「あんた、何言ってんの?」
左から呆れたような声が聞こえた。
アニがすっかり呆れたような顔で俺を見る。
「マルロに憲兵としての正義やらを散々問いかけておいて、あんたの答えは犯罪者を逃がすって矛盾してるじゃない」
その言葉にマルロやヒッチが頷く。
「そうかぁ? 別に変なこと言ってない気がするんだけど……」
「あんたーー」
「親はいずれは盗みの罰を受けてもらうかもしれないけど、子供にそれは関係ないだろ」
「ーーッ」
アニは俺の言葉にびくり、肩を震わせる。
そうよね、この言葉刺さるよね?
「マルロやヒッチもさ、『お前の曾祖父さんが昔人を殺していた! その罪を償えー!』って名前も知らんやつから責められたらどう思う?」
「いや、それは……流石に困るな」
「あー、うん、私も困るかな。憲兵って立場だから多少は責任を負う必要があるかもしれないけど、曾祖父さんの罪をなんであたしがって思うかな」
そのやり取りにアニは俯いて考えるような素振りを見せる。
「最初に被害を受けたヤツらからみれば、納得いかない事かもしれない。傍から見たら被害者に泣き寝入りをしろって言うようなものだし、不満は必ず残るよな」
「なら、どうするの?」
アニからの質問に俺は力いっぱい答える。
「話をする」
「え?」
「コイツの祖先が悪い事したらしいけどコイツは無関係なんです、どうか許してやってください。……って一緒に話をする。それくらいしか出来ん、そこから先は実際に話し合わないとわからん」
「そんな、無茶苦茶な」
「納得しませんよそんなの……」
マルロとヒッチも呆れてる。
「けど、そうしなきゃ何も変わらない。過去の怒りと憎しみの連鎖は何度も続いて行くことになるぞ? やられたからやり返して、またやられたからやり返す。そしていつの間にか辺り一面血の海でした、なんて笑えねぇだろ」
俺の言葉に3人は息を飲む。
基本的にこの世界は「憎しみの連鎖」が生み出した地獄なんだよ。
きっかけは巨人かもしれないけど、それがなくたってきっと同じ事になってたはずだ。
むしろ、巨人っていうわかりやすい悪魔がいるから外の国々はある程度の纏まりを見せていられるんだ。
もし巨人が居なかったら今頃、俺の知る歴史通りに世界大戦に発展してただろうな。
そんな世界を正そうなんて正しく狂気の沙汰だ。
前世の世界でも解決できてない問題を今の俺が何とか出来るわけが無い。
「まぁ、俺は強いし他人に文句言わせないだけの実績もあるから、多少のワガママくらい通せると思うんだよな! わははは!」
それこそ、俺が世界を地ならしするような恐怖の大王になって世界を征服するとかな。
舞空術でいつでもどこでも現れる
やらんけど。
「いや、あんたはそうだろうが……」
マルロが呆れた様子で肩を落とす。
「まぁ何が言いたいかって話だけど、正しさを貫くならそういった物事を色んな視点で見る努力を忘れんなよって事よ。アイツは悪人らしいから石を投げてもヨシ! なんてやらかした後に実は自分達側が悪でした、なんて笑えねぇだろ?
俺だって間違う事はあるし、咄嗟の判断に私情を交えることだってある。そんな時、少しでも冷静に物事を見る癖が付いてりゃ阿呆をやらかさずに済むかもしれんだろ?」
俺の言葉に3人は少し考えるように黙る。
そんな時、遠くで鐘が鳴った。
するとマルロが慌ててヒッチの手を引く。
「やばい! 次の巡回に遅れる! 次の担当に回さねば!」
「げ、もうそんな時間なの!?」
「すみません、これにて失礼します!」
「またどこかでー! アニもまたねー!」
忙しなく立ち去るマルロとヒッチを見送る。
残された俺とアニはしばらくベンチで座って過ごす。
「……ねぇ」
「ん?」
「あんたがさっき言ってたのは、本当?」
「何がよ、一緒に話すってやつ? それとも逃げるってやつ?」
「両方」
「本気だぞ? ただそのやった事次第で俺からもお仕置は入るけどな」
「……お仕置、ね。だとしたらあたしはどんなお仕置されるのかな」
暗い笑みで足元を見るアニ。
再び長い沈黙が続くが、やはり口を開いたのは彼女からだった。
「例えばさ……」
「ん」
「あたしが……その、巨人だって言ったら、どうする」
「……それは、冗談や比喩とかじゃなくて、だよな?」
その問いに彼女は小さく頷く。
「少し待ってくれるか、考えをまとめる」
「うん」
短く頷く彼女は怯えたような、そんな顔だった。
まじか〜……。このタイミングで暴露されるとは思わなかった。
少しずつ懐柔しようと思ってたのに……これは、アレだよな? 戦士でいることを諦めて、俺に助けを求めてるってことだよな? 流れ的に。
つーかアニお前ちょっと不用心すぎるぞ!? 人が少ないとはいえ公園でそんな世界ひっくり返るような機密をポロって言うんじゃないよ!
