魂を縛る魔法   作:首切り役人

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無名外典

 魔法が魔族の扱う術であり、魔法を使う人間は人の姿をした魔族とされていた時代があった。

 だがさる魔法使いにより、魔法は少しずつ人の社会に受け入れられ始め、魔族と人が戦争という形を確かに取れる程に人の社会の力となり、遂には魔法使いを含めたパーティーが魔族の王を討ち取る事になる。

 

 これは、そんな魔法使いが魔物とされていた時代と魔族の王が殺されるまでの、狭間の時間に………ある一つの可能性が肯定された世界の物語。

 

 

 

 

 深い深い森の中、一人の魔族が歩いていた。

 人間との戦いに敗れ、逃げ出した魔族だ。人間が使った魔力を消費させる魔法が未だ体を蝕み、魔法が使えない。

 扱っていた人間はなんとか殺せた。人間の魔法は未だ魔族の呪いのように永続性はない。直に消えるだろうが、その間人を襲えず腹が減った。

 

 そんな折、ふと思い出したのだ。とある森に魔族と話したがっている人間の魔法使いがいる、と。

 人間の魔法は未だ未熟。例えば鳥を捕まえる魔法なんて、大雑把に鳥っぽい見た目なら何でも捕えられるという雑さ。

 

 魔法を共有し手段を増やし、それ故に一つの魔法が洗練されない。一つの魔法を極め、魔法に誇りを持つ魔族からすれば理解不能な行為だ。

 自分が編み出した魔法を知らしめるならともかく、何故教えるのか、何故他人の魔法を学ぶのか………人間は何故か他の魔法を知りたがるらしい。

 

 この森に住むという魔法使いも、その類。そして人間なんかに使いこなせるはずのない魔法を知りたがっている。

 好都合。家に上げてもらい、眠ったところを食おう。あるいは人間の魔法使いなら人間の魔法を解けるかもしれない。魔法を解かせてから食おう。

 

 どちらにしても食う。何せ彼は人食いの化け物なのだから。

 

 

 森の中を歩き、やがて小屋を見つけた。食事の時間だったのか美味そうな匂いもした。家主を殺したらそちらも食おう。

 魔族は人間以外も食えるのだ。でも人間を食う。わざわざ争ってまで。何故? そんな事、魔族の誰も考えたことはない。

 

「もし、もし………あけてくれませんか?」

 

 縋るような声。知識があるから行えるのではない。本能として、こういう時に出す人類の鳴き声を真似している。

 カチャリと鍵が開く音。まだ扉は開いてないが、それでも無意識に作った表情は崩さない。

 

 扉が開く。現れたのは若い男だ。

 来客が魔族であることに気付き、扉を完全に開いて。

 

「こんばんは。噂を聞いて来てくれたのかな? ちょうど飯の時間なんだ、さあ上がってくれ」

 

 警戒すること無く背中を向ける男。見たところ、魔力もそこそこ。なりたての魔法使いと言ったところだろう。

 だが魔法使いだ。魔法の使えぬ今、油断はしない。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そのまま部屋に上がり込む。

 

「魔法をお見せしたいのですが、ここに来る途中…………」

「ああ、あの一族の魔法か。馬鹿め、知られたら逃がすなと忠告してやったのに。今頃お前から話を聞いた魔族に殺されているだろう」

 

 ポンと肩に手を置かれる。それだけで、魔力の漏出が止まった。僅かな動作で魔法が解除されたのだ。

 

「飯が終わったらお前の魔法を見せてくれ」

 

 生物を爆発させる魔法(プログドード)

 

 男の肩に触れ魔法を発動する。威力は弱め。そこまで見たがるなら見せてやろうという、魔法を自慢したがる魔族らしい行為。

 

 爆音が響く。ただし、()()()………。

 

「手で触れる必要があるのか」

 

 魔物を土塊に変える魔法(ディスデルテクラ)

 

 男の肩に触れていた魔族の右腕が、ボロリと土の塊になって崩れる。

 

