「くそっ!なんだってんだ!!」
街灯もない暗がりの道を慌てて走る青年。まるで何かから逃れるように怯えきった表情で、時折後ろを振り返りながら走り続けている。息も絶え絶えで呼吸をするたびに肺が締め付けられ、喉がいやに乾く。だが、決して彼はその足を止めようとはしない。
「あんなの馬鹿げてる!!」
この青年は運が悪かったのだ。
たまたま入ったチームが隣接地域に勢力を伸ばしだした。青年もその抗争に参加し散々暴れまわり、支配地域を広げていった。その範囲はわずか二ヶ月で二倍近くまで膨れ上がった。ここまでは良かった。だが、その範囲を広げ過ぎた。勢いづき、調子に乗った彼らは他県にまでその手を伸ばした。それが破滅につながるとは知らずに。
開戦直後は順調に事が進んだ。相手方は大きな戦いをしていないような奴らばかりだったからだ。だが、次第にそうもいかなくなった。バラバラだった集団が統率のとれた動きを見せ始め、徐々に押され始めた。
そしてこの地に踏み入れ二週間目に青年のいたチームは壊滅状態になった。今までの相手は段違いの強さを持った集団に襲われ、リーダー含め主力の大半が病院送りにされた。
彼はその戦いを辛くも逃げおおせ、助かった仲間をかき集め、再起を狙っていた。
そんな矢先の出来事であった。偶然、この日の集会に遅れた彼は急ぎ足で会場に向かった。町はずれにあった廃工場だ。そこまで遅れたわけでも無いのにかかわらず、静まり返った工場を不気味に感じながら鉄扉を開いた彼は地獄を見た。
つい朝までふざけ合った仲間が血だけで地に伏している。いや、それだけではない、よくよく見れば窓枠に垂れ下がっていくもの、宙吊りで鎖に巻き上げられているもの、瓦礫に埋もれかけているもの。誰も彼も半生半死の状態でうめき声すら上げれないでいる。
茫然と見渡す彼の視界に不気味な影が入ってきた。見覚えのない男だ。暗がりではっきりとした姿は確認できないが、確かに存在している。不意に男が顔を上げ、視線が絡まる。その瞬間心臓が潰される感覚に襲われた。
「最後の一人か」
わけがわかぬまま、気が付けば彼は逃げ出していた。今まで保ってきた見栄も外聞もかなぐり捨て、ただただみじめに走った。
足が縺れ転倒し、漸く彼の足が止まる。力なく起き上がり、荒い呼吸を繰り返し酸素を得ようとする。しばらくそうして息を整えていると前方からジャリっという砂を踏む音が聞こえてきた。
顔を上げた瞬間、世界がぶれ暗転する。最後に彼が見たのは赤黒いバンダナとそこから揺れるくすんだ金糸。
「おい、聞いたか?」
「なにがや?」
「また不良同士の喧嘩があったらしいぜ。なんでもまとめて二十人以上が病院送りになったらしい」
「ほう…」
そんな話が学校にないで噂されていた。昨日の深夜、街はずれの廃工場で高校生の不良グループが総勢二十六人が重体で発見された。それに加え、この学校の近くの裏路地でもう一人発見された。幸い、何者かの通報により全員が命に別状はないらしい。
「物騒やな」
「なあ~。ついこないだも不良同士の喧嘩があったみたいだしさ。また起きるのかねえ」
「いや、そりゃあねえよ…」
「え?」
欠伸をあげながら考える。今朝のニュースではそんな話題は取り上げられなかった。学校で噂されているのは発見場所が学校に近いということと、昨晩、緊急車両を幾台も見た生徒がいたからのようだ。
「鳴海~お前もしかしたらなんか知ってんじゃね~か~?」
「なあんも」
「おい裕樹!来てみろよ!!」
少し離れたとこから舞子に呼ばれた。見てみるといつものメンバーが集まっている。何故か嬉々とした表情を浮かべる舞子。どうやら面白いことがあるようだ。
「わりい、呼ばれてわ」
「おお、いいよ。また後でな」
「ああ」
話を切り上げ、呼ばれるままに舞子たちのもとに行く。
近づいてわかったが、どうもいつも以上に女性陣のテンションが高い。
「どうしたんや?」
「実はさ、誠士郎ちゃんがラブレターを貰ったんだってよ!」
「ほほう」
舞子につられにやりと笑いながら鶫を見る。しかし、当の本人は何が何だかわからない様子だ。なるほど、これは一遊びできるかもしれない。
「お相手は?」
「鈴谷透くんだって」
「ああ、ようモテなさるサッカー部の」
「お前も人の事言えないだろ…」
楽の呟きに曖昧な笑みで答える。確かによくそういった類の事はあるが基本的に流しているため、彼の浮いた話は出てこない。
「それで返事はどうするの?」
実に楽しそうに鶫に尋ねる小野寺。自分の事に対しては消極的なくせに、他人の色恋は積極的になるのは女性という生き物のさがなのだろうか。だが、悲しきかな鶫は根本的なところを知らないでいた。
「すみません、ラブレターっていうのはなんですか?」
本人は本気の質問なのだが、まわりは思わずこけてしまう。すかさず宮本が鶫に耳打ちをしてその答えを教える。そしてその途端に煙を噴かせ顔を真っ赤に染めあたふたし、わけのわからない言葉繰り返し発し始めた。いつもは見られないその仕草を一様に皆微笑ましく見る中、裕樹は大爆笑を決め込んでいる。
「それに送られた相手は無条件で相手に従わなければならないなんて…。日本にはなんて恐ろしいシステムが……!」
「ブッハ!あ、あかん、傑作や!ハハハハッ!ボケ倒してきよったわ!!」
「な!私は真剣だぞ!!」
