魂を縛る魔法 作:首切り役人
魔王討伐から1000年ほど前、魔女の家から出たトーテはどちらに行くか迷い、木の枝を倒していく方向を決めた。
「……む?」
「ん?」
そして出会う、少女の姿をしたなにか。魔力を隠しているが、こうして目にすれば解る膨大な魔力。
「この辺りに山を斬った子供の魔族が現れたと聞いたが、あの山を切ったのはお前か?」
「誰?」
「魔法使いだ、お前と同じな」
見た目はトーテより少しだけ上の年齢に見えるが、恐らくはかなりの年上。耳は長く、尖っていて、エルフと言う奴だろう。聞くだけで、見るのは初めてだが。
「お前、私の弟子になれ」
「え、嫌だ」
「悪いようにはしない。私ならお前をより高みへと連れていける」
「不死身になれる?」
「…………………」
何いってんだ、こいつみたいな顔をするエルフ。
少なくとも、彼女からすればそんな魔法はありえないという事だろう。
「じゃあいいや」
「不死身はないが、まあ歴史に記された魔導書なら全て集めている」
「何してんの師匠、早く師匠の住処に案内してよ」
「…………………」
「魔導書!」
数えるのも億劫になるほど大量の本を前に、ヒャホーと飛び跳ねるトーテ。
ゼーリエは本の中からトーテに読ませる本を探す。
「山を裂いたというお前にはそうだな、視界に映るものを斬る魔法など…………」
「ん、後でね」
砂糖を塩の味に変える魔法が記された本を読み出すトーテ。ゼーリエはヒョイと奪い取った。
「それは古代の魔法使いが暇を持て余して作った魔法だ。人間の寿命は短い、もっと実用的な魔法を覚えろ」
「断る。まずは面白そうな魔法を覚えてからだ」
ゼーリエが持ち上げた本に手を伸ばしピョンピョン跳ねるトーテ。結局ゼーリエは一つ戦闘用の魔法を覚えるごとに好きな魔導書を一つ読んでいいと言う契約をした。
「物体の腐敗を防ぐ魔法、劣化を防ぐ魔法、色々あるな。傷を癒やす魔法も」
「それがどうしたんだ?」
「この魔法を基礎に不老の魔法を作る」
妹弟子フランメ。魔族に故郷を滅ぼされた少女はへー、と感心したように呟く。
「じゃあ兄貴、花をずっと咲かせられる魔法は作れねえかな?」
「その魔法なら作ってみた。それがこれだ」
「おお! ……………? 硬い?」
「花が咲き続ける魔法だが、花をそのまま固める魔法になってな。振ればそのまま肉を切れるぞ」
「あぶねえな…………」
私がほしい魔法じゃない、としょんぼりするフランメ。トーテは2つの魔導書を取り出した。
「だが安心しろ。枯れた花を咲かせる魔法と、腐った肉を新鮮にする魔法だ」
「おお!」
「俺が不老不死になるための足掛かりとなる魔法だ」
「兄貴はそればかりだな」
「当然だろ。俺は死にたくない。死ぬのだけは、絶対に嫌だ」
魔力が揺らぐ。トーテは、本当に誰よりも死を恐れている。友達も両親も、誰も彼もが死ぬのを目撃したフランメよりも。
「でも、ずっと生きていくってのは………それはそれで辛いことだと思うぞ?」
「というと?」
「知り合いが誰一人残らず、一人ってのは寂しいもんさ」
「問題ない。俺にはゼーリエがいる」
「……………やっぱり2人って」
「おい弟子共、飯だ」
と、ゼーリエがやってきた。これは飯ができた、では無く飯を作れという意味だ。トーテの方が料理が上手いので何時のまにか食事係になり、フランメはそれを手伝う。
「いい年した甘えん坊だな」
「次私を年寄り扱いしたら三日三晩泣かせるからな」
「兄貴、そいつ等はなんだ?」
「魔族の子供達だ」