呪いを押し付ける魔法(スティグルジーマ)………俺に対するあらゆる呪いは、この森の動物のどれかに移る。そのまま返してしまえば、殺してしまうかもしれないからな」

 

 魔族の足が崩れた。男は魔族の襟を掴むと小屋の外に出す。

 

「さ、そこらのもの何か適当に爆破させてくれ」

「……………」

「? ああ、生き物限定なのか? そのくせ触らなきゃいけないとか、欠陥の多い魔法だな。まあ、人間には再現が難しそう………おっと」

 

 魔族の男は地を這う虫を投げつける。それは爆発を起こし、男は爆煙に飲まれた。

 魔族は片腕だけでズリズリとその場から逃げようとする。男の魔力が一切揺らいでいないからだ。

 

「まあまて、ネズミとか蟻とか持ってくるから、それでもう一度」

「た、助けてください。まだ、幼い息子がいるんです」

「俺は魔族が永遠に家族を持たないと思うほど見限ってはいないが、その子はお前の魔法を学んでるのか?」

「はい。こんな私を慕ってくれる………」

「じゃあいらない。ほら、まずこのネズミで」

 

 魔族は生き物だ。生き延びる為に人を騙す。だが人間と方向性が異なるだけで感情はある。誇りも持つ。

 故にその魔族は、もう助からないと自覚し、自らの胸に触れた。

 

 ここでただ殺されるぐらいなら、自らの魔法を欠陥のある魔法などと宣ったこの男を、必ず殺すと思ったのだ。

 

頭だけで生かす魔法(メデュラゴート)

 

「…………!」

「いいだろ、これ。魔族相手にしか使えない、不死の魔法の研究の失敗作だ。でもこうして魔族を捕えるには最適なんだ」

 

 爆炎と爆風を完全に防ぎ、魔法を自慢するような態度は、この男もまた自ら開発した魔法に自信を持っているのだろう。そんな事を気付けぬほど、魔族は動揺していた。

 体の感覚がない。自らを爆弾に変えた瞬間、首を切られたのだから当たり前だ。なのに、自分はまだ生きている。

 

「まあ緊急性はないな。倉庫で大人しくしててくれ。順番が来たら呼ぶ」

 

 と、別の小屋に向かう男。扉を開けると、中には沢山の魔族の首が入っていた。

 

「新しい魔法を見つけて気分がいい。今日は徹夜でお前の話の続きといこう」

 

 そう言うと別の首を取る男。眠っていた首だけの女魔族は目を覚まし男を睨む。肺のない首はパクパクと口を動かした。

 

 

 

 

 社会性のない魔族は、そちらに向かった魔族が帰ってこない、などと滅多に知ることはない。だが例えばその一人が魔王軍なら話は別だ。

 

 組織じみた魔族の大きな群。情報は共有され、魔族に会いたがる奇妙な人間の下に訪れる魔族は一気に減った。

 

 男、トーテは最後の()()()()()()から魔法を教わり終え廃棄した。

 習得可能となったのは全体の1割以下。時間をかければ再現可能だが別の術式にする必要があるのが2割。新たに魔法を開発して攻撃してきて処理、或いは自殺したのが5割。残り2割は再現可能になるには魔法技術を数千年ほど発展させないと無理か、効果が被ってた。

 

「そろそろ別の方法で集めなきゃな……………でもなあ、下手に名を売ると…………」

 

 師に見つかり連れ戻されるかもしれない。百年ほど前も、魔族を集めていたら師に見つかり魔族は皆殺し。四肢を潰されて引きずって持って帰られた。

 

 戦いに赴くならともかく魔族の魔法の研究などという無駄なことをしてる暇があるなら過去の魔法を覚えろ、とのことだ。どうせ治せるからと酷い人なんだ彼女は。

 

 勿論そちらはそちらで楽しいが、魔族の魔法は一期一会。本に記され何時でも読める魔法よりも、魔族と『お話し』する方がトーテは好きだ。

 

「………………」

 

