宗教事業法(昭和26年法律第127号)30条1項に基づく有穢性祭具運用規則(昭和33年総理府・神祇庁令第13号)31条並びに32条及び附則1項の規定に基づく有穢性弾丸残穢基準改正専門委員会準備会   作:はまっち

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指定呪詛団体16代目芦屋組系四次団体村雨組事務所から押収されたテープ

▮▮月▮日、20時55分

 

 

 固く閉ざされた扉が、小さくノックされる。

 どうぞと響いた男の声に、20代後半とみられるスーツ姿の女はこくりと頷いて会議室の戸を開けた。

「お時間を作っていただき、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。どうぞお座りください」

 先んじて座っていた初老の男が立ち上がり、向かいへ向けて手を差し伸べる。

 女は小さく礼をして下座へと座ると、ちらりと彼の左腕に目を通す。

 

 皺の多い手の甲は恰も機械の如く銀色に固まり、幾重にも突き出た歯車のような部品は手袋で覆い隠すにも都合が悪い。本来腕時計があったであろう手首からは何かの計器のような紐が血管か神経かとばかりに垂れさがり、七つに分れた指のような鋼の枝々では銃どころかペンを持つことすら不可能だ。

 

 ――障骸。狩衣や形代を以てしても防ぎきれなかった穢れや界異および呪詛犯罪者からの呪い、その他三次元的な物理学では説明がつかない、肉体と霊体に負ってしまった不可逆的な障害。

 古来より人間を犯し続けてきた呪詛の最たるものであり、ただでさえ少ない祓魔師を人間社会から弾き出してきた、いずれ人間が克服すべきもの(・・・・・・・・・・・・・)

 狩衣と形代によって、そうして医霊技術によって障骸者の絶対数は減って来たものの、穢ばく後遺症と晩発性穢ばく症、そうして最小規模の界異とも称される“穢死病”を根絶するまでには至っていない。

 

「要件は……黒不浄弾規制に関してですね? 中臣千萱環境参事官補佐」

 視線に気づいたのか、男は左腕を隠すようにして前のめりに女を見やる。

 千萱は小さく頷き、初老の男と顔を突き合わせるようにして身を起こした。

 

「ご理解が早くて助かります、河原石係長」

 

 河原石塔作。境界対策課特殊清葬係、係長。

 胸元の職員証に記される情報と、千萱の脳内にある彼の経歴は完全に一致する。

 

「いやはや……係長と呼ばれるのは慣れませんね。遺体回収班と特殊清葬係が分離する前から、かれこれ30年は前線一筋だったものですから」

「障骸を負ってから係の側に転属されたのでしたね。左腕の調子は……」

「障害者手帳で年金を貰える程度には」

 

 恰も好々爺のように笑う男の目。

 決して眼を離さないとばかりに真っ直ぐ射貫くように、千萱をねめつける。

 閑話休題とばかりにふっと吐息を零した彼は、機械の腕で机の上の空気をどこかへ寄せるかのように一つ払って呟いた。

 

「……中臣参事官補佐。私は少なくとも、黒不浄弾規制の撤廃には反対の立場でもなければ賛成の立場でもありません」

 

 千萱は特段驚くほどでもないという様子で、静かに返した。

 

「……驚きですね。あなたは確かに、第5回会合での評決に反対の立場を投じたはず」

「人の目があったので」

 

 恰も用意されたかのような返答。ふつと呟かれた言の葉が、この昼行燈としか思えない老人こそが黒不浄弾規制緩和問題に対する日和見を担っていることを顕している。

 

「そもそも黒不浄弾の規制は法的なものですから、前線上がりの……況や係長に過ぎない私がアレコレと言えるようなものではないのです」

「そもそも論から入りましたね、河原石係長。…………確かに。国会での議決を経ていないあくまで庁令改正レベルでの議論、それも“準備会”という部長・課長級での結論を前にした前段階の前段階において、ここまで白熱させるという意義はありません」

 

「そうでしょう。――貴女にこの専門家委員会準備会合を以て、衆参両院の法案審理委員会へ向けた前例を作りたいという思惑さえ無ければ」

 

 河原石はふっと乾いた笑みをこぼしながら、機械の腕へと変質してしまった掌を組み合わせた。

 