トーテが連れてきた魔族の子供達を睨みつけるフランメ。魔族達は怯える子供のようにトーテの背に隠れた。いや、事実怯えているのだろう。
「正気か、そいつ等は人食いの化け物だ。今食ってなくても、何れ人を食う」
「だが無二の魔法を作る生物だ。俺はそれが見たい」
「それは人を殺す為の魔法だ」
「魔法は魔法だろ」
と、魔族の頭を撫でるトーテ。
「それに此奴等は自分より遥かに強い生き物に喧嘩売るほど馬鹿じゃない」
トーテの魔力はかなり高い。生まれたての魔族など比較にならぬほどに。魔力と魔法の強さが価値基準の魔族なら逆らう事はしないだろう。
「力をつければ人を食らう。そいつ等に人との共存なんて無理だ」
「知ってるさ。その時は殺す」
「……………」
「ん?」
クイクイと魔族の一人がトーテの服を引っ張る。
「私、死にたくないよ………」
「それは無理だ。お前は人を食うし、強くなったら俺を食おうと思ってる。なに、苦しまぬよう殺してやる。もしくは魔法の実験で殺す。いやなら逃げてもいい。ここで殺す」
頭を撫でながら笑顔で言うトーテ。
トーテは魔族の魔法について調べる為に、まず何体かの成熟した魔族の精神構造を知るべく捕えて『お話し』し、人間と融和は不可能と断じている。
「死なないためにはどうすればいいの?」
「なら沢山魔法を作るんだな」
「うん、頑張る」
「いいのかよ
「止めたところで聞きはしない。むしろ成熟した魔族の下に向かわぬだけましだろう」
許可しなければそれこそ魔族の下に向かって帰ってこなさそうなのがトーテだ。多分魔族とそれなりに上手くやる。
「魔族の魔法なんて、人類に使える訳ないのに」
「全てがそうというわけでもない。事実幾つか転用可能な魔法を見つけてきた。奴め、それを交渉材料に使ってきたぞ」
と、新しい魔導書を取り出すゼーリエ。
「案ずるな、奴が魔族に傾倒しそうになれば、私が魔族共を殺してやるさ。ないと思うが、そうなったとしても矯正する。何せ私達には有り余るほど時間があるのだからな」
「…………………」
トーテは不老の魔法を完成させた。他人には施せないが、若返りや、老いの魔法も………。
トーテはこの先殺されぬ限り永遠に生きる。有り余る時間を魔法の研究に使える。
「望んだ魔法を作れれば、大人しくなるかね」
「無駄だ。あの子は魔法が好きだからな………不要な魔法まで時間を浪費して覚える。その点は、どうにかして欲しい所だが」
「そうか? 私は魔法が好きな部分はそのままでいて欲しいけどね。行き過ぎなければ…………」
その翌年、フランメは魔族を殺す為に出て行き、数年後に弟子を連れて戻ってきた。
エルフの少女だ。
「時の流れというのは早いものだな。気まぐれで育てた弟子が、もう孫弟子を連れてきおった」
「そんなに早いか?」
「トーテ、お前もこの先、永い時を私と共にするなら、その時間の感覚など直ぐに無意味になるぞ?」
「そういうもんか。で、姪弟子、名前は?」
「フリーレン」
フリーレンと名乗ったエルフは不思議そうな顔でトーテ達の会話を聞いていた。人間がエルフと永い時を、などと言ってるから意味がわからないのだろう。
「強いな。気に入った。望む魔法を言うがいい、一つだけ授けてやる」
ゼーリエは今まで歴史で書かれた魔導書の知識をほぼ全て記憶している。トーテの作った魔導書の中には
「いらない。魔法は探し求めている時が一番楽しいんだよ」
その言葉にフランメとトーテは微笑んだ。
「フランメ、やはりこの子は駄目だ。野心が足りん。燃え滾るような野心が」
「
「私やトーテでは無理だとでも?」
「戦いを追い求める貴女では魔王を倒せない」