 引っ越しの準備を進めていると魔族の気配。かなり精密に魔力を隠している。

 感知されたことに気付いたのか、魔力を解放した。

 制限してもなお膨大で多くの魔法使いを萎縮させる師の普段の魔力ぐらいだろうか。つまり人間の中にこの魔力を超える者はトーテぐらい。

 

「…………ふむ?」

 

 しかし遠見の魔法で見た女の魔族の姿は、全く知らない。知りうる限りの大魔族の情報に一致するものがない。

 

「皆殺しか。酷い事をする」

 

 ちなみにトーテも噂が流されないよう、『お話し』した魔族は必ず殺す。独自の魔法を持つ魔族も好きだが、自分の趣味の妨げになる程優先する理由はない。

 

「こんにちは。いい天気ね」

「こんにちは。だがもうすぐ雨が降る」

「上がらせてもらっていいかしら?」

「構わないよ」

 

 背中を見せるトーテ。だが、魔族の女は攻撃してこない。彼女は人間とお話しするのが大好きな魔族なのだ。

 

 

 

 

「魔族の魔法は習得できたの?」

「幾つかは。まあ、習得した半分以上が術式を別にした再現魔法だが」

 

 ソリテールと名乗った魔族は持ってきた茶葉を淹れた。

 

「美味いな。人間の文化を良く勉強している」

「そういう貴方はしていないの? 魔族の研究者なんでしょ?」

「逆に聞くが、魔族の文化を研究する意味があると思うのか?」

「思わないわ。魔族(私達)をよく勉強しているのね」

 

 微笑みを浮かべるソリテール。ここに来てからずっと微笑んでいたが、その時の笑みは本物の感心が見て取れた。

 

「嬉しいわ。ここまで私達を知ろうとしてくれる人間が居るなんて」

「その結果お前の同族を殺してるが?」

「逆に聞くけど、気にすると思う?」

「思わんね」

「でしょう?」

 

 ふふ、とソリテールは笑った。

 

「私は人類の研究をしてるの。その為に必要なのは会話だと思っているのよ」

「俺も会話は好きだ。人間と違う世界の見方は、そのまま魔族の魔法のイメージに繋がる」

「そうね。きっと貴方に殺された魔族も、死に際にいろんな反応をしたと思うの。私はね、命乞いをしてみようと思うのよ」

「それも勉強したのか?」

「ええ、沢山」

 

 魔族は命乞いをする。それは人間を油断させるためのものだ。その上でソリテールは命乞いという鳴き声をたくさん研究してきた。

 どういう状況で、どういう見た目の、どういう声がどう言えば人の心を揺らすのか沢山『お話し』して教えてもらった。

 

「まだまだ勉強中だけど、聞いてくれる?」

「魔族の魔法を教えてくれるならな」

「ごめんなさい、私は人類の魔法を勉強してるの。私自身の魔法は、あまり面白い魔法じゃないわ」

「人類の魔法ね………まあ、ここに引きこもってる間に広まった魔法も、そろそろ学んでおくか。秘境の秘術もあるか?」

「良かった。魔族の魔法だけじゃないのね………じゃあ」

「ああ、やってみてくれ」

 

 ソリテールは胸の前で手を組み、魔族らしい、それでいて何処か訴えかけてくるような表情を作った。

 

「ごめんなさい。私は、貴方達と仲良くなりたかっただけなんです。けど、やり方が分からなくて………」

「良く聞く常套句だな。やはり魔族では思いつかないらしい」

「あら、なら貴方はどんな風に命乞いするの?」

「……………師匠以外にした事がないな。あの人はなんだかんだ俺を許してくれるし」

「つまり思いつかないのね」

 

 貴方も同じじゃない、と笑うソリテール。

 

「それにしても、命乞いをする相手を殺すなんて酷い事するのね」

「人間が命乞いしても殺す時は殺すぞ?」

「そうなの? じゃあ、どうしてそんなやり方をする魔族が生き残ったのかしら」

「そういう人間に会えた魔族が生き残ってきたからだ」

「成る程………言われてみれば、私達の進化には人間が大きく関わってるものね」

 

