偽言とコイバナ   作:虚人

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デンワ

 携帯が振動し、メールが入ったことを知らせる。裕樹は携帯をちらりと見てすぐに視線を外す。コンクリートの硬さに体を少しずらし、そばに置いてあったいちご・オレを一口含み読みかけの本をまた読み始めた。

 現在、裕樹がいるのは屋上の入口の上のスペースにいる。ある程度出入りのある屋上でもこの場所まで来る猛者はそうそうおらず、裕樹のほかは極一部の生徒しか上ることはまずない。とはいえ、本来なら授業中の時間のため、そもそも屋上自体に人がいないのだが。

 現在、彼のクラスは調理実習の真っ最中なのだが、裕樹は自分は食う専門だといいここに逃げてきたのだ。

 

「ふああぁあ……暇やな」

 

 読んでいた本に栞をはさみ横に置く。授業をサボったはいいが特にやることもなくいつも暇を持て余してしまう。最近は麻雀のバイトの為にそういった本を読んでいたが、それももういらなくなり完全にすることがなくなったのだ。

 吹き抜ける風に瞳を閉じ、大きく欠伸をする。温かい日差しが裕樹の意識をゆっくり溶かしていく。だが、あと少しで落ちるというところで、急に携帯が鳴りだした。

 

「っ!」

 

 意識が強制的に覚醒させられ、すぐに携帯を手に取る。ディスプレイに表示された名前を確認し電話を切る。体を起こし、足を投げ出すように座り空を見る。

 

「今更やろ……」

 

 覇気のない声がこぼれる。最近になってよくかかってくるようになった電話。まだ一度として出たことはない。そして、この先も裕樹はこの電話を取る気はない。

 完全に眠気が覚めた裕樹はいちご・オレを一気に飲み干し時計を確認する。もういい時間になっており、そろそろ終了のチャイムが鳴るころだ。本当なら何食わぬ顔で教室に戻るのだが、今そんな気分になれない。

 そのままボーっとしていると程なくして終了のチャイムが鳴り、校内に活気が出てきた。

 SHRに入り下校の流れになり、帰るもの、部活にいくものが校舎から出てくるのを眼下に眺める。わいわいと賑やかに行く生徒らを眺めていると下から扉が開く音が聞こえた。

 

「あれ、ここにいるって聞いたんだけど…」

 

 どうやら来たのは桐崎で、誰かを探しているようだ。

 

「はあ、ほんとなんだかなあ…」

 

 あたりを見渡すようにしていた桐崎は屋上中央まで行きベンチにどかりと腰を下ろした。荷物を隣に置き、あからさまにため息を吐く。頬杖をつきながら町並みを見る彼女は少し笑っているように見え、実に嬉しそうである。

 

「ふふ」

 

 何かを思い出すように微笑み立ち上がり、手すりまで歩いて行き今度は下校していく生徒たちを見ながらまた二ヘラっとだらしない笑みを浮かべる。

 

「……」

 

 正直、どうするべきか悩む。目の前でこう一人でニヤニヤしている人物がいると反応に困ってしまう。声をかけ自分の存在を知らせるべきか、はたまたこのまま見なかったことにしてあげるべきか。彼女の名誉のためには見なかったことにすべきだろう、そう裕樹は考えそっと飛び降り、そろりそろりと扉に近付いていく。

 しかし、

 

「あ……」

「やっば」

 

 たまたまこちらに顔を向けた桐崎と目が合ってしまった。緩んだ顔のまま固まる桐崎と苦笑いで動けない雄哉。二人の間に微妙な空気が流れ、しばし時が止まった気がした。だが、それも桐崎の復活ですぐにとかれた。

 

「あ、ああああんた!どこにっ!?いや、ちがっ!見たの!!?」

 

 顔を真っ赤に染めて裕樹を指さす。動揺が隠しきれず声ばかりか腕まで震えている。

 

「い、いやあ、まあ……の?」

「~~~~~~っ!!!」

 

 裕樹の曖昧な誤魔化しに声にならない悲鳴を上げ口をパクパクさせる桐崎。

 