というよりも、そもそもゼーリエは魔王を倒す気がない。平和を停滞と捉える節のある彼女は魔族と人類の争いを放置している。
「私達じゃ無理なんだよ。だってさ
「………………」
「フリーレンは平和な時代の魔法使いだ」
「俺は?」
トーテは平和な時代に生きる自分の想像ぐらい出来る。
「兄貴はそもそも、魔王と会ったらそのまま魔族と一緒に過ごしそう」
「良くわかってるじゃないか。先月も新しく50人の魔族を隠れ里に迎え入れた」
ちなみに年に増える数と同じぐらい毎年殺したり魔族同士で殺し合ったりするから隠れ里が溢れることはない。
「魔族の魔法の研究、まだ続けてんのか?」
「楽しいからな。魔法の研究は楽しい」
「魔族の魔法も?」
「魔法には違いない」
それから時が経ち、再びフリーレンがゼーリエ達の前に現れた。
「フリーレン、お前は私達が嫌いだろう。何故また訪れた」
「え、俺も嫌われてんの?」
「
「この前師匠をチビと呼んで怒らせた」
「何やってるのさ………」
呆れながらもフリーレンはゼーリエとトーテに手紙を渡す。2人分用意されていたらしい。
「あれから50年。そうか、フランメは死んだか」
「悲しくないの?」
「気まぐれで育てた弟子だ」
遺書と言うより、報告書のようなものだった。これまで人類圏では禁忌とされていた魔法。皇帝が国を上げての研究に認可を下ろした。
それは常々魔法を広めたいと思っていたフランメの功績であり、彼女は宮廷魔法使いというものを新設し教育に携わっていたらしい。死んだ後、ゼーリエにそれを継いで欲しいとの事だ。
「なんて贅沢な奴だ。魔法の研究の認可が降りただけでも快挙だと言うのに、それ以上を望むなど」
「それってすごいことなの?」
「トーテ」
「あ、俺が説明するの?」
トーテは地図を浮かべる魔法を使い、空中に大陸の地図を映した。国々は色で別けられている。当たり前だが統一帝国は大きい。
「フランメが国に納得させた方法なんて、時代を考えりゃ明らか。魔族への対抗手段………軍事転用だ。だが当然他の国も黙ってない」
「なんで?」
「周辺国家が人類最強の統一帝国に入らないのは何故だと思う? 魔族と戦う今、人類は足並みを揃えるべきなのに」
「知らない」
「自分の国以外が上に立つのが気に食わないからだ」
「帝国が一番強いのは事実なのに?」
「こういうのは理屈じゃない」
だから周辺諸国も魔法の軍事転用を始める。その中で、生活に役立つ魔法も生まれていくだろう。数十年もすれば魔法は人類全てに広まり、誰もが魔法を使える時代がやってくる。
「それは遠くないうちに人類が魔王軍に抗う力を手に入れることを意味する」
「そう。すごいことだね、とても………」
「まったくだ。だがそれは私の望むところではない」
と、ゼーリエがフランメの遺言書を破いた。
「帰れフリーレン。こんな遺言は到底受け入れられん。実に不愉快だ」
誰でも魔法を学べる時代。それはゼーリエの望む世界ではない。魔法とは才ある者が学び、研鑽していく特別な技術だと言うのが彼女の考えだ。
「こんなものを寄越すとは。フランメとは最期まで解りあえなかった。所詮は気まぐれで育てた弟子だ」
「
「俺の方にも書かれてるな。兄貴は絶対に引き継ぐなとも」
魔族と人間の魔法を融合させてみよう、までなら兎も角、魔族と人間の記憶を互いに植え付けたらどうなるのか試しそうだから、と書かれている。
「そんな事しねえのに」
「本当に?」
「ああ」
実はそのへんの人間から記憶を買って魔族に複写してみたり、魔族の記憶を統一帝国からの暗殺者に移してみたが精神崩壊を起こした。要するにもう失敗してるのだ。