「いやぁ。政調のほうかもしれませんよ?」

 千萱の言葉に、老爺は首を振る。

「貴女のお祖父様に掛かれば、そのような小細工は不要でしょう?」

 中臣千萱の祖父――現境界防災相にして、衆院におけるキングメーカーの一人。中臣藤之慎。

 昭和の時代から君臨するとすら言われる公党の怪物を指し示した河原石に対し、女は大きく首を振った。

「まさか。“あの”中臣鹿波の父親ですよ。吾が生まれる前のあの日、霞が関で何が起きたか貴方もご存じのはず――」

「時田前境界防災相……そのタクティカル化の黎明期のことですね。懐かしいお話をなさる」

 それは今から30年も前のこと。1990年代。タクティカル化が進み、伝統宗教が力を弱め、新たな界異と共に各種の規制が厳しくなった時代。

 タクティカル二・二六事件と暗に呼称される祓魔師たちの暴発によって、神祇庁が完全に解体される必要に迫られたことを――今ではもはや、歴史家か生き字引しか知ることがない。

「当時からの神祇庁職員も、もはや少なくなりました。祖父藤之慎ら伊勢派も出雲派も、貴方のような本庁派も、今ではもはやタクティカル化の波にのまれつつある」

「そう言われていた時代が懐かしいですね。私達クラシカル上がりの……しかし神祇官家の出身ではない雑多な祓魔師たちは、陰陽寮にも神宮大工衆にも混ざることが出来なかった」

 一種寂し気な声色でぽつりと呟いた河原石に、千萱は言葉の棘を刺し穿つ。

「だからこそ、あの小渕政権の時代においてすら、機堂仏郭計画を捻じ込むことが出来た。…………貴方も、その片棒を担いでいたのでしょう?」

「たかだか葬儀屋上がりの祓魔師に、前線一筋の30代に、技術屋に一体何の手助けが出来ましょう? ……1999年7の月を前にして、可能な限りの全てを賭けたにしてはお粗末な結末でした」

 

「ですが、その前例は残った」

 

 本題である。とばかりに、千萱は軽く座り直して切り出した。

 

「装備類の調達は官衙が行い、運用は前線部隊が行う。自衛隊や警察とは異なり装備の規格化が為されていないが故の弊害とも言えますが――――神祇庁時代からの慣例が未だに引き継がれていることも一因しているとはいえ、官庁と部隊が同一の系統の中で分離していないという状況は環境庁だけの例外的なものですよ」

 

 なるほど。河原石は小さく頷いて、座り直し。言葉の刃を切り返す。

 

「手厳しい。……ですが、これで利を得ているのはあなたもでしょう? 中臣参事官補佐殿」

 

 こつん。機械の腕を机にぶつける音がする。

 千萱の喉がごくりと上下し、かぶりを振った。

「さあ……何のことか」

「神祇部のお偉いさん……或いは大臣官房のレベルで、境対課における装備制式化計画が進んでいる――私の耳に入ってくるくらいです。情報保全が上手くいっていないのでは」

「……制式装備は既にあるでしょう。カラビナ社のペグライフルに、三菱製鋼製の黒不浄。正式なコンペティションの結果です」

 今度は千萱のほうが、用意されたテンプレートを読み上げる番。それを無視して、老いた男は更にもう一歩突きつける。

「麾下に装備研究課と装備開発課があって、独自の祭具開発を進めていておいて……ですか? 祭具メーカーの大半が大なり小なり境対課に祭具を納入している現状において、その民事不介入原則は通りませんよ」

「いやに企業の肩を持ちますね、河原石係長」

「私の実家がそうでしたから。……装備制式化に伴う大型需要の喪失と、それに伴う民間祭具企業の破綻。その一歩先へと進ませたくないだけです」

「なるほど。……河原石係長のご実家は確か、穢晶バブルの時に」

「需要が減った世の中で中小企業の生きる道など、ニッチを突くか品質でブランドを得るかしかありませんから。……当然誰もが出来るものではない。境対課という一大市場の喪失は私の父のような縊死者を多数生む結果となる」

 

 ですから。男は、河原石は、千萱の目を真っ直ぐ見通した。

 

「七代万作の忘れ形見……それとこの度の評決をバーター致しましょう」

 

