魂を縛る魔法   作:首切り役人

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番外

「貴女があらゆる時代の魔導書を集めているというエルフか………」

 

 大陸魔法協会ができるよりも昔。まだ魔王が猛威を振るい続けていた時代、遥か古代から生きるエルフの下に、一人の未熟な魔法使いが訪れた。

 

「それにしても、すごい数…………」

「魔導書は良い。劣化しないよう魔法をかけておけば、遥か過去の魔法も現代に伝える事ができる。それで、お前は何をしにきた? 読みたいというなら………好きにしろ、どのみち伝えるために残したものだ」

「それは、魅力的な………だけど俺は、貴方の弟子になりにきたんです」

「………………お前ふざけているのか?」

 

 

 

 

 

 

 断頭台のアウラの逃亡。謎の魔法使いトーテ。

 七崩賢の名を冠する魔族と魔族に与する魔法使い。

 しかも空間転移の魔法を使った。人類の魔法体系では未だ実在が証明されていない魔法。

 

「それをトーテは手に入れている。私の弟子の中で、最も才に溢れ、最も愚かな子だ」

「ええ、ゼーリエの弟子なの? 人類の敵になってるじゃん、何やってるの」

「黙れフリーレン」

 

 大魔族が逃走したことをグラナト伯爵が大陸魔法協会なる組織に報告したところ、現れたのはゼーリエというエルフ。

 教会で治療を受けたものの数日滞在する事になったフリーレンの前に現れた。彼女はフリーレンの旧知だった。

 

「あの子は元々人類を味方だと思っていない。魔族も人類も、言葉が通じる生き物と思っていても話が通じる生物としてはみていないんだよ」

「でも、彼は間違いなく人間だった」

「それは間違いない。私もその辺りを矯正しようとしたが、結局出来なかったな」

 

 魔族と人類の区別は、つかないわけではない。魔族は危険な動物と認識した上で、利用出来るなら利用する。かつて多くの魔族を捉え、その魔法を研究していた事もあった。

 

「魔族の魔法は人間には使えないのが殆どのはずだけど」

 

 勿論、ゾルトラークのように洗練されすぎて再現出来た魔法や飛行魔法のように原理が解らぬまま使える魔法はあるが………。

 

「『火打ち石を使おうが木を擦ろうが日光を集めようが火は付く。過程を真似できずとも結果を再現できれば良い』……それが魔族の魔法の研究などという時間の無駄遣いをやめろと言った私に対して言った反論だ。事実、いくつかは再現してみせた」

 

 生意気な奴だった、と鼻を鳴らすゼーリエ。成る程、面白い見解だ。

 

「尤も、あの子が再現した魔族の魔法も一部しか人類には使えないが………」

 

 魔族の魔法を再現出来ない理由の一つは脳の構造、そして精神構造の違い。人間を同族と認識出来ないだけあり、その辺りは魔族よりのようだ。口に出したらゼーリエが怒りそうだから言わないけど。

 

「あの子は世界の見方が我々とは異なる。下に見ているフシがある。切れるイメージ、破壊できるイメージが文字通り飛び抜けている」

「……………だろうね」

 

 千年も都市を守り続けたフランメの結界を容易く切り裂くイメージが行えるのだ。魔法はイメージの世界。魔法使いとして、その力は群を抜いていると言っていい。

 

「魔法にも出来ない事はある。少なくとも、今の術式では………あの子はそれを最終的にイメージで無視する」

 

 魔法を学べば誰だってぶつかる壁を無視して、トーテは転移魔法や若返り、老いの魔法を操った。故に最も才に優れ、魔法の論理的構築を無視する最も愚かな弟子。

 

「でも人類も魔族も興味ないなら、アウラについていた理由は何で?」

「断頭台のアウラがあの子にとって有用な魔法を持っていたからだろう。あの子は契約を厳守させる魔法がある。それを使い、危害を加えられないようにした」

「人間と魔族じゃ、危害の認識に違いがあると思うけど。思考が魔族よりでも、一応人類でしょ」

「自分の認識で契約させる魔法だ。それと、二度と魔族よりと言うな」

 

