「なーご」
「・・・なんやデブ猫」
朝の何もない、酷く無駄な時間を過ごしているとブヨが唐突に足の上に乗ってきた。まだ拾ってきた当初は小さく可愛げのあったブヨも、今ではただのデブ猫。こうして乗られるとなかなか重かったりする、それに暑い。可愛いと言えばそうだが、それ以上に小憎たらしい顔つきになってしまったのが非常に残念である。
「はいはい、邪魔や」
首の分厚い皮を引っ掴み、ぽいと捨てる。あっけなく投げられるブヨだがそこは動物。持ち合わせたボディバランスで空中で姿勢を立て直し、また突撃してくる。今度は上に乗ることなく膝に体をこすり付け、時折こちらをチラ見してくる。その仕草は昔から変わらない。デブになったが。
「遊んで欲しいんか?」
「なーご」
期待するような視線を向けてくる。仕方なしに手近に置いてあった猫じゃらしを持ちブヨの前にちらつかせる。ブヨも直ぐにそちらに狙いをさだめ、動きにあわせ首を振り始めた。ここからは裕樹の独壇場だ。ブヨが飛びかかろうと体を力ませたら素早く引き、攻撃を避ける。そして攻撃をすかしたところで鼻に猫じゃらしでビンタを入れ挑発。あとはこれをこのデブ猫が疲れるまでやるでけ。
はっきり言えばブヨは体力が無い。この攻防を数分するだけでもう動く気力がなくなり、胡坐の上で大人しくなってしまう。今日も長くは続かず、早々にばててしまった。
「ホンマどうしようもないデブ猫やな」
「・・・なーご」
鳴き声からも疲れていることがまるわかりである。猫じゃらしを捨て、大人しくなった飼い猫を撫でながら愛でる。大人しければそこそこ可愛らしいのだ。ダイエットして欲しいと思うが。だが、ここで食事制限をしても近所の方々のご厚意でいつもたらふく食べて帰ってくる。有難迷惑とはこのことだろう。
休日はやることがない。朝から晩までテレビを見ているという事もざらであったりする。今日もそんな風に過ごすのかと思っていると、突然携帯が鳴りだした。
「なんや、珍しい・・・はいはい」
「おっすユウちゃん」
「おお、ミッキーやないか。どないした?」
それは昔馴染みの友人からの電話であった。
「おう、実は今日フットサルやるんだが面子が足りんくなってな」
「ほほう、助っ人かい?」
「おう、頼めるか?」
「友情価格でやったるわ」
「・・・500円で」
「それでええで」
「じゃあ一時間後に来てくれ」
「りょーかい」
電話を切り鼻歌まじりに立ち上がる。久しぶりの助っ人稼業なうえ、時間つぶしもできる。願ったりかなったりの話にテンションが上がる。箪笥からスポーツウェアを取りだしそれに着替える。一時間後の約束であるため、今から行けば少し時間が余る。アップをするとしてちょうど具合だ。
「ほらブヨお前も出るで」
「な!なーご!!」
離せと言わんばかりに暴れるブヨを摘み上げ家を出る。そのままブヨを外に離し、自身も街に向け歩き出す。
街は休日という事でかなり賑わっており、老若男女様々な年代の人々で溢れている。そして普段あまりこの界隈で見ない危ない顔の男たちがちらほらといる。一様に変顔を晒しており、酷く不気味な集団だ。
「なんやあいつら」
危険な大人を絵に描いたような彼らに引きつつ、ふと気づく。彼らの半数近くに見覚えがあるということに。確か、一条楽の関係者だったはず。ならば、もしかしたらこの近くに彼がいるのかもしれない。
「まあ、しゃあないか」
何か面白いことが起きてる気がするが、これから用事があるわけで残念ながら彼を探す時間もかまう時間もそんなにないわけである。実に残念だ、本当に。嘆く気持ちを押さえ、気を取り直してフットサル場へ向かおうとした時、何やら可笑しな二人組が前方にいるのが見えた。
「んお?ガクと姫さんやないか」