 覚えておかなくっちゃ、とソリテール。

 

「ねえトーテ、ここに住まわせてくれないかしら? 私の知る限りの人類、魔族の魔法についてお話しするわ」

「ふむ、魔族の精神構造を知るには僥倖だな。何せ基本殺すから。だが、いいのか? 俺を殺さなくて。俺はこれからも魔族を殺すぞ」

「私は魔族よ? 貴方が他の魔族を殺していても関係ないわ。それに、貴方の口から人類に私の名が知られるだけなら貴方と殺し合うよりずっと生きていられるもの」

「それもそうか。よろしくソリテール、部屋は好きに使ってくれ」

 

 

 

 

 

「どうしてこんな魔法を覚えているの?」

 

 魔力制限ではなく、魔力偽装と姿を僅かに変える効果を持つ魔法。魔族を人の住処に混ぜてしまえる魔法を使ってもらい街道を歩くソリテールは人間が覚える意味がなさそうな魔法に首を傾げる。

 

 魔族の誰かの魔法でもあるまい。魔族はこんな魔法を覚えない。

 

「師匠が市井に紛れる為の魔法だからな。宿題感覚で魔法を作らせるんだ」

 

 特に、魔族の魔法を研究してる時に唐突に出してくる。せめてもの反抗で戦闘に使えない魔法ばかり作ると凄くしょんぼりする。でも戦闘用の魔法を作れとは言ってこない。

 

「仲が良いのね」

「当然。俺以上にあの人と歩ける弟子はいない。魔法を極めたいなら、まず寿命を消せばいいのにな」

「それは私には解らない感覚だわ」

 

 そう言うと露店に並べられた装飾品を見る。

 魔族の中には着飾っている者も居ることから、一応は綺麗と思う感覚はあるのだろう。

 だがそれで着飾る理由があるとすれば、やはり人間の油断を誘う為なのだろう。長生きした魔族程着飾っている傾向にある。将軍と呼ばれる魔族や、ソリテールのような例外もいるが。

 

「人間はどうして着飾ると恐れたり攻撃を緩めたりするのかしら?」

「人間で着飾れるのは余裕があるもの。つまり権力を持ってる証拠だからな。美しいものを傷つけたがらない理由は………まあ自分の感性でそう思ったものを傷つけたくないんだろう。お前もその辺りは魔法で例えると解るか?」

「ええ………」

 

 露天の主に買ってやれとしつこく迫られた装飾品を買ってソリテールに渡してやる。特に感慨もなく腕につけるソリテール。

 

「…………なんだか騒がしいわ」

「結婚式をやってるんだよ。旅人さん達も、見ていってくれ」

「結婚式………そう言えば見たことないの」

「旅人さん達は挙げないのかい?」

「興味はあるわ」

「この辺りは女神に愛を誓うんだったか………」

 

 なら魔族であるソリテールには無理だな、と歩き出すトーテ。ソリテールに服の裾を掴まれた。

 聞いたことしかない人間の文化を見に行きたいのだろう。

 

 

 

 

「あれは綺麗と言うのでしょう?」

「周りの反応からだろ」

「そうね。良く解らないわ………素材がいいのは解るけど」

 

 シンプルな花嫁のドレスは、魔族の感覚では美しいのか解らなかったようだ。

 

「少し覗いてみたのだけど、着ているだけで幸せそう。着たがってる子も多いのね」

「そこは女の感覚だ。俺には解らん」

「ああ、人類は男女で精神構造に大きく違いがあるのよね」

 

 知ってるわ、とソリテール。不意に二人同時に振り返った。

 

「魔族の集団ね。村を襲いに来たのかしら」

「不躾な奴らだ。集団の形を取るのなら、リーダーの魔法は面白い可能性がある」

「行ってらっしゃい」

 

 トーテが居なくなり、ソリテールは永遠の愛を女神に誓う新郎新婦を見つめた。

 

 

 

 

「…………目を離したらすぐこれだ」 

「ごめんなさい。愛による行動が本当に起きるか知りたかったの」

 

