月光の下、桐崎は夜風に風を揺らし星を見上げていた。パーティの喧騒に疲れ、こうして一人気を落ち着かせている。今まで十六年という歳月のなか、記憶の限り、今回の誕生日会は一番楽しかった。それは友人が来たからだろうか、それとも---。
ふと、気配を感じ振り向く。
「よう、こんなところにいたのか」
「もやし…」
コップを片手に一条楽がそこに立っていた。どこか疲れた表情を浮かべているとこから、クロードを筆頭にした構成員たちと色々あったのだろう。
「隣いいか?」
「やだ」
「おい」
上辺だけのやり取り。互いがどういう人物かわかっているからこそのやり取りだ。
隣に来た楽はコップを傾け、深く息を吐いた。
「やめてよ、辛気臭いわね」
「しかたねえだろ!お前がいなくなって、あいつらの相手を一人でするの大変だったんだぞ!」
「はいはい」
適当に受け流すとぶつぶつ文句を垂れながら再びコップを傾ける楽。桐崎はその姿を横目で見る。出会いが最悪の、親の都合で勝手に決められた偽物の恋人。最初は死ぬほどいやだったが、彼にも良いところがあるのだとわかり、幾分か気持ちは楽になったという自覚はある。勿論、一条楽が恋人だということは未だに納得はしていないが。
ちらりと首にシルバーのチェーンが見えた。
「ねえ、ちょっといい…?あんたに聞いてみたいことがあったんだ……」
「なんだよ、改まって」
最近になって、感じるようになった疑問。いつからなのか、それはよくわからない。
「あんたってさ、十年前に会ったっていう女の子の事、今でも好きなの?」
「……はあ?」
すっとんきょな声を上げる楽。だが、桐崎にはそんなことは関係ない。
「どうなの?」
「どうなのって……」
楽が眉を寄せ考える。少し迷った後、答えを出した。
「ああ…好きだよ。……たぶん」
「そう…」
迷いの無い声と迷う言葉。優柔不断、だがどこか楽らしいと思う桐崎。彼から視線を外し再び天を仰ぐ。
楽はてっきりまた何か言われると思っていたが、あまりにもあっさりとした返事に肩透かしを食らった気持ちになる。
「なんかあったのか?」
「別に……。そうね、ただ」
「ただ?」
「…ただ、“好き”になるってどういう気持ちなのかな?」
「---え?」
振り返りながら儚げに笑う桐崎。楽は普段と違う、しおらしさすら感じさせる桐崎に言葉を詰まらせる。
「な、なんだよ。急に」
「いいから」
「……それは---」
どう答えたらいいか、楽は言葉が出てこない。有り体に言えば、相手の事を考え“ドキドキする”や“切なくなる”と答えればいいだろう。もしくは無意識で、自然と相手を目で追ってしまう。相手の事を知りたいと思う、そういったものだろう。
---だが、それが桐崎の求めるものなのか。
いや、それ以前になぜ彼女は急にこんなことを聞いてきたのだろうか。もしかしたら好きな人、或いは気になる人が出来たのだろうか。もし仮にそうであるなら喜ばしいことであるが……。
「ど、どうしてそんなこと聞くんだ?」
「ただなんとなく聞きたくなっただけよ…」
「桐崎…」
「……」
手すりに背を預け、俯く桐崎。前髪で顔が隠れその表情を窺い知ることが出来ない。
「誰か気になる奴でも出来たのか?」
「……どうかしらね」
顔色を見ることの出来ない楽には判断がつかない。どうしたものかと頭を掻きむしる。彼女にいったいどういった言葉を贈るのが適切なのだろうか。頭を捻り、ああでもないこうでもないと考える。
だが、それも徒労に終わる。
「ふふふ…」
「あ?」
必死に考えを巡らしていると桐崎が笑い始めた。
「アハハハ、なに本気で考えてるのよ!」
「んな!?お前なあ!!」
「ハハハハ」
お腹を抱え笑う桐崎に溜め息を吐く。彼女がどこまで本気だったのか、楽にはわからない。
ひとしきり笑った桐崎は屋敷内へ歩き始める。
「あ、おい!」
「話はおしまいよ、先に戻ってる」
桐崎は振り返ることなくその場を去っていく。何故自分があんなことを聞いてしまったのか、自分で自分がわからない。桐崎は知らないうちに肩を落としながら歩いていた。
ふと話し声が聞こえ足が止まる。壁に張り付聞き耳を立て、曲がり角からそっと様子を窺う。
「パパと…鳴海くん?」
椅子に腰かける桐崎千棘の父---アーデルト・桐崎・ウォグナーと傍らに立つ鳴海裕樹。何やら話しているようだが会話の内容は聞こえない。
「パパと鳴海くんって知り合いだったの?」
だがそんなことは誰からも聞いたことがない。
「---」
「---」