つい先日まで喧嘩していた二人が私服で街を歩いている。これは謂所のデートというやつではないか。雨降って地固まるという言葉があるが、本当にあるんだなと思う。しかし、同時に不思議でもある。あれだけ嫌っていた楽といる桐崎も、別に意中の人がいる楽も、何故一緒に休日を過ごしているのか。
「気になるわあ」
果てしなく気になる。しかしそれを解消する時間もない。口惜しい、そんなことを考えていると何やら二人がもめだし楽が離れて行ってしまった。
「何やってんや・・・あいつら」
仲がいいのか悪いのか。本当は彼らはよくわからない。まあ仕方なし、と残された桐崎の横を抜けようと思っていると、柄の悪い、俗に言うチンピラが裕樹を追い越し桐崎に絡み始めた。声は雑踏のせいでうまく聞こえないが桐崎の顔色を見るに碌なことを言っていなさそうだ。
「しゃーないな、貸し一つやでガク」
友人の折角のデートを邪魔されるのはどうも寝覚めが悪くなる。近づいていくとやはり品の無い言葉を垂れ流していた。
「大丈夫。お兄さん達んな事しねーからさ」
「ホンマか?そりゃあ有難いわ」
先頭をきって話していた二人の肩を組む。突然の裕樹の登場に桐崎もチンピラたちも驚きを隠せないでいる。
「な、なんだお前」
「あーええねんええねん。俺の事はええからさ、楽しいとこ知っとるんやろ?行きましょや、俺も今暇なんやて」
「は?お前ふざけんなよ!誰がお前なんかと---ってちょま、力強っ!!」
抵抗する力を更なる力で押さえつけ、事なし気にその場を去っていく裕樹。仲間の半分を連れて行かれたことにより残りの奴らも追いかけてくる。桐崎が何か言いたげな顔をするが、今言葉を交わすのは得策ではない。視線だけ桐崎に送り、何も語らない。途中訳が分からなそうにしている楽とすれ違うがこれも喋ることなく過ぎ去っていった。
「おお、ユウちゃん!こっちこっち」
街の隅の公園に隣接するフットサル場で、数十人の若者たちが集まっていた。その内のコートに立っていた男の一人が手を上げているのが見えた。
「すまんすまん、ちいっと遅れたか?」
「おっそいよ!何やってたんだよ」
「ちょいとした運動をの。おかげで準備はバッチシや」
腕を軽く回し、大丈夫だということをアピールする。
「幹久、その人が助っ人か?」
「ああ、こいつがそうだ。こんな奴だけど技術は確かだよ」
「失礼なやっちゃな。ま、助っ人ですわ。よろしゅう」
適当にそれぞれ挨拶を交わした裕樹は上着を脱ぎビブスを代わりに着る。幹久は相手チームのリーダーと挨拶を済ませていたようで、こちらに近付いてきた。
「ユウ、この戦いに勝ったら俺らのチームは六位まで上がれるんだ!だから頼むぜ、本当に」
「わあっとるって。勝つことが契約やからな。で、俺のポジションは?」
「後ろを頼むわ」
「DFか了解や」
幹久が離れ自分たちのポジションにつく。そして審判が開始の笛を吹き、キックオフとなる。
試合の前半は一進一退の激しい攻防戦だ。点を取れば取られ、また取っては取られの繰り返し。ボールはハーフラインを行き来し、中盤でのやり取りが多い。
「ほいっと」
目の前に流れ的なルーズボールをカットし、そのまま上がる。すぐに相手が寄せに来るが空いたスペースに走り込んだ仲間にパスを出し、取り敢えずの仕事を終え戻る。だいたいの仕事は今のところこんなところだ。あとは相手の攻撃の芽を潰し、シュートをカットするぐらいだ。
しかし今回の相手は個人技は上手いが、どうもリズムが悪い。
ピー!っと笛が鳴り、前半が終わる。一旦全員がベンチに下がり、給水をしながら作戦を練る。
「3-3の同点か・・・。ユウどうだ?」
「あいつら元サッカー部かなんかか?」
「ん?ああ、たしかそうだったはずだが」
それを聞きなるほどと頷く。ならばやりようによっては流れを掴める。
「ほなら後半は俺がMDに移るわ。まだまだ付け入る隙は多いで。流れに乗られたら総合的に勝てへんが、ようは乗らせなきゃええんや。フットサルっちゅうもんを教えたろうぜ」