 魔族の集団、その中から珍しい魔法を使う者を生け捕りにして戻るとソリテールが村を滅ぼしていた。

 

「彼は立派だったわ。勝ち目なんてないのに、愛する人を守ろうとしたの。でも、不合理ね。結局死んでしまうし、花嫁は結局戻ってきてしまうし」

「まあそれが愛だからな」

「興味深いけど、欲しくないわ。あんな不合理的な感情」

「そうか。全く、帰るぞ」

「ええ。あ、そうだトーテ」

「なんだ?」

「私達、結婚しましょう」

「………………………は?」

「番の契約。それに何の意味があるか知りたいの。私は貴方を愛さないけど、貴方は人類だもの。ずっと一緒にいる私を愛せるかもしれないでしょ?」

 

 要するに近くで愛を観察したいから愛せと言っているのだろう。

 

「愛した人間が相手に求めるのは愛されることだぞ? 魔族相手に愛するなんて無駄をすると思うか?」

「人は物にも愛着を持つのでしょう? 私は貴方が魔族や人の魔法を覚えるのに、役立つ道具だと思うけど?」

「それもそうか」

 

 

 

 

 ソリテールが海岸に打ち上がった鯱の死体を見ていると、大きな魔力を持った魔族が現れた。

 

「人類について研究している変わり者の魔族がいると聞いた。お前がそうか?」

「ええ。ソリテールよ」

「マハトだ」

 

 マハトと名乗った魔族はソリテールが差し出した手を無視して鯱の死体に触れた。握手という文化を知らないのだ。

 

「見るのは初めて?」

「ああ、海にはこんな大きな魚がいるんだな」

「そう、やっぱり魚に見えるんだね」

 

 ソリテールはマハトを現在の自分の住処に案内する。捨てられた造船所を再利用した研究所だ。

 

「ん?」

「………」

 

 そこに向かう途中現れた人間にマハトが魔法を使う。万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)という、生物も無生物も黄金に変える魔法を人間に向かい放ち、しかし黄金化したのは彼の足元の地面。

 

「大丈夫よマハト、彼は私の夫なの」

「おっととは何だ?」

「そうね、取り敢えず研究仲間かしら。トーテ、彼はマハト」

「魔族の魔法について研究しているトーテだ。ところでその魔法で黄金化した奴は千年後に解いたらどうなるんだ?」

「解く?」

「…………なるほど」

 

 トーテは納得したように笑った。そのまま3人は研究所に入る。マハトは天井に吊るされた2つの骨格標本を見る。

 

「………さっきの魚の骨か?」

「魚?」

「鯱のことよ。片方はそうね………でも、骨格はぜんぜん違うでしょう?」

 

 ソリテールは収斂進化について教える。かつて魔王から教わった言葉だ。

 全く別の生物が進化の過程で姿を似せる事を指す。

 

 人間と魔族のように、同じような姿をした全く別の生き物。

 

「面白いでしょう?」

 

 

 

 

 マハトがソリテールの下に訪ねてきたのは、人にはあり魔族にはない悪意や罪悪感という感情を学ぶ為。

 ソリテール達からすれば、随分くだらない質問だ。答えなど決まっている。

 

「人を欺く度に心を痛めていたら魔族(私達)はとうの昔に絶滅している」

「…心を痛めるとはどういう事だ?」

「お前達には一生わからない感情だよ」

 

 と、トーテが言うとソリテールは立ち上がり菓子を持ってきたトーテの隣に立つ。

 

「人によく似たこの姿も、人と同じこの言葉も、まるで人のような振る舞いも、全ては人を欺き捕食するために獲得した、進化の証」

 

 姿形がどれだけ似ていても、魔族は人類と程遠い。魔族は何処まで行っても人食いの化け物でしかない。

 

「だってさマハト、空を飛ぶ羽虫がどんな感情を抱いているのか解る? それと同じだよ、時間の無駄」

「だがお前達は共存している。人間の感情が理解出来れば共存出来るはずだ。どうせ魔族(俺達)には時間が有り余るほどある」

「共存か………そうね、後何百回か世代交代すれば出来るかもね」

 