 ジロリと睨まれ小さくなるフリーレン。口に出さないようにと心がけていたのに、つい。

 

「えっと………アウラの魔法は、ゼーリエも知ってると思うけど…………誰か支配したかったのかな?」

「いや、厳密には魂だろう。あの子は死を恐れていた。死なないための魔法を幾つも生み出していたが、最終的には頭を潰されたら終わりだ。だから、魂から復活する魔法を作ろうとしたのだろう」

 

 死した後、魂が行き着くとされている魂の眠る地(オレオール)………そこでは魂と会話できるという。つまり魂こそが自己を確立している。

 

「でもアウラのイメージでは頭がものを考えているけど」

「魂に干渉する術さえ得られれば、後は自分で改良するつもりだったのだろう。事実、魂からアウラを復活させたのだろう?」

「うん…………あれ、でもじゃあなんでアウラを連れて行ったんだろ?」

 

 既に魂に干渉する魔法を得たのなら、益々解らない。どうしてアウラを連れて行く必要があったのだろうか?

 

「それは知らん」

「解らないんだ………」

「だがまあ、魔法はイメージの世界だ。魔力差で負け、死んだアウラは暫くは魔法を発動出来まい。奴等は人食いの化け物だが、生き物でもある」

「それはそうだけど。ほっとく理由にはならないよね。見つけたら殺さなきゃ」

 

 尤も、それに対してトーテがどう動くか解らない。あれは勝ち目が見えないタイプの魔法使いだ。

 

「当然、私の弟子の中でも最強だ」

「弟子自慢するなよお………」

「お前も弟子を取ったのだったか? 今度見せに来い」

「いつかね。それで、トーテはどうするの?」

「……………指名手配にすると、面倒なことになるな」

 

 人間の中に魔族に与する者がいると知られれば、また魔法使いが迫害される時代が来るかもしれない。

 

「一先ず仮面の魔族として警戒を促しておく。あの馬鹿弟子は、私が捕える。その時アウラもいればついでに殺しておくさ」

「仮に、トーテがアウラに惚れていたとかだったら?」

 

 ないと思うが油断して食べられる、なんてことも………。

 

「その時は、私の弟子を誑かした害虫をこの世から消してやる」

「トーテが邪魔するかもよ? 魔力だけなら、ゼーリエにも届くかも」

「魂に付随する魔力の吸収か………」

 

 アウラの魔法は一度発動すれば肉体が朽ちるまで半永久的に支配を続ける。しかし、アウラ自身魔力を消費し続けているわけではない。なら、不死の軍勢を動かす魔力はどこから来ているのか………。

 魂の魔力だろう。そもそも、魂を乗せ、魔力を測る魔法。アウラのイメージする世界において、魂と魔力は密接に関わっている。

 

 当然、アウラの魔法を元に魂に干渉する魔法を得たトーテにも。あの魔力の増大は、間違いなくそれだ。

 

「確かに彼奴は、生意気にも私に勝つイメージを持っている」

「なら………」

「だがな、私もあのクソガキを仕置するイメージなら、既に持っている」

 

 

 

 

「師匠?」

「ああ、間違いなくアウラをぶっ殺そうとするだろうな」

「………貴方でも勝てないの?」

「勝つイメージは湧くが、それはそれとして負けないイメージを持てない」

 

 まず魔力だけで勝負が決まる相手ではないし、向こうだってこちらに負けるイメージなど持たないだろう。

 

「まあ逃げるか」

 

 転移魔法を人類で持つのはトーテとゼーリエだけ。どちらが使い熟せるかと言うと、当然トーテ。

 逃げるイメージならいくらでも出来る。

 

「殺せないの?」

「無理だな。それに、俺はあの人を殺したくないし」

「────」

 