いやその判断が出来ないくらいに追い詰められてたってのもあるかもしれないけど。
「アニ、ひとつ聞くぞ」
「なに?」
「お前家族はどこにいる」
「……本国に、いる」
「ここじゃ、ないんだよな?」
こくりと頷く。
アニの父はマーレ本国にある収容区画で暮らしてるんだよな。
とりあえず彼女を身内として守るにせよ、父親を救出するのは必要だよな。
土壇場で父親を人質にされて「ごめん、やっぱり向こうにつく」ってされるのは困る。
「とりあえずココじゃ話しにくい。一緒に来てくれ」
「わかった」
俺は彼女を抱きかかえると、ふわりと舞空術で空を飛んだ。
「アニ、念の為周りから怪しまれないように恋人の振りをしてくれ」
「……、わかった」
そう言うとアニは俺の首に手を回しお姫様抱っこする俺の首元に顔を埋めた。
「恥ずかしいんだけど」
「それくらい我慢しろよ、俺なんか顔が知れてる分噂になるの早いんだから」
「ふふ、一蓮托生ってやつだね」
「うっせぇわ」
遠目に俺の事を見ていた住民達がキャーキャーやってる。
オワタ、これ絶対噂になるやつだわ。
つーかベルトルトのやつこの噂聞いたら脳が破壊されるんじゃないか?
嫉妬で俺を殺しに来たりしないだろうな?
やめてよ、超大型とか。
狙いやすくなるだけだからな?
ーーーーーーーーーーーー
たどり着いたのはウォールマリア領内、北部ユトピア区のさらに北側。
ここはウォールマリア領地内ではあるが比較的巨人が少なく、俺が技などをひっそり練習するのに使ってる秘密の場所だ。
今回の様な密会にはピッタリだ。
俺はよく使わせてもらっている空き家に入って振り返る。
「よぉし、早速話を……ってどうした?」
振り返るとアニのやつが息切れしてた。
「あんた、が……空を……高速で飛ぶから、寒いわ、息がまともに出来ないわ、頭くらくらするわ……ひどいんだけど」
あ、やべぇ。
速攻で立ち去りたい一心で飛んだからアニの保護わすれてた。
飛んでるの見られないように超高度を高速で飛んでたから高山病になりかけてる。
「悪ぃ、すぐ治してやるから待ってろ」
アニの背中に手を当てて気を送り込んでやると苦しそうにしていた彼女は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「……すごいね、さっきまで最悪の気分だったのにすっかり元通りだよ。これもあんたの言う気ってやつなの?」
「ああ、簡単に言えば俺の体力とか生命力を分け与える感じだな」
最近だと壁外調査中にこれをやる頻度が増えてきて、もう少しでデンデがやってた治療が出来そうなんだよな。出来ればこれに近い技ができるメンバーを増やしたい。
今の調査兵団は攻撃力は少しずつ揃ってきてるんだが、治癒能力が絶望的に悪いからな。
ほとんどオワタ式の中、作戦を何年も続けてきた先輩たちにはマジで頭が下がる思いだ。
「で、こんなところに連れてきた理由は何? まさか……」
アニは室内にあるベッドをチラ見してから、身を守るように少し離れる。
「アホタレ、こんなムードもへったくれもねぇところで襲うか! ここでなら腹割って話し合いできると思ってつれてきたんだよ」
「そ、そうだよね。ごめん、ちょっと冷静じゃなかったよ」
「いやいいけどさ」
そこから俺はアニの希望を聞くことに決めた。
ただ助けるにしても、彼女がどの程度を求めてるかによっては俺だけでは無理だからな。
例えば「マーレにいる同胞全員助けて」とか無理。
しばらく、独白に近い話を聞きながらアニの求めを聞き出すことに決めた。
まずマーレの戦士としてきたいくつかの目的の1つである始祖の巨人について聞き、さらにパラディ島に住むエルディア人に死んでもらうために送り込まれたこと等を簡単に教えてもらった。
「正直ね、あんたの実力を知ってからずっと考えてたんだよ。巨人を相手に生身で殴り殺すような化け物がいるのに、それをどうにかできるのかってさ」
「まあ、そうだろうな」
そう思うように、わざと俺の力を誇示しまくったわけだし。
「それに元々私は崇高な理念とか忠誠心とかでここに来たんじゃないし、今となっちゃ生きて帰れさえすればいいんだ」
「確認なんだが、帰るってのは本国にか? それとも家族の元へ?」
「家族、だね」
「例えばだ、その家族がこっちに来て一緒に暮らせるようになるぞって言ったらどうする?」
「はっ、それが出来ればどんなに気が楽になるか……。え、できるの?」
最初は嘲笑うような態度だったが、俺の目を見て困惑する。
「絶対なんて約束出来ないけど、ほぼ確実に出来ると俺は思ってる。
流石に数十人、百人をまとめて救いだせってのは単純に人手が足りなくて無理だが、お前の家族って多くて数名だろ?」
「父1人だよ」
「なら俺がぱぱっとその国まで飛んで、親父さんをさらってくりゃ解決だ。まあ、説得が必要だからお前にも来てもらうが」
そういうと、アニは呆然とした表情になったと思うと天井を見上げ乾いた笑いを上げ始めた。
「あはは……あんた、実は神様とか言わないよね」
「なんだよお前もサシャ系女子か? あいつも肉をやるとたまにそういうんだよな」
「バカ言わないでよ、肉貰った程度でそこまでは言わないよ。まあ、感謝はするだろうけどさ……。本当に可能なの?」
「そうそう何度も使える手じゃないけどな。多分、初回以降は流石に警戒されて難しくなると思うし?」
「うん、分かってる」
アニは深呼吸しつつ、頭を冷静にさせようと目を閉じる。
時間にして数分程度だが、彼女は目を開くと俺に頭を深く下げた。
「お願いします。……私の力や知識、全部渡すから、父さんと私を助けて」
真っ直ぐな願いに、俺は彼女の肩に手を乗せて答える。
「おう、まかせろ」
彼女は声もなく泣いていた。