有馬記念での敗北から年が明けた。天皇賞春の前哨戦にマヤノトップガン陣営が選んだのは阪神大賞典だった。
一昨年のナリタブライアンとの出会い。昨年のナリタブライアンとの世紀の一騎打ち。
マヤノトップガンにとって感慨深いレースだった。
昨年の宝塚記念以来一度も勝てていない現状、メンバーが手薄なことを考えても絶対に取りこぼすわけにはいかないレースだった。
だが。
――出遅れたっ?
観客席からざわめきが起こる。
『おおっとマヤノトップガン、シンガリから! 昨年のナリタブライアンと激しく競り合ったマヤノトップガンですが今年はシンガリです』
それは焦りからだったのか、以前のようにわかってしまう感覚から遠ざかり試行錯誤を余儀なくされる結果だったからなのか。
マヤノトップガンもわからなかった。
しかし、そんなことは言い訳にもならない。
「マヤノーッ! 前に行ってくれー!」
観衆の悲鳴のような声がマヤノトップガンの耳に届いていた。いつもならそうしたいところだった。
スタート失敗とあって、位置取りの争いをするという選択肢はなくなっていた。マヤノトップガンはゲートを出ても先行争いをすることなく、最後方につけた。
マヤノトップガンはただひたすら脚をためることに専念する。
常に先行して優位に立ってきたから、後方からの景色は初めてかもしれない。
「……あれ?」
マヤノトップガンは違和感に気付く。前から吹く風が弱い。偶然にも前を走るウマ娘の背後のエアポケットに入れていた。
空気抵抗のない状態での走りが楽なのは知っていたが、実際に本番のレースの中でそれを体感するのは初めてのことだった。
それだけではなかった。今までは無理をしてでもスタートを切ってから加速をつけて先行争いに加わっていたが、こうして先行争いをしないだけでスムーズにレースを展開できることに気付く。
「うわぁ」
思わず声が出る。
気持ちいい。いつもより体が軽い気がする。折り合いがつくというのはこういうことなのか。
全力で走れる。それに気付いた瞬間、ぞくりと背筋に電流が走る。
いける。
春が遠く感じる冷たい風の中をマヤノトップガンは自分のペースで走り抜けていく。
『マヤノトップガン依然としてシンガリですが、さあ行った! 行ったぞ! トップガン外から行く! 歓声が沸きます』
マヤノトップガンは外側からするすると位置を上げていく。抜かしていくウマ娘の息が上がっていた。
最終直線に入る頃には先頭集団に加わっていた。
ギアを一つ上げていく。
蹄鉄で芝を踏みしめる力が思ったよりも強い。自分でも怖くなるほどの加速がついてくる。一歩、更に一歩と前に進む勢いが今までと違いすぎる。
まさかと思う程の反応が自分の身体から返って来た。リストウェイトとアンクルウェイトの効果がやっと現れてきたのだ。
そして、ゴール板を通過する。
『トップガン楽勝! 春の盾まで視界良し! トップガン堂々たる勝利! あまりにもあっけない阪神大賞典の勝利!』
ゆっくりとマヤノトップガンはスピードを抑えていく。汗が気持ちよかった。久しぶりの勝利だからだけではない。ずれていた何かがかちりと音を立てて噛み合ったようだった。
三千メートルを走ったとは思えない力強さが全身から漲っていた。
初めて選択した追い込み策に余裕を持って早めに捲って上がっていったが、その力さえも最終直線での末脚だけに使ったらどうなってしまうのか。
信じられない程の手応えに身体が震えていた。
「いやぁ、三人とも食べるねぇ……」
トレーナーはもう何もかも諦めたように呟いていた。
久し振りのマヤノトップガンの阪神大賞典快勝の勢いで、チームでの焼肉パーティになったのがいけなかった。育ち盛りのウマ娘の胃袋は無限大に等しく、一時間経った時点でもうどれだけ注文したのか費用を全部持つことになっているトレーナーさえ把握できていなかった。
「マヤノトップガン先輩が勝ったのですから、こういう時は沢山食べないと。だよね」