 それは、自分より愛してるからだろうかと息を呑むアウラ。

 

「あの人が好きなのは確かだが、お前よりあの人を優先することはない」

「ほ、本当に?」

「ああ」

 

 アウラはほっと安堵の息を吐く。

 愛に関する書物では、愛する対象が変わることもある。なんなら愛を口にしておいて所謂主人公と真実の愛とやらを育み古い愛の対象を破滅させる物語だってあるのだ。

 

 愛という理解出来ない感情で守られているアウラは、だからこそ愛していると、それを理解出来ないまま思われたい。

 

「愛と好きって、違うの?」

「まあ、違うな」

 

 首を傾げるアウラ。書斎に向かう。また愛の理解を深めようとしてるのだろう。水底を泳ぐ魚が、空を飛ぶ鳥の気持ちなど理解出来ないだろうに。

 

「…………師匠、怒ってるだろうな」

 

 

 

 180年前。

 エルフの魔法使いゼーリエの下に訪れたトーテは弟子になりたいと希望するがゼーリエはふざけるなと睨みつけてきた。

 

 この千年の間も、魔王を倒した魔法使いこそいないまでも魔法使いの英傑の中に彼女の弟子も多いはずだが。

 

「弟子になりたいと言うなら本人が来い」

「…………………」

「森のはずれで、いつでも逃げられる準備をしているな。なめているのか?」

「むしろ、なめてないから殺されないようにしてるのですが………」

「ふん。まあいい…………お前の好きな魔法を言ってみろ」

「魔法は全部好きですが」

 

 魔族の魔法も含めて、とは言わない。だが察せられたのか目を細められた。

 

「その中でも好きな魔法だ」

「……………ないですね。俺が求める魔法は、まだ存在していない」

「…………………いいだろう、合格だ。本人で来るなら、鍛えてやる」

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から120年ほど前、トーテは死者の経験を赤子に継承しているという戦士の村を目指していた。

 

 記憶ではなく、経験。赤子は戦い方を知識として体や頭が覚えているが、死んだ戦士が生まれ変わっている訳ではない。

 それでも魂に干渉する魔法のヒントになればと思って向かっている。

 

「っ!!」

 

 魔族の気配。捕捉したのは向こうが先。すごい勢いで向かって来る!!

 

「ぐっ!!」

「ほお………」

 

 咄嗟に張った障壁に罅が入る。力のベクトルを四散させるトーテが扱う防御魔法の中でも物理防御最強なのだが、埒外の力に力を削りきれなかった。

 

「魔法使いか。この先の村を守護する戦士の一人かと思ったが。ふむ、良く魔力を隠している」

「魔族………!」

 

 所謂将軍と呼ばれる、身体強化を行う近接主体の魔族だろう。求道者のように武を極めようとするのも居る。

 わざわざ戦士の村を目指していたあたり、そのタイプか偏食家。

 

「もしや継承させる魔法使いか?」

「そういう魔法使いは村から出ないんじゃねえか」

「それもそうだ」

 

 ふはっ、と楽しそうに吹き出す魔族。敵意は感じないが、そもそも魔族はこれから食う肉に敵意も殺意も持ちやしない。

 

「我が名はリヴァーレ。魔族最強の戦士だ。殺し合いをするなら戦士のほうがいいのだが、ここであったのも何かの縁。手合わせ願おう」

「断る」

 

 戦士の真似事なら出来なくはないが、生粋の戦士にはまず勝てない。ましてや大魔族の将軍など冗談ではない。

 

重力で押しつぶす魔法(グラズゴルゼア)

 

「むっ………」

「マジか」

 

 地面が陥没し落ちてきた大気が暴風となって吹き荒れる。その魔法の中心で、リヴァーレは膝をついていた。地面が陥没し岩が砕けるほどの重力の中で、それだけ。

 

「ほう、これは………少しでも気を抜いたら潰されてしまうな」

 

