偽言とコイバナ   作:虚人

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ハジマリ

「ふごっ」

 

 顔にのしかかる重みと息苦しさに、鳴海裕樹は無理やり起こされた。ごわごわとした顔に乗るものを摘み上げ、体を起こす。

 

「なーご」

「はいはい、おはようさん!」

 

 ふてぶてしい声で鳴く飼い猫、ブヨ。さきのお返しに部屋の隅に投げるが、猫特有の柔らかさで着地する。毎朝のやり取りで互いにわかっての行動であるが、得意げにこちらを見てくるこの猫は何度見てもイラっとくる。

 

「なんや、いつもより早いやないか」

「なーご」

「たくっ、わかったわかった。このデブ猫め・・・」

 

 寝起きの怠さを押して立ち上がり、一伸び。欠伸を殺しつつカーテンを開け日差しを入れる。そのまま窓を開けると涼しい風が部屋になだれ込んでき、新緑の香りが鼻孔を擽った。

 頭を掻きつつ、冷蔵庫を開け中身を確認する。

 

「自分家ながらひっでえもんやな」

 

 卵と葱と少量の豚肉とキャベツ、それと牛乳。買い物に行ったのが先週であったからそろそろまた行かなくてはならない。

 足に擦り寄るデブ猫をどかしつつ卵と葱を取りだす。もともと朝はあまり食べる気が起きないが、食べなくてはやっていけないからしかたがない。

 フライパンに油を注ぎ、葱をきざむ。それを卵に入れかき混ぜフライパンに入れる。卵の焼ける音と匂いにを感じ、ブヨの動きが慌ただしくなってきた。

 

「なーご。なーご!!」

「やかましいわ!」

 

 ホンマ食い意地張っとるのお、と悪態をつきつつ戸棚からキャットフードを取りだし、器に移し部屋の隅にほうる。それに釣られ猛ダッシュするこのデブ猫に苦笑いしか出ない。

 

 

「今日も一日がはじまってもうたな・・・」

 

 朝食後、ブヨを外に追い出した裕樹はいつもよりはやく学校へむかう。ちょうど他の学校や中学、社会人、小学生の列などの時間にあい、かなり賑わっている。普段慣れないこの状況に飼い猫を恨みながら歩いていると、後ろから黒塗りのリムジンに追い抜かれた。

 

「おお、おお。今日はまたエライのできよったな」

 

 一般人じゃない一般生徒の友人の登校風景。何度か見たことがあるが、常識を逸脱したそれに微妙な顔になってしまう茂樹。少しペースを上げ、学校まで行くと案の定、彼が校門前で漫才を披露していた。

 

「ガークッ!朝から漫才かいな」

「漫才じゃない!!ってユウ」

「おっはー、ガク」

「ああ、おはよう」

 

 強面の着物集団と漫才をしていた一条楽《らく》が笑顔で近づいてきた。

 

「毎回ようやるのう」

「まあな・・・。本当、勘弁してほしいよ」

 

 満面の笑みで見送る相方たちをしり目に溜め息を吐く楽。彼は巷で有名なヤクザの二代目(仮)で、その影響を小さいころから受けており苦労が絶えなかったらしい。将来は堅実な公務員らしいが、はたしてヤクザの息子は公務員になれるのか、甚だ疑問である。

 

「おはようー」

 

 黄色い声を受けながらすれ違う学友たちに軽く手を振っていると、楽が恨めしそうにこちらを睨んできているのに気付く。

 

「なんやもっと愛想よくしいや」

「うるせー。いいよそんなこと」

「アホやなあ、そんなんだから友達が少ないんやで」

「ほっとけ!」

 

 ふて腐れた様に返した楽は、懐からペンダントを取りだし物憂げに見つめる。

 

「なんや?そのペンダント」

「ちょっとした約束だよ・・・昔のな」

 

 ふぅん、と相槌をうち、裕樹は楽の前を歩き出す。

 基本、根無し草でふらふらと動いた裕樹。楽やその友人たちとはつい最近付き合い始めたため、互いに深く知らないでいる。

 気にならないことはないが、言わないならそれでいい。そんな感じである。

 

「ん?」

 

 突然日差しを遮るように突然影が入る。一樹がそちらに顔をむけると、楽の向こうの塀の更に奥から何かが跳んできていた。

 

「そこ危ないでガク」

「なにがだ?ユ、うえぇっ!!」

 

 ドグシャアァ!!っと生々しい音と共に楽の体が潰れ、入れ替わるように金髪蒼眼の少女が目の前に現れた。

 

「・・・いたたって、あ、ごめん!急いでるから!ホントごめんねえええ!!」

 