「忘れなさい!!」

「お?」

 

 ある程度離れていたはずだが、あっという間に裕樹に駆け寄ると拳を突き出してきた。恥ずかしさからなせる業か、はたまた塀を飛び越えるほどの脚力のなせる業か、裕樹は多少の驚きを感じつつその拳をそっといなす。そして躱されたことに目を見開く桐崎の額を軽く人差し指で突く。

 

「あたっ」

「いきなり危ないやろ」

「う~~」

 

 意外に衝撃が強かったのか、額を押さえ蹲る桐崎に飽きられように裕樹は言う。いったい、彼女は何しに来たのか、理由はどうあれいきなり殴りかかられてはたまったものではない。

 溜め息を軽く吐き壁に寄りかかり桐崎の様子を窺う。いまだ彼女は額を擦りつつぶつぶつ何かを言っているが、どうしたものかと悩む。しかし、このまま放置していても話が進むわけではないので仕方なく桐崎に話しかける。

 

「で、姫さんは何がしたいんや?」

「え?」

「え?って何しにここに来たかって聞いてるんやで」

「あ…」

「忘れてたんか……」

 

 今度こそ呆れ顔で苦笑いをしてしまった。そのことに気付かない桐崎は慌てて鞄を取りに行き、何かを取り出すと急ぎ足で戻ってきた。

 

「これ」

「ん?なんやこれ?」

「お礼よ…」

「お礼?」

 

 そっぽを向きながらタッパーを差し出す桐崎。一方、受け取ったはいいがお礼の意味が分からず首を傾げる裕樹。そのことに気付いた桐崎は、はあとため息を吐いた。

 

「あいつから聞いたわよ」

「聞いた?」

「放課後のやつよ!察しが悪いわね!!」

「……ああ。別に俺はなんもしてないんやけどな」

 

 いいから受け取れと言わんばかりにふんと鼻を鳴らされそっぽを向かれた。

 裕樹は仕方なくタッパーを受け取り中身を確認する。香ばしい香りを漂わせる黒いなにか。はて、今日はなにを作るんだったか。

 

「……なんやこれ?」

「ケーキよ」

 

 つまり焦げたスポンジケーキのようだ。デコレーションも何もしていない素の状態。何とも言えない気持ちに襲われる裕樹だが、腹をくくりそれを手に取り一口食べる。若干焦げの苦みがあるが、それを差し引いてもなかなか美味しい。

 

「おお、見た目のわりに美味いやないか」

「ふふん、そうでしょう」

 

 そう言いながら桐崎は腕を組み得意げにほくそ笑む。

 

「みんな美味しいって言ってくれたんだから」

「嬉しそうやな」

「う、うるさいわね。悪い?」

「いやいや、おめっとさん。純粋によかったやないか」

「…まあね。これもあいつのおかげだけどね」

「…そうか」

 

 何があったかはわからないが二人で協力して作ったということだろう。焦げたケーキを眺めていると、ふとあることに気付いた。最近一緒にいる楽がいないのだ。

 

「そういや姫さん」

「なによ」

「ガクはどうしたんや?いつも一緒におるのにおらんけど」

「ああ、あのもやしは…」

 

 少し言い淀む桐崎。

 

「なんや?」

「…あいつは外で倒れてたわ。原因はわからいけど」

「はあ?」

「だから倒れてたの!それで今は保健室よ」

「ふーん、ガクのそばについててやらんでええのか?相方やろ」

「そうなんだけどね…。今は小野寺さんがついてるから」

 

 それはいいのかと、疑問に思う裕樹。というより、彼女ならそっちにいけよと考えてたりもしている。

 ケーキを食べ終わると桐崎にタッパーを回収され、改めてお礼の言も一緒に渡す。いい感じに小腹を満たした裕樹は軽く欠伸がでてしまう。

 

「ま、用が済んだんならもう戻り」

「なんでよ?」

「なんでって、俺に友人の彼女との噂とか立てさせる気かいな。勘弁やで」

「噂って…--あ、あんた!」

 

