「そういやお前聞いた?」
「ん~?なにがや?」
「いやさ、この前女子水泳部の試合があったらしいんだけどさ、その時桐崎さんが溺れかけたらしいぜ」
「ああ、その話な」
ある日の放課後、野球部の集団の中に裕樹がいた。一人ジャージ姿の彼は野球部というわけではなく、いつもの助っ人のアルバイトとして練習に参加していた。というのも、現在彼の横で話す男子学生に応援要請を受け、現在一時的に参加しているのだ。
「なんだ知ってたのか」
「まあの、マイマイから連絡あったし」
「マイマイ…って、ああ舞子ね」
「せやせや」
「なんだ、じゃあ知ってるわな」
体を適当に解しながら先日起きたこと事件について話す。数日前に女子水泳部の練習試合が行われ、その際、助っ人として参加していた桐崎が両足をつってしまった事件だ。前日に楽、桐崎、小野寺、宮本、そして舞子の五人で練習していたようで、裕樹も舞子に誘われていたが、諸事情で参加も応援も行けなかった。しかし、ことの顛末は舞子から聞いており、だいたいの事は把握していた。
「しっかし、ほんと一条はいいよなあ、あんな美人な彼女がいてさ」
「おいおい、おまえ彼女おるやろ」
「それとこれとは別!ほら、隣の芝は青く見える、みたいな?」
「それ言うてやろうか?」
「はは、マジ勘弁」
柔軟に移り、互いに行っているとランニングの号令がかかる。全員がそれぞれしていたことを止め、速やかに整列しグランドの外周を走り始めた。
「でも、マジすげえよな一条は」
「今度はなんや?」
「いやだって、桐崎さんが溺れた時誰よりも早く助けたんだろ?そんなこと誰にでもできるってわけじゃねえしよ」
「まあ、ガクは立派な男の子やったってことやろ。自分の彼女のこと助けんのは当然やけどな?」
「おう、耳の痛い話だ」
ハッハッハッと笑いながら走る二人。息を切らした様子も汗もかくことなくこなすあたり、この二人はだいぶ異質な存在である。
そんな調子で外周を15周走り、それぞれのポジションの練習に移っていく。裕樹はバッティング練習だ。バットを取り軽くスイングする。風を切る音がした。裕樹はそれに満足げに頷きフォームを取り、また一振り。
「相変わらず、お前の運動センスは馬鹿げてるよな」
「んん~?いやいや、お前にゃかなわんよ」
「たりめえだ!こちとらほとんど365日野球してんだぞ!負けたら洒落にやらんわ!!」
「そりゃ、そう、だっ!!」
最後に一振りし、手首と足腰の調子を確かめる。
「ほな、ちいっと打ってみましょうや」
「はいはいっとな」
傍らにあった籠からボールを取り出し放り、裕樹はそれに合わせてバットを振る。所謂トスバッティングだ。カキンッと小気持ちいい音を放ちながら飛んでいくボールは綺麗な放物線を描きながら彼方へといく。
「そういやさあ」
「っし!どうした?」
「いや、全然関係ないんだけどさ、最近また物騒になったって思わん?」
「物騒お?」
「ああ。ちょっと前から怖い顔したスーツの外国人たちがうろついてるしさ。なんかヤクザとドンパチやってる現場を見たやつもいるらしいぜ」
「らしいの」
「それだけじゃないぜ」
「まだなんかあんのか?」
話しながらも絶え間なく打ち続けている。空ぶることなく、変わらずに綺麗な放物線を描いていく。球が見えているのか野生の感かは本人しかわからないが、それでも外さないあたり流石であった。
「なんかここ3,4日でやたらと不良っていうのかな?そういうのが増えたと思わないか?」
「そうけ?」
「ああ、絶対増えたね。怖いよなあ…また昔みたいなことにならなければいいけどさ」
「……」
一瞬、裕樹の集中が乱れた。淀みなく続いていた音が一際大きな音に変わり、弾かれたボールは猛烈な勢いで飛んでいくこととなった。
「あ…」
「おまっ!」
二人の情けない声をに続きガラスが割れる音が聞こえ、あたりが騒然となり、続いて一気に騒がしくなる。
「……お前、ただ働きな」
「……」
返す言葉もなく、渋い顔をする裕樹。自分の失態故仕方のないことだが、深いため息とともにやる気もこぼれていった気がした。
次の日。その日はいつも以上に学校が騒がしく、浮足立っていた。なんでも転校生がまたやってくるそうだ。
今回は急な話で生徒に連絡もなく、突然学校にやってきたことから騒ぎが始まり、更にそれが美男子であるという話が輪をかけて話を大きくしたのだ。
現在、裕樹のクラスもその話題で持ちきりであり、ガクたちもそれについて話していた。あからさまに嫌悪感を出す舞子に楽しみだと語る桐崎、そして微妙な反応の楽。裕樹もいまいち思うところがなく、ただ「ああ、そうなんだな」という程度にしか考えていなかった。
そんな感じの朝の時間を過ごしていると担任がやってきた。