 そんな簡単な魔法ではないのだが、化け物かこいつ。化け物だった……。

 向こうの景色が歪む程の重力の中、ついていた膝を持ち上げゆっくりと足を持ち上げ、一歩、歩く。

 

「………取引をしないか、リヴァーレ」

「取引?」

 

 ふむ、と首を傾げるリヴァーレ。

 魔族から人間に取引を持ちかけて殺す事はあっても人間が魔族に取引を持ちかけることはまず無い。

 命乞いをする場合はもっと必死だ。

 

「この先の戦士の村には結界が張られている。物理的に侵入を防ぐ結界ではなく、幻惑系の結界だ。お前、それを打ち破れるか?」

「うむ。無理だな」

「俺なら破れる」

「同類を売るのか?」

「そもそも俺としては戦士の誰かには死んでもらわないと困る。そういう意味では、継承を行う魔法使いと行われる赤子を見逃してほしいが」

 

 ううむ、と顎に手を当てるリヴァーレ。その場合、その赤子が成長すれば今日殺し合う戦士より強くなるだろう。

 

「だが、俺がその条件を飲むと思うか?」

「飲むだろ? 少なくともお前は、俺がたまたまそこにいたから殺しに来ただけだ。俺が結界を壊すなら、一々殺す価値もない」

「そう卑下するな。お前の防御魔法は見事だった」

「それは、この先の戦士の村に住む戦士達より優先するほどか?」

「…………………なる程確かに。だが、こちらからも条件を出そう」

「条件?」

「今後、この先の村のように結界が張られている秘術を守る戦士の村に向かう際、手を貸せ。断るなら秘伝はここで潰える」

 

 赤子も魔法使いも残さず皆殺しにするということだろう。

 

「ここで言葉だけ同意して、その条件を飲まないかもしれないが?」

「飲むだろう? 少なくともお前は、俺に追われるリスクを背負ってまで人の為に動きはしない」

「……………………そのうち契約を厳守させる魔法でも作るか」

「ああ、一方的ではなく互いに守る魔法にしておけ」

 

 

 

 

 

 

「時にお前は、魔法を覚えて何がしたい?」

「強いて言うなら、長生き」

「老いぼれからの助言だが、長生きに秘訣などないぞ。ただ全力で今を踊るだけよ」

「俺は戦いとか興味ないんで」

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から80年ほど前。

 一人の魔族が海崖の屋敷に訪れた。コンコンとノックをすると、部屋の中と通信するのかカラスの置物がキョロリと魔族を見た。

 

『ご用件は?』

「ここに、魔族の魔法を知りたがっている魔法使いがいると聞いていたの」

 

 普通の魔族なら、その馬鹿な魔法使いを騙して部屋に上がり込んで食うのだが、彼女は本当に、珍しく、純粋に話をしに来た。

 

『どうぞ。鍵は開けた』

「ええ、失礼するわ」

 

 扉を開けると様々な魔導書が目に飛び込んでくる。魔導書以外にも研究成果をまとめたであろう書物。

 

「ようこそ、少し前にお前の同族が来たばかりなんだ。お茶でも飲んでてくれ」

「ありがとう」

 

 部屋の中に居た男がそう言うと、女の魔族は微笑み机に座る。湯気の出るコップが置いてあった。

 

「ところでそれは、何をしているの?」

「脳の構造を調べている。魔族は人間に使えない魔法を個体ごとに持っているが、種類が多い。それは脳の形に関係があるのかとな………」

「人間は基本的に、得手不得手はあれどイメージが追いつけば人間の魔法を使えるものね。脳の構造上使えないのはともかく、全く別物と言える魔法を使う魔族の脳を比べるのは確かに理にかなってるわ」

 

 頭が開かれた同族を、特に感慨もなく研究者として彼の行う行為を称賛する女魔族。脳をスケッチし終えると魔族の脳を潰す。ビクビク痙攣していた魔族は魔力の粒子になって消えた。

 