「なおさらだわ!ダッハッハッハ!!」
ぐぬぬぬと拳を固く作り歯ぎしりをして裕樹を睨む鶫。
「もう!るりちゃん、ウソを教えない!鳴海くんも笑わないの!」
「小野寺様…」
「くくく、すまんすまん。ポチも悪かったな」
「ふん…」
頬を赤らめたまま、ぷいと拗ねたようにそっぽを向く鶫に今度はそっと笑う。男装してたり、男の様な名前をしててもこういう仕草はやっぱり女性なのだなと思う。
「返事はどうするの?」
「……どうしたらいいでしょうか…」
「うーーーん、つぐみちゃんの気持ち次第だと思うけど…」
「ま、あなたなりに考えて返事してあげれば?」
確かにそれが一番だろう。だが、鶫が求めていた答えではない。ちらりと一瞬視線を向けられるが肩を竦める。捨てられた子犬のようにしょんぼりしてしまう鶫。こればかりは他人ではなく、自分自身で見つけるものなのだから。
「鳴海君はどう思う?」
昼食後のまったりとした昼休みを過ごしていた裕樹に桐崎が話しかけてきた。脈絡のない問いだが、何を聞きたいのかはすぐに分かった。鶫のラブレターの件だろう。
「さあねえ、そこらはポチがしっかり考えるやろ」
「まあそうなんだけどね…。あの子ってこういう事初めてだから」
誰もいないことをいいことに勝手に前の席にドカリと座る桐崎。そんな彼女を見ながら裕樹は昼のコーヒー牛乳を啜る。
「姫さんはそういうのなかったんか?」
「告白ってこと?なかったわね……私あっちではあんまり友達いなかったし…」
「あー……」
なんとも気まずいことを聞いてしまった。そんな空気を察してか桐崎が慌てながらとりなす。
「ちょっと!変に気を使わないでよ!?こっちにきて一杯友達出来たからいいの!!」
「ん、そっか。よかったな」
「~~~!」
心からの言葉と本人すら気が付かない笑み。桐崎の頬に朱がさす。それを振り払うように頭を振る彼女だが、裕樹は意図が分からず、壊れたか?と若干失礼なことを考えてしまう。
「あ、あなたはどうだったの?」
「告白とかか?」
「そうよ」
「んー、まあこっちに来てからはあるな」
「こっちに来てから?」
「ああ…。俺ここに来る前はまったく別のとこにいたからな」
きょとんした表情を浮かべる桐崎に苦笑が漏れる。
「そうなんだ。知らなかった」
「まあ誰にも言ってないしな」
「へ?なんでよ?」
「なんでって、わざわざいう事でもないし聞かれなかったからな」
「そっか」
なにやら嬉しそうに笑う桐崎。
どうも彼女が何しに来たのかわからない。
「で、お前は何しに来たんや?」
「え?」
「ポチのことはええんか?」
「うーん…。正直、心配はしてないのよね。あの子ってさ、どこまでまっすぐで結構感情的になることもあるけど、なんだかんだでしっかりしてるし、曖昧な事をしないから。……まあ、ちょっと過保護過ぎるところがたまに傷だけどね」
「だから、きちんと正しい答えを出すと思うの」と締めくくる桐崎。その顔には一点の曇りもない。本当に信頼しているんだとわかる。
「うらやましいね…」
懐かしむような遠い目。
桐崎にはその目の意味はまだわからない。ただ、儚く揺れる彼の瞳に触れていい話ではないことは察してしまった。そしてそれ以上に憂いに満ちた彼に引かれ、言葉をなくした。
ぼーっと見つめていることにふと気が付き無性に恥ずかしくなる。
「そ、そういえばラブレターに『放課後に返事を』みたいなことが書いてあったんだけど…。様子を見に行こうと思うんだ」
「…そうか」
「なんか淡白ね、気にならないの?」
「気になる気にならないじゃない、そういうのは。当事者以外が茶々入れんのはアカンことや」
「でも---」
「別にお前ら行くことは止めんさ。俺は行かんっちゅうだけのことや」
それだけいうと裕樹は自前の枕を取り出し机に突っ伏す。そして「おやすみ」と言いながら手をプラプラと振る。
それから何を話しかけても唸るだけの裕樹に呆れ、桐崎は席を立つ。
「逃げることは相手への最大の冒涜や。どんな答えやろうと、な」
「え?」
裕樹の呟きに振り返るが、先程と変わらず外に顔を向けたままそれ以上に喋ることはない。桐崎は頭を捻るが、それは当然である。何故ならそれは彼女ではなく、その先、廊下に佇むものに送った言葉なのだから。
「……私は---」
---前日、夜明け前
「オヤジ、終わりやした」
「おお、ご苦労だったな。下がってくれ」
「へい」
部下を下がらせ、組長は自室で大きく息を吐く。疲れた様に座布団に座り直す。真夜中に起きた猟奇事件の処理をしていたため、どっと疲れが出て来てしまったのだ。
「まったく、やってくれたわ」
苦々しい表情でここにはいない事件の犯人に向け呟く。本来ならほっておいてもいいが、今回はそういうわけにはいかなかった。
自分の島で起きた大事件。しかも今回の件に関係する事柄で負傷者総勢五十五人という大規模なものだ。そんなものが起きたということは住民たちだけでなく、他地域の同業者にも知られてはまずい。一刻も早く処理し、口を封じる必要があった。
だが、今回の事は少なからずこれ先に影響が出てしまうだろう。
「面倒にならなければええんだが」
静かに目を閉じ、これからのことを思案する。
一人一人書くの怠いからもうやめじゃい!(笑)
鶫は原作通り断りました。
誠意を持って正面から断る勇気は、とても大変で大切なものです。