壁外調査はひとまず終わりを迎えた。
翌日の狩りの途中、イルゼ・ラングナーの手記を見つけるというとんでもないイベントを迎えたが概ね大成功と言える結果に落ち着いた。
イルゼ・ラングナーの手記は各班長達が穴が空くほど読み込む結果となった。
その中で言語を操った巨人という点にハンジは「我々はまだ巨人について未だ無知である」と評した。
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壁外調査から帰ってきた俺たちを迎えたのは、驚きのあまりに言葉を失う住民の姿だった。
なんせ山のように積まれた肉の山。半分が1日ほど燻製などされていたがそれでも目を見張るような肉、肉、肉の山だ。
ちなみに燻製は見たことあっても作り方を知らない人が多かったので俺が指導する形で教えた。
エルヴィン団長は声高に宣言する。
「今回のウォールマリア内調査の過程で、野生動物が大量発生していた為、土地の保全活動として狩猟を行ってきた! これらは後日調査兵団主体での炊き出しに使われる予定である!
またそれ以外は商会を通して市場に流す予定なので皆それまで待っていただきたい!!」
その宣言は歓声と共に迎えられた。
調査兵団始まって以来、初の大歓声だ。
壁外調査は必ず大なり小なりの犠牲を伴って終える。
しかも大抵は成果なし。
だが今回は被害ゼロの上に土産まであると来た。
今期の調査兵団は何かが違う。
それを民達は感じ取っていた。
調査兵団屯所に戻ると、山のように積まれた肉や毛皮などを買取りに商会の者達が集まる。
それに対処するエルヴィン団長。
どうやってこれだけの量を? と質問されたらしいが俺の事を伏せて「巨人のために鍛えた腕を獣に使っただけの事、これまで多くの支援を頂いてましたから少しでも恩返しになれば」と濁した。
下手に俺のことが知れ渡ると、俺を新兵と知って「肉をとってこい」と言い出すバカが現れるからだ。
流石の馬鹿者共も団長相手にそんな発言をするつもりは無いらしく、せいぜい「次回も余裕があれば是非」と腰を低くお願いするだけに留まった。
調査兵団主体で行われた炊き出しはシガンシナ区からの避難民などを中心に振る舞われ、より一層の支持を得ることに成功した。
更に今回の作戦に参加した者たちへの褒美として新鮮な肉数キロを進呈された事で、団員の中で次回への参加意欲が爆増するのだった。
ちなみに俺は俺とサシャの家族に肉をイノシシ1頭分送る権利を貰えた。
更にかつての同期達に肉を振る舞いたいと願ったら更に1頭分貰えた。
翌日、大量の肉を抱えて現れた俺に104期訓練兵の皆は飛び上がらん勢いで大騒ぎ。
皆の皿に分厚いステーキが配膳され、大喜びで肉を楽しんだ。
サシャの分は気持ち厚く切ってやったら涙目で「神様……?」と言い出す始末。
「アホ言ってないでさっさと食えって」
そういうと、幸せいっぱいの顔で肉を頬張るサシャだった。
「それにしてもすげーよな。もう調査兵団として活躍してるんだろ?」
食後の雑談中、コニーがそんなことを言い出した。
何でも1年早く入団した俺の噂は既に広まってるらしく、今回の壁外調査の件も訓練兵にまで伝わってるそうだ。
「俺も調査兵団に入ったらお前みたいに有名になれんのかな」
ああ、既にそんな時期なのか。
エレンの意思に触発されて調査兵団になろうとするんだった。
トーマスたちもこれに感化されるんだ。
しかしその現実を知るのは間もなくだ。
だからこそ、冷水をかけて冷静にしてやらないと。
「まぁ、有名になれるかどうかはともかくとして言えることは『今のお前ら』だと死ぬだけだな」
ストレートな物言いに言葉を失うコニー。
「今回俺がなんのトラブルもなく帰ってこれたのは、兵長や団長がサポートに回ってくれた事で俺は前だけを見て動けたからだ。
むしろ不測の事態ってのが起こり得る状態での作戦は誰であれ命を落とす可能性があるからな。