「おっはよう!」
「おはようございまあーす」
「うん、よーしお前ら、突然だが今日は転校生を紹介するぞー。入って鶫さん」
担任の言葉に続き、「はい」と凛としたこえが廊下から聞こえその声の主が教室に入ってきた。
「初めまして、鶫誠士郎と申します。どうぞよろしく」
入室してきた生徒はここと違う制服を身にまとった男子生徒。泣き黒子のある端正な顔立ちにクラス中の女生徒たちが一気に色めきたった。
「さん?」
教室が黄色歓声に包まれる中、裕樹はただ一人直前の担任の言葉に反応する。担任の言い間違えかもしれないが、なんとなく反応してしまった。そして反応してしまってからはどうも胡散臭く見えてくる。
「ん~?」
というより何かがおかしく見える。そんな疑念を抱いていると舞子も同じような反応をしていた。
「おい、マイマイ」
「どうした裕樹」
「あれってさ、アレか?」
「お前が言うアレがなんだかわからんが、おそらく思ってることは同じじゃないかなあ?」
顔を見合わせ苦笑し、渦中の人物に視線を向ける。その人物は現在どういった経緯かしらないが桐崎に抱き着いていくところだった。
「おおっ!!」
ガタンと音を立てたり上がった舞子。何を考えているのかアホ面を晒している。
周囲も火に油を注いだように騒がしくなる。はあ、っと溜め息を吐いたところで携帯にメールが入る。裕樹は差出人を確認し、そっと鞄にしまう。
そして昼、裕樹はコンビニの袋を片手に屋上にやってき、いつも場所へ上る。楽たちには用事があると言っているため、待っていることも追ってくることもないだろう。
屋上を見渡し誰もいないことを確かめ携帯をかける。
「おれや。すまんの、連絡が遅れて」
「いや、問題ない」
電話越しにかえってきたのは低い男の声。
「そりゃあよかった。それで、どんな感じや?」
「上々…といったところだな」
「カッハッ!ええやないか。そうやないと態々俺が動いた意味もないしのお。いつごろ終わると思う?」
「まあ今週中には終わるんじゃねえか?」
「なら期限には間に合うか…」
「なんだ?いやに残念そうじゃねえか」
「クハハ。まあ久しぶりに遊べると思っとったからの」
軽い口調で言う裕樹だが、口の端が吊り上り凶悪な笑みを浮かべていた。その様子が電話の先に伝わったのか、通話相手は押し黙る。裕樹はそんな相手の様子に気付き、更に笑みを深めた。
「まあ、心配すんなや。そっちで終わるならそれにこしたこたあないんや」
「……そうだな。ケツを蹴ってでもやらせるさ」
「おお、こわいこわい」
「お前ほどじゃねえよ」
その言葉に再びククク、と声が漏れる。すると今度は電話の向こうからため息が聞こえてきた。
「お前、ここのところ落ち着いてたのにな。なにかしたのか?」
「おいおい、随分な言い方やな。この前久しぶりに軽く運動したからな。そのせいやろ」
「軽く…ねえ」
「せや、かる~くや」
「まあ、あまり派手にするなよ。ただでさえお前は--」
「わあっとる。たく心配症やな…。安心せいちゃん---」
ガチャリ、と下の扉が開く音がして慌てて声を押さえる。身を伏せ気配を殺し、やってきた人物たちを確認する。人数は二人、どちらも男子学生の制服に身を包んでいる。顔は確認できないが服装と雰囲気で誰かはわかる。一条楽と鶫誠士郎だ。二人は少し距離を置きながら言葉を交わしている様子だ。
「悪い、人がきおった。切るで」
「ああ、わかった。またなにか動きあったら連絡する」
小声でのやり取りを終え、通話を終わらせる。
聞き耳を立てるがあまりよく聞こえない。人がいないとはいえ、流石に屋外であり、多少なりに距離がある為仕方のない事だ。微かに聞こえてくる言葉から、どうやら桐崎についてのことのようだ。どのタイミングでここからお暇するか窺っていると、なにやら雲行きが怪しくなってきた。話していたはずの二人は、鶫の行動で一変した。楽の反応出来ないできない速度で鶫が駆け抜け、楽を拘束する。首筋には銃らしきのもが添えられているところを見ると、かなり危機的な状況になってしまったようだ。
裕樹はその鮮やかな手並みに舌を巻きながら彼らの動向から目を離さない。片手に飲みかけのペットボトルを持ち、鶫の隙を窺う。そして、拘束しながら話す鶫の肩に一瞬の力みが生じた瞬間、
「っ!!」
無防備にさらされた後頭部に向け一投。放たれたペットボトルは寸分の狂いもなく跳んでいく。
「!」
投げるときに出た気配に反応し、鶫が振り向くが、すぐ目の前にはペットボトルが飛来してきており、そちらに注意がうつる。楽を拘束していた左手を即座に離し、ペットボトルを払いのけ銃を構える。だが、
「なっ!!?」
「カハッ!」