「器用なのね」

「最初は失敗していたがな。まあ、魔族と会いたがる魔法使いの噂を流せば数に困らない。クッキーは食べるか?」

「頂くわ」

 

 その言葉にキッチンからクッキーを持ってくる男。そのまま女魔族の対面に座る。

 

「改めて、魔族の魔法の研究をしている変わり者の魔法使い、トーテだ」

「ソリテールよ。人間の研究をしているの」

 

 垂れ目の美しい少女の姿をした魔族。その特徴も、名も聞き覚えがない。魔族には珍しく魔力も隠している。

 その優しげな見た目から、魔族に無知な者は引き込まれ、その魔力から、魔族を知る者には侮られるだろう。

 

「お話をしに来たの。魔族に興味を持ってくれる、珍しい人間が居ると聞いたから。でも、酷いことをするのね?」

「していたか?」

「していたわ。貴方と話に来た魔族を、あんなふうに扱うなんて」

「なる程。人類を良く学んでいる。次は表情を変えるといいぞ」

「ありがとう。今度、試してみるわ」

 

 礼をいうとクッキーを食べるソリテール。

 

「美味しい」

「どうも」

 

 人間と魔族は似ているだけの別の生き物だが、未来に林檎を好物とする魔族が生まれるように味覚が別物というわけではない。

 

「それで、貴方はどうして魔族の魔法の研究を?」

「最初の師は俺を途中で投げ出し、二人目の師は人類最強の魔法使いだったが、俺の求める魔法はなかったんでね。人類には再現不可能の魔法を学んでみようかと思って………幾つかは再現出来なくはなかったんだが」

 

 と、籠の中に居た鳥に指を向ける。鳥が震えると、植物に変わった。

 

「動物を植物に変える魔法………生物を全くの別物に変えて、しかも当然小鳥より植物の寿命は長いだろ? 俺の求める魔法のヒントになればと思ったんだが」

「その魔法、見たことはあるけど…………」

「ああ、結果が同じ別物だ。術式ではなく、結果の再現しか出来なかった。難しいな………ちなみに消えない炎を放つ魔法の魔族と脳を比べてみたが………」

 

 と、指を振り積み重なった書類から2つのスケッチブックを取り出す。

 

「基本的にそこを使っていたから発展、使っていなかったら退化と……まあ、同じ生物の脳の、成長過程による差異しか見つけられなかった」

「人間同士でも脳の形に違いがあるの?」

「戦士と魔法使いならだいぶ違うと思うぞ」

「素敵。文化や習俗ばかりに目を向けて、解剖は少ししかやってなかったわ。参考にさせてもらっていいかしら?」

「構わないぞ。簡単な医学書………ぐらいなら持ってそうだな。魔族だが、脳の見方をわかりやすく纏めておこう」

「助かるわ」

 

 同族をこれから解剖すると言うソリテールに、止めるどころかサポートをするトーテ。そもそもトーテもソリテールの同族をさっきまで解剖していた。

 実に異質な会話だ。

 

「そちらは?」

「人間と仲良くなりたいの。そして、いつかは愛を知ってみたいわ」

「愛について良く勉強してるな。どんな形であれ会話を選んだ人間は、その言葉で少し気を許すと思うよ」

「貴方は違うのね」

「魔族をよく知っているからな。そちらが人間を勉強しているように。こうして会話が成立しているが、魔族と人間が仲良くなるのはずっと先だと思うよ」

「無理とは言わないのね」

「………ついてきてくれ」

 

 と、トーテは紅茶を飲み終えると立ち上がる。ソリテールも後に続き、2階の部屋へと移った。

 その部屋にはガラス製の複数の飼育箱があり、1つには白いネズミの魔物、もう1つには黒いネズミの魔物、あと2つはその両方で、その片方には仕切りがある。

 