少なくとも『有名になれるか』なんて油断してたらその不測の事態に対応できずにやられるだけだぞ」
「そう、なのか?」
俺は黙って聞き入っているエレンたちにも聞こえるようにはっきり言う。
「あの日、…ウォールマリアが陥落した日、巨人が街の中に入り込んだこと自体が既に不測の事態その物だ。もし同じことが起きたら――」
「おいおい、まさかまたあんなことが起きるってのか?」
俺の言葉を遮るようにジャンが口を挟む。その顔には焦りや困惑が滲んでいる。
「むしろなんでそれを想定してないんだ? 100年間の歴史を砕いた一撃を見舞った張本人はまだ、捕まっても討伐されてもいないんだぞ? つまりそれをやるだけの可能性は残されてるんだ。そしたら同じ状況下になった時に向けての対策は必須だろう?」
「張本人……? 捕まえる……?」
アルミンが何やら言葉を呟いている。
すげぇな、わざと人の存在を匂わせたとは言え、ピンポイントで違和感を感じとってやがる。
「で、話を戻すが同じ状況下……つまり超大型巨人による襲撃が起きたとして、お前たちは不測の事態に対処するだけの地力と経験がまるで足りない」
「それはッ――」
「立体機動中、奇行種が建造物の影から飛び出して食われる……なんてのは壁外でも良くある死亡ケースらしいぜ?
ウォールマリアの敷地内にある建物は精々二階建てが限度、なら三階建てや塔、他にも傾斜による高低差がある立地で先程の奇行種が飛び出してきた時お前らはとっさに回避出来るか?」
その言葉に皆は俯く。
すると食事を終えたらしいライナーが口を開く。
「ならどうすべきだと思う?」
「ライナー?」
「バルトは頭ごなしに否定するようなやつじゃねぇ。こうやって俺らに厳しい現実を突きつけるのはいざって時に死ぬ可能性を抑えるためだ。そうだろ?」
そういう彼の顔は気のいい兄貴分といった顔付きだ。
……だからこそ、彼の精神が追い詰められている現実になんとも言えない気持ちになる。
「ハンジ分隊長が言っていた。俺たちが巨人に対して負け続けて来たのは無知であることに有るってな。ならば知るべきだ、お前たちはこれまでの兵士がどのように死んで行ったのか。その死に様が俺たちに新たな警戒心を生み、小さくとも生存への可能性を生み出すってことを」
そう言って持ってきた荷物の中にある資料を取り出し皆の前に並べる。
「これは……?」
アルミンは資料を見て目を開く。
「調査兵団がこれまで見送ってきた仲間たちの死の記録だ。わかる範囲で、という枕言葉が付くがな」
実はここに来る前にエルヴィン団長にお願いしてこの資料を見せてもらい、訓練兵に先程話した内容を告げて情報共有したいと願い出た。
平時であれば入団式前にこんな情報を見せると、新たに入ろうとするものが激減するため難色を示されるのだが、団長はこれを快諾。
――これを見てもなお、調査兵団に入ろうとする者こそ今の調査兵団に求められる人材だ。さらに言えば、後出しで騙すような真似をするつもりは無い。
「だってさ」
エルヴィン団長の言葉をそのまま伝えると、アルミンやエレンたちはその言葉の重さを理解したように資料に目を通し始めた。
徐々に顔色が悪くなる訓練兵達。
夢や希望を砕かれ、残酷な一面を突きつけられその勢いが消沈していくのがわかる。
しかしその中でも一部には目をギラつかせている者がいた。
エレン。
彼は多くの死を受け止め、それを無駄にしまいと一つ一つを頭に叩き込んでいる。
その覚悟の重さが、エレンの未来を大きく歪めているのだが……同時にそれが彼の強さの根源でもある。
いずれ矯正する必要はあるが、今はそれを伸ばす時期だ。
一通り見終わった資料を受け取り、俺は調査兵団の宿舎へと戻る時間になった。
「エレン」
立ち上がり何かを考えている彼に声をかけ、目が合った所で一言告げる。
「――心は熱く、頭は冷静に。これを心がけるんだな」
「は? え、おい……バルト?」
今度こそ俺は訓練兵宿舎を後にした。