「誕生日会?」
放課後の何気ない時間、鶫が突然そんな話題を振ってきた。なんでも今日が桐崎の誕生日で、サプライズパーティーを計画しているから来ないか?という誘いである。
「ああ、きっとお嬢もお喜びになられると思うんだ」
「えらい急やな…」
そういった類の話は準備というものがあるわけで、そんな急に言われても非常に困る案件だ。
「…来れないのか?」
鶫が不安げに裕樹を見る。
裕樹は困ったように頭を掻く。
「いや、是非とも参加しますよっと」
「本当か!?ああ、よかった!」
裕樹の返事に嬉しそうに笑い、時間と場所を告げ、「待ってるぞ」と言い残し颯爽と去って行った。残された裕樹は悩ましくため息を吐く。
「プレゼント……どうしようかねえ…」
思春期の女性へのプレゼントなんてまったくと言っていいほど思い当たらない。はてさて、どうしたものかと悩む。正直、貧乏学生には大層なものは買えないし、海外育ちの御令嬢の好みなどわかるわけもない。
適当なものでもどっかの店で見繕って貰おうかと考えた時、ふとあることを思い出した。
「ああ、そういえば---」
時間は過ぎ、約束の時刻。
裕樹ほか五人は巨大な洋式の館の前にいた。見上げるような館を前にポカンと眺める。
「無駄にデッカイの~」
「千棘ちゃんの親って何やってる人なんだろう…」
「プレゼントこんなのでよかったのかな?」
門の前で好き好きに言う彼らをよそに、鶫が桐崎を呼んだようで慌てて玄関から飛び出してきた。いかにもといったドレスに身を包んだ彼女はやはりお嬢様という表現にピッタリであった。
「あ、千棘ちゃんお誕生日おめでとう~!」
「おめっとさ~ん」
相手の様子を気にした様子もなくマイペースに挨拶する小野寺と裕樹。しかし、千棘はというと脳の処理が追いついていないようで、目を白黒させこちらを見るばかりだ。
「な、な、な、な…なぜ皆がここに…」
「本日はお嬢のお誕生日と言う事で、恐れながら私、お嬢に内緒で皆さんをご招待させて頂いたのです」
やっと絞り出した問いに鶫は嬉々として答える。主を思っての行動であるが、現在それが桐崎を悩ましてしまっているということは、この忠犬少女は気が付いていないだろう。ぶんぶんと揺れる尻尾を幻視してしまうほど、今の彼女は嬉しそうなオーラを出している。
しかし、桐崎にはそんなことに構っていられる余裕はない。すぐさま楽の腕を引き隅の方に移動してしまった。離れているため会話は聞こえてこないが、どうも桐崎だけが焦っているように見える。
「千棘ちゃんどうしたんだろう」
「なんやろうなぁ」
少し抜けているゆえの小野寺の疑問と、自分の事じゃないからいいかな?っという適当さからの裕樹の返答。どうなるんだろうなあ、とぼんやりと眺めていると楽が小走りで近づいてきた。
「おーいみんな~、じつはこいつんちさ、アメリカのギャングなんだよ」
ことなさげにいきなり大事なことを語りだす楽に裕樹は思わずずっこける。勿論暴露された桐崎もたまったものではなく、慌てふためいている。しかし、ここにいる面々は一癖も二癖もあるわけで、「やっぱりすごいお嬢様だったんだね!」程度で済ませてしまった。
そんな彼女らを遠巻きに眺めていると鶫が近づいてきた。
「驚いたか?私たちがギャングで」
「全然…」
「何故だ?」
「知っとったからな」
自嘲めいた笑みを浮かべていた鶫の表情に困惑の色が浮かぶ。
「…知ってたのか?」
「ま、こんだけのもんが急にくればな」
嘘は言っていない。最近のこの街の情勢を含め考えればわりと簡単に出ることだ。だが、裕樹は肝心なことは言っていない。
そんなことなど知らない鶫は「そうか」とただ呟き、裕樹の隣に並ぶ。そして説明が終わった小野寺達と逆に驚いた様子で話す桐崎を二人しながら微笑ましく見る。
