アンチテーゼ・ダービーガールズ 作:A・ジルー
実は、サッカーのルールはほとんど知らない。
「……それでは、本日よりトレーニング、よろしくお願い致しますわ」
担当契約を結んでから初の顔合わせにて、トレーナー室へ入るや否やそう声を発したウェブ。
「……一緒に頑張っていこうな」
「ええ。どのような鍛錬も気を抜きません故、そのつもりで」
物静かにやり取りを行ったのち、デスクよりとある資料を取り出す。
「さて、初めに話があるとお伺いしましたが、どのような言葉がお望みで?」
与えていた題目を口にした彼女へ、用意していた言葉を思い起こす。
手にした資料は、未契約のウマ娘たちの基礎トレーニングを受け持つ学園の教官から受け取ったものだ。それによれば──。
「レースでは、あまり本気になって走ることはないらしいな」
熱意を剥き出しにするタイプではない、と資料ではオブラートに包まれていた批評を取り上げて口にしてみれば、ウェブは何やら煩わしげに言葉を返してきた。
「……仰っていることの意味が分かりかねます。私が手を抜いて取り組んでいた、とでも?」
「いや、責めたいわけじゃないんだ」
予想していた返答を受け、改めて資料を見てみれば、確かに教官の監督下で行われていた模擬レースではぶっちぎりのトップに立っていることがほとんどだった。
「まったく、本気を求めるならば、せめてそのくらいの方を連れてほしいものですわ」
じゃじゃウマ娘ぶりに苦笑しながら頭を掻く。
選抜レースで既に知ってはいたことだったが、彼女の走りは既に完成されていると言ってもよかった。それ故に力を出し切ることもなく勝ててしまうのだろう。
ただし、それはまだ経験の浅い未デビューの中で競っているからだ。
そしてその原因をある程度推し量っていた故に、前述の批評へ付随されていた事柄について口にする。
「見た限りでは、普段から何かに熱中することがない、ともある。どうだ?」
「……どう、と問われましても」
解らない様子のウェブに、いくつか質問をぶつけてみることにした。
「好きなものは?」
「……さあ?」
「よくやるスポーツは?」
「……特には」
「趣味は?」
「……トレーニングが、それにあたるでしょうか」
「家族とは何を話す?」
「……現状報告の他は……どうだったかしら」
一問一答で分かった、私生活のあんまりな空虚ぶりに唖然とする。何を楽しみに生きているのか、という疑問は、ウェブの不興を買うのみだろうと飲み込みながら。
この何事にも冷めた性質は、将来のルーザーズウェブにとって弱点……いや致命打となるかもしれない。
──もし、ダービーへの『復讐』を終えてしまえばどうするのだろう?
怨念ひとつのみを原動力としているのならば、すべてを終えた先でウェブがすることといえば──。
(──ただ、消えていくだけ……?)
彼女が目的を果たした後のことを想像することができず、背中へ悪寒が走る。
……当人が望むならよいのではないか、とは思う。しかし、それと同等以上に、ウェブがレースを復讐の道具としたまま舞台を降りる未来を認めたくない、という思いが、彼女への干渉の決意を頑なにする。
「えらく深い思慮に耽っているようですが、如何なさったので?」
「──今、やることが決まった」
初日のプランを決定付けた自分へ、ウェブの興味深げな視線が注がれる。自分でも若干正気を疑う選択だ。しかしそれをおくびにも出すことなく、澄ました顔で言い放つ。
「……交流会だ!!」
そう言外に、休息を宣言してやった。
「……はて?」
このとき自分は、初めて呆ける彼女の顔を見た。
「……っ、あぁっ、このッ……!」
ガンコントローラーを手にしながら、苦戦に喘ぐウェブ。
最初にゲームセンターを訪れて真っ先に手を着けたのは、ガンシューティングのゲームだった。
「右だ、ウェブ!」
「承知しておりますわ!」
聞けばコントローラーを握ったこともないという彼女だ。動きはぎこちなかったが、画面へ向けてトリガーを引くのみでよい直感的な操作法のために、いくらか戦えているようだ。
「がっ──!」
しかしクリアには至らず、討ち取られた自キャラクターの末路を眺め唖然とするウェブ。
「これは、えっ、終わり……?」
ゲームオーバーを示す画面を前に、終了の意味も飲み込めていなかった。
「……どうだった、初めてのゲームは」