 七代万作。1990年代以前に実在した現代の偉人の一人。日本の高度経済成長期とともに活躍した、七人の天才の一人。

 現代でも通用する形代紙の基礎理論を作り、そうして独自の式神を作り出していったマッドサイエンティストであるとも呼ばれる彼の名が、恰も今も生きているかのように老爺の口から零れだした。

 

「……七代万作は既に過去の人ですよ。日本の誇る高品質な形代紙こそが遺産であると言えば正しいですが」

「とぼけるのがお上手だ」

 にやりと勝ち誇ったように口元を緩ませ、初老の男は一枚の紙をテーブルの上に滑り込ませる。

 形代紙、祓串、注連鋼縄、狩衣……汎用祭具市場における、境対課を含めたシェアの割合が記された円グラフの中に、その円を10%程度切り取る形で“七代印”とだけ書かれている。

 なるほど。小さく呟いた千萱に対し、河原石は静かに一つ言葉を押す。

「……貴女の指金でしょう?」

「さあ……どうでしょう。彼らは縁起に過ぎませんから」

「縁起だからこそ、神祇官たる貴女はこれを停止させられる」

「…………敢えてこれまで見過ごして、これからも変わることは無い。今ここでそう断じたならば?」

「切りたくはない手札になるでしょう。……マスコミに民事訴訟という飛び道具は、私のキャリアにも関わる」

 こつりと、机に拳銃を置くかのように機械の腕を打ち付ける。

 民業圧迫、省庁内部の隠蔽体質。そうして縁起という一般には隠された存在――それらを最も喜んで消費するのは誰か、どの業界か。二人はよく知っている。

「……おや。ついこの間還暦祝いを差し上げたばかりですが。……残り1年と少しの間に、とんでもない爆弾を投げ込むつもりですね」

「知的財産権の問題は掘れば掘るほど出るものです。……勿論縁起に製造者責任はありませんが」

「だからこそ、その責任者たる人物を矢面に立たせて訴訟を起こせる。裁判には必ず人間が出廷しなければならない……しかし、吾たちが尻尾切りをするとは?」

「そうなれば、装備制式化計画は大きく後退する……あの忘れ形見を切り捨てようが、装備研究課長あたりを差し出そうが、ね」

「なるほど、確かに」

 千萱は凝り固まった身体を伸ばすように背もたれへと肩を預け、まずはジャブとばかりに返答する。

「ですがよろしいのですか? 貴方のお子さん……小さい方は丁度中学受験を控えているでしょう」

 恰もヤクザのような手法を取る女を相手に、そのような返事は織り込み済みとばかりに切り返す。

「退職金ならば結構。満期満額どころかビタ一文頂けるとは思っていませんよ」

「……凡そ2000万を、気安くどぶに捨てられるおつもりで?」

「バーターを飲んでいただけなければ……。手切れ金になるでしょうね」

 切り札を全て出したとばかりに「どうでしょうか」ともう一押し。普通ならば断わる事の出来ない脅し文句と共に迫る老爺の目。

 

「……なるほど」

 

 うん。千萱は軽く頷き、「それならば」と小さく柏手を打った。

 

「河原石係長。吉川玩具の社外取締役――その役員報酬は如何程だと思いますか」

「…………突然、何のお話しでしょうか」

 河原石の言葉に耳を貸すこともなく、祓魔師の女は続ける。

「制式祭具計画が仮に存在するとして……それにより最も被害を食うのは、果たしてどこであると考えますか?」

「……中小企業。先ほどお話したとおりです」

「では、今の中小企業における祭具製造の主流は?」

「ニッチを突いた、特殊かつ限定的な環境において効果的な祭具……穢晶バブルの末期から今まで、中小祓魔産業というものはそれでしか生き残れない」

「そう。鬼ヶ島製作所や兼定祓魔金属のような、ね。……ですが、それはほんの一握り」

 一呼吸おいて、小学校の社会の教科書にも載っている程度の一般常識を口にする。

「その大多数は、祭具の部品製造・加工と組み立てで食を繋いでいる。ご存じでしょう?」

「…………ええ。しかしそれは、その祭具を作り上げる大企業の存在があってのもの」

「ほう。大企業との取引なしに、ニッチを突いた祭具を作る。……河原石係長は、さぞかしチャレンジングなベンチャーが日本にも大勢いると信じてらっしゃる」

 千萱の皮肉を受けて、河原石はぽつりと口を開いた。

「……では、中臣参事官補佐。貴女は先ほど言った……その吉川玩具もまた、中小企業だと?」

「表立った祓魔産業には殆ど参入していないという点では……まあ確かにそうかもしれませんけれども」

 

