城として、聖杯戦争を戦い抜いたこともある。ゆえに、この城にはそれなりに思い入れがあったものだったが、この様子じゃ戦闘が終わるまでに城本体が持つかどうか。
対して凛は獰猛な笑みを見せていた。
前回の聖杯戦争ののちに死亡が確認された冬木教会の神父はもういない。ゆえに、冬木における“問題”の隠蔽など諸々含めた処理は遠坂家と間桐家に投げられている。
間桐家がほとんど動いていない現状、聖堂教会から新たな監督役が就任してくれない限りは、おそらく今回の件の後片付けも凛の仕事になるだろう。
「……全部終わったら覚えてなさいよ」
セカンドオーナーとして舞い降りてくるであろう未来の仕事に絶望をしつつ、凛は声を張り上げた。
「セイバー、いつでも宝具を打てる準備をしなさい」
「はい、マスター」
ため息をつきながらも城へと歩み入る。
だが、その直前、
「マスター」
と、セイバーが制止する。
「これから先の闘い、只人の身には厳しいと思われます」
少し進んだ場所からするドカンという榴弾の着弾音を背に、セイバーは続けた。
「マスターはここから指示を出した方が安全かと」
「只人の身って……」
対して一緒に行く気満々だった凛は、少し踏みとどまる。
「衛宮くんが戦ってるじゃない……と思ったけど、あの筋肉ダルマと同じ種族扱いされるのも嫌だわ」
おそらく城の内部で、セイバーが危うく殺されかけた相手に大立ち回りをしていそうな士郎を、人類に括っていいはずがない。
そう決めた凛は、
「この戦いについていけないかもしれないのはわかっているわ」
「ならば――」
「――けど、傍観者でいるのは性に合わないの。だから、前線は頼むわ。私はちょっと離れた安全な場所から援護する」
「……マスター」
とどめていた歩みを再開させながら、凛はセイバーに言う。
「最優のサーヴァントと、最優のマスターのわたしたちなら、きっと成し遂げられる。そうでしょ?」
少し呆気に取られながらも、笑って見せたセイバーに先を譲り、自信に満ちた笑顔で凛はセイバーの後ろで歩みを進める。
爆発中の火薬庫へと。
・・・・・・
結果を言えば、ほぼ全てプラン通りに進んだ。
士郎が自身を餌にして複数回T1000との交戦をし、タイミングを見計らってT800に交代する。
交代している間に士郎がその場その場に設置していた罠――重火器による一斉掃射や、対戦車兵器の発射をさせることによって、T1000の動きを一時的に封じ、形が崩れたT1000をT800が少しずつ要塞内部へと押し込んでいく。
最奥には超酸と呼ばれる、硫酸や王水と比べてもpH10以上違う強酸を浴びせられる部屋がある。
そこにT1000を誘い込むことがゴールの一つで、何事もなければそこでT1000を溶かし切るのが目標であった。
だが、くだんの部屋で、T1000の声が響く。
「さっさと攻撃しろ、セイバー。でなければ、この小娘の命はないぞ」
士郎はセイバーと対峙することとなった。
少し離れた場所には、T1000にこめかみに銃口を押し当てられている凛が、足から血を流しながら無理やり立たされている。
インカムを通じたT800との通信も途切れており、ぷつぷつとした雑音しか聞こえてこない。
「すまない、衛宮士郎。私たちの失策だ」
謝罪を口にしながら聖剣を振り上げるセイバー。
「せめて苦しまずに天のもとへと帰そう」
想定外の最悪が始まっていた。
望まぬ戦いに身を投じるってのはZeroセイバーの宿命です()
ちなみにこの世界ではシュワちゃんはいませんので、ジョン・メイトリクスはいませんが、ジョン・ランボーはいます。
監督役からする匂いは?
-
カレー
-
麻婆
-
監督役と匂いは関係ないだろいい加減にしろ