「魔族の危険性をなくす方法を考えていてね…………収斂進化、という言葉は知ってるか?」

「ええ、魔王様が教えてくれたわ」

「へえ…………なら改めて簡単に言うと、環境によって結果的に形が似ることだ。モグラやオケラの手、蜂に擬態する虫もその一つだ。近くの造船所跡に骨を飾ったシャチとサメもそうだな」

「私達魔族は、人に近づきやすくする為に人に似たのよね」

「そう………」

 

 初めは助けてと叫び人を誘い込む魔物が始まりだったと言われている。今では基本的に見目麗しい見た目をしている。或いは、何処にでも居るような地味な人間。その方が生き残りやすいからだ。

 

 中にはクヴァールのように言葉こそ話すが人の形をしていない魔族も居るにはいるが。

 

「現在、魔王という存在により組織じみた動きをしていて戦争らしくなってるが………」

 

 じみた、と言い切る。組織だった、とは言わないのは、彼が魔族を良く理解しているからだろうと微笑むソリテール。

 

「魔王が死ねば出来て少数の群。突出した個体を除いて、狩られていくだろう。そうなれば強い個体より人間に上手く取り入る個体が生き残るだろう。そういう奴等はバレないように人を食うし、コソコソ動けば当然食う量は減っていく」

「……………………」

「このネズミ達は本来敵対しているんだ」

 

 と、仕切りがある飼育箱から仕切りを取る。黒と白のネズミ達はお互いの群れへと襲いかかった。

 

「このネズミ達に老いを加速させる魔法で世代交代を早め、戦いを避ける個体を残して繁殖させ、逃げるだけでなく戦いを避けるために餌を分け与える個体を厳選して同じ事を続けた。その結果がこれだ」

 

 と、白黒のネズミが群争うこと無く与えられた餌を食う飼育箱を指す。

 

「魔族が魔法に優れ人に近い形が残っていったように、人をあまり襲わない魔族を厳選して残していけば、いずれ魔族は人を全く襲わなくなる。ただこれは、寿命の長い魔族でやると途轍もなく時間がかかる。そこまですれば、人類の得になっても俺は損だ」

 

 だが、魔族と人間が敵対する限り、魔王が倒された後は全滅しない限りはそうなるだろうと予見する。

 

「いつかの魔族は人類と共存しうる………素敵な考えね。それに、確かにその仮説ならありえるわ」

「まあ、少なくとも今の魔族は無理だ」

「そうね」

 

 ソリテールもその言葉には納得する。

 

「素敵なお話ができたわ」

「それは何より。良ければ、この家をあげよう。そろそろ引っ越そうと思っていてな。流石に同じ場所に居続けると魔族も警戒するだろう」

 

 どうせ魔族の中にこの屋敷に住む変わり者の魔法使いの顔を知る者は今、ここに一人しか居ない。また別の場所で同じような変わり者を演じる。

 

「それとも、俺を殺して奪うか?」

「いいえ。私は魔族だもの………人類全体に私を知られる方が、貴方と戦うよりも確実に生きられる。だから、そっちを選ぶわ」

「それは何より。まあ、俺もお前について話すつもりはないさ」

「私も貴方については黙っておくわ。じゃあね、機会があればまたお話ししましょう」

 

 魔族と人間の異端児同士の会合。それは歴史に残ることなく、誰に知られること無くひっそりと行われ、ひっそりと終わった。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 トーテの隠れ家。そこに突然、魔族が現れた。

 

「………ソリテール?」

「久しぶりね、アウラ」

 

 ここはトーテの結界に守られている。その結界は隠蔽効果もあるが、ここに辿り着いたとしてもそう簡単に超えられるものではないと魔法使いが見ればどれ程のものか解る。

 

 だからアウラも安心して日向で本を読んでいたのだが、ソリテールは当たり前のように現れた。

 

「…………どうして」

「本人から入り方を聞いたのよ。トーテは?」

「………知り合いに結界の解除を頼まれて出かけてるわ」

「そう……」

 

 なら待たせてもらうわ、と小屋の中に入っていくソリテール。

 

