偽言とコイバナ   作:虚人

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キロ

 ワイワイと賑わう温泉。脱衣所ではクラスの男子の大多数がひしめき合い、ふざけながら衣類を脱いでいる。温泉では堂々とするもの、こそこそとするもの、色々といるが一様に皆楽しそうである。

 そんななか、湯の中で一際賑わう場所があった。

 

「お前、凄いな…」

「そらどーも」

 

 怠そうに岩に背中を預け、寛ぐ裕樹とそれを囲う数人の男子生徒。彼らが騒ぐ原因は裕樹の体にあった。無駄な肉をそぎ落とした筋肉質な肉体、そこに刻み込まれたいくつもの傷痕。およそ普通の生活をしていたのならつくことのないような代物ばかりである。裕樹が温泉に入ることに躊躇いを生んだ原因はこれだ。早めに入ってとっとと出ようと考えていたが、残念ながらこうして大勢のクラスメイトと鉢合わせしてしまったのだ。

 

「お前どうやったらそんな体になるんだ?」

「なに?やっぱりモテたくて鍛えたのか!?」

「ああ……、せやせや。やっぱり引き締まってた方がかっこええからの」

「やっぱりか~。その傷も?」

「謎のある男ってダンディやろ?」

「ハハハ!なんだそれ」

 

 裕樹の適当な答えにひとしきり笑った彼らは、隣の女湯に聞き耳を立てる舞子たちのもとへ足早に向かっていった。

 

「思春期全開やな…」

 

 呆れながら見送った裕樹は少し彼らから離れ、ぼんやり夜月を眺める。耳に届く虫の音や風の音がすこし眠気を誘い、ほど良い微睡に包まれる。

 聞こえてくる音に耳を傾けのんびりとしていると、突如湯から気泡が立ち込め始め、中から楽が飛び出してきた。肌がかなり赤みがかってることから、だいぶ長い間湯の中にいたようだ。

 

「なにしとんのや?」

「いや…少しばかり潜水を…」

「すこしって死にかけとるやないか」

 

 呆れ顔で返すもかくいう楽は正しく死に掛けである。こちらの様子を見ることなど出来るわけもなく、必死に酸素を吸おうとしている状態だ。一言二言会話を交わしたところでついにギブアップしたらしく、楽はそのまま脱衣所に戻っていった。

 その後、女性陣も帰って行ったようで、聞き耳を立てていたものたちも徐々にはけていき、湯に浸かっているのは裕樹だけになった。ただ一人残っていた裕樹も誰もいないことを確認し、漸く湯から上がった。

 湯に濡れ赤みを帯びた裕樹の体。今まで温泉の中にあって外から見えなかった部分にも傷が浮かび上がっており、痛々しく生々しいものが多かった。

 タオルで無遠慮に拭くあたり、それが古傷で痛みなどとうにないことがわかる。着替えで持って来た浴衣に着替え、前に着ていた服に目をやる。

 

「…」

 

 指輪が二つ通されたシルバーネックレス。それを握り、顔を顰める。だがそれも直ぐにやめ、ネックレスを首にかけ脱衣所を後にした。

 

「おろ?」

「む?」

 

 温泉から部屋へ向かう途中、廊下をうろうろする鶫にであった。湯上りでうろついていたのだろう、髪が湿り、ほんのり上気した肌がやけに色っぽく見えた。

 

「どうしたんや?ポチ」

「ポチというな!」

「はっはっは、そら無理や。それで、どうしたんや」

「…ったく!お嬢を探しているんだ。温泉から出た後、どこかへ行かれてしまったようで」

「心配で探しに来たってことか」

「そうだ」

 

 ふむ、と顎に手を当て考える。桐崎の事だからどうせ楽関係のことだろうと予測はつく。であるならば、彼女をこのまま野放しにして探させるのは野暮であろう。

 

「まあ、姫さんのことやからそこまで心配せんでもええやろ」

「なにを言ってるんだ!お嬢にもしものことがっては…」

「信じて待つことを覚えたんやないのか?」

「ぐ、それは…」

「お前がそんなんじゃ、いつまでもポチのまんまやな」

「ぐぬぬぬ…」

 

