「……転入生多すぎやしねえか?」
気怠そうに頬杖をつき、裕樹はぽつりと呟く。半年もしないうちに桐崎、鶫と来て今回の転入生。ただでさえ珍しい転入生が三人。しかも全員がこの教室に集合である。はっきり言って異常である。
嬉々として転入生を入れようとする担任に溜め息をつく。恐らくこの人はそんなことは小さいこととして気にしないのだろう。
「それじゃ入って、橘さん」
「はい」
入室し、黒板の前に立つ少女。薄ピンクのワンピースに身を包んだ彼女は、どこぞのギャングの娘より遥かにお嬢様といった雰囲気を醸し出していた。
「…皆さんはじめまして。橘万里花と申します。何卒よろしくお願いします」
彼女の微笑みと共に教室が割れんばかりに色めき立つ。歓声と喝采が飛び交うなかに佇む彼女は、さしずめアイドルや女優と言ったところだろうか。だが、沸き立つ教室と対照的に裕樹は顔を渋くする。
「橘、ね…」
多くはないが珍しくもない、ありふれた苗字ではある。しかし、裕樹にはスルーすることの出来ないものであった。
不審に思われない程度に橘を観察する。特に服装以外に変わったところは見られない。探られている彼女はそのことに気が付くこともなく、辺りを見渡している。そして一点に釘付けになり一気に顔に花を咲かせた。
「楽様~~~~!!ずっとお会いしたかったですわ~~~!!」
壇上から楽のところへ一直線に向かった彼女はそのままに勢いで楽に抱き着く。あまりの出来事に一瞬教室が静まりかえり、次の瞬間一気に爆発した。正しくお祭り騒ぎと言った様子で男女問わず騒いでいる。
「なんやいったい…。またガクの知り合いかいな」
「どうなんだろうね~、ちょっと聞いてみようか!」
そういうと舞子は勢いよく手を振り皆の注目を集めた。
「あの~~!橘さんって…、もしかして楽のお知り合い…?」
「あ、はい。私は楽様の許嫁でございます」
ニッコリと笑みを浮かべ衝撃的事実を告げる。それによって本日二度目の大爆発。今度は先の日で無いくらいに盛り上がり収拾がつかない程だ。
「ありゃりゃ、これはまた……」
流石の舞子も今度は開いた口がふさがらない。
「おいおい、節操のないやっちゃな…。恋人の姫さんに思い人の嬢ちゃん、そして今度は許嫁。盛りのついた動物やな」
「ははは…」
呆れ顔で毒吐く裕樹に舞子は苦笑いを漏らす。そんななか渦中の人物たちがまた騒ぎ出した。
「…こんなゴリラみたな女の子より私の方が楽様を幸せに出来ますわ!!」
「ぶっ!!」
橘の宣戦布告とも取れる大胆な発言に思わず裕樹は吹き出す。
「くくく、ゴリラって、おまっ!」
「…よく聞こえなかった---ちょっと鳴海くん笑いすぎよっ!!!」
「カハッハハハッ!!」
大笑いしている裕樹に桐崎が反応し文句を言ってくるがどうにもならない。“猿”に続いて“ゴリラ”と初対面のものに称される彼女がツボに入ってしまったのだ。
「ハハハハッ!」
「あ、あんたね~!」
「お、おい!落ち着け!ユウも煽るな!!」
「貴様ら…!!お嬢になんて無礼な事を…!!」
桐崎に侮辱とも取れる発言をした橘、未だ爆笑している裕樹に堪忍袋の緒が切れた鶫が拳銃を二丁取り出し二人に突きつけた。
「ちょっ、つぐみ!?」
「あら…いけませんわ。そんな物騒な物を私に向けたら…」
拳銃を取り出すという凶行を止めようとした桐崎を遮るように橘がぼそりと呟く。そして間を開けることなく怒号が響いた。
「突入ーーー!!」
教室の戸が突然開き武装した集団が一気に流れ込んできた。教室はあっという間に彼らに制圧され、騒然とする。橘と楽を守るように陣を取り、鶫に無数の銃を向け無効化し、その他大勢の生徒を威嚇する。彼らはその装備から何者なのかすぐに分かった。警官隊---いや、装備からするに機動隊とするのが適切かもしれないが---、それが現在支配している存在だ。裕樹は先程まで浮かべていた笑みを消し、冷めた無表情へと変わる。
