アンチテーゼ・ダービーガールズ 作:A・ジルー
常に冷静な言の葉を紡ぐ鋭利な麗人。
かつて母の夢を奪った日本ダービーを憎んでおり、それを超える熱狂と闘いを、オークスを走る過程で示すことにこだわる自称・アンチダービー論者。
(公式ポータルサイトより)
始まりました一発目。ティアラ路線がプッシュされている今ということで、あえてチケゾーの特徴を反転させた『ちょっぴりダービー嫌いの拗らせティアラマニア』を想定してキャラを描いてみました。
名前の由来は……こう、敗者たち(ルーザーズ)に垂らされた蜘蛛の糸(ウェブ)を掴んでやるぞ、的なアレです。無理くり対義語探そうとして躍起になった末に生まれたものなので、あまり気にしないでください。
無力で獲り得ぬオークスへ
それは、ウマ娘たちがトレーナーの前で実力を発揮しスカウトを狙う。『選抜レース』開催日のこと……。
会場には既に、才気溢れるウマ娘たちとの出会いを求めるトレーナーたちが数多く集い、今日の出走者について話していた。
その中で、あるウマ娘についての話が出ていたのだが──
「ウェブ、芝1600mに出るのか。この子の走り、ちょっと恐ろしい、って思ったりするんですよね〜。なんかいつもピリピリしてるって感じで」
「ただ、落ち着き過ぎともいえるなぁ。冷静に勝負しようって心構えは大切だが、レースはハートもなければ勝てないぞ」
その批評を聞き、出走者が待機するスタート地点の方を見ると──。
「……」
──そこには迫る出番を前に、仁王立ちし瞑想するウマ娘がいた。
「フゥー……」
神妙な面持ちで吐息を漏らし、なんとも話しかけづらい緊張感を放つ彼女。ゼッケンに綴られたのは、『ルーザーズウェブ』の8文字。
彼女こそ、同僚がそこはかとなく畏怖を示す注目株のウマ娘であった。
「ねえ!このレースで一緒に走る子だよね!」
するとそこに、なにやら話しかけに行くウマ娘がいた。口ぶりからして同じ出走者らしいそのウマ娘に、薄く片目を開いて対応する姿勢を見せたウェブ。
「あたし、あなたの隣でスタートするの!よろしくね!」
「……ええ、私はルーザーズウェブよ。どうぞよろしく」
緊張を張り詰めていた先ほどの様子と一変して、ウェブは淑女的な振る舞いを見せる。
「けれど──」
だが、そこに二の句を継いだ彼女は、再び先ほどの緊張感を解き放つようにしながらこう続けた。
「一着の席を争うライバルと無駄口を叩く、なんて油を売る真似をしている暇はないはずよ?
──あなたにも、そして私にもね」
「……ひっ!」
慇懃無礼ともとれるその言葉とともに鋭く相手を睨んだウェブのプレッシャーに、話しかけたほうのウマ娘がおののいているのが目に映った。
そんな印象的な前戯からまもなく。本番のルーザーズウェブの走りはというと──
『──ようやく前団が600mを通過!やや遅めで全員が様子を伺う展開となっています!』
ゆったりとしたペースの中突入した最終コーナー手前。最終直線が近づく頃合いでもあるそこは、スパートのタイミングについてメンタルを揺さぶられやすい場面。ウェブはまだ、後方にいた。
「う〜っ、みんなゆっくりすぎだよぉ……。スタートから何秒経ってたっけ?」
「ま、まだ早い?でも行かないとこのまま流されそうだしぃ……」
特にペースの遅さに焦らされているこの状況も重なれば、デビュー前で実戦経験の乏しいウマ娘たちにとって、焦燥に駆られるのも無理からぬことだった。しかしウェブは、表情ひとつ変えない。
「〜〜〜っ!!もう行っちゃえっ!」
『ここでひとり仕掛けていく!間もなく直線に入りラストスパート、誰が抜け出すのか!?』
間もなくコーナー中腹から、痺れを切らした何人かのウマ娘が飛び出す。
「……お熱いこと」
わずかに開かれた彼女の口からは、そう紡がれたように見えた。
しかしそれ以降、集団に紛れた彼女の表情を窺うことはできなかった。
『さあ直線!全員待っていましたとばかりに一気に行き始めた!優勝は誰の手に渡るか!?』
スパートの意思が伝播していったかのようにペースが上がった一行。一見してみれば、ウェブはそれに飲み込まれてしまったようにも見える。
──大言壮語だったのだろうか。
諦めにも似た失望が迫り上がる感覚に、自分の胸中を支配される。
ただし、それが思い違いであることは、すぐさま証明された。
『おおっと!ぬっと外に持ち出したルーザーズウェブ!そのまま前へ前へと進んでいくぞ!』
クレバーに隙間を抜けていった彼女の姿を受け、心を覆っていた失望が霧散していく感覚を味わう。
「ハァッ……!」
スイッチの切り替えを意味する声は、とても小さいものだった。
されど、勝利のみを射抜かんとする鋭い気迫を表す、美しさすら感じさせる声色だ。
『止まらないぞ、ルーザーズウェブ!』
この場の観客すべてが、主役が決定づけられたことを一息で感じ取った。レースを愛するいち人間として、興奮に値する瞬間であるはずなのに、身に滾るのは怯えにも似た思いであり──。
「……すごい」
──魅了に値する衝撃だった。
『悠々と駆け抜けていった!ルーザーズウェブ、ゴールイン!』
ゴール板を後にすると、ひどく涼しい顔で佇んだウェブ。まるで平常心そのものを映したようなその表情に、自分の中の何かが弾けた。
──ただちに、行動せよ。
半ば無意識に、才能の原石へ向け歩みを進めていく。
「あの──」
ただし、その言葉が彼女へ届くことはなかった。先に口を開いた他のトレーナーによって、興味の対象が自分へ向けられなかったためだ。
「俺と組もう!君とならクラシック三冠を狙える自信がある!」
そう声を出したのは、GI勝利の経験がある先輩トレーナーだった。
──遅かっただろうか。
出遅れた自分を呪ったものの、幸か不幸か、勧誘はウェブ自身によって跳ね除けられることになる。
「……クラシック三冠?ふん、論外ですわ」
提案を一笑に付して退けた彼女に、トレーナー陣へ動揺が走る。
論外?確かにウェブはそう言った。全ウマ娘にとっての夢の称号を、そう切り捨てたのだ。
「な、なんて言……冗談よね?」
隣の同僚がそう洩らしたのが聞こえた。彼女もウェブに魅せられたうちの一人だったはずだが、それも冷め切ったというような声色だ。
「ダービー如きで測れる器ではありませんの、私」
呆然としている一人目以降、声を掛けてくる者が誰もいなかったトレーナー陣を一瞥したウェブは、用済みとばかりにコースを去る。
(──何が、彼女の逆鱗に触れたっていうんだ)
三冠の称号と、ルーザーズウェブというウマ娘。この二点の間に横たわる溝は一体なんなのだろうか。
『ダービー如き』。冷ややかにただ一度口にした彼女の姿が、やけに印象に残ったのだった。
ウマ娘ストーリー解放キャンペーンのシステムに則って、全4話でキリをつける予定。
その後は育成ストーリーを追うのか、他のアンチキャラクターを作るかどっちかになるかも。