「師匠、あんたは解り合えないと思ってるが、フランメは意外と俺達を解ってるらしいな」
「…………………」
「じゃあ私はもう行くね。多分もう会うことはないと思う」
「………フリーレン」
その場からさろうとするフリーレンを、ゼーリエが呼び止めた。トーテは適当に魔導書を手に取り読み始める。
此処から先は、永い時を生きたエルフ達の会話だ。自分にはまだ早い。
「これから人間の時代がやってくる。だがトーテ、長く生きれば生きる程、お前の感覚は私達に近付いていくだろう」
明日も翌年も、百年先も千年先すら同じになる。人間が生き急ぎ、手にするそれを何時でも手に出来ると後回しにする。
「それは問題ない。何せこれから魔法が増える。魔族だけでなく、人の魔法が………楽しみだな、ゼーリエ」
「なら魔族の村を今すぐ消せ」
「それは断る。人間の魔法は別に百年先でも覚えられるが魔族はそうじゃないからな」
「………………………」
「また弟子が変わってる」
「…………………」
50年ぶりに隠れ里から出るとゼーリエがまた新しい弟子に魔法を教えていた。水を操る魔法を使っていた少女は不思議そうにトーテを見る。
「お前の兄弟子だ」
「え、兄………え?」
「人間ではあるが300年以上生きている」
「どうも」
「ど、どうも…………」
300年? と自分より年下にしか見えないトーテを不思議そうに見る女。と、トーテが40代ぐらいになった。
「これで威厳は出たか?」
「???」
「こういう生き物だ。気にするな」
「ところで、前回の奴の墓は?」
「こっちだ」
「あいつの好きな魔法は何だったか。目玉焼きを半熟に出来る魔法だっけ?」
「それは5つ前だ。くだらん魔法を教えやがって………」
「ちなみにこれは鶏の卵から蛇を孵す魔法だ」
「またわけのわからん魔法を作って………」
と、呆れながらも受け取るゼーリエ。取り敢えず魔法は覚えておくのが彼女なのだ。
「前回の弟子は……思い出した。湖から外来種を取り除く魔法だ」
「川には使えんがな」
どちらにしろくだらんが、と鼻で笑うゼーリエ。
「というかもう少し覚えてやれ。同じ人間だろう。私より短い時しか生きてないくせに」
「あまりかかわらなかったからなあ。最近隠れ里の方にばかり行ってるし」
魔族の世代交代で人類に都合の良い家畜………友好的な魔族を作れないか実験してみているが、多分最低でも千年はかかる。
そして、トーテが捕えている魔族など魔族全体から見れば極少数。
「だが魔族の魔法は面白い」
「…………………」
ゼーリエは戦いが好きだ。だから魔族が強いのは、まあいい。だが所詮は人喰いの化け物と馴れ合うつもりなどないし、奴等の魔法を学ぶ気もない。
魔法の極みに近くとも、魔族は何処まで行っても怪物だ。
「この子は魔族との戦いで死んだ。一ヶ月前だ」
「へえ」
「大した実力もなく老いた身で魔族に挑むなど、馬鹿のすることだ。生きていれば残り少ない時間でも、それなりの高みを目指せたものを」
「高みに興味のある魔法使いなんて俺は見たことないけどな」
皆、好きな魔法を極めようとしているだけだ。何ならそれは、ゼーリエも本当は変わらない。
「違いない。どいつもこいつも、私に魔法を学ぶくせに本気で極みを目指すものなど一人もいなかった。何度最後にしようと思ったか」
「だけどどうせ、師匠はまた弟子を取るよ」
「………………」
「寂しがり屋だし、意外と人間が好きだからな師匠は」
「誰が寂しがり屋だ………」
「師匠。何なら、今日は頭を撫でながら寝かしつけてやろうか?」