「そうっス! こんなときこそ焼肉っスよ! 焼肉! 初めて意見があったっス」
眼鏡のウマ娘と道着のウマ娘が上カルビを頬張りながら口々にそう言った。
「いやぁ、普段も二人の意見が合ってたらいう事ないんだけどなあ。マヤノちゃんもそう思うよね?」
トレーナーの言葉に、マヤノトップガンはニンジンを咥えたまま頷いた。マヤノトップガンもうっすらとトレーナーの財布が心配になったが自分が勝って上機嫌になってくれたようだったので、追加の注文をするために嬉々としながら店員さんを呼び止めてオーダーする。マヤノトップガンの視界の外でトレーナーの顔が蒼褪めていた。
「それにしても……」
道着のウマ娘が話を切り出した。
「自分はマヤノ師匠が勝つって信じてたっスよ? 信じていたけど、マヤノ師匠が序盤最後方から行ったときは心臓止まるかと思ったっス」
「私はマヤノトップガン先輩の策がうまくハマったのだと思いましたが……」
「まあ、勿論、他の出走者の虚をつけたのは事実としてあると思うっス」
「ちょ、ちょっと待って。今日のマヤの走りってダメだったかな? トレーナーちゃんはどう思う?」
意外にも不評だった自分の走りにマヤノトップガンは不安を覚える。
「いやいやいや、逆だよ。マヤノちゃんの走りは凄かったよ。私も追い込みになってビックリはしたけれど……」
「ビックリ?」
「うん。マヤノちゃんの走りはやっぱりさ、ああいう瞬発力勝負の真っ向勝負より、前につけて展開を操っていく方が合ってるんだよ。いつもはもっときれいにスタート出来たからああいう展開に合わせて終盤で辻褄を合わせる形になっちゃったけどね」
「え……」
マヤノトップガンは耳を疑う。今日感じた手応えに冷や水をかけられたようだった。
だが、外から見ると、そう見えていたのかもしれない。実際、今回の阪神大賞典は力で押し切るのも可能なメンバーだった。
「自分達、マヤノ師匠の走りを褒めてるんスよ。皆、自分の得意な走りを突き詰めた上でも勝てないのに、マヤノ師匠はどんな展開でも勝てるんスから……」
「私はマヤノトップガン先輩にはアレで勝てる深い理由があるのかと……」
「虚をつくのはいいスけど、上手くスタートを切れて先行で勝てる長く使えるいい脚があるのに、あえて追い込みを使う理由なんてあるとは常識的に考えられないっス」
「そ、それはそうだけど……あの、マヤノトップガン先輩はどうだったのですか?」
質問を振られてマヤノトップガンは言葉に窮してしまう。
追い込みは本来、スタートが上手くないか序盤加速がつかないウマ娘が、最終直線での末脚を活かすために選択することが多い。もしくは距離適性より長い距離を走るウマ娘が、最終直線までに脚を温存できるからと使われる走法である。追い込みは最終直線で他のウマ娘たちを抜いて走っていかなければならない関係上、レースの展開に大きく左右されてしまう。逃げ馬に脚を残されると末脚が届かないこともあるし、最終直線で前を塞がれることもある。
対して、マヤノトップガンの普段の逃げ、先行は道中でのスタミナの消費が激しいものの、展開を操る事もできるし、前を塞がれる可能性が低い。実力を発揮しやすい戦法と言われており、多くの場合理想的な走りとされている。
マヤノトップガンの資質、実績を考えれば先行策を取るべきなのは明らかだった。
「マヤは……」
わからない、と言葉を続けようとし、マヤノトップガンは口をつぐんだ。何もこんなめでたい席でトレーナーと後輩のウマ娘を心配させる必要はないと思った。
自分の気持ちよりも責任だとか期待だとかに応えようとしてしまう。
いつの間に自分はこんなに大人になってしまったのだろうか。
当たり障りのない言葉をトレーナーと後輩達の前で紡ぎながら、マヤノトップガンは青い感情のまま不満げな目で周りを睨めつけていたナリタブライアンの姿を思った。
たとえ、レースで圧勝したとしてもあくまで天皇賞春の前哨戦でしかない。今年は昨年以上の厳しいレースになると予想された。本番までの間に出来うる限りのトレーニングを積まなければならない。