 三メートル弱の塀を越えてきた少女は何事もなかったように立ち上がり、その身体能力の限りのスピードで去って行った。

 

「ほう、白か」

 

 一瞬の隙を裕樹は逃すことなく目に焼き付け、考え深そうに呟く。そんなアホなことを考える裕樹は続いて楽に目をやった。潰れた蛙の様に這いつくばり微動だにしない彼に向け手を合わせる。

 

「お前の死は無駄にせえへんで。南無南無」

「い、生きてるわ・・・」

「おお、起きよったか。ほら、はよ起き」

 

 楽に手を貸し立ち上がらせる。多少ふらつきながらもしっかりと立つあたり、かなり頑丈である。しかし、鼻から情けなく鼻血が流れているのがなんとも情けなく見える。面白いから言いはしないが。

 

「いってえ・・・。なんだったんだ一体」

「さあ?知らん女の子が落ちてきたな。くく」

「何笑ってんだよ・・・」

「いやいや、災難やったな。ほら!ぼさっとせんと行こうや」

「あ、おい!待てよユウ!」

 

 

 それから誰がやったかしつこく聞いてくる楽をあしらいつつ教室にむかう。もうじきSHRの時間ということでそれなりに人がおり、裕樹がドアを開けると数人が顔をむけてきた。

 

「おっはー」

「おいーっす」

 

 適当に挨拶を交わしつつ机に向かう。

 

「オース、楽とユウ・・・って、楽どうした!?」

「一条君!?どうしたのそのケガ!」

 

 教室の後ろに集まっていたいつものメンバー、舞子集と小野寺小咲が話しかけてきた。それと喋りはしていないが宮本るりも興味深そうに楽を見ている。

 

「また喧嘩?」

「おいおい、いつも俺が喧嘩してるようなこと言うなや」

「いつもしてそうじゃない」

「こりゃ手厳しい」

 

 カラカラ笑いながら机の上に腰掛ける裕樹。それに向き合うように舞子が座り、宮本も横に佇む。小野寺は楽の方へ行っている。

 

「で、ホントのところは?」

「ああ、壁を越えてきた金髪少女に潰されたんや」

「壁を越えてって、この学校の塀って二メートル以上だろ?どんな運動神経だよ」

「それに金髪なんて鳴海君ぐらいしかいないわよ」

「さあ、そんなこん言われてもな。見たこんないやつやったでな」

 

 ちらりと楽たちを見ると鼻に絆創膏を貼ってもらい、だらしない顔を晒していた。もう先ほどのことは頭から吹っ飛んだみたいだ。随分とわかりやすい性分だ。しかし、

 

「鼻血に絆創膏ってなんや?効果ないやろ」

「いいんじゃない?良かったな楽♡」

「う、うっせーな!!」

 

 顔を真っ赤に染め、照れ隠しのように叫ぶ楽が実に初心でおかしい。

 そんなやり取りをしているうちに担任のキョーコ先生がやってきた。

 

「はーい、HR始めるからみんな座って」

 

 先生の声に従い皆席に着く。それに機嫌良く頷き、先生は高々と声を上げる。

 

「今日は転校生が来てるからまずはその紹介をするぞー。入って、桐崎さん」

「はい」

「ん?」

 

 ドア越しに聞こえた声に既視感を感じ、顔を上げる。

 

「はじめまして!アメリカから転校してきた桐崎千棘です。母が日本人で父がアメリカ人のハーフですが、日本語はこの通りバッチリなのでみなさん気さくに話しかけて下さい」

 

 ニコリと笑う彼女に歓声が沸き立つ。どれもこれも壇上の彼女を賛美するものばかりだ。そんななか、裕樹はそれらとは違い、これから起こるだろうことを想像して、面白そうに笑う。間違いなく、彼女は今朝の少女。ならば必然的に

 

「この声は!!」

「え?---あっ!!」

 

 楽しいことが起こる。

 

「お前、今朝の暴力女か!!」

「ちょ、誰が暴力女よ!」

「さっき校庭で俺を踏みつぶしただろ!!」

「はあ!?それはすぐに謝ったじゃない!」

 

 事情を知らない周りを置いてけぼりにして二人の口論は更にヒートアップしていく。楽が言えば桐崎が返し、桐崎が叫べば楽が吠える。

 止まない口論に、腹を抱え笑う裕樹とポカンとするクラスメイト。そんな彼らに気付かないで続いていた二人の論争はついに終わりを迎える。

 

「だから謝ってるでしょ!ほんと女々しい男ね!!」

「女々し・・・!?おまっ!それが謝ってる態度かよ!この猿女!!!」

「誰が猿女よ!!!」

 