「…………………」
「お、やるか?」
無言で見つめてきたゼーリエに構えるトーテ。ゼーリエは背を向け歩きだす。
「何をしている、付いてこい。早くしろ」
「……こりゃ重症だ。1年ぐらいは側にいてやらないと」
「ゼーリエから顔を出すとは珍しい。100年ぶりぐらい?」
「30年程だ」
「そうか、あまり変わらんな」
「…………魔族共はどうした?」
「魔王が討たれた後数を減らしてなあ。なんとか確保したの一匹だけ」
と、トーテが扉を見ると小さな魔族の少女がこちらを覗いていた。ゼーリエに視線を向けられ、直ぐに隠れた。
「動きだけなら勇者パーティーの戦士の動きを真似できる。力が弱いし体が柔いから、劣化品だが」
「劣化品じゃない。きっと貴方の役に立つ」
「安心しろ。お前はまだ若い。体内の魔力を読み取るその魔法は発展性もある。成長性がある魔族を俺は殺したりしない」
魔族は安心したのか部屋の奥に戻っていった。
「あの魔族……見えていたな」
「元々魔力探知に長けていたからな。目を俺が養った」
「魔族なのが残念だ」
「強くなったらお前にやるよ。人を食う前に殺し合いすると良い」
「なると思うか?」
「…………まあ、大魔族ぐらいにはしてみたいな。で、用事は?」
世間話をするためにゼーリエが訪れることはないだろう。何かしてほしい事があるのだ。
「魔法使いギルドは知っているか?」
「知らん。何それ」
「魔法使いを管理していた機関ですよ」
と、青年の魔法使いが応える。トーテはああ、と声を出した。
「良く変わるんだよねあれ。200年ぐらいは保たないもんかね」
「残念ながら、あれも潰れた。魔王軍がいなくなった後、平和な世の中に適応出来なかったらしい」
「そうか。まあゼーリエ的には良かったんじゃないか?」
「新しく魔法使いを管理する組織を立てている。この男……レルネンの地位と私の知識を使ってな。手伝え、トーテ」
「ゼーリエ、お前からすれば短い付き合いでも俺にとってはほぼ一生を共にしているんだ。少しは分かって欲しいものだな」
と、トーテは呆れたように言いながら、本を開く。
「魔法の管理などに興味はない。そんなもの、俺達が手を貸さずとも勝手に生まれて勝手に消えていくものだ。俺は楽してそこからお溢れをもらうだけだ」
「お前にも見せなかった魔導書や、新しく生まれるも世間に知られなかった魔導書がいくつかある」
「何してんだゼーリエ。まずは組織の幹部達の魔法使いを紹介しろ」
「ええ…………」
レルネンは代わり身の早さに引いた。ゼーリエは相変わらずだ、と微笑む。
「行くぞ。支度しろ」
「はい、先生」
扉が開き魔族の少女が出て来る。トーテの命令に従い荷物の整理を始めた。
「ところでお前、あの子の顔は覚えてるよな?」
「覚えてるぞ」
「なら良い。ところで、そいつも連れていくつもりか?」
「問題ない。きちんと支配している」
と、魔族の顎を持ち上げ首を見せるトーテ、首輪のような入れ墨が刻まれていた。
「…………北部高原のヴァイゼ領では支配の石環で支配していた魔族に滅ぼされました」
「魔族の主観で行動を縛ろうとするからそうなるんだよ。支配対象じゃなく、支配者の主観にするべきだ」
つまり魔族の少女はトーテの判断で危害や敵意という概念を決められている。
「しかし都市を滅ぼすとはな。魔王軍の残党か?」
「ああ、そうだ。その魔族を討ちに行くぞ。威厳を広めるにはいい手だ」
「朝か、どれほどの月日が流れたんだろうな」
七崩賢、黄金郷のマハトは黄金の都市となったヴァイゼで一人空を見上げる。