そんなある日の夜だった。
マヤノトップガンはトレセン学園のトレーニングルームにあるサンドバッグを叩いていた。
ウマ娘専用のサンドバッグだった。
人間用のものとは比較にならない頑丈さ、重量、硬度を持つそれを人間が叩くと、ボクシンググローブを着けていても手を痛めてしまうという。
マヤノトップガンはそれを両手両足で、無呼吸で何分も叩き続ける。勿論、リストウェイトとアンクルウェイトをつけたままだ。既に限界まで重りが取り付けられている。
汗が噴き出し、手足が痺れてくる。足元に汗の水たまりが出来ていた。
それでもマヤノトップガンは一心不乱にサンドバッグを叩き続けた。豪快な炸裂音が間を開けずに何度も何度も繰り返される。その凄まじい光景に補佐に入っていた後輩のウマ娘たちは唖然としていた。
重量以上に、無酸素運動を継続し続けることが何よりも苦痛だった。
天皇賞春は三千二百メートルある。ウマ娘、いや、ほぼすべての陸上生物の無酸素運動の限界を超える距離だ。このレースを走りきるには並大抵の心肺機能の鍛え方では足らない。
「なるほど。本物が殴るとサンドバッグが縦に揺れるんだね」
聞いたことのある澄んだ美しい声にマヤノトップガンは揺れるサンドバッグを抑えて振り返った。
鹿毛のショートカット、桜色に煌めく瞳、マヤノトップガンが思うような大人の女性に相応しい柔和な笑みを浮かべるウマ娘がいた。
「ローレルさん?」
サクラローレル。ナリタブライアンの同期にして、前年の年度代表ウマ娘である。
サクラローレルは言った。
「ごめんね、マヤちゃん。邪魔しちゃったかな? それにしても、天才マヤノトップガンの走りもこれほどの量の汗に支えられているんだね」
サクラローレルは感心しているような口振りだったが、マヤノトップガンにとっては昨年の天皇賞春に敗れてしまっている相手だった。前を行くサクラローレルとナリタブライアンの後ろ姿を息も絶え絶えの中ただ見ているしか出来なかった。つきん、と胸の奥に小さな棘が刺さる。
サクラローレルもトレーニング中だったのかトレセン指定のジャージを着ていた。
「ローレルさんもこれからトレーニングなの?」
「私は今日のトレーニングは終わってて……ただ、マヤちゃんとお話が出来たらなって」
「マヤは今トレーニング中だけど……」
マヤノトップガンが視線を泳がせると後輩たちが口々に言う。
「トレーナーには言っておきますから!」
「今日はマヤノ師匠、十分トレーニング出来てるっス!」
「……じゃあ、ローレルさん、ちょっと着替えてから行くから、部屋の外で待っててくれる?」
サクラローレルは優しく微笑んで、トレーニングルームから出ていった。それを見計らって後輩たちがタオルとスポーツドリンクをマヤノトップガンに手渡した。
「ん。ありがと」
「……大丈夫ですか?」
「え? 何が?」
眼鏡のウマ娘の顔が青くなっていた。
「サクラローレル先輩って綺麗だけど、ちょっと笑顔が怖いような」
「そうかな」
道着のウマ娘も同じような顔色で声を顰めていた。
「天皇賞春を目前にして、ライバルと話したいことがあるなんて変っスよ。くれぐれも気をつけてくださいっス」
「気を付けるって、なになに?」
「渡された飲み物とかを口にしない方がいいっス」
「サクラローレル先輩が角材を持って待ち構えているかもしれませんよ……」
後輩たちの言葉にマヤノトップガンは思わず吹き出してしまった。そんな訳ないじゃん、と笑いながら二人の頭を撫でた。
「ローレルさんは凄いウマ娘だよ? そんな卑怯なことしないよ」
「そ、それはそうですが、でも……」
「自分達、マヤノ師匠が大好きで、だから、凄く心配で……」
「絶対に大丈夫。ローレルさんには矜持があるからね」
矜持という言葉を選んだのは、マヤノトップガン自身思いもつかない事だった。