「小野寺様や宮本様は本当に良い方々です。お嬢は素晴らしいご友人を得られた」
「そうやな」
うんうん、と達観した様子で見ていると桐崎に気付かれた。
「あんたたちなにしてるのよ!はやくこっちに来なさい!!」
誤魔化すように顔を赤くし叫ぶ彼女は実に嬉しそうに見える。みんなで来たのは正解だったなと思いながら、呼ばれるままに桐崎のもとに行く。漸くとして、このパーティーが始まるのだ。
「ハッピーバースデーお嬢~~~~!!!お誕生日おめでとうござい~~す!!」
傷持ち強面の暑苦しい外人たちの大合唱。クラッカーを鳴らし大勢で桐崎を出迎える。皆が嬉しそうに彼女に声をかけ笑う。途中友人たちにもお礼と共に声をかけ、そして目ざとく桐崎がいつもと違うことに気が付く。
「あれ?お嬢、なんか普段と様子違くないですか?」
「確かに、嬉しそうというか…」
「…別に」
ニヤニヤと笑う男たちと顔を赤く染める少女。状況が分からない人が見たらなかなか危ない構図だ。
これからどうしたらの良いのか考えながらその様子を眺めていると、クロードが現れた。
「これはこれは、お嬢のご学友の皆さんもいらして下さったのですか。ようこそ歓迎致します」
「あ、はい!本日はお招き頂きどうも…!」
一瞬、裕樹へ視線を向けるがすぐに外す。裕樹本人もそれに気付いてはいたが、あちらが反応を示さないのであれば敢えてかかわる必要はない。それに彼はどうやら楽を標的、というか目の敵にしているようで、既にそちらに矛先が向いてしまっている。
外野となってしまった裕樹たちは先にプレゼントを渡すことにした。
「はい千棘ちゃん!早速だけどプレゼント。ただの文房具セットだけど…」
「私小説」
「そんなことない!嬉しいよすごく…!!」
遠慮気味に渡す小野寺と宮本。そしてそれを嬉しそうに受け取る桐崎。その顔に嘘などなく、純粋に喜んでいた。
「ほら、あなたも渡しなさいよ」
「ん、せやな」
腰につけていたポーチから小包を取り出す。手のひらに乗るサイズの小さなものだ。
「おめでとう、気に入るかわからんが受け取ってくれや」
「ありがとう…。これなにが入ってるの?」
小包を軽く振ったり透かしたりして中身を確認しようとする桐崎に思わず笑いがこぼれる。自分が貰ったものなのだから確かめればいいのに、と思う。
「開ければわかる」
彼女は頷き包装紙を丁寧に外す。中から出てきたのは木で作られた箱だ。プレゼントはその箱の中にある。
桐崎は箱を緊張した面持ちで開ける。
「これって…」
「髪留めと」
「櫛ね」
箱のなかには黒を基調とした髪留めと櫛のセットが収められていた。黒の世界に青の花が咲き、金が彩る。
「すっご…。これ高いんじゃないの?」
ひょいと現れた舞子がそれらを見て素直な感想を吐く。小野寺と宮本も言いはしないが同じ気持ちの様だ。
「いや、実は値段とか価値とか覚えてねえんだわ」
「自分で持って来たのに?」
「まあ、な。うちにもともとあったやつやからな」
その言葉で裕樹に女性陣の白い視線が突き刺さる。
誕生日にお古渡すのかよ。そう言外に言ってきているようだった。
「いや、勿論新品やからな!?随分前に手に入れたんやが、男の俺が使うわけもないし、誰かに渡すって言ってもそんな相手もいないわけだ。なによりそれに似合いそうなやつは早々おらん」
頭を掻きながら説明する。
裕樹の言葉を聞いて確かにと納得気味に髪留めと櫛を見る。繊細に作られたそれは凡人がつけても輝きはくすんでしまうだろう。
「だ・か・ら。今回姫さんにあげるんだわ。俺が持ってても宝の持ち腐れ。姫さんならきっと似合うと思うで」
「そ、そうかな…?」
「ああ、姫さんの綺麗なブロンドに栄えると思うで」