親しげともいえない雰囲気の二人。アーデルトはにこやかだが、裕樹の方は顔を顰めている。
聞き取れない声を聞こうと目を閉じ神経を集中させる。完全に聞こえないまでも、こうして耳を澄ませばある程度は聞こえてくるかもしれないという淡い期待だ。
「……?」
囁きの様に微かに聞こえていた声が聞こえなくなった。疑問感じつつ取り敢えず更に壁に体を押し付け少しでも聞きやすくなろうとする。だが、やはり結果は同じ。
「可笑しいわね…」
「なにがや?」
「ちょっと静かにして」
「おう、そらすまんな」
「……あれ?」
今自分は誰と話しているのだろうか。
桐崎は錆つたからくりのようにゆっくりと振り返る。
裕樹の顔がすぐ目の前に映った。
「ひゃあああぁぁあ!!?」
「ぬおおっ!?」
突然桐崎から奇声が発せられ、裕樹は驚き仰け反る。体勢を立て直した裕樹が何やら文句を言っているが、桐崎はそれどころではない。つい先ほどまで廊下の向こう側にいた人物が、音もなくいつの間にか目の前に来ている。しかも危うく鼻が当たりそうになるくらい近い位置に顔があった。その事実のせいで桐崎の思考はショート寸前になってしまったのだ。
顔を真っ赤に染め叫ぶ。
「な、ななな--なにしてるのよ!?」
「そらこっちのセリフや。こんなとこで何しとんのや」
「それは---っ!」
答えようとしてハッとする。何といえばいいのだろうか。まさか馬鹿正直に“あなたとパパの会話が気になって盗み聞きしようとしました”など言うわけにもいかない。
「それは…」
「それは?」
「えっと……その…」
「---なんてな」
「え?」
裕樹の引きの早さに目を瞬かせる。顔を上にあげ彼の顔を見れば、悪戯が成功したと言わんばかりにニヤついてている。
「なっ!…からかったわね!」
「ハッハッハ」
「笑うな!!」
なんだか非常に恥ずかしく感じる桐崎。思わず拳を突き出すがあっさり捌かれ空を切る。それがまた気に食わずなんども拳をふるう。始めのうちは綺麗に捌いていた裕樹だが、徐に桐崎の拳を掴み引き寄せる。
「っ!?」
桐崎の視界を裕樹の淡褐色の虹彩が埋める。
あまりに突然のことに言葉を失くす。
「ちょ、なに……?」
震える声と赤く染まる顔を悟られないように誤魔化す。
違うという事は分かっているが、変な期待をしてしまう。
「聞いていたんか?」
しかしかけられた声は桐崎の考えたようなものではなく、遥かに固いものであった。
心臓が飛び跳ね爆発しそうに脈打ち始める。目を逸らせず、裕樹の瞳をそのまま注視してしまう。
「……まあ、ええわ」
「あ---」
掴まれていた腕が解放され、視界を埋めていた裕樹の顔が離れる。桐崎は知らず知らずに声が漏れてしまい、慌てて口を閉ざす。チラリと裕樹の顔色を見るが、彼はそれに気付いた様子もなくどこか遠くを見ている様子であった。
「なにかあったの?」
そう聞かずにはいられなかった。普段見せることのない表情に心がざわめいたから。
「……いや、なんでもない」
「そう…」
明らかに嘘を言っているが、桐崎に追及は出来なかった。
「そろそろ戻るか」
そういって歩き出す裕樹。桐崎はその裕樹の背中に焦燥感に駆られる。
考えるより先に体が動いた。
離れ行く彼の服の裾を掴んで止めてしまう。
「ん?どうしたんや?」
「……」
声をかけられても数秒の間、自分が何をしているのか気が付かなかった。気が付いてから慌てて手を離すが、恥ずかしさに顔から火が出そうになる。それを誤魔化すため下を向き顔を見られないようにする。何事も無く、気にしないで欲しい。
だが、裕樹は何を思ったか優しく微笑むとその場に傅いた。
「御手をどうぞ、御姫様」
差し出されるえ手。ポカンとそれを見つめてしまう桐崎に裕樹は語りかける。
「今日の主役やろ?きちんとエスコートしたる」
ニヒルに笑う裕樹につられ、桐崎も微笑みを浮かべる。差し出された手に自分の手を重ねる。
「ふふ、しっかり頼んだわよ」
「任されました」
裕樹の手をしっかり握り、彼の隣に並び立つ。先程感じた不安はもうない。
繋いだ手から感じる温もりが身体に染み渡る気がした。心が落ち着くのに相反し、心臓がやけに騒がしい。そのわけはわからないが、もう少し、このままでいいかもしれないと思う。
べ、べつに鳴海と桐崎父の会話考えるの怠いから抜かしたとか、そんなんじゃねえし…
前も言いましたが、桐崎は鍵を現状所持していないのでペンダント破損は回避されました。まあ、ちゃんと開かないように壊しますけどね(ゲス顔)