低俗スクランブル   作:かげのかげたろう

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(借金返したいのでなんかの手違いで出版とかならないかなと考えながら書いたので)初投稿です。


「319分の1は引けたり引けなかったり世知辛い」

「319の1は嘘、って話をする」

 

「え、なに急に」

 

 開口一番冷たい目線を寄越した酒カスに、まあ聞けと目線で制する。

 

「パチンコってのは球をヘソに入れれば一回抽選が出来る」

 

「……そうだね」

 

「有名なわかりやすい話が……今回は今メジャーな319分の1のパチンコで例えるが。319枚の紙があってその中の一枚の赤い紙を引き当てるのを毎回毎回やってる訳だ」

 

「うん」

 

「でもそれって本当に319分の1か?」

 

「……一応続きを聞かせて?」

 

「確かに設定上は319分の1かもしれない。一発で当たる可能性も、永遠に当たらない可能性もあるのは重々承知だ。けどよ……」

 

 手に持ったジョッキを煽って、ガンッと机に叩き付ける。

 

「十万円入れて当たんねえはおかしいだろうが!」

 

「それ言いたいだけじゃん可哀そうだねー。あ、次何飲む?」

 

「流すな。ハイボールで」

 

 ざわざわとした喧騒の中、暖色の照明が照らす居酒屋の店内で俺と目の前のネイビー酒カス女は肩を竦めながらタブレットを操作する。

 肩口まで伸びた髪を揺らし、ソイツもジョッキの中身を煽って空になったそれを机の端に寄せ、改めて俺に目線を向ける。

 相変わらずメンヘラみたいな顔の酒カスは、目元の赤いアイラインをぱちぱちとさせながら言う。

 

「なんでパチンコなんて物に金を溶かすかわかんないなー。酒で気持ちよくなった方がお得でしょ」

 

「否定はしねえけどよ、脳汁がびゅっびゅする瞬間も代えがたいものなんだよ」

 

「アタシはそんなハマんなかったからわかんないや。食べ物何か頼む?」

 

「アル中だからじっとしてられないだけだろ。唐揚げ」

 

「じっとしてられるし!仕事中とかクールだし!」

 

「嘘つけコンカフェ女。一番うるせぇだろうが」

 

「なにをー!?」

 

 じたばたする酒カスを尻目に、懐から煙草の箱を取り出して一本咥える。ジッポでカチンと火を点けてやり、一息深く吸う。

 ヤニ臭さが口腔鼻腔を広がり、遅れてくる痺れるニコチンが体内を循環しているアルコールによる酩酊感と会い極まり。

 美味ぇ。いっちゃんこれが美味ぇ。あとはパチンコに勝ってさえいればもっと美味かった。

 

「わざわざ酒に付き合えって言うから何かと思えば、愚痴相手なのアタシ?」

 

「いんや、さっきのは関係ない。本当の話題は別だ」

 

「ふーん。まあ、今日はタダ酒だから付き合うけど、本題は?」

 

「ん、本題はな」

 

 傍に立て掛けていた紙袋から、ブツを取り出す。

 

「チャイナ服を着て欲しい」

 

「…………はー?」

 

 もう一度言う。

 

「チャイナ服を」

 

「聞こえなかった訳じゃないから。……一応聞くけど、何で?」

 

「そりゃあチャイナ服の女を拝みたいからだが」

 

「そういうお店に行けよ変態」

 

「というのは建前に見せかけた本音でな」

 

「本音じゃん」

 

 チャイナ服を紙袋に戻しながら、本音に続いて本音を言う。

 

「俺が超天才売れっ子小説家なのは知ってる事だと思うが」

 

「初っ端うざい」

 

「事実だ。今度登場人物にチャイナ女を出そうと思ったんだが、如何せん俺はチャイナ服を着た女を現実で見たことが無い」

 

「だからそういうお店に行きなよ」

 

「高いだろうが。それでお手軽な知り合いを探してみたら、どうだ。普段コスプレをしてる顔のいい女が居るじゃないか」

 

「お手軽って言われるのなんか無性に腹立つんだけど」

 

「多分一回飲み奢ればチャイナ服くらい着てくれるだろ。そう思って今日お前を呼んだんだ。不服か?」

 

「不服」

 

 不服な要素ねえだろウィンウィンだろ。そんな気持ちを込めて煙を吹き掛けてやる。顔を顰められる。

 「お待たせしましたー」と丁度注文していた酒が 届き、礼と共にお互い一口飲み、ふうと一息吐く。

 酒カスは一口、二口三口とごくごく飲んでもう空にした。体に悪い飲み方すぎる。

 

「なんでアタシなのよ」

 

「だからお手軽だから」

 

「その言い方次にしたら酒ぶっかけるよ」

 

「……いや正直なところな、頼れるのがお前しか居なくて」

 

「……アタシだけ?」

 

 眉がぴくりと動く。

 

「ああ。俺そもそも友達居ないし、その中でこんな事頼めるのお前しか居ないんだ」

 

「……ふーん?」

 

 好機と書いてチャンスと読む。押せ。

 

「頼むよ。俺、お前しか」

 

 ブー、と着信音が鳴る。俺の携帯だ。

 相手は……ヤニカス。しまった、出なければいけない重要な案件だ。

 目で伺えば頷きが返ってくる。甘えて電話に出ると、『もしもし』と落ち着いた声色が聞こえる。

 

「もしもし」

 

『ごめんね、今平気?』

 

「平気。どうした?」

 

『ああいや、メッセージでくれたでしょ?例の件』

 

「ああ」

 

『引き受けるよ』

 