「ちょっと!」

「ああ、そういえば、グラナト領でフリーレンと戦ったそうね? 調べて驚いたわ、貴方の魔法を解除出来るのね、彼女」

「っ!!」

「でも、それだけじゃ貴方を倒せると思えないの………もしかして、魔力制御でもしていたのかしら?」

 

 私みたいに、とソリテールの魔力が膨れ上がる。それはアウラの魔力を超え、フリーレンにも匹敵した。

 

「!!」

「ええ、そうね。私に貴方の魔法は効かない。でも、それだけよ? 彼からいろんな魔法を学んだのでしょう?」

 

 確かにアウラは服従させる魔法(アゼリューゼ)以外にも戦う手段がある。あるが………そもそも魔族だ。魔力の差は勿論、それを偽るだけの制御技術を前に、己が編み出した魔法が通じぬ相手と戦おうなどとは思えない。

 

「何をしている、ソリテール」

「あら………」

「っ!!」

 

 と、そこへ突然現れた魔力。トーテが空間転移の魔法で戻ってきた。アウラは直ぐ様トーテの後ろに隠れた。

 

「久しぶりね」

「ああ。で、何をしていた? あまりアウラをいじめるな」

「…………ずいぶん、かばうのね。私のほうが付き合いも長いのに」

「愛してるからな」

 

 そう言ってアウラの肩に手を置く。愛されているから守ってもらえると知っているアウラはそれだけで安堵する。そういった行為が愛する者にするものだと本で読んだから。

 

「………私だって、貴方に」

「ソリテール?」

 

 何処か不満そうな表情を浮かべたソリテール。

 ソリテールのその態度に、アウラは首を傾げる。

 

「ずるいわ。私だって、貴方を…………」

「随分愛を騙るのがうまくなったな。表情も合わせて、完璧だ」

「そう? 良かった。勉強したかいがあったわ」

「ああ、まるで俺を愛しているようだったぞ」

「フフ。そう見せたのだもの」

「あ、愛して………? そ、そんなの駄目よ!」

「あら、貴方も中々ね、アウラ」

「いや、天然だ。面白いだろう」

 

 二人の会話を理解出来ないアウラだが、トーテからの『愛』を奪われるわけには行かないと慌てると、二人は楽しそうに笑った。

 

「アウラ、よければ私が愛しているように見えるやり方を教えましょうか?」

「え? えっと…………」

「好きにしていいぞ」

 

 俺は魔法の研究をする、と書斎に向かうトーテ。新しい魔導書でも見つけてきたのだろう。もしくは珍しい魔法を使う魔族でも捕らえてきたか………。

 

「じゃあいきましょうアウラ。女の子同士でお話出来るなんて、楽しみだわ」

「え、いや………ちょっと待って………」

「ああ、アウラに何を吹き込むかは好きにしていいが、傷つけるなよ?」

「ええ、私は好奇心から身を滅ぼすほど、命を軽く扱わないもの」

 

 

 

 

 

「やっぱり難しいわね、教えるのって」

「お前とは違うさ」

 

 元から人間を研究していたソリテールは感情を理解しないまま反応を理解している。だが純粋に敵対していたアウラは、やはり説明されても理解しなかったらしい。

 

「でも、本当に意外だわ。貴方が人類での地位を捨てるなんて…………特級魔法師、だったかしら?」

「まあ特級なんて言っても一級と扱いは変わらないけどな。魔法が特殊で、現在生きてる魔法使いの中で一番付き合いが古いから適当につけられた」

 

 まあその一級相当の扱いもかなりのものなのだが………確かに惜しいことをしたとは思う。

 別の顔で、別の名で一級の地位を再取得でもしてみようか………。

 

「帝国に鞍替えしてみたらどうかしら?」

「俺あそこの影を殺しまくったから嫌われてる。だが確かに、北の方が残党も多い………鞍替えはともかく拠点を移すのはありだな」

「そうそう、北と言えばそっちにマハトもいるの。彼、貴方に会いたがっていたわ」

「…………………」

 