ペットボトルを注視してしまったがために出来た死角で裕樹の接近に気付けなかった。気が付いた時には彼は既に懐に潜りこんでおり、左足に力をため終わっていたのだ。
低空から突如跳ね上がり襲いかかる蹴りに、鶫は楽がいることを考慮する暇もなく上体を逸らす。標的を失った蹴りはそのまま空を蹴りぬけ。その時生じたものが楽の顔面を襲う。鶫に押され崩れた体勢に風圧が襲い、それと同時に空気が焦げる音と臭いを感じた。
「うわっ!」
衝撃で柵を越え、落ちそうになる楽。必死に伸ばした腕は宙を彷徨った後、しっかりと誰かの手に受け止められそのまま引き戻された。
「危ないやないか、ガク」
「ユウ!」
腕を支える裕樹を見てあからさまに、助かったっという表情を浮かべる楽。それを見て裕樹はいつもの軽い笑みを浮かべ腕を離す。支えを失った楽は腰が抜けた様にその場にへたれこむ。その様子を目の端で捉えつつ、離れた位置で油断なく構える鶫に視線を向ける。視線が合い、鶫は銃を握る手に力が籠るの感じた。
「貴様は、鳴海裕樹、だな?」
疑問で聞いてはいるが、その言葉には確信があった。一方、問われた裕樹は意外そうな表情を浮かべる。
「なんや、どっかでおうたことあったか?ならすまんな。俺人覚えんの得意じゃないんだわ」
「いや、初対面だ」
「おお、そりゃよかった。まあ、お前みたいな---」
「だが」
「あん?」
裕樹を言葉を遮り、鶫が続ける。
「だが貴様はもう一人の標的だ」
「……」
「どういった理由であの方がお前を標的に定めたかわからなかったが今ので理解した。貴様は一条楽の護衛だなっ!!」
自信満々に裕樹を指さし宣言する鶫。その宣言につられ、楽が「そうだったのか!?」とか言いながら裕樹を見るが、かくいう裕樹は唖然とした表情を浮かべ、徐々に呆れに変わっていった。
「なんでそうなるんや…。てかガク、お前もなに言ってんや!」
「お、おう。わりい……」
「たく、お前もなにボケかましてんねん」
「な!ち、違うのか…!?」
「ちゃうわボケ!!」
裕樹のツッコミにたじろぐ鶫。しかしすぐに気を取り直し再び構える。ようやく楽も立ち上がり裕樹の後ろに押し込まれる。その様子を確認し鶫は殺気をたちこませた。
「まあ、いいだろう。貴様が誰だろうと両方とも標的なのは変わりない。ここで殺す……」
鶫から立ち込める黒いオーラを幻視し、裕樹も指を鳴らしながらコンクリートの地面を踏みしめる。
一触即発。何かの拍子で爆発してしまいそうな空気に楽が肝を冷やしていると、屋上の扉が勢いよく開いた。
「ちょ…!!二人ともストップ、ストップ~~~!!」
「!?」
地雷地帯のような緊迫した空気をぶち壊して屋上に突入してきたのは、楽と鶫が争う原因となった桐崎であった。
「ほらほら何やってんのよみんな~。ちゃんと仲良くしなくちゃダメでしょ~~?」
「お嬢」
無理やりすぎて引きつった笑顔を浮かべて友和を説く桐崎。その姿に急にアホらしくなり裕樹は構えを解きく。鶫を桐崎が来た時点で構えを解いていたため、もう先ほどまでの空気は全くない。だが、
「お嬢…止めないでください」
「え?」
鶫には停戦の意思はなかった。
「これは私がクロード様から受け賜った任務です。いえ、それ以前に!私はやはりこの男をお嬢のパートナーとして認められない…!お嬢…覚えておいでですか…“10年前”のあの日の“約束”を----…」
思いを語りだす鶫。桐崎はアホ丸出しの声と顔で答える。しかしそんなことは気付かないのか、更に熱く語りだした。
「私はあの日、お嬢をこの手で守れるように強くなろうと決めました。それ以来私はあらゆる訓練試練に耐え!!日々精進し!!強くなったんです…!!それこそ血がにじむような努力をして…!!」
拳を固く握り、涙を流しながら熱弁する姿に三人が少し引いてしまったが、そんなことは今の鶫には見えていない。
「それがどうです…!!なぜ今お嬢を守るべきはずの男が…。こんな脆弱で貧弱なもやし男なのですか…!?しかも逆に守られるような!納得いきません!!!」
「…スゲー言われよう」
「まあ、しゃあないな」
「おい!」
「お嬢は大ギャング組織“ビーハイブ”の御令嬢…!!お嬢を守れるというなら、相応の力を見せて貰わねば認めるわけにはいかない…!!」
力説のあまりふいていた顔を勢いよく上げ、鶫は楽を指さしながら高らかに言い放った。
「一条楽!!!貴様にお嬢を賭けて…!!決闘を申し込む!!!!!!」
「…はあ!!?」
鶫誠士郎が一条楽に贈る正式な宣戦布告であった。
小野寺、告白失敗。
宮本、作戦不発。
ちょくちょく原作の話が飛びますが、一応は今回の様に会話で補足したり、別の方向から絡ませていきます。(たぶん)