「…お騒がせしてすみません。実は私の父が警視総監を務めておりまして、その上とても過保護なものですから…」
得意げに語る橘。
「すみません、お騒がせしてしまって。本田、退がって」
「はい、撤収」
橘は本田と呼ばれるスーツ姿の女性に声をかけ、警官隊を撤退させる。
「……」
「……」
一瞬、裕樹と本田の視線が絡み合う。お互いに無表情で無機質な目で相手を貫く。語る言葉の無いまま視線が外れ、それぞれ明後日の方向を向く。
警官隊の撤退と共に橘がふらりと倒れ、楽を言いくるめそのままの流れで外へ駆け出して行った。そのあまりの早業に皆止めることが出来ず見送ってしまう。
そんななか、裕樹は人知れず後方の戸から教室を後にする。
「……」
その後ろ姿を見られていたことに気付かずに―――。
「おかしいわね…」
人気の無い校舎裏。そこを一人桐崎は歩いていた。誰かを探すように辺りを見渡し首を傾げる。
「こっちに来たと思ったんだけどな…」
一人途中で教室を抜け出した裕樹の後を追い、校舎を出た桐崎だったが、彼の姿を見失ってしまい彷徨っているのだ。きょろきょろと周囲を窺いつつ進んでいく。
「まったくどこ行ったのよ……。って私何やってるんだろう」
だが、見つからない裕樹に急に虚しくなり立ち止まる。
「…ここは」
奇しくもそこは以前裕樹と共にペンダントを見つけた場所だった。
―――ここが始まりだったのかもしれない。
なんとなくだがそう感じた。
「なーにしとるんや姫さん」
「っ!?」
少しぼーっとしていると急に声をかけられ、桐崎の肩が跳ねる。振り向くと探していた人物が立っていた。
「あー、アハハハ…え~っと……」
まさか探していた人物に見つかり、更に問いかけられるとは思ってもおらず言葉が詰まる。全く予想をしていなかった事態に頭が混乱する桐崎。
「そ、その、保健室を覗きに行こうかな~…なんて……」
「……」
「アハハハ…」
悲しきかな、苦し紛れに出たその言葉に冷めた空気が流れるのを感じてしまう。
呆れた顔を浮かべる鳴海に乾いた笑いが漏れた。流石に無理があったかな、と考えながら鳴海に近寄っていく。楽より高い身長の鳴海に桐崎は少し見上げる形で鳴海の顔を覗く。思わず『保健室を覗く』という馬鹿げた言葉を思わず言ってしまったが、突拍子もないことを言った自覚があり顔が赤らむ。そもそも、楽のことが気になることは確かだが、それ以上に鳴海の様子が気になり、彼を追うような形でこっちに来てしまったなど言えるわけがなかった。
「な、鳴海くんこそなんでこんなとこにいるのよ」
「ん?俺は秘密や」
「なによそれ」
「安心しいや。少なくとも姫さんみたいな変態チックな理由じゃあらへんで」
「なっ!?誰が変態よっ!!」
振り出された拳は意図も容易く躱される。あまりに余裕に躱されたことが癪に障りもう一発繰り出そうとしたところ裕樹に止められる。
「わっ!」
押さえつけるでもない軽い力で頭に手を乗せられ、ポンポンと優しく置かれる。ついでそのまま脇を通り過ぎていく鳴海を茫然と見た。少し歩いたところで振り返る彼。
「なにしとるんや、行くで」
「行く?」
「はあ……、保健室に行くんやろ?それなら逆方向やろ」
「あ」
「あ、って…」
呆れ顔を再び浮かべる鳴海にむっとする。
「うるさいわね、仕方ないでしょ!まだよく覚えてないの」
本当であるが、嘘でもある。しかしそんなことは彼は知らないし知らせる必要もない。
桐崎は誤魔化すように鳴海に駆け寄り彼の背を押す。
「ほら、はやく案内しなさいよ」
「はいはい」
何となくデジャビュを感じるやり取りを繰り広げた二人は楽と橘の様子を探るべく保健室を目指し歩き始めた。