「えへへ、ありがとう--!!」
嬉しそうにハニカミ小箱を胸に抱く。その仕草に裕樹は一瞬ドキリとし、ぱっと顔を逸らす。鼻先を掻き、「気にせんでええ」と誤魔化すのが今の彼が出来る精一杯の反応であった。
妙なこっぱずかしさを感じながらもチラリと桐崎を覗き見る。本当に嬉しそうに髪留めを眺め、櫛を触る彼女の姿に自身も嬉しくなり頬が緩むのを感じる。
---ああ、渡して正解やったな。
心からそう思う。
「お嬢お嬢。オレ達からのプレゼントも見て下さい!」
プレゼントの受け渡しを見ていたビーハイブの構成員が桐崎を呼ぶ。
「ジャーン!!演歌CD千枚とバナナ一年分でございま~~す!!お好きと聞いたもんで…!」
「ブッ!!」
山の様に積み上げられたCDとバナナ。限度と言うものを知らないのだろうか。
裕樹はそのあまりにも奇妙なプレゼントに腹を押さえて大爆笑する。今までこんな奇怪なプレゼントは見たことない、と両手を叩く。
桐崎は顔を羞恥に染めながら、口元を引き攣らせる。
「千棘ちゃん演歌好きなの?」
「…まあね」
小野寺の純粋さが痛く感じる桐崎。始めの頃に楽が適当に言った言葉に合わせたことがまさかここまで尾を引いているとは思いもよらなかった。あの日に戻れるなら戻って自分を諭してやりたい。
「フフ…次は私から。坊ちゃまのプレゼントに比べれば粗品かもしれませんか」
不敵に笑い、勿体ぶった様に出てきたクロード。自信満々に彼が披露したものは超が付くほどの高級車。素人目で見てもそれがいかに高価かわかるほどのものだ。
だが、現在彼女は虫の居所が悪かった。
「いや、免許とかないし。いらないわ」
取りつく島もないくらいにばっさりと切り捨てる。クロードが燃え尽きた様に真っ白になるが知ったことではない。
最後、厳つい男どもに押されながら楽が現れた。大トリという大役を勝手に任せられた彼に何となく同情する。
「ほれ、誕生日おめでとう」
渡された袋紙を開け、中身を取り出す。
人形だ。ただ、ゴリラの、が付くが。こいつはいつまでゴリラネタを引っ張るのだろうか。そう考えて、笑いがこみ上げてきた。周りを囲まれて必死に言い訳をする楽を見て吹き出す。
「アハハ、ありがとう」
よくよく見るとどこか憎めない顔をしている。
流し目に裕樹を見る。相変わらず、いや、先程より笑っている。つられて笑顔がこぼれる。こういうのも悪くないかな、と桐崎は思う。
それからパーティは順調に進んでいく。飲めや歌えやもどんちゃん騒ぎだ。大人たちは酒を片手に盛り上がり、未成年の彼らも空気に酔い気分よく楽しんでいた。
そんななか、裕樹は頭を冷やすため一旦廊下に出ていた。壁に寄りかかりシャツのボタンを数個外して一息つく。
ぼんやりと宙を眺めていると、コツコツと靴の音が響いてきた。目線を廊下の先に移すと初老の男性があるて来た。今まで一緒にいた彼らとは比べられないほど、きちんとした身なりの人だ。
「Good evening.娘の誕生日会に来てくれたんだね、ありがとう」
そうにこりと微笑む彼は、どうやら桐崎千棘の父親の様であった。
裕樹は姿勢をただし会釈をする。
「こんばんは、お邪魔しております。こちらこそ娘さんには日ごろからお世話になっておりますので」
「ハハハ、キミはだいぶ落ち着いてるね。ウチの娘とは大違いだ」
「そんな、とんでもない」
「これも経験の差かな?」
「……」
裕樹の浮かべていた愛想笑いが消える。
「少し、話をしないかい?」
鶫が鳴海単体に話していたのは、楽たちに伝えた時に居合わせなかったからです。
そういえば初めて出てきた桐崎父。どうでもいいけどなんで楽の父の名前は出ないんですかねえ…。
生もの一年分って一括で渡すと傷むだろ、とすで思ってしまったのは私だけではないはず。