 『呪いを押し付ける魔法』だの『鉱物を生物に変える魔法』だの『呪いを共有する魔法』だの、対応する魔法は幾つか思いつくがそれはそれとして七崩賢最強にわざわざ会いに行くつもりはない。ある意味では封印系だし。

 

 取り込んだ魂を代価に魔力を底上げしたり魔法の威力を増幅したり、呪いを消し去るなども出来るが、会いに行かなければ済む相手にやるのは無駄だ。

 

「マハトが貴方を殺そうとする前提で話すのね?」

「結局は魔族だからな。それに、支配の石環を受け入れたんだろ? 実際の死の間際の行動はともかく、それを体験するまでは探求の為に死ぬのもありだと考える異端者に会う気はねえ」

「残念。貴方なら諦めさせてくれるかもと思ったのだけど……少なくとも、未来に託してもらえればいいのに」

 

 マハトは人間と魔族の共存を望んでいるらしい。魔王もそうだ。その結果が魔王は千年続く人類と魔族の戦争で、マハトは大虐殺。

 その果てにある共存を目指して、出来もしない未来を夢見ている。少なくとも彼等の代では無理だ。

 

 よしんばマハトが他の魔族を狩るのを手伝ったとしても、その間に間違いなく多くの人間が死ぬ。

 

「別に人間が何人死のうが構わねえが、それに俺が関わってると師匠に知られたら殺される。他の魂を使って生き返っても何回かは殺される」

 

 むしろ死なない分余計にぶっ殺される。

 

「勝つイメージは出来るのに?」

「矛盾してるが、あの人が負けるイメージが出来ない。というか、そうだな………俺はあの人に最強で居て欲しいんだ」

「そう。人間って面白いね。もう敵対してるのに、想うこともあるんだ」

「お前達魔族には理解出来ないだろ」

「ええ、アウラも貴方を愛さないようにね」

「だが、だからこそ面白いだろ?」

 

 言葉の意味も理解しないまま、行動の真意も知らぬまま、愛される為に学んだ『愛』を伝えようとする。

 

「あいつが俺の魂に触れると、俺の世界は色付く。だから俺はアウラを愛しているし、俺に愛され続けようと『愛』を伝えるアウラが可愛くて仕方がない」

「羨ましいわね。あなたに守ってもらえるなんて」

 

 ソリテールだって、魔族がいつまでも人類に優位を取れると思っていない。むしろ、いつか抜かれると思っている。

 

 いつか人類に狩られる時、やってみたい事はあれど死にたいわけではない。その時に守ってもらえるなら、成る程それは羨ましい。

 

「俺はお前の為に師匠と戦う気はない」

「知っているわ。だって、人間は同族と思えなくても愛玩するものね」

 

 

 

 翌日、ソリテールは帰った。

 アウラはトーテと共に見送った後、チラリとトーテを見る。

 

「随分あっさりだけど、良かったの? 長い付き合いなんでしょ?」

「まあ、出会ったのは人生の半分ぐらいの時だな。その後話したのは少ないが、話の合う『友人』ではある」

 

 ソレに魔法について話し合うのも面白い。トーテは魔法が好きだから。

 

「………トーテ」

 

 と、服の裾を掴み不安そうに見つめてくるアウラ。

 

「……私、貴方を愛したいと思ってるわ。本当に……」

「アウラ……………すごいな。たった1日なのに、上手くなってる」

「そう? 良く解らないわ。やってみるように言われたけど、愛してるなんて毎日言ってるじゃない」

「それを魔族が理解できるように説明するのは難しいな。ソリテールならもう少し解りやすく教えられるだろうが…………まあ、なにはともあれだ。そう言われたなら、俺もお前が望む反応を返そう」

 

 と、アウラの顎を片手で掴むトーテ。

 

「愛してる、アウラ」

 

 そうして2人はキスをした。

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