 ついてきて、と移動するソリテール。マハトも立ち上がり別の部屋に移動する。

 部屋には2種類のネズミ型の魔物が幾つかのパターンで飼育箱に入れられていた。

 

「色が違うな」

「白い方はネズミだが、黒いのは鼬の仲間だ。本来は捕食関係にある」

 

 と、仕切りがある飼育箱の仕切りを外すと殺し合いを始めた。仕切りを戻すと片方の縄張りに取り残された個体がなぶり殺しにされていく。

 

「でもね、何度も殺し合いをさせて、その中で臆病だったりして争いに参加しない個体だけで繁殖を繰り返して、その中でも協力する個体を厳選していくと、こうなるのよ」

 

 ソリテールが示した飼育箱の中では黒も白も争わず、なんなら毛繕いまでしていた。

 

「子を残せないあぶれた者同士番になることもあるの。それに面白いことに、この子達の子供は世代を経る事に似ていったの」

 

 確かに見える範囲の小型の個体は白黒の差が無く等しく白い。

 

「今の魔族には無理だと?」

「無理よ。私達夫婦は共生していても、共存しているなんて思ってないわ」

「夫婦とはなんだ?」

「人間の男女の形の一つ。愛する者達が婚約した形よ」

 

 と、左手の薬指の薬指を撫でながら微笑むソリテール。

 

「愛とはなんだ?」

「そんなこと、私が解るわけないでしょう?」

 

 

 

 

 

 マハトを殺してくる。そういって家を出たソリテールは、フリーレンと戦い、フリーレンの弟子フェルンの超長距離狙撃により心臓を破壊された。

 

 胸に大きな穴が空き、倒れたソリテールはふと地面になにか落ちているのに気付く。鏡蓮華のブレスレット。確か彼が露天商に押し付けられるように買わされていたものだ。

 戦闘中気づかず落として、ついでに踏み割ってたらしい。

 

「命乞いをするんじゃなかったの?」

「…………ああ」

 

 フリーレンの言葉に、そんな事を言っていたのだと思い出す。

 

「ごめんなさい。死にたくない………愛する夫がいるの」

「お前達魔族に夫婦なんて概念はないだろ」

「そうね……」

 

 結局彼がこちらを愛することはなかったし、やはり愛が芽生えるなんて事もなかった。

 どうせソリテールが死ねば一人で使うには広い家を捨てるのだろう。

 

「でも、感情はあるの。楽しかったわ」

 

 

 

 

 

 

「………………死んだか。マハトに殺されたか?」

 

 パキンと一人でに砕けた水晶を見て呟くトーテ。マハトに勝てないとわかった時点で挑むような馬鹿ではないだろうが………。

 

「まあいい。場所を変えるか」

 

 この拠点は、一人で使うには広すぎる。ソリテールの研究資料はおいて自分の研究資料を回収し、家に火を付ける。

 

「ああ、これももういらないな」

 

 と、指輪を外し燃える家に投げ込む。

 長年近くで観察を続けられ、魔法の研究も手伝ってくれる無二の魔族だったのだが………。

 

「あーあ、代わりになる奴居ないかな」

 

 結局、愛着は多少出来ても愛情は芽生えず、我ながら奇妙な夫婦関係を築いたものだ。

 

「楽しかったよソリテール」

 

 悲しんでやれるほどではないが。

 

「………久しぶりに師匠に会いに行くか。結婚の報告もまだだった」

 

 

 

 

おまけ

 

「たまの連絡ばかりで顔も出さなかった薄情者が、よくもまあ謝罪せず顔を出せたものだ」

「まあ別に、弟、妹弟子がいたみたいだし。ああそうだ、俺結婚したんだ」

「…………相手は誰だ? 今度連れてこい」

「結婚相手が死んだから報告ついでに戻ってきたんだ」

「………………?」

「楽しかったよ。本当に、楽しい生活だった」

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