 楽の反応を許さない強烈な右ストレート。綺麗に突き刺さった拳はそのまま振りぬかれ、楽の体が宙を舞う。楽を打ち抜いた本人はすぐに我を取り戻すがもう遅い。鮮やか手際に周囲は更に驚愕する。静かになった教室に響く裕樹の笑い声が、妙に皆の耳に残った。

 

 

「ああ、ホンマおもろいやっちゃなあ」

 

 SHR後、桐崎に連れ出された楽を眺めつつ裕樹が言う。先ほどまで笑っていたためその目には薄らと涙が浮かんでいる。

 

「あの話本当だったんだな」

「・・・・・・」

 

 未だ続く口論を聞きながらしみじみとした感じで言う舞子。その横で小野寺はそれを見つめる。その様子はどこか不安げである。

 

「おやおやぁ?嬢ちゃん、気になる感じかなあ?なら自分も行ったらどうや。私も話したい~ってな感じで」

「な!わ、私はべつに・・・」

 

 ニヤニヤとする裕樹に小野寺は顔を赤くし目に見えて慌て始める。それが堪らなく面白く、さらに笑みを深める。

 

「ホンマに?」

「ほ、本当です!」

「そか、せやけどええのかなあ」

「な、なにが?」

「このままあの二人が仲ようやっとると、キョーコちゃんのことやから」

「ええーーーーー!?」

 

 裕樹の言葉を遮り、楽と桐崎の叫び声が届いた。何やら二人して先生に抗議しているようだが、まったく取り合ってくれていないようだ。

 

「あーらら。ホンマになってもうたんか」

「え、なに?」

「ん?今日からあの二人は隣同士やって」

 

 ニッコリと言い放った裕樹の言葉に小野寺は目が零れ落ちそうなほど見開いた。その後心配そうに二人を窺うその姿は実に健気で、裕樹の加虐心を擽る。

 どう弄ろうか考えていると不意に袖をひかれた。

 

「ちょっと鳴海君」

「なんや?」

「あなたあんまり小咲のことをいじめないで」

「いや、別にいじめてたわけちゃうで?」

「それでもよ。いい?」

 

 宮本に凄まれ裕樹は肩を竦める。そこまで言われてしまったら仕方がない。それに弄る対象の小野寺も、楽も桐崎もいなくなっている。ならばこの話は長引かせても意味がない。曖昧な返事に留め、裕樹はそうそうに退散する。宮本の相手は舞子に任せるのが吉。裕樹が彼らとの絡みで学習したことだ。

 

 

「んあ?」

 

 机に伏し、日課を消化していた裕樹の耳に怒鳴る声が届いた。マイマクラから顔を上げるとまた言い合っている二人の姿が目に入る。

 

「ふぁああぁ・・・。あいつらも好きやなあ」

 

 凝り固まった体を解し、裕樹は彼らのもとへ赴く。

 近づいていくとその内容がわかってきた。どうやら楽が大事にしていたペンダントを失くしたようだ。

 

「ペンダントってあの厨二っぽいやつか?」

「ユウ・・・」

「うわ、変なのも来た」

「変なのっていきなりやな」

「あいや、そういうことじゃなくて」

「ああ、別にええよ」

 

 ひらひらと手を振り気にしていないことをアピールする。桐崎もどこか納得していないようだがそれで引き下がった。

 

「それで?それを失くしたんか」

「そうなんだよ。だからこいつに責任もって手伝えって言ってたんだ」

「話しかけないで」

「今はユウに話してんだよ!」

 

 そしてまたいがみ合う二人。完全に水と油だな、と考えているとキョーコ先生がドアからひょっこり顔を覗かした。

 

「そうそう、言い忘れてたよ一条・・・とついでに鳴海も」

「キョーコちゃーん。俺はついでかいな」

「先生を付けなさい。桐崎に学校の事を教えてあげて欲しいからさ、あんたと同じ飼育係にしておいたから。それで鳴海は降板。どっか適当なところに入れとくからよろしく!」

 

 そう言い残し足早に去っていく先生。そして唖然茫然といった表情をする二人を見る。

 

「ああ・・・。ま!そういうこんらしいから頑張りや、お二人さん」

 

 さわらぬ神になんとやら。裕樹は絡まれる前に鞄を取り、教室から逃走を果たした。




このあと裕樹は風紀委員に任命されました。
金髪ピアスなのに。

ちなみに、裕樹が飼育員の時は彼が基本的に餌やりで、楽が掃除を担当しておりました。
しかたないね。
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