「オーケー」
「あと、松田やっけ?お前3番押さえといてくれや。そいつが相手チームの要や。そこ潰せばあとはだいぶ楽に行ける」
「任せろ」
チームメイトを見渡し、裕樹は不適に笑う。勝ち筋は見えている。
「ボールは迅速に回してくで」
「ああ!」
「ほな勝ちに行きましょか!!」
「っしゃ!!」
後半が始まった。
試合は前半と異なるものになる。ボールの支配権が幹久のチームが有し、相手にボールを渡さない。ワンタッチの速いパス回しで相手チームを翻弄し、寄せが甘ければ個人で持っていく。
「あまいで!」
カットしにきた敵を足の裏でボールを操り、ターンで躱してそのままシュート。キーパーに弾かれたボールを仲間がダイレクトで蹴り決める。なるべく個人で持つ時間を減らし、かつ、足の裏を多く使うことで視野を広げる。サッカーよりフットサルではこれがより求められる。
そのまま相手に反撃の機会を与えず、ゲームセット。結果は4-7でまずまずといったところだろう。
「よっしゃあ!これで六位だ!」
「やったな!」
「疲れたわあ」
「サッカー部に勝つとか気分いいな」
コートから出たメンバーが思い思いのことをいい、勝利を喜び合う。
「ユウ!」
「ん、なんや?」
「お前のおかげだ!マジでサンキューな!」
「そおっすよ!鳴海さんサッカーとかフットサルしてたんすか?」
「あん?別に俺の事はええやん。俺はブツを貰えればなんでもやりまっせ」
指で輪を作りニヤリと笑う。小遣い稼ぎの便利屋稼業、ここいらで宣伝しとけば収入が上がるかなあ?という考えが見え隠れしており、周りは苦笑いものだ。
「まあ、次も頼むわ」
「次?」
「あれ?言ってなかった?今日は三試合。つまりあと二試合あるんだ」
「知らんで。それなら値段は1500だわ」
「はあ!?お前500でいいって言っただろ!」
「アホぬかすな。一試合分500に決まっとるやろ」
財布とチームメイトと相談をし始めた幹久をしり目に裕樹はフットサル場から少し離れた自動販売機に向かう。どうせまた試合はやることになる。ならば、ここいらで一服しておこう。
「お、コーラあるやん。仕事のあとはこれやなやっぱ」
目的の物を見つけ機嫌よくその場で一口飲む。少し強めの炭酸が喉を刺激し、実に美味しく感じる。カーッと息つきもう一口飲む。
「鳴海君?」
「んあ?」
呼びかけられ振り返ると小野寺が立っていた。何となく今日は知り合いによく合う日だと感じた。
「嬢ちゃんやんけ、どないした?こないな場所で」
「私はお買いもの。鳴海君こそ汗だくでどうしたの?」
「ああ、これは---」
「ユウ!試合だぞ!」
「おう!」
幹久が追いかけてきたようだ。幹久に投げかけてた視線を小野寺に戻す。
「まあ、この近くでフットサルしとんのよ」
「そうなんだ」
少し小野寺の顔に影が差してる気がした。さて、ここで放るのも悪い気がするが、自分がやれることはないと思う裕樹。
「私も見に行っていい?」
「んあ?まあ、構へんが・・・」
別に断る理由はない。恐らくやらない人が見ても面白いものではあまりないと思うが、本人が来たいならいいか、と適当な考えで了承する。それにたぶん気分転換でもしたいのだろう。
「じゃ、折角嬢ちゃんが来てくれるんやったらちょいと頑張りますかな」
「ふふ、期待してる」
この後の試合は、どれも勝利を収め、報酬をきっちり受け取り裕樹はご機嫌で小野寺を家に送った。だた、小野寺に色々と凄い意外だと言われ少しガックリきた裕樹だった。
小野寺、楽&桐崎のデートに遭遇後、ブラブラしているとこに鳴海を見つける。
楽&桐崎、小野寺との遭遇にて一悶着後、無事帰宅。
裕樹、フットサル後、暗くなったという事で小野寺を家に送る。なお、自身の評価が低かったことに地味に傷つく。