「俺はまだ生きている。結局なんの感情も解らなかった………何時までもここに居るわけには行かないな」
立ち上がり歩き出すマハト。彼にはある目的がある。その目的の為に支配の石環を受け入れたというのに、意味がなかった。
「──だが、確かにあの時何かを掴めそうな気がしたんだ。次だ。次に生かそう」
「悪いがお前に次はない」
と、マハトの後ろから声がかかる。
「今すぐヴァイゼを元に戻せ。戻さないなら殺せとさ」
「………何者だ?」
背後に立たれるまで魔力を全く探知出来なかった。恐るべき魔力隠匿技術。
「戻せとは言ったが、そもそも戻せるのか?」
「……………………」
「だよな。人を殺す魔族が殺した後を考える訳もないか」
ははは、と笑う男。
魔法とはイメージの世界。イメージ出来ない事を実現出来る者は居ない。人を殺す為に魔法を扱う魔族が、呪いで変えた人を戻す事をイメージなど出来はしないのだ。
「む………」
と、マハトに触れていた男の手が黄金に変わっていく。が、途中で止まり銀に変わり、また元の人の腕に戻る。
「ふむ…………」
「…………………」
男の足元から全てが銀色に染まっていき、不可視の“呪い”がぶつかり合い、空中で金銀の火花となって飛び散る。
男は銀色に染まった家を金に戻す。
「まあ、俺の体なら兎も角、俺の魔法解析ではこれ普通に金から銀にしただけだしな」
「もう一度聞く。何者だ、お前は?」
「魔法使いトーテ。意味などないが教えておくと、特級魔法使いという枠組みだ。魔族の魔法を研究する変わり者の魔法使い。今は魔法協会の威信を高めるためお前を殺しに来た」
「成る程。お前は今までに戦ってきた命知らずとは違うらしい」
マハトは外套を黄金の剣へと変える。マハトの黄金は熱そうが叩こうが1ミリも変化しない、魔法でも破壊不可能な盾であり鉾となる、黄金化が効かぬ相手でも戦う術を持つ魔法。
破壊不可能なはずの黄金は、トーテの体に触れること無く崩れる。
「攻撃に質量が足りん」
白銀化した建物の表面が剥がれ、膨大な質量となってマハトに叩きつけられる。マハトは黄金の剣を外套に戻し、広げ盾とする。
「……………」
マハトは無数の光線を放つ。現代の魔力防御の装備か魔法に対して高い効果を持つ防御魔法でしか防げないはずの、ゾルトラーク。それを白銀で防ぐトーテ。
「人類の魔法か。ソリテールみたいな奴」
「………………」
壁を駆け上がり黄金の剣を振るうマハト。
トーテは白銀の斧で迎え撃つ。オリジナルには遠く及ばぬ力なれど、身体強化魔法と魔族最強の将軍の技はマハトを吹き飛ばした。
「次は何を見せてくれる?」
「………………」
マハトの次の行動を楽しそうに待つトーテ。が、2人の間に新たな人影が現れた。
マハトが結界に閉じ込められた。
「邪魔が入ったようだ」
「そのようだな」
「レルネン。長くは保たないぞ」
「わかっている。よくやってくれた」
と、結界を張った魔法使いはレルネンに声を掛ける。トーテはレルネンを無視して黄金郷の外を見る。
「ゼーリエ、面倒事を押し付けるなら子守ぐらいお前が見ろ」
『子供の接近ぐらいで仕事をこなせなくなるお前が悪い。が、それはそれとして。レルネン………なんのつもりだ?』
ゼーリエの声が響く。元々、レルネン達は待機だと命じていたのだ。
「
『それがどうした』
「魔族の魔法の悲しい宿命だな。ヴァイゼに仕えている頃に会えていれば学べたのだが」
「黄金郷を、城塞都市ヴァイゼを戻す機会を永遠に失うことになりかねません」
『……………レルネン』
まだヴァイゼを戻す方法を探すレルネンに、ゼーリエが呆れたように言葉を漏らす。