 苦虫を噛む潰したような表情を浮かべる鶫。そこまで一緒にいたいのか、自然と頬が引きつる。

 しばし、もんもんと悩んでいた鶫だったがやがて長いため息を吐き、諦めた様に呟き出した。

 

「そう、だな。私はお嬢をもっと信じなくちゃいけないな」

「せやな。お前みたいに思ってくれる友達が近くにいると姫さんも嬉しいだろうが、構いすぎるのは鬱陶しいでな」

「私は…お嬢の友達と言えるのだろうか?」

「あん?」

「私は幼いころからお嬢のそばでお嬢を守ってきた…。漸く再会できたときはとてもうれしかったが、なんだか時の流れを感じたよ。“ああ、お嬢は大きくなられたんだな”って……」

 

 寂しそうに、だがどこか嬉しそうに独白する鶫。裕樹はただ黙ってそれを聞き入れる。

 

「お嬢には幸せになっていただきたい。私はその思いのままに行動してきたが、それはお節介だったのだろうか…?私の行動はお嬢の迷惑になっていないだろうか…?あの決闘の日以来時折考えてしまうんだ。お嬢の事は信じている。私が知っていたころよりずっと成長なされ、恋人もつくられていた。勿論認めてはいないが」

「……」

「しかし、今のお嬢に必要なのは私などで無く、あいつのような存在なのかもしれないな…」

 

 消えてしまいそうな儚い表情で微笑みかけてきた。裕樹はそれが癪に障った。

 

「こんなことお前に---ふぎゅっ!?」

 

 鶫の言葉を閉ざすように両手で頬を押しつぶす。戸惑った顔で見上げてくる。

 

「阿呆が、何を暗いこと言ってきやがるんや。前も言うたやろ、お前らの事情なんて俺は知らん」

「ほれはわはって---」

「だがなポチ、これだけは自信持って言ってやる」

「?」

「姫さんにはお前が必要や。他の誰でもない、鶫誠士郎っちゅうお前がな。だというのにそんなお前が暗なってどないするねん!自信持てやポチ!いつものように忠犬魂みしてみろ」

 

 鶫の眼をまっすぐ見てそう伝える裕樹。しばし呆然と裕樹を眺めていた鶫だが、気付いたように裕樹の手を振りほどき、彼から距離を取る。

 

「ポ、ポチと言うなと言っているだろ…」

「…」

 

 か細い声の訴えを無言で受け止める。少しの間俯いていた鶫が勢いよく顔をあげた。そこにはどこにも先程までの影は見えない。

 

「すまない、少し自分が分からなくなってしまっていた。もう大丈夫だ」

「そうか」

「ああ」

 

 吹っ切れたのか、どこかすっきりした表情だ。

 

「ほな、帰りましょか?」

「…いや、私はまだ戻らない。---ああ、安心しろ、別にお嬢を探すわけではない。ただ、少し風に当たっておきたいんだ」

「…さよか。じゃあお先に戻ってますわ」

 

 鶫を抜き去り、廊下を進む。

 

「---ありがとう」

 

 背後からそんな声が聞こえ、思わず笑ってしまう。柄にもないことをしたな、そんなことを考えながら裕樹は部屋へと向かうのであった。

 

 翌朝、食堂で朝食をとる裕樹たち。低血圧で朝の弱い裕樹は、目の前の白ご飯をちびちびと食べつつ楽と舞子の会話を流しながら聞いていた。

 

「裕樹もそれでいいか?」

「んあ?」

「なんだ、聞いていなかったのか。だからもし小野寺とペアになったらそれを楽に二千円で売ろうって話」

「……ああ、そのことか」

「あれ?乗り気じゃない?」

 

 お茶をすすりながら二人を見る。若干困惑の表情を浮かべる彼らに内心呆れる。

 

「お前らなあ、俺は参加しないからひかねえぞ」

「そういえばユウはお化け役か」

「そ、しかも総括やから俺がサボるわけにゃあかんからな」

「お前って見てくれのわりにそういうの真面目だよなあ」

「ほっとけ」

 