阪神大賞典に勝って以来、ナリタブライアンのことばかりを思い出す。夕暮れの中でナリタブライアンが語った矜持のこと、ナリタブライアンとの競り合いの末に聞こえた咆哮が、マヤノトップガンの中で燃え残った炭のように燻っていた。
「あそこに座ろうか」
以前も来たことがあるベンチだ。ナリタブライアンと一緒に語り合った場所だった。ベンチのすぐ隣の自動販売機の明かりがそこを煌々と照らしていた。
「何か飲む? おごるよ?」
サクラローレルが自動販売機を指差す。絶対にない事だと確信していたが、マヤノトップガンは道着のウマ娘が渡された飲み物を飲まない方が良いと言っていたのを思い出した。
「ううん。さっきスポドリ一杯飲んじゃったから」
「そっか」
ガコンと落ちてきた缶入りのジュースを取ってから、サクラローレルはベンチに座る。マヤノトップガンもそれに続いた。
先日の阪神大賞典の時はまだ春の気配なんて殆ど感じなかったのに、ほんの数日でもう桜が花開いていた。ひゅうと風が吹いてどこかからか桜の花弁を運んでくる。サクラローレルの髪が風に靡き、さらさらと揺れていた。
美しいと思った。
サクラローレルとは学年が一つしか変わらないのに、ずっと大人に見えた。昔はこういう大人の女の人になりたかったのだと思う。
でも、今、自分が大人になりたいのかマヤノトップガンにはよくわからなかった。
「ね、マヤちゃん。この前の阪神大賞典凄かったね」
「えっ、あ、うん。ありがとね。トレーナーちゃんと後輩の皆にはあんなあぶなかっしいレースしちゃだめって言われちゃったんだけどね」
「そうなの? 私には凄くマヤちゃんが走りやすそうに見えたんだけどな」
どきりとマヤノトップガンの心臓が音を立てた。
思わずサクラローレルの顔色を窺ってしまうが、何か物思いに耽るように星空を見上げていてどんな表情をしているのか判別できない。
そうして、サクラローレルはジュースを一気に飲み干して、背伸びをしてみせた。
「あー……、私も出たかったな。阪神大賞典。マヤちゃんの走りを間近に感じたかった。有馬記念の後、ちょっと骨にひびが入っちゃったからなぁ……」
「ローレルさん、それ、大丈夫なの?」
「うん。天皇賞春には間に合わせるから」
こともなげにサクラローレルはそう言ってのけた。
サクラローレルはこの時代最強のウマ娘の一人だったが、その道のりは平坦なものではなかった。
彼女は一度、競争能力を喪失するほどの故障を経験していた。その怪我からの復帰におよそ一年一ヶ月を要している。引退を決意するには十分すぎるほどの長い年月である。
怪我から復帰しただけでも偉業なのだが、サクラローレルは更に復帰明けの中山記念で、皐月賞優勝ウマ娘ジェニュインなどの決して手薄とは言えないメンバーを相手取り一バ身四分の三の差をつけて圧勝している。中三百八十四日空けての重賞勝利は、この時代においてシンボリルドルフの世代でシンボリルドルフ以外では唯一芝のGⅠを勝利したウマ娘スズパレードの中四百六十一日に次ぐ中央競バ史上歴代二位の記録である。
マヤノトップガンは近くでそれを見てきたわけではない。だが、数字だけ見ても彼女がここまで来るのに何を抱えてきたのか、何を投げ打ってここまで来たのかは察するに余りある。
マヤノトップガンが次のレースで戦わなければいけないのはそういう相手なのだ。
ごくりと、唾を飲み込むと生々しい苦さが喉を通り抜けた。
「マヤちゃんが調子良さそうなのがわかったから、今日はもう帰ろうかな?」
サクラローレルが微笑んでから言った。話があるからというわりには余りにとりとめのない内容に拍子抜けした。敵情視察だったのだろうか。マヤノトップガンもまた、現時点において最強のライバルであるサクラローレルに敬意を表したい気持ちがあった。
「ローレルさん、その缶捨ててあげようか?」
「えっ、ありがとう。優しいね、マヤちゃん」
サクラローレルはゆっくりと立ち上がる姿も嫋やかだった。
一歩、二歩、三歩と進んでサクラローレルは立ち止まる。
あれ?