『ここでマハトを仕留めねば被害はヴァイゼ程度では済まない。こいつはその気になれば北部高原全域を黄金に変えるだけの力を持っている。流石に看過できん』
マハトは既に結界に亀裂を走らせている。言葉通り、長くは保ちそうにない。
「
「ほう、それは面白そう」
『トーテ…………』
新たな魔法の可能性に楽しそうなトーテ。ゼーリエは責めるような声色で呟く。
『………白けた。私はもう知らん、勝手にしろ』
「だとよ」
「ありがたいお言葉」
トーテはその場から転移で去る。レルネン達も急ぎその場から離れ、黄金郷を封印した。
「特権ねえ」
大陸魔法協会創始者ゼーリエが一級魔法使いに与えるのは、彼女が習得している魔法。
魔法使いにとって使える魔法が修行無しで増えるというのは喉から手が出る程欲しい特権だ。ましてや、それは只の人の身では一生かけても習得が不可能な魔法もあるとなれば。
「くだらん。魔法とは学ぶ時と作る時が楽しいんだ。ぽんと覚える魔法の何が楽しい」
「その考えこそ私からしたらくだらん。魔法など、ただの道具だ。手に入れられるなら手に入れておくにこしたことはない」
魔法をあくまで戦う手段としてみるゼーリエと、魔法を学び、生み出すことに楽しみを見出すトーテは千年間、そこに関しては話が合わない。
「1000年経っても変わらんなお前は」
「時代は俺に合わせて来てる。古いのはお前だ」
因みに2人はこんな会話をしながら、お互い背を預けながら本を読んでる。
「それは魔導書か?」
「いいや、一般常識。思えば300年ぐらい前から学んでなかった」
「元からだろう」
「あ、ゼーリエ。今鏡蓮華の花言葉、「久遠の愛情」らしいぞ」
「…………………………」
その言葉にゼーリエは鏡蓮華の意匠が施された指輪を見る。
「少し前まで感謝だったのにな。別のに変えるから、いらないならくれ」
「これはもう私のものだ。二度とくだらんことを聞くな」
「気に入ってるようなら何よりだ」
その日の夜、一級魔法使い達の飲み会。
「もう付き合っちゃえよ!」
一級魔法使いの誰かの叫び。果たして誰だったのだろうか。
勇者ヒンメルの死から29年後。北側諸国、オイサースト。
フェルンが一級試験を合格し、大陸魔法協会の定める一級魔法使いになり、魔法を授与された。戻ってみるとフリーレンが怪我をしていた。
レルネン一級魔法使いに襲われたらしい。
「ゼーリエを一人にしない為に名を残す、なんて……嘘ばっかり。ゼーリエにはトーテが居るのにね」
教会で治療を受けながら、フリーレンはそんなふうに文句を言った。
「トーテ…………特級魔法使いのトーテ様の事ですか?」
「特級? 一級が一番じゃないの?」
「一人だけ、その枠組すら超えて居るのです。あの不滅の賢者トーテ様と同じ名で、大陸魔法協会が設立された50年前から居たとされて………世襲制の名前なんでしょうか?」
フェルンも授与の際出会った。幼い子供だった。
「ふうん、今は子供の姿なんだ」
「今は?」
「ゼーリエと違って頻繁に会ってるけど、百年前が最後だったかな。あの時は老人の姿だった」
「どういうことですか?」
「300年生きたとされる不滅の賢者、それからゼーリエと一緒にいるトーテ………実は同じ人物なんだよ。300年どころか、千年は生きてる魔法使いだ」
その言葉に固まるフェルンとシュタルク。エルフなら兎も角、人間が千年も生きるなど信じられないのだ。
「トーテは魔法を学ぶために人の寿命は短過ぎると、寿命を魔法で捨てたんだよね。で、その後暇つぶしに若返りとか老いる魔法を作ったの」