 もともと誰かしらがやらなくてはならないことであり、誰かを驚かせるといったことが好きであったため立候補した裕樹。だが、総括までは予想外であり、適当に楽しもうと考えていたが、そうもいかなくなったのである。

 

「ま、ペアになることを祈ってるよ」

「おう、サンキュー」

「安心しい、たっぷりと楽しませたるからな。そう…たっぷりとな……」

 

 極悪人のような黒い顔で口角を吊り上笑う。その笑みに楽と舞子はドン引きし、今夜のイベントに一抹の不安を覚えるのであった。

 

 

 

「はーい、全員ちゅうもーく」

 

 夜、この林間学校最大のイベントとも言える肝試しの時が訪れた。教師陣の職務放棄、いや、生徒の自主性に任せるという教育方針のもと、現在裕樹が取り仕切ってこのイベントをまわしている。

 

「取り敢えず気持ちがはやるのはわかるが、まずはくじを男女別れて引いてけ。きちんと並ばん奴は参加させんぞ~」

 

 参加させない発言により、男子たちは無言のまま素早く一列に整列した。女子たちも男子程ではないが、はしゃぎながらもきちんと整列し、順々にくじを引いていく。

 

「お前は引かないのか?」

「ポチか」

 

 楽しそうに引いていくクラスメイトたちを眺めていると鶫が話しかけてきた。手ぶらなあたり、まだ引いていないのだろう。

 

「まあ、責任者やからな。外で問題がおきんように見張らんとあかんのや」

「そうか」

「せやから俺の分まで楽しんでくれや」

「あ、ああ…。そ、そうだな、楽しませてもらうよ」

 

 顔を青くし引きつった笑みを浮かべる鶫。なんとなく彼女の心情を察してしまった。

 

「怖いなら始まるまで手え握ってやろうか?」

「なっ!そんなものはいらん!!」

 

 和ませるつもりで言ったが、鶫は顔を真っ赤に染めドカドカと地団太を踏みながら戻って行ってしまった。何か間違えたかな?と頭を掻きながら見送った裕樹は、そのままちらりと楽の方を見る。先に引いた小野寺の数字を宮本が大声で暴露したため、彼はかなり気合を入れているようだ。因みにこのくじでできるペアは二十弱。つまりだいたい5%やそこらである。いや、そもそも桐崎という彼女がいるのに小野寺なのか、という気持ちが裕樹にはあった。

 

「!!!!」

 

 くじを引いた瞬間、名状しがたい顔で崩れ落ちた楽。その瞬間に彼がお目当ての数字を引いたのだと悟る。

 

「うーん、まああいつがええならそれでええんやけどな……」

 

 お互い頬を染めながら満更ではないといった表情を浮かべる二人を見てそう呟く。小野寺を焚き付けたことがある故あまり強く言うことは出来ないが、なんともうらやましい男だとは素直に思う。

 ざっと周りを見渡し、全員がペアになっていることを確認する。嬉し恥ずかしといった表情を浮かべるもの、あからさまに残念がるもの、何とも言えない雰囲気を醸し出すもの、反応は様々だがそんなことは裕樹のあずかり知るところではない。文句なしの一発勝負が大原則だ。

 

「さあさあ全員引いたみたいやな!心の準備は出来たか?何が起ころうと握った手は離したらアカンで!?男は度胸をみせろ!女は存分に叫べや!!ほな、始めるで!!!」

 

 裕樹の言葉に歓声が沸き立つ。

 今から彼らは常識から非常識へと踏み入れる。期待と不安に胸を躍らせる彼らの姿に裕樹は一種の高揚感を感じる。

 これから運命が大きく変わる。それは誰の運命か、どうなるか、誰も知る由もない。




楽、女湯にて危機一髪
桐崎、温泉なのに心身ともに疲弊
小野寺、嬉しさで有頂天
宮本、取り敢えずミッションコンプリートに大満足
舞子、こちらもミッションコンプリートでご満悦
鶫、心に余裕が生まる


話数が増えて話が進まないという、ね。
楽の女湯での一件は完全に文字外の出来事です。一応ちゃんと起きてはいます。
因みに鶫はやっぱり男の方です。ペアは原作通りということで。
次回は今後にかかわる大きな選択です。(私の)
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