苦し紛れに問いかけてみれば、ウェブはわずかに息を切らすと首を横に振った。
「──だったら次だ!」
⏰
続いて訪れたバッティングセンターにて、打撃に勤しむウェブ。
「……ふんっ!はぁっ!」
凛とした掛け声と裏腹に、振り下ろすようなスイングは、未経験のそれを思わせた。
(──やっぱり、この娘は娯楽に触れたことがないのかも)
この現代で、こうも最大手とも言えるレクリエーションふたつへ理解が乏しいのは珍しい。彼女がいつ頃に母の現役時代を知ったのかは聞いていないが、滾らせる復讐心がそうさせた可能性も否めない、という考えへ思い至って気が重くなる。
「くっ……!次!」
全球全振を喫したウェブが再ピッチングを要求するも、料金分の投球を終えたマシンからそれ以上ボールが吐き出されることはなかった。
「……あまり、こうやってお出かけに行くことはなかったのか?」
声に反応して構えを解いた彼女は、どこか忌々しげに頷く。
「弱みでも探ろうとしていましたの?」
ついでに放たれた皮肉は、かなり苛立たしげだ。どうやら相当頭に来ているらしい。
「そうじゃない、君の気分転換のためだ」
実際にはどちらともいえる問いだったが、あえてそう口にした。
解っていない様子のウェブへ頬を搔きながらも、素直に狙いを伝える。
「張り詰めた糸はすぐ切れるものだから」
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
機嫌は直っていなかったが、まだいいようにされてくれるらしい。
「じゃあ、次はもっと身近なところに行こう」
⏰
「それで、最後はレース場という訳ですか」
それはメイクデビューが行われる舞台へ足を踏み入れた直後のウェブの台詞だ。
「みんなの動きを見てどうだ?」
「さあ、皆様懸命に走っておられるなと。お熱いことですわ」
ターフを駆けるウマ娘たちを指して印象を訊いてみると、そう漠然とした答えが返ってきた。
もしやこの一歩引いた姿勢は同業のライバルにも向けられるのだろうか、と勘繰って間もなく、レースはラストスパートを迎えていた。
『さあ最終直線!大事な一勝目を挙げるのは誰か!?』
その実況の煽りに、スタンドが沸き立つ。さすがに規模の小さいレース故、空間の目立つ場だったが、その熱量は決して他の競技にも劣らない。
「こうして訪れたことはありませんでしたが……なるほど、これが現地の白熱ぶりということですか」
感慨深げにそう口にした彼女。観戦も初めて、となるとかなり筋金入りだ。
そう考えていると、いよいよレースは勝者が決まろうとしていた。
『──ゴォオオオオオール!!デビューを見事勝利で飾りましたー!!』
初陣を飾ったウマ娘へ向け、ウェブと共に拍手を送る。
「はぁ、はぁ……応援ありがとうございまーす!私、ダービーに出るのが夢で、その……とにかく応援よろしくお願いしまーす!」
「──ウッ」
勝ったウマ娘が何気なく口にした台詞に、眉を顰めるウェブをたしなめながら。
「──ええ、心配ありませんわ。お母様」
寮の一室にて。スマートフォンで連絡を行うウェブの姿があった。
「私と同じく、かなり変わった方ですけれど、特段問題はないでしょう」
契約を結んだトレーナーの印象をそう報せた彼女は、交流会と称した気分転換とやらの顛末を思い起こしていた。
「……気分転換から始めよう、だなんて」
『そう、珍しいわね。あなたがそうボヤくなんて』
ふと零れた言葉を拾った母の声に、慌てて咳払いで取り繕う。
「いえ、不満という訳では」
『ううん、あなたのことをよく見てくれているようで安心したわ』
ウェブの弁解は空を切る。何故、と彼女が訊き返す前に、母は通話を締めくくった。
『精一杯頑張りなさい。……あなたが本当にやりたいことのために』
「はい、もちろん」
間もなく切断音が響き、ウェブはスマートフォンの電源を落とした。
「やりたいこと……ええ、もちろん。これから始まるのですから」
何気なく見やった窓からは、月光が差し込んでいた。
ちょっと締めについて迷走中。
お読み下さる皆様に格別の感謝を。
次のアンチキャラクターは誰がよいか
-
アイネスフウジン
-
アストンマーチャン
-
アドマイヤベガ
-
ヴィルシーナ
-
サトノダイヤモンド
-
タマモクロス
-
ライスシャワー