「そんな事が出来るのですか?」
「少なくとも、私はトーテ以外に成功させた魔法使いは知らないね」
トーテもまた、千年生きるまでもなく人知を超えた魔法使いということだろう。一級を超え特級という枠組みを与えられるのも納得だ。
「不滅の賢者トーテって言えば、すごい女好きって話だよな」
「ああ、それね………」
不滅の賢者トーテといえば、その魔法使いとしての偉大さは勿論、ゆく先々で女に手を出し、世界各地に子孫が居ることでも有名だ。
「実際トーテは女の人に興味はないよ。珍しい魔法を見せてくれるなら一晩ぐらいなら相手して上げるかもしれないけど、基本的には魔法馬鹿だ」
「フリーレンと同じ?」
「シュタルク、馬鹿って言ったな? 3度目はないよ」
「怖い!」
「それに私はトーテに比べたらおとなしいほうだよ。トーテの魔法研究には魔族の魔法も含まれるもん。何なら一時期魔族を集めて里を作ってたぐらいだ」
それに関して思うところがあるのか、フリーレンは少し不機嫌そうだ。
「後多分、里関係なく魔族と交友関係持ってるね絶対」
トーテならそうする、という確信がある。
「まあとにかく、トーテはさ。女の人と関係を持つよりは魔法の研究ばかりにかまけてるんだよ。トーテの女好きは、帝国のせいだね。あそこはすぐ英雄を神格化する。大方トーテの子孫を名乗る魔法使いのせいだね」
「なるほど」
「そう言えば、ゼーリエもその事怒ってたな」
「え、それって………」
「うん、そうだよ。ゼーリエは口では色々言うけど、弟子を大切にしてるんだ」
「…………………」
フェルンは残念な生き物を見る目をフリーレンに向けた。
「あれ、同族だ」
「む?」
オイサーストから北部高原に向かうフリーレン達。道中出会ったのはツインテールの従者を連れたエルフの少女だ。
「クラフト様やゼーリエ様に続いて、短い期間に三人目でございますね…………」
「エルフって北に住んでるの?」
「ふむ、私以外のエルフとなると、オイサーストから来たことも考えると母の知人か? ああ、勇者パーティーのフリーレンか?」
「ヒンメルを知ってるの?」
「私はまだ若いからな。近代の英雄なら知っている」
ほんの80年ほど前の英雄だし、と呟くあたり若くとも彼女の時間感覚は間違いなくエルフだ。
「ハルブだ」
「よろしく。オイサーストに母親がいるって事は………」
「ああ、私の母はゼーリエだ」
「そっか。でもゼーリエ、相手はどこで見つけてきたんだろ」
エルフの男など、フリーレンだってつい最近クラフトという男性のエルフを一人見た程度。
「私の父はエルフではない」
「え? ハーフエルフ? そんなの作り話でしか見たことないけど」
「私の父は偉大な魔法使いだが変わり者でな。ある実験で2つの捕食関係にある種を共存させた後、あぶれた者同士が子を残さぬ番になったのを見て、異種族でも子を成せる魔法を作ったのだ」
「へえ。すごく高度な魔法だね」
「そしてその魔法を知った母は父を条件を満たすまで部屋を閉ざす魔法で閉じ込め事に及んだ。で、私が生まれたというわけだ」
「ええ…………」
フリーレンはまさかのゼーリエの所業に引いた。でも、相手がフリーレンの想像通りなら自分で脱出出来そうだし、ある意味同意なのだろうか?
「その、ご両親の仲は、大丈夫なんですか?」
「まあ、父を最終的に受け入れられるのは母しかいないし、母と共に歩けるのは父しかいない。なんやかんやあれど、傍目から見て仲の良い両親だよ」
「そっか…………」
「父の五感の不調の原因を取り除く為に互いに魂を縛っているぐらいだしな」
「ええ…………」