特に会話もなく歩くなか、桐崎はやや前を歩く彼の顔を何となし盗み見る。やる気無さ気に歩く彼。あの日、林間学校で見た彼の姿が不意に脳裏に浮かんだ。それと共に自分が仕出かしたことも思い出し羞恥に顔が染まり、彼から顔を背ける。そしてそんな奇行に気付かない裕樹にほっと肩を撫でおろした。
「あいた」
「おっと」
前方不注意により裕樹の背中にぶつかる桐崎。鼻を押さえながら非難めいた視線を裕樹に送る。だが裕樹の視線はこちらに向かず横に―――窓から見える部屋の中に―――向けられていた。そんな彼につられ桐崎は窓中を覗き見る。
「なっ!?」
「……」
中に広がるあまりの光景に絶句する桐崎と呆れて言葉も出ない裕樹。
部屋の中では楽が橘を押し倒していた。いや、本来は違うのかもしれないが、現状そうとしか取れない。開いた口が塞がらないとはこういう事だろう。途中から鶫や小野寺たちを交え、何やら揉めだした。
「う~む、あいつもただのヘタレやないんやな」
「あ、あのもやし…ついに犯罪に手を出したのね。ならこの手で引導を渡してあげなきゃね」
冷笑を浮かべ固く拳を握りしめ、今にも飛び出していきそうな桐崎。裕樹は取り合えず裕樹は楽が殺されないように隣の女性を静めなくてはならないようだ。
「落ち着きや、姫さん」
「なによ?鳴海くんはあいつの行動を許す気?」
「いやいや取り敢えず落ち着きなさいって、そもがそもであいつが自分の意思であんなことできるわけないやろ」
「う、まあ…そう、ね」
「そういうことや。まずは事情を聴いて、それからヤればええんや」
「あ、結局ヤっていいのね」
桐崎の言葉におどけた様に肩を竦め、裕樹は窓から保健室に突入する。桐崎もその後に続いた。
非難を浴びながら必死に言い訳をし続ける楽はそんな彼らの存在に気が付かない。
「先程はお楽しみでしたね?」
「お楽しみじゃねえよ!てかお前何処から!!?」
裕樹のボケに即座に反応しツッコミを入れるところは流石と言うものである。
「お前らも見てたのかよ!」
「ああ、お前が転入生を押し倒したところからな!」
「一番最悪なタイミングだなっ!!!」
「ハッハッハ。実際どうなんや?」
「どうもこうも偶然に偶然が重なっただけで、なんもしてねえよ」
「ホンマか?」
「当たり前だ!」
裕樹は楽の瞳を覗き見る。その見透かしたような目に一瞬たじろぐが視線は逸らさない。
「ん、嘘は言ってないみたいやな」
「え?ちょっと鳴海くんそんなんでいいの!?」
「ええんや、今のこいつにはその気はあらんで」
桐崎は納得いかなそうな表情を浮かべるがそれ以上何もいう事はなかった。他の面々もまだ何か言いたげな顔をするが言葉を発することをしない。取り敢えず助かったのだと、楽は安堵の溜め息を静かに漏らした。
この場がこれ以上荒れることなく、裕樹の取り成しでお開きとなった。
それから数日の間、楽がクラスメイトからちょっかいをかけられるという事があったものの、裕樹たちは平和に過ごしていた。だが、そんな日常を打ち砕くことが起きた。学校から帰宅後、自宅で飼い猫と戯れていた裕樹のもとに一本の電話が舞い込んできた。名前の表示はなく、電話番号だけが踊る携帯。裕樹は怪訝に思いながら電話を取った。
「はい」
「あ、鳴海くん?」
「姫さんか?」
電話の相手は桐崎であった。何故だかわからないがその声には少し緊張を感じる。
「俺ケーバン教えてたっけ?」
「前あいつから聞いたのよ」
『あいつ』というのは十中八九楽の事だろうと考える裕樹。だが、教えるのはいいが教える前か後にその旨を伝えて欲しいものだと思う。
「あ~、まあ、ええわ。それで、どうしたんや?」
「うん…その…」
珍しく言い淀む桐崎。そんな彼女に電話越しに首を傾げる。数秒ほど待っていると意を決したように桐崎が言葉を続けた。
「明日、私と出かけない?」
どうも、お久しぶりです。
更新が遅くなりましてすみませんでした。
そして今回はじめましてのマリー……。残念ながらほとんど喋ってないですね(笑)