と、マヤノトップガンは首を傾げた。空き缶を捨てるという提案に対してありがとうと言ったのに空き缶を渡してこなかったからだ。
サクラローレルは振り返って、マヤノトップガンに向き直る。自動販売機からの光がサクラローレルの微笑みに陰影を刻んでいた。
「マヤちゃん、私ね、今年の秋は凱旋門賞に出る予定なんだ」
「凱旋門賞……? そ、そうなの? 凄いね」
凱旋門賞とはロンシャン競バ場で行われるGⅠレースであるのみならず、欧州において、そして、全世界のウマ娘にとって最高峰のレースとして位置づけられた特別なレースである。
マヤノトップガンは適性を考えても凱旋門賞の出走を考えているわけではなかったが、それでも、先を越されたという感覚は否めない。
「だからね、今度の天皇賞春でマヤちゃんをちょうどいい踏み台に出来るって思ったの」
サクラローレルはこともなげにそう言って、口元に緩やかな笑みを浮かべた。マヤノトップガンの背筋をぞっと冷たいものがなぞる。
「ああ、そうだ……これ捨ててくれるんだっけ?」
サクラローレルがジュースの空き缶を放り投げる。マヤノトップガンの方ではなく、ただ宙に投げた。
瞬間、サクラローレルの右足が消えた。それが落ちてくる空き缶に向けて前蹴りを繰り出したのだとわかったのは、風圧が顔面を叩いた時だった。
キィン
と甲高い金属音がした。
普段空き缶を蹴飛ばした時に出る音とは違うものだった。
それは、ゆっくりとマヤノトップガンの掌の上に落ちて、そして、横から真っ二つに割れた。
余りにも滑らかな真っすぐとした切り口だった。サクラローレルの手には何も持っていない。靴に何か仕込んでいるわけではなかった。
サクラローレルは蹴りだけで空き缶を両断してみせたのだ。
マヤノトップガンの全身に鳥肌が立つ。
「マヤちゃんはあんなに強いブライアンちゃんと走れてよかったね」
氷のような響きにマヤノトップガンは、はっとして顔を上げた。
サクラローレルの顔に笑みはなかった。ウマ耳を絞っていた。
どうやらこれが本音らしかった。
傲然と見下ろす桜色の瞳に暗い炎が燃えていた。
撃ちぬくような強い眼差しに金縛りにかかるマヤノトップガンに、サクラローレルはふっと相好を崩す。
口角の吊り上がった笑みは先程まで見せていた大人びた微笑みとは別種のものだ。肉食獣が獲物を前にして牙を剥くような笑みだ。サクラローレルには余りに似つかわしくない筈なのに、どこかあるべき形のように見える。これこそがサクラローレルの本質なのかもしれない。
サクラローレルは攻撃的な笑みのまま口を開く。
「次の天皇賞春にマヤちゃんに勝って、誰が相応しいか見せつけてあげる」
誰に何を見せつけるのか、サクラローレルは口にしなかった。だが、マヤノトップガンにはわかった。マヤノトップガンとサクラローレルの間を繋いでいるのはナリタブライアンのみだ。
「だからね」
サクラローレルは続ける。
「全力で来い」
低くそう言ったサクラローレルの顔に、あの孤高の怪物の顔が重なった。
サクラローレルこそ、ナリタブライアンに並び立つもう一人の餓狼である。