「まじで!??」

 

「うわなに声でっか」

 

 思わず立ち上がる。酒カスに少し睨まれるが知った事か。

 

『カートン、くれるんだ?』

 

「今回の件の報酬はそれだ。引き受けてくれれば即日」

 

『丁度今仕事が終わったから、いいよ。今から?』

 

「今からで頼む。デッドラインが近いんだ」

 

『毎度思うけれど君って馬鹿だよね』

 

「賢く生きる頭はママの腹の中に置いてきちまってな」

 

『置いてこない方が賢明だったね。今どこ?』

 

「居酒屋に居るから出たらまた連絡する。いやあ、お前しか頼れる奴が居なかったんだよ」

 

「……ん?」

 

 何故か酒カスに眉を顰められる。

 

「助かる。やっぱり持つべきものは友達だな」

 

『よく言うよ。都合の良い時だけ連絡して』

 

「何言ってんだよ、そんな訳ないだろ?」

 

『まあ、いいけどさ』

 

「引き受けてくれてありがとうな、お前にチャイナ服は似合うと思ったんだよ」

 

「アタシ以外にも頼んでるじゃん!!!」

 

「うわ声でっか何?」

 

 ガタッと立ち上がる酒カスに驚く。なんだ急にコイツ。

 

「あ、アタシ以外頼れないって」

 

「あれは嘘だ」

 

「酷い嘘つくなよクズ!」

 

「クズは言いすぎだろカスにしろせめて」

 

「変わんないよ!」

 

『修羅場?』

 

「ああいや有利区間」

 

『私にはわからないよそれ』

 

「あー、ともかくまた後で連絡するわ」

 

『はーい』

 

 一度電話を切ると、ぐっと俺に更に詰め寄る酒カス。近づくな顔が良いな。

 甘い香水の香りを俺の鼻腔に届かせながら、口を開きかけ、いつのまにか注文していたのだろうジョッキと頼んだ唐揚げが「すんません緑ハイと唐揚げでーすはい失礼しまーす」と机に置かれた瞬間に口を閉じる。

 尻目に店員さんが気まずそうな顔をしながらそそくさと去っていくのを二人で見て、お互いに目を合わせ、一度座る。

 

「……電話してた人、いいって?」

 

「ん。快諾だった」

 

「その人も変だよねだいぶ」

 

「常識人枠だぞ俺の友達の中では」

 

 比較的、という注釈がつくが。

 唐揚げを摘む。うっま。あつあつ。

 酒で流し込んで頭頂葉の味覚野を全開に刺激させる。美味すぎる。

 

「……本当はさ」

 

 真っ直ぐ、目線を向けられる。

 

「誰のチャイナ服が見たいの?」

 

「え」

 

 間抜けな声が出る。

 む、と眉根を寄せてこちらを覗く酒カスは、溜息を一つ吐いて俺に問い掛ける。

 

「まず何人に声掛けたの?」

 

「あー……五人?」

 

「割と居るじゃん!」

 

「どうどう」

 

 抑えるとその赤いアイラインを跳ね上げて、手をわきわきとさせ、手を彷徨わせる。が、ジョッキにその手が向かった。

 すぐ酒を煽り、空にしてすぐさまタブレットを弄る酒カス。はえーと思いながら煙草を吸い、ぼけーと吐く。

 

「で、誰が本命?」

 

「……?」

 

 本名ってなんだよ。目線で問い掛ける。

 

「声掛けた中でも、一番着て欲しい人とか、居るじゃん」

 

 んなメンヘラみたいな。思いながら、少し考える。

 

「そりゃあ。……お前だろ」

 

「……本当?」

 

「ああ。お前は酒カスだけど、顔が良い。あとボブなのも良い」

 

「……他には?」

 

「おっぱいがちょっとある」

 

「さいてー」

 

 頬杖をついて、酒カスは言う。

 

「アタシでいいじゃん」

 

 クソメンヘラ。

 

「お前さっき渋ってたじゃん」

 

「……けど、なんか、他の人にやらせるのもなんか癪」

 

「…………あーね?」

 

「今面倒くさいって顔した」

 

「してない」

 

「した」

 

「してねえよ」

 

 した。バチクソメンヘラだなって思った。

 酒気の混じった吐息を漏らして、酒カスは少し赤らんだ顔を傾ける。頬杖をつく。

 ちゃり、と酒カスのじゃらじゃらしたピアスが揺れる。

 

「今回は、アタシにしときなよ」

 

「……お前、ぐいぐい来られた後に引かれると寂しくなるタイプだよな」

 

「うるさい自覚してる」

 

「可愛い奴」

 

 は、と笑って携帯でメッセをヤニカスに送る。

 『やっぱ今回の件なしでいいよ』。即既読。

 即返信。『また次回期待してるよ』。『おけ』。

 

「酒カス、君に決めた」

 

「……ジャリボーイめ」

 

 丁度話が一段落して、店員さんがジョッキを持ってくる。今度はほっとした顔で「失礼しやす緑ハイですあざすざーす」と去っていった。

 そうだよな。痴話喧嘩に見えるよな。ごめんな店員さん。

 と、内心謝ったところでふと気付いた。

 

「なあ」

 

「何?」

 

「これチャイナ服着る着ない論争だよな?」

 

「そうだけど」

 

「そうだよね」

 

 こんな白熱する論争のお題がチャイナ服であってたまるか。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに本日のお会計は一万二千円ほどだった。

 飲みすぎだろ酒カス。

 





「カス」
・ラノベ作家主人公。顔がいい。

「酒カス」
・ネイビーボブコンカフェ女。顔がいい。

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