 顔を赤く染め慌て始める桐崎。その姿にどことなく既視感を感じた裕樹はそっと優しく笑みをこぼす。そして何を考えたわけでも無く、桐崎の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

 

「ほれ、もう行き。相方の看病も彼女の役目やろ」

「う、うるさいわね!わかってるわよそんなことっ!!」

 

 裕樹の腕を払いのけた桐崎はそのまま勢いで慌ただしく屋上から飛び出していってしまった。

 残された裕樹はフェンスまで歩きそこからの風景を望む。吹き抜ける風が少し伸びた髪を揺らす。ぼーっと佇む裕樹の顔はどこか物憂げで、なにかを思案しているようだった。

 そうして時間がすぎていっていると、再び携帯が振動し始めた。裕樹は携帯を手に取り、相手を確認する。瞳を閉じ、少し間を置いたのについに裕樹はその電話を取った。

 

「--------」

 

 

 

 数日後、裕樹は学校がある時間にも関わらずある建物の前にいた。中が見えないほど高い塀に囲まれ、木製の門がそびえるその建物には「集英組」の看板が掲げられているる。裕樹は近くにいた男に一言告げ、門を押し広げ中に入っていく。

 

「よう来たな。ボウズ」

「その節はどうもっす、竜さん」

 

 門の先、玄関前で裕樹を出迎えたのは竜と呼ばれる顔に大きな傷を持つ男。階級は教えてもらっていないが、おそらく若頭補佐とかそこらへんだろうと予想を付けている。

 裕樹は竜に会釈をし、正面から彼と向き合う。普段、楽と一緒にいるときの緩い空気ではなく、鋭く、重い雰囲気を醸し出していた。

 

「……一丁前にスーツか」

「ええ、まあ。今日は遊びに来たわけではないので」

「ふっ、そうか」

「おやっさんは中に?」

「ああ、既にお待ちだ」

「そうですか」

 

 玄関扉が開かれ招き入れられる。控えていた組員に視線を配りつつ、先導する竜の後に続く。

 

「おめえがこうやって来るなんていつ以来だ?」

「どうですかね、三年ぐらいだったと思いますよ」

「もうそんなにか。あの時は生意気な跳ねっ返りボウズだったのに、いつのまにかよー」

「はは、まあ自分でも落ち着いたとは思いますよ」

 

 昔を思い出すように会話をしつつ、長く続き渡り廊下を進み屋敷の奥へと行く。やがて庭に面する一室の前でその歩みが止まった。裕樹が竜を見ると頷き返された。どうやら、この中にいるようだ。

 竜と共に障子の前に座る。

 

「オヤジ、連れて来やした」

「……おう、入れや」

 

 裕樹は大きく深呼吸をし、意を決する。

 

「失礼します!」

 

 障子を開き、中に入り一礼する。竜はそのまま廊下に残り障子を閉めた。部屋の奥にてお茶を啜る初老の男、ここ「集英組」の組長にして楽の父親である。

 

「そんなとこに座ってないでこっちに来な」

「はい」

 

 言われるがまま入口側から男の前に移動し、頭をたれる。

 

「お久しぶりです、おやっさん」

「おう、そうだな。背え伸びたんじゃねえか?」

「ええ、それなりには自分も成長しましたので」

「そうか…」

 

 ずずずっ、とまたお茶を啜り一服したのち視線を上げる組長。二人の間に沈黙が流れる。

 

「それで、今日はいってえどうした?学校サボって、そんな改まっちまってよ」

 

 切り出したのは組長から。前振りも様子見もないいきなりの本題である。

 

「お願いがありましてね」

「お願いだあ?」

 

 視線が絡まり合ったまま動かない。互いが互いの様子を窺い、相手の思いを読み解こうと探る。数秒か数十秒か、はたまた数分か、息が詰まる空間が続き、やがて静かに裕樹が語りだした。




楽、名誉の負傷()後自宅にて目が覚める。
小野寺、棚から牡丹餅的に楽の看病。
桐崎、料理に自信が出るが儚い幻想。
鳴海、普段と変わらないように見える。



 手料理って出来なくてもいいけど出来るにこしたことはない。
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