 ふっと息を吐き出す。

 

「河原石係長。制式祭具計画で最もダメージを受けるのは、中小企業ではなく既存の大企業の側ですよ」

 

「……中小企業は切り捨てる、と?」

「そうではありませんよ。中小企業はたくましく、ニッチを突くか大企業――装備研究課と装備開発課の下請けになるか。その二つに一つで生きながらえるでしょう」

「……しかし」

 しかし。河原石の言葉に重ねるようにして、彼の思惑とは異なる言葉を紡いでいく。

「大企業はそうではない。彼らは企業規模が大きいからこそ、自らが製品を売り出すしかない。そうなれば当然、祓魔産業におけるシェア激減に耐えられるものは少ない。中でも特に、祖業を祓魔産業に置いていない……例えば花田重工や株式会社巳彩。鋼人商社とカラビナ社。そうして当然吉川玩具も」

「…………制式祭具計画によって祓魔産業が壊滅する以上、三井や三菱も免れないのでは?」

「ええ。ですが彼らは、穢晶バブルの崩壊と共にその資本比重を祓魔産業から移している。イザヨイグループもグループ内部留保から補填は可能でしょう。

 ……よって特に大きな被害を被るのは、下手に軸足を祓魔産業に置きすぎた者たち――――中でも薄ら暗い噂を持ちシェア率に伸び悩む吉川祭具か、或いは祓魔産業に足を踏み込みすぎた花田重工か」

 

 千萱は人差し指と中指を立てて、そうしてそのうちの一本を内側に折り曲げた。

 

「その中でも黒不浄弾の規制緩和を推進したくない……いいや、”規制を維持しようが、緩和しようが関係がない”のは。あなたが最初におっしゃったように、賛成でも反対でもないのは」

 

「…………黒不浄弾と、そうして火薬式火器と親和性の良い花田重工ではなく――吉川玩具。そういうことですか」

「そういう推理です。合っていますか?」

 

 なるほど。唸るように絞り出した嗄れた声に重ねて、さらにもう一つ。

 

「なにより、ですよ。河原石係長」

「国家公務員法に基づく天下りの規制を半ば無視してでも……或いは2000万円程度の端金を差し出してでも、貴方を境対課に対する混乱の火種としたいのは。そのメリットが有意に存在する吉川玩具くらいのものです」

 

 さて、と千萱が呟く。項垂れる老爺を前に、女はこつりと踵を鳴らして身を乗り出した。

 

「どうでしょう。凡そ、9割方は縁のあるお話しだと思いますが」

「……吉川玩具への天下りが裏側にあるからこそ、私が退職金を無視してでも飛び道具を……バーターと引き換えの強硬策を切り札に出来ると。そう仰りたいのですか」

「おっと。言葉には気を付けてください。貴方に贈収賄罪の容疑をかけることも出来ますから……」

「…………温情のつもりで?」

「まさか。このまま何事もなければ、貴方は満期満額を得られる……それ以上に何か?」

 

 定年退職前の今、既に天下り先との内定があるという仮定……そこから導き出される現職での贈収賄の事実を軽く見通しつつ、千萱は大きく首を振って立ち上がった。

「では河原石係長。黒不浄弾の規制緩和に関して、快いお返事を」

「……ちょっ」

 老いた男は遅れて立ち上がり、女の背中に機械に変わった腕を伸ばす。

「ちょっとお待ちください、中臣参事官補佐。……貴女はどこから、この情報を?」

 踵を返す。もはや何も話すことがないとばかりに、河原石から目をそらす。

 

「なにも。情報など、制式祭具計画なんていうデマですら、吾の方からは何一つ掴んでいませんよ」

 

 

 千萱は背を向けたまま小さく首を振って、会議室の扉に手をかけた。

 

 

「ただ縁の切れ目が見えるだけです。貴方に吉川玩具の話をしたほうが、縁を切りやすかった」

 

 

 

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